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第四章
第四章
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二人の男が漂わせた欲情の空気に自分を見失ってしまった雅美。
彼女は猛烈な羞恥感に苛まれ、その場に呆然としていた。
里見と木下が上気した顔つきで寄ってきた。
その気配に彼女は、胸を隠していた左の腕に力を入れた。
「凄くいい表情でしたねぇ~…もぉ…かぶりつきで見入っちゃいましたよ…」
木下の言葉に笑いもせず、返す言葉も見つけらない雅美は俯き、首を横に振った。
反応の薄い彼女に、彼はもう一段、言葉を上乗せしていった。
「で~…奥さん…、下も…脱いで…貰ってもいいでしょうか?…」
「ぇ?…(ほんとうに…)」
木下の言葉を真面目に受け止めた彼女。里見はそれを冗談に仕立て直した。
「…いやぁ…下は…このままで撮り直しましょう…」
「ぁ…、ぁ…、良かった…」
撮り直しの流れに、廻りの空気が雅美に義務感のようなもの感じさせた。
『私がわがままだったら…何も進まない…』
里見から受け取ったバスローブを羽織り、彼女が壁際に立つと、待ち構えていた木下が赤いライトを当てた。
「さっきと同じ(感じでライトが当たってる)かなぁ?…」
「うーんと…、もうちょっと下から煽ってもらって~…正面寄りかな…あ、はい…そこで…じゃあ、奥さん、始めますね~…バスローブはこっちに(放り投げて)…胸は…もう、隠してちゃダメですよ~…さっきのポーズ、思い出してくださいね~…腕上げて…腰を落としていって~つま先立ちで~~じゃ、はぁ~い、いきま~す~…」
里見は彼女が動く前、彼女の気持を急かすようにシャッターを切り始めた。
『やらなきゃ…やらなきゃ…せーの…』
彼女は躊躇いを吹っ切るように心の中で掛け声し、両腕を上げ、そして、しゃがんでいった。
「ぉっ…、そうそう…脚を開いて~…膝は真横ぉ~…腰はも~っと落として~…顔は右に向けて~…膝の先の床、見ててくださ~い~…そうそう…恥ずかしい格好…意識して~…」
胸を晒した彼女。しかし、その時の彼女は無表情、わざと感情を抑えているようにも見えていた。
場が静かになった。里見がシャッターを押すのを止めたのだ。
「奥さん、どうですか?…恥ずかしい?…さっきの表情を見せて欲しいですね…僕も木下さんも、じ~っと見てますからぁ~…」
勿論、彼女には突然で、気構えていた心が一気に脆く崩れていった。
横向きの彼女には二人の様子が見えない。
気弱になった彼女は、見られているという自意識が心の中に急激に攻め込んでくることに怯えた。
『ほぉ~…凄いな…ああやって気持を上げさすんだぁ~…』恭史は里見のやり方にまたも感心させられ、思わず腕組みをし、雅美に見入っていった。
体勢も変えず。ひと言も発しない。里見の言葉にただただ雅美は従っていた。
その光景。二人が対峙しているようにも見えていた。
「ふっ…ふ、ぅっ…、ふ~ぅっ~…すぅ~…はぁっ…、ふっ…ふぅう~」
雅美が息を何度かに途切れるように吐いた。腕を上げ背筋を伸ばした彼女。横隔膜の動きはその吐息に同調していた。
里見の目には、それが彼女自身の気持の昂ぶりの表れだと見えたのだろう。
カメラ越し、吟味しながら彼女を見定めていく里見。そしてまた、木下も。彼女が変化していく様子をほくそ笑みながら見ていた。
数秒後、満を持して連写音が鳴った。
里見は笑顔で言った。
「はぁい、OKで~す…いい表情が撮れたと思いますよ~…お疲れさまぁ~…」
「うふぅ…はぁぁ…」
雅美はその場に膝を崩し、珪藻土の壁にしな垂れかかっていた。
『彼の撮っている私は…どんなだろうなぁ…カメラに写っている私は…いったいどんな…』
赤いライトに肢体を染めた彼女は、ふと沸いたその疑問に答えを求め、自分の心を疲れさせていた。
「じゃぁ…次も続けてますね…木下さん、お願いしま~す…」
「…ぇ?…(そうなの…)」
「もうワンショットだけ…次の休憩は長くしますから…」
休憩になると思い込んでいた雅美。里見と木下は、そんな彼女に有無を言わさず、淡々と次の準備に取り掛かった。
傍に置いてあった紫の絹の布。それを木下は大きく広げ敷いた。
「さぁてと…今度は…」
ライトの色は白。それが紫の絹に反射し、布床の表面が光沢で輝いた。
里見が彼女に言った。
「じゃあ、奥さん…今度はこの上に仰向けになって頂けますかぁ~…その(恰好の)ままでいいので~…」
少し力なく頷いて立ち上がッた彼女は、布面に寄る皺を気にしながら、ゆっくりと足を滑らさないようにその上を歩いた。
「その辺、ですね…真ん中辺りで寝ころんでもらって…仰向けで…」
木下も足しげく動いていた。彼は恭史の前を通り過ぎ、玄関先に置いた脚立を持ち上げていた。
『次は上から…(撮るつもり)なんだ…』準備の様子にそう悟った恭史は、広間に戻ろうとする彼に小声で言った。
「えぇっと…見え難いかもしれないんで、少し前で見せてもらってもいい?…」
「あぁ…えっと…お気持はわかるんですけど…奥さん、ナイーブだし…気持が散っちゃうかもしれないんで…」
一旦はそう答えた木下。しかし、恭史の残念そうな表情が、彼に言葉を加えさせた。
「じゃあ、様子見て…で…合図します…そしたら、近づいてもらっても(いいですよ)…」
「そう?…うん…(ありがとう…)」
笑顔で頷いた恭史だった。
しかし、恭史のその笑顔はすぐに消えた。
広間に脚立を持ち込んだ木下は、里見に置き場所を聞き、それを置いた。
『あっ…ぇ?…そこに置くのかよぉ…』
恭史にとって、そこは『見え難い』ではなく、まったく見えない位置だった。
『うーん、もぉ…しょうがないなぁ…』心の中で、彼は地団駄を踏んでいた。
横になっている自分の間際に脚立を置かれ、雅美は不安気な表情を浮かべていた。
「これを布団のようにかけてください…」
里見が雅美に渡したのは、園芸に使うような白いネット(網)だった。
雅美は言われるがまま、自分の身体に被せた。
指三本が入るような粗く大きい編み目。それは里見の狙い。
光の反射は。彼女肢体の肌をより艶やかに艶めかしくさせ、彼女が(水着をつけていない)全裸だと錯覚させた。
脚立の上に平板を固定し、その上に乗って安定を確かめていた木下。やにわに立ち上がった彼は、雅美を見下ろし、眺めながら言った。
「網に包まれた奥さんを見てると…なぁんか、色々と想像してしまいますねぇ~…でも…ちょ~っと、包まり過ぎかなぁ…脚は…見せたほうがいいかも~…」
「ああ…やっぱり、そう(思いますか)?…じゃぁっと~…」
木下の意見に合わせるように、里見はそのネットをふわっと少し持ち上げて手繰った。
ネットは雅美の身体に斜め掛けになり、彼女の右側、腰の曲線から腿のつけ根、そして桜色のペニキュアの足指までを具合よく露わにした。
「ふぅ…」
一瞬、小さく身体を動かした雅美。
「うん、いい感じになったね~…奥さん、脚…綺麗ですよね…なんか…全裸っ…あっ…俺、何言ってるんだろ…じゃあ、交代しますかぁ…」
苦笑いを浮かべた木下は脚立を下り、代わりに里見がカメラを持って、その上に立ち上がった。
「じゃあ、奥さん…場所はあまり変えずに、ご自分で身体をくねらせてってください…いいですか?…こんな感じで…」
脚立の上で身体を左右に捩って見せる里見。彼を真上に見上げ、雅美は声なく頷いた。
「はぁ~い…動いていってくださ~い…お願いしま~す…目線はこっちですよぉ…もっと、見開いて~そうそう…ゆっくり、ゆ~っくり…、いいですよぉ~…身体をくねらせて~…」
里見の声と連写音がまた聞こえ始めた。
恭史にもそれは分かった。しかし、雅美の姿は想像するしか出来なかった。
『あ~ぁ…、見えないものは見えないんだから、目を凝らすのはもうやめだ…そのうち、木下君が合図してくれるし、それを待ってればいいか…』
半ば諦め顔の彼は、ただただ聞き耳を立てていようと目を瞑った。
その時だった。ふぅ~っと雅美の脳裏に恭史のことが頭を過り、彼女は目線を動かした。
「はぁい…こっちだけを見てて…僕も見てますよ~…余計なことは考えず~…」
里見のそういう言葉はそれが二度目だった。
自分の心が見透かされていると感じた彼女。それ以降、カメラの前で恭史のことを考えるのを自制するようになっていった、
「そうそう…いいですねぇ…今の上目遣いもいい~…目線外さないで~…そうそう…右に傾いたり、左に向いたり…手や脚も動かしてくださいねぇ~…」
『今のでいいのね…里見さんが言っているのはこういうことね…』
やりようを掴んできた雅美。里見のリードに笑顔も見せるようになり、通じ合えてきたという感覚が嬉しくもあった。
「奥さん…、少し…ご自分で触ってもらってもいいですかぁ?…網で隠すようにしながらでいいんで…」
そんな時だった。脚立を支えながら見ていた木下が横から注文をつけてきた。
「え?…」
流れ良く進んでいた最中。雅美はその言葉に気分をはぐらかせられた。
「ああ…そうですね…そういうのもあっていいですね…胸や股間に…手を持っていってもらえれば…」
上から里見の声がした。
『里見さんも…そう言うのね…』彼女は動きを止めた。
真似事とはいえ、自慰する姿は見せたくないと彼女は思った。『自慰は夫の恭史に失礼』が彼女なりの考えだった。『…するなら、恭史に聞いて…』と感じた彼女は小首を持ち上げた。
「ぁ…」
彼女の見た方向は脚立と木下が遮っていた。その先、見覚えのある恭史の靴下だけを、なんとか彼女は視界に入れた。
「ゃ…、ぅ…、ふぅ~…」
雅美は恭史に声をかけることはしなかった。出来なかった。
『拘っているのは自分だけかも…』との思いが言葉を躊躇させ、彼女は息を吐き切りながら首を戻した。
彼女の様子に気付いた木下は、後ろが気になり、振り返って恭史を見た。
『ん?…(俺?…)』
木下と目を合わせた恭史は一瞬驚いた顔を見せたが、彼が振り返った理由をすぐに悟った。
『ぁぁ…雅美が俺のことを気にしてるんだな…』
里見が上手くリードしているのを認めていた彼は、自分が出しゃばるのを躊躇った。
『あいつ(雅美)は躊躇いながらも裸体を晒してるんだ…俺が口を挟んで、(あいつの)気持が萎えてしまったら…』と考えた彼は。木下に聞こえるよう、大きめの声で言った。
「どうぞ…続けてください…彼女にもそう伝えて(ください)…」
その声は里見にも雅美にも聞こえた。
「奥さん…、ご主人も、ああ仰ってますよ~…」
恭史の言葉に雅美は自分を納得させ、声が聞こえたことで安心もした。
『これが終われば…きっと休憩…もう少し…』彼女は里見の顔を見上げて頷いた。
「じゃぁ…」
彼女は自分なりの考えで身体を横向きに変え、背中を丸めて両手を股間に添えた。
「いいですよぉ~…そういう感じで、もぞもぞして…ゆっくり動いて…目は瞑ってていいから…指は立てて…」
再開した連写音。暫く様子を見ていた木下が笑顔で恭史に歩み寄り、近くで手招きをした。
「お…、(呼んでくれた…)やっと見れるな…」
恭史はゆっくりと、そして静かに立ち上って広間を進み、木下の背後に隠れるように彼女を覗き込んだ。
そこには悩ましい彼女の姿があった。
『ぅゎ…、ぅぉぉぉ…』至近距離の臨場感。彼の心に一気にいくつもの感情が沸き上がった。
ネットは彼女の腰あたりに束になり、わずかに掛かっているだけだった。
それは里見の意図したポーズ。彼女は恭史に気付くことなく、目を閉じて横たわり、肢体をライトで照らしながら自慰に耽入る姿を晒していた。
説明がつかない。整理もできない。感情が激しく表裏に入り混じり、彼は心に苦痛さえも感じた。
十秒も経たないうち、そして、木下も気付かないうちに、彼は自ら静かにその場を離れ、階段のところへ戻っていった。荒くなった息が治まらかった。
『自慰なんてしないあいつ(雅美)があんな姿を(晒して…撮られて…)…求められるままに…従ってる…きっと…俺の知ってるあいつはほんの一部なんだ…俺はもう何も言わない…彼らにもっとお前のことを教えてもらいたい…』彼はそう思った。
「じゃあ、その姿勢から四つん這いになりましょう…あっ、目は瞑ったままでねぇ~…気持ちそのまま~…考えないで~…そのまま起き上がって~…奥さ~ん…もう少しで休憩ですから~…」
流れの続きで撮り進めたいと思ったのだろう。里見は彼女を追い込むように告げ、脚立を下りた。
しかし、やはり、『四つん這い』という言葉が、また彼女の動きを止めてしまった。
「もうひと頑張りですよ~…」木下は彼女を見ながらそう声をかけ、脚立を傍らに避けた。
恭史の視界が久しぶりに広がり、視線の先に半身を腕で支えてじっとする雅美を見つけた。
彼女はその視線にすぐに気づいたが、笑みは潜め、自分を憐れむような表情を見せた。、
「よぅ…見てるからね~…もう少しで休憩だよ~…」
里見の言葉を自分の言葉で繰り返した恭史。彼女はやっと笑みを見せ、二度小さく頷づき、上半身を起こし、横になり乱れた髪の毛を手櫛でで整えた。
目を瞑っていたからか、彼女の目尻に涙が滲んでいるように見えた。目ざとくそれを見つけた里見はその姿をもカメラにおさめた、
「むふぅぅ~…」
吐息の後、彼女は向きに迷いつつ、手と膝をつき、腰を起こして四つん這いになった。
「ライトが当たるように、お尻はこっちにしましょうか…」
木下は雅美の向きを手で示した。
「は…、はぃ…」
四つん這いのまま、彼女はその場を這い廻るように動き、ライトに尻を向けた。
幅細い水着が覆う彼女の秘部。丸く湿った痕をその中心に残していた。
ぞれは被写体としての彼女の感情のしるし。男三人の中、恭史だけがそれを知らずにいた。
「じゃあ…そろそろいきますねぇ…下から撮って撮るんで…奥さん、お尻は突上げててくださいねぇ…」
床に置いたカメラ。座り込んだ里見は上からファインダーを覗き込みながらシャッターを切っていった。
「腕の下からこっちを覗き込んで~…目は見開いてね~…脚越し、乳房越しに表情入れますよぉ~…」
接写での撮影。
里見と雅美の距離は驚くほどに近かった。
彼の息遣い、体温の熱、そして整髪料の香り。彼が動くことで、雅美はそれらすべてを感じずにはいられなかったが、その時の彼女の心は、自分の姿を想像しながらも、戸惑い、恥じらいの中でそれを許し、受け入れていた。勿論、恭史にその光景を見られていることも知りながら。
「いい笑顔ですよぉ…はぁい…いいでしょ…休憩入れま~すっ…」
重い荷物を下ろした気分。心がほっとし、彼女は笑顔を戻した。
「奥さん、ご主人に肩でも揉んでもらって…少しゆっくりしてくださいね…」
里見が雅美の肩、背中にバスローブをかけると、ライトを消した木下がそう言った。
雅美は敷かれたままの絹布の上に座って袖を通した。
「はぁい…ありがと…」
その声を聞きながら恭史が寄ってきた。
二人は恭史と会釈を交わし、すれ違うように揃って玄関を出て行った。
「煙草…だな…俺も吸いたくて仕方なかった…もうすぐ十一時だからなぁ…」
「え?…もう、そんな時間なの…ぁぁ、私のせいかなぁ?…」
恭史は敢えて労いの言葉を省いて話しかけ、雅美もそれを分かった上で返事した。
前の休憩から二時間以上が過ぎていた。
「ぁぁ?…あははっ…、そんなことないよ~…時間はかかるって、里見君も言ってくれてただろ?…大丈夫っ…順調だと思うよぉ~…」
恭史との二言三言の会話がさらに雅美の心を軽くした。
「うん…」
合わせていた目を逸らした彼女。撮られている自分を思い出したのか、隠すように溜息をした。
恭史は労わるように彼女の肩に手を置き、木下の言葉そのままに二、三回揉んでやった。
「うふっ…ありがと…二階に行って(休憩して)もいい?…」
「うん…一服吸ったら…俺も行くよ…何か飲む?…あぁ、寝室に冷蔵庫あったな?…」
「うん、(冷蔵庫は)あった…飲み物も木下さんが入れてくれてたし…」
「そっか…」
彼が頷くと、彼女は使わずにいたメイクボックスを手にして笑顔を残し、そのまま一人上がっていった。
「あいつ…相当、疲れたろうな…休ませてやらないと…次(の撮影)…心配だな…見てるだけの俺でさえ、疲れてるんだからなぁ…」
恭史は雅美の背中を見届けた後、煙草を吸いに玄関を出た。
先に出た二人は恭史が出てきたのを見ていた。
恭史は、何故かそれが意味あり気に思えた。
『(二人と)どんな話しようかなぁ…』彼はそう考えながら、煙草の火の見える方向に足早に歩いていった。
「お疲れさま…」
「お疲れさまです…退屈させてしまって…すみません…」
三人は暗い中で煙草を燻らせた。
微妙な沈黙。三人とも、他の誰かが会話の口火を切るのを待っていた。
「緊張の後の一服って、なんとも言えないなか…美味い…」
口火を切ったのは恭史だった。
「そうですよね…」「うんうん…、」
「奥さん…、禁煙してよっ、とか、言わないですか?…」
「あぁ…もう諦めてるんじゃないかな…あはっ…俺、家でも庭て吸ってて、彼女には迷惑かけないようにしてるし…」
「そうなんだぁ…冬は寒そう…ですねぇ…」
「裸足なんて論外…ダウン(コート)羽織ったりで重装備…」
「ぐふっ…あはは…」「あはは…」
「で…冷えた身体は~…その後、温めるんですね?…奥さんが…」
「いやぁ…それは、どうかなぁ…(結婚して)二十五年目にもなるとね…」
「にもなるとね…じゃなく…になっても…でしょ~?…あの奥さんとならぁ…」
「おっ…、冷かしますねぇ…あっ、そうだ…今、あいつね…二階(寝室)で休憩してますよ…」
「あ…、そうなんですか…へぇ…」「きっと…気疲れしちゃったんでしょうね…」
「まぁ…ずっと、(カメラの前で)緊張しっぱなしだったろうし…一人になりたくなったんでしょ…少しそっとしとけば大丈夫…撮ってもらってる時もそうだけど…俺は無用だから…あははっ…」
「奥さん…ほんと頑張って、協力して頂いて…(撮影を)止めないで、文句も言わずに…言うこときいてくれて…」「うーん…(本当にそう)ですねぇ…」
「まぁ…そういう女(やつ)なんですよ…俺も出番がなくて、楽で暇で…あははっっ…」
「あ…、僕たち、ご主人にも感謝してて…じっと何も言わずに見て頂いてて…」「うん…そうそう…」
恭史は二本目に火をつけた。里見、木下もそれに合わせた。
「ぁぁ、それは…俺、言ったじゃない?…メールだったっけかな?…すべてお任せしますって…里見君のやりようを見せてもらって、益々、そうしようとも思ってるし…木下君だって、上手に段取りしてもらってるし…」
「ぁ…ありがとうございます…」「恐縮です…」
「だから…もう…ほんと…任せますよ…好きにやってくださいよ…」
里見に告げた恭史の言葉は、恭史自身の心にも言い聞かせていた。
『任せよう…好きにやってもらおう…俺は決めた…』と。
「は…、はい…」「はい…」
「うん…じゃ、俺…あいつ(雅美)見てくるわ…」
火をもみ消した恭史は、家の方向へと歩き始めた。
彼女は猛烈な羞恥感に苛まれ、その場に呆然としていた。
里見と木下が上気した顔つきで寄ってきた。
その気配に彼女は、胸を隠していた左の腕に力を入れた。
「凄くいい表情でしたねぇ~…もぉ…かぶりつきで見入っちゃいましたよ…」
木下の言葉に笑いもせず、返す言葉も見つけらない雅美は俯き、首を横に振った。
反応の薄い彼女に、彼はもう一段、言葉を上乗せしていった。
「で~…奥さん…、下も…脱いで…貰ってもいいでしょうか?…」
「ぇ?…(ほんとうに…)」
木下の言葉を真面目に受け止めた彼女。里見はそれを冗談に仕立て直した。
「…いやぁ…下は…このままで撮り直しましょう…」
「ぁ…、ぁ…、良かった…」
撮り直しの流れに、廻りの空気が雅美に義務感のようなもの感じさせた。
『私がわがままだったら…何も進まない…』
里見から受け取ったバスローブを羽織り、彼女が壁際に立つと、待ち構えていた木下が赤いライトを当てた。
「さっきと同じ(感じでライトが当たってる)かなぁ?…」
「うーんと…、もうちょっと下から煽ってもらって~…正面寄りかな…あ、はい…そこで…じゃあ、奥さん、始めますね~…バスローブはこっちに(放り投げて)…胸は…もう、隠してちゃダメですよ~…さっきのポーズ、思い出してくださいね~…腕上げて…腰を落としていって~つま先立ちで~~じゃ、はぁ~い、いきま~す~…」
里見は彼女が動く前、彼女の気持を急かすようにシャッターを切り始めた。
『やらなきゃ…やらなきゃ…せーの…』
彼女は躊躇いを吹っ切るように心の中で掛け声し、両腕を上げ、そして、しゃがんでいった。
「ぉっ…、そうそう…脚を開いて~…膝は真横ぉ~…腰はも~っと落として~…顔は右に向けて~…膝の先の床、見ててくださ~い~…そうそう…恥ずかしい格好…意識して~…」
胸を晒した彼女。しかし、その時の彼女は無表情、わざと感情を抑えているようにも見えていた。
場が静かになった。里見がシャッターを押すのを止めたのだ。
「奥さん、どうですか?…恥ずかしい?…さっきの表情を見せて欲しいですね…僕も木下さんも、じ~っと見てますからぁ~…」
勿論、彼女には突然で、気構えていた心が一気に脆く崩れていった。
横向きの彼女には二人の様子が見えない。
気弱になった彼女は、見られているという自意識が心の中に急激に攻め込んでくることに怯えた。
『ほぉ~…凄いな…ああやって気持を上げさすんだぁ~…』恭史は里見のやり方にまたも感心させられ、思わず腕組みをし、雅美に見入っていった。
体勢も変えず。ひと言も発しない。里見の言葉にただただ雅美は従っていた。
その光景。二人が対峙しているようにも見えていた。
「ふっ…ふ、ぅっ…、ふ~ぅっ~…すぅ~…はぁっ…、ふっ…ふぅう~」
雅美が息を何度かに途切れるように吐いた。腕を上げ背筋を伸ばした彼女。横隔膜の動きはその吐息に同調していた。
里見の目には、それが彼女自身の気持の昂ぶりの表れだと見えたのだろう。
カメラ越し、吟味しながら彼女を見定めていく里見。そしてまた、木下も。彼女が変化していく様子をほくそ笑みながら見ていた。
数秒後、満を持して連写音が鳴った。
里見は笑顔で言った。
「はぁい、OKで~す…いい表情が撮れたと思いますよ~…お疲れさまぁ~…」
「うふぅ…はぁぁ…」
雅美はその場に膝を崩し、珪藻土の壁にしな垂れかかっていた。
『彼の撮っている私は…どんなだろうなぁ…カメラに写っている私は…いったいどんな…』
赤いライトに肢体を染めた彼女は、ふと沸いたその疑問に答えを求め、自分の心を疲れさせていた。
「じゃぁ…次も続けてますね…木下さん、お願いしま~す…」
「…ぇ?…(そうなの…)」
「もうワンショットだけ…次の休憩は長くしますから…」
休憩になると思い込んでいた雅美。里見と木下は、そんな彼女に有無を言わさず、淡々と次の準備に取り掛かった。
傍に置いてあった紫の絹の布。それを木下は大きく広げ敷いた。
「さぁてと…今度は…」
ライトの色は白。それが紫の絹に反射し、布床の表面が光沢で輝いた。
里見が彼女に言った。
「じゃあ、奥さん…今度はこの上に仰向けになって頂けますかぁ~…その(恰好の)ままでいいので~…」
少し力なく頷いて立ち上がッた彼女は、布面に寄る皺を気にしながら、ゆっくりと足を滑らさないようにその上を歩いた。
「その辺、ですね…真ん中辺りで寝ころんでもらって…仰向けで…」
木下も足しげく動いていた。彼は恭史の前を通り過ぎ、玄関先に置いた脚立を持ち上げていた。
『次は上から…(撮るつもり)なんだ…』準備の様子にそう悟った恭史は、広間に戻ろうとする彼に小声で言った。
「えぇっと…見え難いかもしれないんで、少し前で見せてもらってもいい?…」
「あぁ…えっと…お気持はわかるんですけど…奥さん、ナイーブだし…気持が散っちゃうかもしれないんで…」
一旦はそう答えた木下。しかし、恭史の残念そうな表情が、彼に言葉を加えさせた。
「じゃあ、様子見て…で…合図します…そしたら、近づいてもらっても(いいですよ)…」
「そう?…うん…(ありがとう…)」
笑顔で頷いた恭史だった。
しかし、恭史のその笑顔はすぐに消えた。
広間に脚立を持ち込んだ木下は、里見に置き場所を聞き、それを置いた。
『あっ…ぇ?…そこに置くのかよぉ…』
恭史にとって、そこは『見え難い』ではなく、まったく見えない位置だった。
『うーん、もぉ…しょうがないなぁ…』心の中で、彼は地団駄を踏んでいた。
横になっている自分の間際に脚立を置かれ、雅美は不安気な表情を浮かべていた。
「これを布団のようにかけてください…」
里見が雅美に渡したのは、園芸に使うような白いネット(網)だった。
雅美は言われるがまま、自分の身体に被せた。
指三本が入るような粗く大きい編み目。それは里見の狙い。
光の反射は。彼女肢体の肌をより艶やかに艶めかしくさせ、彼女が(水着をつけていない)全裸だと錯覚させた。
脚立の上に平板を固定し、その上に乗って安定を確かめていた木下。やにわに立ち上がった彼は、雅美を見下ろし、眺めながら言った。
「網に包まれた奥さんを見てると…なぁんか、色々と想像してしまいますねぇ~…でも…ちょ~っと、包まり過ぎかなぁ…脚は…見せたほうがいいかも~…」
「ああ…やっぱり、そう(思いますか)?…じゃぁっと~…」
木下の意見に合わせるように、里見はそのネットをふわっと少し持ち上げて手繰った。
ネットは雅美の身体に斜め掛けになり、彼女の右側、腰の曲線から腿のつけ根、そして桜色のペニキュアの足指までを具合よく露わにした。
「ふぅ…」
一瞬、小さく身体を動かした雅美。
「うん、いい感じになったね~…奥さん、脚…綺麗ですよね…なんか…全裸っ…あっ…俺、何言ってるんだろ…じゃあ、交代しますかぁ…」
苦笑いを浮かべた木下は脚立を下り、代わりに里見がカメラを持って、その上に立ち上がった。
「じゃあ、奥さん…場所はあまり変えずに、ご自分で身体をくねらせてってください…いいですか?…こんな感じで…」
脚立の上で身体を左右に捩って見せる里見。彼を真上に見上げ、雅美は声なく頷いた。
「はぁ~い…動いていってくださ~い…お願いしま~す…目線はこっちですよぉ…もっと、見開いて~そうそう…ゆっくり、ゆ~っくり…、いいですよぉ~…身体をくねらせて~…」
里見の声と連写音がまた聞こえ始めた。
恭史にもそれは分かった。しかし、雅美の姿は想像するしか出来なかった。
『あ~ぁ…、見えないものは見えないんだから、目を凝らすのはもうやめだ…そのうち、木下君が合図してくれるし、それを待ってればいいか…』
半ば諦め顔の彼は、ただただ聞き耳を立てていようと目を瞑った。
その時だった。ふぅ~っと雅美の脳裏に恭史のことが頭を過り、彼女は目線を動かした。
「はぁい…こっちだけを見てて…僕も見てますよ~…余計なことは考えず~…」
里見のそういう言葉はそれが二度目だった。
自分の心が見透かされていると感じた彼女。それ以降、カメラの前で恭史のことを考えるのを自制するようになっていった、
「そうそう…いいですねぇ…今の上目遣いもいい~…目線外さないで~…そうそう…右に傾いたり、左に向いたり…手や脚も動かしてくださいねぇ~…」
『今のでいいのね…里見さんが言っているのはこういうことね…』
やりようを掴んできた雅美。里見のリードに笑顔も見せるようになり、通じ合えてきたという感覚が嬉しくもあった。
「奥さん…、少し…ご自分で触ってもらってもいいですかぁ?…網で隠すようにしながらでいいんで…」
そんな時だった。脚立を支えながら見ていた木下が横から注文をつけてきた。
「え?…」
流れ良く進んでいた最中。雅美はその言葉に気分をはぐらかせられた。
「ああ…そうですね…そういうのもあっていいですね…胸や股間に…手を持っていってもらえれば…」
上から里見の声がした。
『里見さんも…そう言うのね…』彼女は動きを止めた。
真似事とはいえ、自慰する姿は見せたくないと彼女は思った。『自慰は夫の恭史に失礼』が彼女なりの考えだった。『…するなら、恭史に聞いて…』と感じた彼女は小首を持ち上げた。
「ぁ…」
彼女の見た方向は脚立と木下が遮っていた。その先、見覚えのある恭史の靴下だけを、なんとか彼女は視界に入れた。
「ゃ…、ぅ…、ふぅ~…」
雅美は恭史に声をかけることはしなかった。出来なかった。
『拘っているのは自分だけかも…』との思いが言葉を躊躇させ、彼女は息を吐き切りながら首を戻した。
彼女の様子に気付いた木下は、後ろが気になり、振り返って恭史を見た。
『ん?…(俺?…)』
木下と目を合わせた恭史は一瞬驚いた顔を見せたが、彼が振り返った理由をすぐに悟った。
『ぁぁ…雅美が俺のことを気にしてるんだな…』
里見が上手くリードしているのを認めていた彼は、自分が出しゃばるのを躊躇った。
『あいつ(雅美)は躊躇いながらも裸体を晒してるんだ…俺が口を挟んで、(あいつの)気持が萎えてしまったら…』と考えた彼は。木下に聞こえるよう、大きめの声で言った。
「どうぞ…続けてください…彼女にもそう伝えて(ください)…」
その声は里見にも雅美にも聞こえた。
「奥さん…、ご主人も、ああ仰ってますよ~…」
恭史の言葉に雅美は自分を納得させ、声が聞こえたことで安心もした。
『これが終われば…きっと休憩…もう少し…』彼女は里見の顔を見上げて頷いた。
「じゃぁ…」
彼女は自分なりの考えで身体を横向きに変え、背中を丸めて両手を股間に添えた。
「いいですよぉ~…そういう感じで、もぞもぞして…ゆっくり動いて…目は瞑ってていいから…指は立てて…」
再開した連写音。暫く様子を見ていた木下が笑顔で恭史に歩み寄り、近くで手招きをした。
「お…、(呼んでくれた…)やっと見れるな…」
恭史はゆっくりと、そして静かに立ち上って広間を進み、木下の背後に隠れるように彼女を覗き込んだ。
そこには悩ましい彼女の姿があった。
『ぅゎ…、ぅぉぉぉ…』至近距離の臨場感。彼の心に一気にいくつもの感情が沸き上がった。
ネットは彼女の腰あたりに束になり、わずかに掛かっているだけだった。
それは里見の意図したポーズ。彼女は恭史に気付くことなく、目を閉じて横たわり、肢体をライトで照らしながら自慰に耽入る姿を晒していた。
説明がつかない。整理もできない。感情が激しく表裏に入り混じり、彼は心に苦痛さえも感じた。
十秒も経たないうち、そして、木下も気付かないうちに、彼は自ら静かにその場を離れ、階段のところへ戻っていった。荒くなった息が治まらかった。
『自慰なんてしないあいつ(雅美)があんな姿を(晒して…撮られて…)…求められるままに…従ってる…きっと…俺の知ってるあいつはほんの一部なんだ…俺はもう何も言わない…彼らにもっとお前のことを教えてもらいたい…』彼はそう思った。
「じゃあ、その姿勢から四つん這いになりましょう…あっ、目は瞑ったままでねぇ~…気持ちそのまま~…考えないで~…そのまま起き上がって~…奥さ~ん…もう少しで休憩ですから~…」
流れの続きで撮り進めたいと思ったのだろう。里見は彼女を追い込むように告げ、脚立を下りた。
しかし、やはり、『四つん這い』という言葉が、また彼女の動きを止めてしまった。
「もうひと頑張りですよ~…」木下は彼女を見ながらそう声をかけ、脚立を傍らに避けた。
恭史の視界が久しぶりに広がり、視線の先に半身を腕で支えてじっとする雅美を見つけた。
彼女はその視線にすぐに気づいたが、笑みは潜め、自分を憐れむような表情を見せた。、
「よぅ…見てるからね~…もう少しで休憩だよ~…」
里見の言葉を自分の言葉で繰り返した恭史。彼女はやっと笑みを見せ、二度小さく頷づき、上半身を起こし、横になり乱れた髪の毛を手櫛でで整えた。
目を瞑っていたからか、彼女の目尻に涙が滲んでいるように見えた。目ざとくそれを見つけた里見はその姿をもカメラにおさめた、
「むふぅぅ~…」
吐息の後、彼女は向きに迷いつつ、手と膝をつき、腰を起こして四つん這いになった。
「ライトが当たるように、お尻はこっちにしましょうか…」
木下は雅美の向きを手で示した。
「は…、はぃ…」
四つん這いのまま、彼女はその場を這い廻るように動き、ライトに尻を向けた。
幅細い水着が覆う彼女の秘部。丸く湿った痕をその中心に残していた。
ぞれは被写体としての彼女の感情のしるし。男三人の中、恭史だけがそれを知らずにいた。
「じゃあ…そろそろいきますねぇ…下から撮って撮るんで…奥さん、お尻は突上げててくださいねぇ…」
床に置いたカメラ。座り込んだ里見は上からファインダーを覗き込みながらシャッターを切っていった。
「腕の下からこっちを覗き込んで~…目は見開いてね~…脚越し、乳房越しに表情入れますよぉ~…」
接写での撮影。
里見と雅美の距離は驚くほどに近かった。
彼の息遣い、体温の熱、そして整髪料の香り。彼が動くことで、雅美はそれらすべてを感じずにはいられなかったが、その時の彼女の心は、自分の姿を想像しながらも、戸惑い、恥じらいの中でそれを許し、受け入れていた。勿論、恭史にその光景を見られていることも知りながら。
「いい笑顔ですよぉ…はぁい…いいでしょ…休憩入れま~すっ…」
重い荷物を下ろした気分。心がほっとし、彼女は笑顔を戻した。
「奥さん、ご主人に肩でも揉んでもらって…少しゆっくりしてくださいね…」
里見が雅美の肩、背中にバスローブをかけると、ライトを消した木下がそう言った。
雅美は敷かれたままの絹布の上に座って袖を通した。
「はぁい…ありがと…」
その声を聞きながら恭史が寄ってきた。
二人は恭史と会釈を交わし、すれ違うように揃って玄関を出て行った。
「煙草…だな…俺も吸いたくて仕方なかった…もうすぐ十一時だからなぁ…」
「え?…もう、そんな時間なの…ぁぁ、私のせいかなぁ?…」
恭史は敢えて労いの言葉を省いて話しかけ、雅美もそれを分かった上で返事した。
前の休憩から二時間以上が過ぎていた。
「ぁぁ?…あははっ…、そんなことないよ~…時間はかかるって、里見君も言ってくれてただろ?…大丈夫っ…順調だと思うよぉ~…」
恭史との二言三言の会話がさらに雅美の心を軽くした。
「うん…」
合わせていた目を逸らした彼女。撮られている自分を思い出したのか、隠すように溜息をした。
恭史は労わるように彼女の肩に手を置き、木下の言葉そのままに二、三回揉んでやった。
「うふっ…ありがと…二階に行って(休憩して)もいい?…」
「うん…一服吸ったら…俺も行くよ…何か飲む?…あぁ、寝室に冷蔵庫あったな?…」
「うん、(冷蔵庫は)あった…飲み物も木下さんが入れてくれてたし…」
「そっか…」
彼が頷くと、彼女は使わずにいたメイクボックスを手にして笑顔を残し、そのまま一人上がっていった。
「あいつ…相当、疲れたろうな…休ませてやらないと…次(の撮影)…心配だな…見てるだけの俺でさえ、疲れてるんだからなぁ…」
恭史は雅美の背中を見届けた後、煙草を吸いに玄関を出た。
先に出た二人は恭史が出てきたのを見ていた。
恭史は、何故かそれが意味あり気に思えた。
『(二人と)どんな話しようかなぁ…』彼はそう考えながら、煙草の火の見える方向に足早に歩いていった。
「お疲れさま…」
「お疲れさまです…退屈させてしまって…すみません…」
三人は暗い中で煙草を燻らせた。
微妙な沈黙。三人とも、他の誰かが会話の口火を切るのを待っていた。
「緊張の後の一服って、なんとも言えないなか…美味い…」
口火を切ったのは恭史だった。
「そうですよね…」「うんうん…、」
「奥さん…、禁煙してよっ、とか、言わないですか?…」
「あぁ…もう諦めてるんじゃないかな…あはっ…俺、家でも庭て吸ってて、彼女には迷惑かけないようにしてるし…」
「そうなんだぁ…冬は寒そう…ですねぇ…」
「裸足なんて論外…ダウン(コート)羽織ったりで重装備…」
「ぐふっ…あはは…」「あはは…」
「で…冷えた身体は~…その後、温めるんですね?…奥さんが…」
「いやぁ…それは、どうかなぁ…(結婚して)二十五年目にもなるとね…」
「にもなるとね…じゃなく…になっても…でしょ~?…あの奥さんとならぁ…」
「おっ…、冷かしますねぇ…あっ、そうだ…今、あいつね…二階(寝室)で休憩してますよ…」
「あ…、そうなんですか…へぇ…」「きっと…気疲れしちゃったんでしょうね…」
「まぁ…ずっと、(カメラの前で)緊張しっぱなしだったろうし…一人になりたくなったんでしょ…少しそっとしとけば大丈夫…撮ってもらってる時もそうだけど…俺は無用だから…あははっ…」
「奥さん…ほんと頑張って、協力して頂いて…(撮影を)止めないで、文句も言わずに…言うこときいてくれて…」「うーん…(本当にそう)ですねぇ…」
「まぁ…そういう女(やつ)なんですよ…俺も出番がなくて、楽で暇で…あははっっ…」
「あ…、僕たち、ご主人にも感謝してて…じっと何も言わずに見て頂いてて…」「うん…そうそう…」
恭史は二本目に火をつけた。里見、木下もそれに合わせた。
「ぁぁ、それは…俺、言ったじゃない?…メールだったっけかな?…すべてお任せしますって…里見君のやりようを見せてもらって、益々、そうしようとも思ってるし…木下君だって、上手に段取りしてもらってるし…」
「ぁ…ありがとうございます…」「恐縮です…」
「だから…もう…ほんと…任せますよ…好きにやってくださいよ…」
里見に告げた恭史の言葉は、恭史自身の心にも言い聞かせていた。
『任せよう…好きにやってもらおう…俺は決めた…』と。
「は…、はい…」「はい…」
「うん…じゃ、俺…あいつ(雅美)見てくるわ…」
火をもみ消した恭史は、家の方向へと歩き始めた。
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