黒柴犬召喚

長田弐円

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第一章 増える黒柴犬

40話 テロの発生 英雄殺しと黒柴犬

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 12月18日
 小雨のふる、寒い一日だった。

 日本は豊かで、弱い国。

 祝福で成り上がった【アウトロー】の中には日本をそう見なすものがいた。
 だから時たま犯罪組織が入り込んで、悪さをしていくのだが、日本の治安当局は練度が高く、致命的な仕事をさせてはこなかった。

 しかし今回はその規模が少々大きかった。

 6つの外国犯罪組織が、日本国内で連動した略奪を計画。

 政府は決行前にその情報を掴んだが、すでに5つの組織が国内に侵入。
 1つの組織が排他的経済水域を航行中。

 治安部隊に対処を命じるも、犯罪組織側もその動きを察知。
 行動を開始。

 朝日が登る前に略奪、破壊活動、国民の誘拐が多発的に発生。

 未曾有の危機に、政府は非常事態を宣言。
 自衛隊すら動かす大捕物が開始された。

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 日本に入り込んだ6つの犯罪組織の1つ【バトルホエール】は海賊で、公海内で海上自衛隊、海上保安庁と海戦中。

【ハイエナ】は名古屋周辺を荒らしていて、【ゴリアテ】は博多で暴れている。

 残る3つの組織は東京だ。

 あらゆる悪事に手を染めてきた老舗の犯罪組織【首塚】。
 アメリカが発祥の多国籍モーターバイクギャング【プルート】。
 自称UR祝福者7名で結成された【神の子】。

 東京上空を飛ぶ警視庁のヘリコプターには、特務捜査官、小笠原桜子が乗り込んでいた。
 彼女の任務は、【神眼】でテロリストの祝福やスキルを視ること。
 彼女の【神眼】はボンネット程度なら透視する。
 そしてアイテムボックスの中にある危険物も見通すことが出来る。

 アイテムボックスは、近代兵器や毒ガス兵器すら収納が可能だ。
 それらを用いたテロへの対策は、世界各国が克服しなければならない喫緊の課題だったが、ダンジョンはその答えを用意してくれていた。

 アイテムボックス内にある人類に致命的な被害をもたらす近代兵器や毒ガス兵器は、ほぼ全ての看破系、察知系、予感系が感知できるようになっていたのだ。

 ダンジョン4階層以降で、近代兵器をメタるゴブリンたちが登場するが、神は科学の力でダンジョンや祝福を打倒することを嫌っている。
 ちょうどそれをひっくり返した形だ。
 神は祝福とオーブスキルの力で、科学を凌駕せよと仰っているのではないか、人類に自らの意志で破壊兵器との決別を促しているのではないか。

 フランスの神学者がそのような主張を行い論争を巻き起こしたが、小笠原桜子もその意見に同意する気持ちがあった。
 天然毒物や、兵器ではない機械類、剣やナイフなどの近接武器なども、桜子の神眼ならアイテムボックス内にあっても見通すことが出来るが、神経を逆なでしてくることはない。
 しかしアイテムボックス内にある一定以上の破滅力を持つ近代兵器や毒ガス兵器は、視ずともその存在を神眼が教えてきて、言いようのない不快感を強制的に与えてくるのだ。
 神は間違いなくその手の存在を嫌っている。
 などと思っていたけれど、とてつもなく危険な物に強く反応するのは、警報装置として普通のことでは? という論調を聞くとそのような気もしてくる。
 ちなみに、アイテムボックス内の飲食物や衣類や下着などは、桜子の神眼でも盗み見ることは出来ない。一部特殊なスキルでは把握可能となっている。

 そんなわけで、テロ対策には看破系、察知系、予感系の能力が重用だ。
 それらは誰でも10階層のオーブから取得することが出来る。

 日本政府は素行に問題がなく、飛び抜けた祝福を授からなかった自衛官や警察官に、察知系や感知系、直感系を取るように強く奨励していた。取得を同意したものを優先育成冒険者に認定して、10階層へと送り出している。

 上空の桜子だけでなく、彼ら調査官たちも地上で情報収集に当たっている。
 これら目と耳の役割を果たすものの人数は、日本は世界でも上位に位置している。
 テロリストたちの所持品や能力は、次々と解析されて、それを基に治安部隊は鎮圧を進めていた。

 ただし、情報収集面での能力拡充を急いだ結果、純粋な戦闘能力を持つ公職冒険者の数がやや少ないのが日本の実情。
 政府は武官のクーデターを恐れて、過剰な戦闘力を持つことを嫌っている、などとも囁かれているほど、日本の公職冒険者は、サポート系の比率が高い。

 今までの小規模の侵入者には、広範囲を監視する大勢のサポートと少数のエースという構成が、上手くハマっていた。しかしこれほど大規模の犯罪行為を鎮圧するには、実行部隊の人数が明らかに不足していた。猫の手でも借りたい程度には。

 それでも、小笠原桜子は鎮圧を確信していた。
 猫の手は借りれずとも、犬の手は借りれるので。

 彼女の目には【闇の衣】をまとって昼の東京で躍動する黒柴犬の姿が視えていた。

 火の手はあちこちで上がっているが、延焼することはなく、人命の被害もテロの規模の割には押さえられている。
 不自然に逸れる犯罪者の攻撃に、不自然に体勢を崩す犯罪者。不自然に被害を受けない建物。黒柴犬が、陰ながら手助けしている。

 そして甚大な被害をもたらしかねない危険物を隠し持つものは、闇に葬り去られていく。
 全ては黒柴犬の献身のお陰。護国の犬の守護のお陰。
 今も黒柴犬たちは、全国の封印ダンジョンを飛び出して、次々と東京に集結してきている。その姿が彼女には視えている。

 桜子が乗るヘリコプターを影が覆った。

 ヘリの倍する大きさのドラゴン。
 桜子は視線も向けない。
 来るだろうと思っていた。

 このドラゴンは有名だった。
【神の子】の1人が召喚している召喚獣。東南アジアで敵対組織や軍を相手に暴れ回っており、召喚獣特有の神出鬼没さと不滅さもあって恐れられている。
 だから、視るまでもなく底が知れている。
 巨体を活かした破壊が得意だが、遠距離の異能を何一つ持っていない。ドラゴンを名乗るには少々格が足りない大きなトカゲだ。

 大きいだけの飛ぶトカゲは、脅すようにヘリの周囲を回ってから、正面からの体当たりを実行しようとした。しかしヘリには黒柴犬が複数乗っている。
 【闇の衣】で姿を隠しながら、ヘリの足の部分、スキッドに数匹乗っている黒柴犬のたった一匹が、トカゲの顎に体当たりを食らわせる。
 その黒柴犬は仰け反るトカゲの首を闇の手で掴み、頭に着地。闇の刃で輪切りにしていく。トカゲはバラバラに落ちながら消滅していく。もちろん黒柴犬も落ちていくが、器用に闇の手でパラシュートを作ってふわふわと降下していく。

 桜子は口元を緩ませてから、引き締めて地上の偵察を再開する。
 しばらくして、探していた犯罪者を発見した。

「黒さま。見つけました。英雄殺しです」

〔虚無UR〕銃術8 精密射撃6 祝福強化6 生存強化6 気配希薄5 アイテムボックス2 MP+240 マッピング

 英雄殺し。
 ドラゴン以上に有名な存在だ。
 そしてドラゴンとは比べ物にならないほど恐ろしい相手でもあった。
 致命的な被害を避けるためにも、何が何でも行動する前に見つけ出したい相手だった。

 彼の祝福は、物質を消滅させる。
 その能力を、銃弾に乗せることも出来る。

 この半年の間に、自称URや自称LRを含めた、世界的に実力を認められた人物を12人も殺している。それだけの力を持ち、その行為を誇って喧伝していた。英雄を殺すことを生き甲斐としている殺人鬼。【神の子】で最凶の男。
 今は暴れまわる【首塚】の後を、気配を殺して歩いている。
 獲物が近づくのを待っているのだ。
 トロフィーに相応しい英雄が、【首塚】という餌に食いつくのを待っている。
 彼の狙いは世界的に名の売れている【剣鬼】か【猟犬】の暗殺だろう。

「人の手には余る相手です。黒さま、お願いできますか?」

 スマホが「まかせろ」と合成音声で答えた。
 黒柴犬たちはスマホを覚えた。東京にオフィスも借りている。
 桜子もたまにお邪魔している。

「ありがとうございます」

 桜子は微笑んで上品にお辞儀する。

 ヘリの中に居る黒柴犬は犬座りしたまま動かない。スキッドにお座りする黒柴犬も。
 しかし地上を駆ける黒柴犬に変化があった。

 闇の衣をまとったまま、数十匹の黒柴犬が英雄殺しへと向かっていく。
 一匹の黒柴犬が到着し、闇の刃を英雄殺しに叩きつける。
 闇の刃が消滅。
 英雄殺しが慌てて身構える。

 オートで防いだのだ。
〔虚無UR〕は自動防御機能も備えていた。

 認識されたことによって、攻撃した黒柴犬の闇の衣が剥がれる。
 英雄殺しが銃弾を放つ。
 黒柴犬が横っ飛びで躱す。銃弾が曲がり、二重オーラの黒柴犬の脇腹を捉える。弾丸は二重オーラで防ぎきった。しかしその場所を中心に半径30センチが消滅。黒柴犬の身体は千切れるほどに大きく抉られた。致命傷を負った黒柴犬の召喚は解かれて消える。

 同じURでも、SRに限りなく近いURと、LRに限りなく近いURがある。
 英雄殺しの〔虚無UR〕は間違いなくURの上位に位置している。殺傷という一点に関してはLRに匹敵するだろう。

 黒柴犬は【闇の手】や【闇の刃】で銃弾を阻止しようとするが、銃弾はそれを回避した。更には【闇の手】に穴を穿ち、黒柴犬本体へと吸い込まれていく。

 5匹、6匹、7匹と倒されながら、黒柴犬は襲いかかり続ける。
 8匹、9匹、10匹と自動防御に阻まれ、追尾する銃弾に穿たれて消えていく。

 それを続けて、続けて、続けた。
 黒柴犬に焦りはなく、英雄殺しに焦りあり。

 41匹目の黒柴犬が、英雄殺しに刃を届けた。
 MPを使い切った英雄殺しは、黒柴犬に群がれて解体され、死体はアイテムボックスへと収納される。
 小笠原桜子は目を瞑って、喉奥からせり上がってくる吐き気をこらえた。
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