異能レポーターしずくの小さな記事録

右川史也

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#2 【瘴気洞窟侵入】(2019年14号)[1/2]

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 世界には未だ人類が足を踏み入る事の出来ない場所が存在する。
 異能界のものとなると、その数は数えきれない程だ。

 長野県・戸隠とがくし山のふもと付近にある洞窟もその1つ。

 かつては霊山の麓の洞窟として、神仏をまつり、おがみにくる人間もいたが、それも年々減っていき、やがてぱたりと途絶えると、いつしか瘴気が立ち込めるようになってしまった。

 日本の山間部や旧霊山近くなどには、このような場所が多い。
 そして3年前の2016年6月、この洞窟で恐怖の事故が起きた。

        〇

 地元の異能系大学で地質学を教える早瀬はやせ勝彦かつひこ。彼は毎週末、〈瘴気洞窟〉の調査をしていた。

 その日も、2人の子供を離婚した妻に預け、現場に向かう。
 ――いつも通りの週末だった。

「おはよう、峰守みねもり
「早瀬、遅かったな」
「すまない。子供の準備が手間取って」
「はは、そんな事だろうと思った」

 洞窟調査でバディを汲む峰守みねもり啓介けいすけは、近くの異能系高校で〈耐呪〉〈対呪〉について教えている教師だ。
 十数年前、友人の紹介で知り合い、意気投合。以来2人で、10年以上にわたり〈瘴気洞窟〉を調査していた。

 その主な目的は、地図を作るためだった。

 通常、人が入る事ができない〈瘴気洞窟〉。
 かつては使われていたとしても当時を知る人間はもう生きてはいない。
 また、地図が残されているわけでもない。
 その全てを、現代の人間は誰もまだ、把握していないのだ。

「この奥にまだ洞窟が続いているみたいだな」

 地図でその日のチェックポイントを決める2人。

「今日、行ってみるか?」
「ああ」

 午前11時。2人は調査を開始。予定では3時間で帰ってくるはずだった。

        〇

 強い瘴気の中に入ってゆくには当然、特別な対策が必要とされる。
 早瀬たちは、使用者の〈氣〉――〈生命子せいめいし〉を消費しないタイプの〈護身札ごしんふだ〉を、予備を入れて1人4、5時間分用意していた。

 瘴気地帯の散策・探索や調査など踏み入れる事を『瘴気地帯侵入』という。
 瘴気地帯侵入は大変危険とされ、地域自治体によっては禁止しているところが多い。
 しかし、数十時間の特別な講習と訓練を受ければライセンスの取得でき、また、インストラクター同伴であれば、ある程度の範囲までならば許されているのが一般的だ。

 だが、瘴気地帯侵入の中でも『瘴気洞窟』への侵入は特に危険とされ、瘴気地帯侵入の経験が浅い者や、単独での侵入を、どの地域も固く制限している。

『瘴気地帯侵入』と『瘴気洞窟侵入』の違いは大きく3つ。

 まず、『プレッシャー』
 平野や森林など瘴気地帯の場合、空が開けている。故に〈飛行〉または〈強化跳躍〉などによって一時的にも安全な空気を吸う事ができる。
 当然、その際に視界の一時的な確保も期待できる。
 また、空に向かい煙や光などの信号を放つ事が可能な場合もある。

 しかし洞窟内では、トラブルが起きても簡単に出る事はできず、出口まで安全を確保する事は難しい。

 次に、『視界』
 洞窟内は光が届かず、真っ暗だ。ライトなどで照らし進むが、砂埃が巻き上がると何も見えない。
 その上に、瘴気によって〈ESP〉系超能力や〈感知〉〈探知〉系魔術をはじめとした、〈感応〉系異能力全般が機能しづらい。

 瘴気洞窟内には〈氣〉の循環がほとんど無い。そのため、時間が経ち浄化されるという事が望めないのだ。

 そして3つ目は、『方向感覚』
 瘴気の中では、正常な感覚が大変鈍りやすい。歩いてきた道の前後すら判らなくなる事があるのだ。
 そのため必要なるのが『ガイドライン』と言われるワイヤーの類だ。
 洞窟の外からこれを引っ張りながら進み、帰りは手繰り寄せて戻る。

 非異能的な方法である。だがそれ故に、異能が正常に機能しづらいこのような状況では非常に頼りになる。

        〇

 午後0時30分。
 潜り始めてから1時間半が経つ頃、入口から約2キロメートルの地点にいた。帰る時間を踏まえるとちょうど折り返し時間。

「そろそろだな」

 そう言って早瀬が引き返そうと提案した時だった。

「うわッ!」

 誤って2人が接触しまった。
 その拍子に早瀬のライトが手を離れる。
 峰守のライトも、彼が転んでいるせいか、あらぬ方を向いている。
 一瞬で視界が奪われた。

「は、早瀬っ?」
「大丈夫だ、峰守。こっちだ」

〈対呪〉の専門家である峰守よりも、瘴気洞窟侵入を始めて20年以上の早瀬の方が冷静だった。

 2人は慌てる事なく、ガイドラインのワイヤーを手繰り寄せ、出口を目指す。
 ……はずだった。

「えっ……」

 なんと、ワイヤーが切れていた。
 恐らく、先のトラブルでワイヤーが洞窟内の壁や岩に擦れて切れてしまったのだ。

 さすがにパニックになる2人。必死に切れたワイヤーの端を探す。
 だが、負の感情に瘴気は馴染みやすい。
 2人の周りに瘴気が集まりどんどんと感覚を鈍らせる。
 焦りが呼吸を荒くし、自身の〈氣〉の管理がおろそかになる。
 そのせいで、本来〈氣〉を送らなくてもいい仕様の〈護身札〉に〈氣〉を送ってしまい、効果を促進させて無駄に消費してしまう。

「マズイ……限界だ」

 なんとか冷静さを取り戻したのはやはり早瀬だった。このままでは命がない。
 この時、早瀬にあるアイディアが思い浮かんだ。

「このすぐ近くに確か、〈聖浄域せいじょういき〉があるはずだ」

〈聖浄域〉――それは洞窟内にある、浄化された場所のこと。
 以前に神仏が祀られていたり、破魔の物が収められていたり、はたまた原因がよく分かっていないものまで。
 なんらかの理由によってそういった場所が、瘴気地帯の内側に存在する事がある。

 視界が悪く、方向感覚が鈍っているなか、記憶と自分たちの作った地図を頼りに2人は進んだ。
 壁伝いに進めるところは壁に手をつきながら。
 橋みたいな所や地面から鍾乳石が伸びる場所は、慎重に何度もライトで確かめながら、一歩一歩足を踏み出す。

「ここだ!」

 なんとか聖浄域に辿り着く事ができた。
 そこは3メートル四方ほどの空間だった。
 奥の壁にはマントラらしき文字が彫られている。これがこの場所を聖浄域たらしめているのかもしれない。

 ひとまず休める事に安堵する2人。
 しかし、ここに長居はできないと理解していた。

 この洞窟内は通常より二酸化炭素濃度が高く、酸素が薄い。
 地上の酸素濃度はおよそ21%、安全限界は18%と言われている。
 そして、この洞窟内には安全限界の18%しかない。

 しかし安全限界といっても、それはあくまで通常呼吸さえできていれば良い話だ。

 瘴気が迫るこういった環境では自然と呼吸が荒くなってしまう。その上、防衛本能的に〈氣〉を練ってしまうため、体力と共に余計に酸素を消費してしまう。
 それを知っていた2人は、一刻も早く脱出ルートを見付けるしかない。
 しかし、峰守が残酷な事実を告げる。

「もう2人分の護身札は残ってない」
「行けて1人か……」

 出口まで行ける護身札はギリギリ1人分。
 どちらが行くか……。

 じっくりと考える――その時間すら惜しく、早瀬は言った。

「峰守、君の方が〈耐呪〉の心得があって護身札の消費が少ない。君が、助けを呼んできてくれないか?」
「でもっ、こんなところに長くいたら、」

 瘴気の心配はないにしても、目の前に迫るそれへの恐怖が払拭されるわけではない。心は徐々にすり減り、いずれ心身ともに致命的なダメージを負いかねない。

 だが、早瀬は力強く言った。

「大丈夫! 僕はこの洞窟の中にはもう慣れてる! それに、多少酸素が少なくても、生きられるさ」
「……わかった」
「心配するな」

 早瀬はもう、峰守に命を預ける事を決めていた。
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