東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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第六章 氷を繰る敵対者

第47話

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 冬鷹は固唾を飲む。
 怜奈もじっと一点を見詰めている。
 不穏な沈黙が場を支配した。
 遠くの戦音も、外河川の静かなしぶきも、今は耳に入ってこない。

「……雪海?」

 多分の願いを込め発した声は、酷く震えてしまっていた。
 不安や恐れや焦りが言葉を鈍らせる。

 雪海は起き上がった。
 ゆっくり、すうっと状態を起こし、台座から静かに足を下す。
 とても穏やかな表情だ。どこか優しげな雰囲気すらあった。

 だが、冬鷹の心は黒い泥に包まれた。

 雪海、じゃない――。

 姿は確かに妹のもので間違いはなかった。
 しかし、仕草が、作り表情が、普段見ているものと少しずつ違う。
 何より、頭で理解するよりも先に、心が『あれは雪海ではない』と言っていた。

 それを示すかのように、妹の手はゆっくりと怜奈に伸びる。
 リボンを手渡すとそっと頭を撫でた。
 ――瞬間時、雪海の姿が不意に崩れる。
 妹の身体は、瞬く間に、青年のそれへと変貌した。

「兄さん……兄さんッ!」

 今にも泣き出してしまいそうな笑顔を浮かべた怜奈は、力一杯に兄へと抱き付いた。
 先まで見せていた高飛車でも、偽ってきた健気な快活さでもない。
 ただ、兄に焦がれ再会に涙する妹の姿が、そこにあった。

「兄さん、兄さんっ、兄さん! やった! 帰ってきた! 兄さんが帰って――、」
「返してくれッ! 雪海を返してくれッ!」

 怜奈には冬鷹の叫びなど届かない。

「行こう、兄さん。大丈夫、兄さんならすぐにその身体を使いこなせる。そうすれば無事にこの街から出られるはず。本当は、安全のためにちゃんとした場所で儀式したかったんだけど、でも大丈夫だから。街を出さえすれば、逃走経路は確保してある。そうしたら、私が密かに用意した場所で――あっ、私ね、一人で異能補助施設作ったんだよ。確かめたら、軍のものとそう変わらなかった。それにね、ちゃんと観察してきたからもうちょっと良いものにできそう、どう?」

「ああ。すごいな」
 怜奈の兄は穏やかな表情で妹の頭を撫でる。

 怜奈は兄に褒められると嬉しそうに瞳を輝かせた。

「研究所の連中は気にしないで。お父さんや兄さんの研究を横取りしたんだから、裏切られて当然。そもそもあっちが裏切って来たんだし。あ、でも、もし復讐したいなら手伝うよ。でも、その前にしばらくはゆっくり暮らそう? 何処か私たちのこと誰も知らない場所に行って。そこでのんびり研究を続けて、いつかはお父さんとお母さんを蘇らせてもいい。私とお兄ちゃんならできるよ。いつか絶対――、」「怜奈」

 兄の声に一瞬言葉を止める怜奈は、「なに?」と首を傾げた。

「ありがとう、俺のために。だけどな…………お兄ちゃん、行けないみたいだ」
「……え? え、どういうこと? どうして?」

 幸せに綻んでいた表情が、途端不安気に歪む。

「悪い事をしたのは解ってるよ。でも、時間がなくて、こうするしかなかったの。兄さんの魂はもうすぐ――、」
「違うんだ」

 兄は穏やかな表情で首を横に振る――だが、様子がおかしい。

 表情とは裏腹に、身体は忙しなく動いていた。
 しかし『じっとしていない』とは根本的に違う。
 体内の何かがうごめくかのように、身体が歪み始めたのだ。

「逃ゲ、て……どコ、か、アんぜン、な……場しョに」
「兄さんッ!」「雪海ッ!」

 きょうだいを想う二人の叫びは重陽町の夜を駆け抜ける。
 ――かと思われた。

 しかし、突如起きた大きな揺れが二人の想いを飲み込んでしまった。
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