ククルの大鍋 ー Cauldron of kukuru ー

月代 雪花菜

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第一章

1-13 初めての調合

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「しかし、本当に神秘的な衣装だな……神々の世界では、こういう服装が流行っているのだろうか」
「オシャレであったということは、初代国王陛下が残した記述にもあったようですし……」
「宝石だけでも凄まじい金額がつきそうですなぁ」

 王太子殿下とアニュス様とランスが私を上から下まで見て、衣装の細かな部分までチェックしている。
 布地に触れては触り心地が良すぎて驚き、通気性や伸縮率にも注目していたようだ。

「そういえば、陛下は何と?」

 アニュス様が、私も気になっていた部分を尋ねてくれたのだが、王太子殿下は頬を引きつらせたあと、溜め息交じりに語ってくれた。

「忙しいところを狙って突撃してうやむやにしてしまおうと考えていたのだが……やはり、ゼオルドがいることと、気にしていた婚約者が城内にいるという事実を何故もっと早く知らせなかったのかと叱られてしまった」
「……やはり、誤魔化せませんでしたか」
「まあ……そうなるよなぁ……父上は、ゼオルドの事を気に入っているし、前々から婚約者にも会って話がしたいと言っていたからな……それと、勇者オタクの父が、ゼオルドが持つ遺物が目覚めたと聞いて、放って置くはずがない」
「国王陛下にも困ったものだ……しかし、コルの存在を知れば、大事になるぞ」
「すでに大事だろう。このような知能を持った【勇者の遺物】など聞いたことがない。しかも、その能力も未知数で、聞いているだけでも神の領域ではないか」
「陛下が狂喜乱舞される姿が、容易に想像できますわね」

 王太子殿下の言葉に、ゼオルド様とアニュス様が同時に額を押さえて溜め息をついた。
 国王陛下は国民にも人気が高く、周辺諸国には賢王として知られている。
 しかし、いま話に聞く限りでは、そのイメージから遠く……本当に大丈夫なのだろうかと不安になってきた。
 コルは三人が頭を抱えているので『大丈夫ですか?』と心配そうにしている。
 心優しい大鍋である。
 だが、私も他人事のように心配などしている暇は無い。
 今の話の流れだと……

「あ、あの……ゼオルド様……もしかしたら、国王陛下が此方へ……」
「来るようですね」
「そ、そうなのですか……緊張しますね」
「ククルなら大丈夫ですよ。貴女は聡明で謙虚な女性です。国王陛下が無下にすることなどありませんし、させません」
「お前が言うと説得力というか……オイ、背中から黒いオーラを出すのヤメロ! 父上が泣くぞ!」

 え、えっと?
 国王陛下に何をしようと言うのだろうか、この人は……
 しかも、国王陛下が泣くのですか?
 力関係はどういう状態なのだろうかと心配になってきたが、いつものやり取りなのか、私とコルとロレーナ以外は動じた様子も無い。

「まあ、お前がそこまで大事にしているのだからヘタなことはしないだろう。それに、父上は女性に優しいから、大丈夫だ。まあ、ククルーシュ嬢の姉なら話は別だろうがな……」
「それもそうですね」

 むしろ、王族の方とこんなに近くで接するなんて、普通はあり得ないことだ。
 私のような家督もない侯爵家の女性では、嫁入りした家がよほど権力を持っていなければ機会など無いだろう。
 貧しくとも、そういう縁を持っているゼオルド様を夫として持つ身なので、これから慣れていかなければ……と考えていたら、王太子殿下とバッチリ目があった。

「ということなので……ククルーシュ嬢には済まないが、父が来る前に、コルの力をある程度把握しておきたい」
「あ、はい、そうですよね」
『では、何から調合しましょうか!』

 コルの方もやる気満々な様子で、私の方へぴゅんっと飛んでくる。
 初代国王陛下が残したマニュアルには『基本の錬金術』という項目があるので、おそらくその中から選んで造る方が良いだろう。

「材料が必要になるのですが……」
「何でも言え。ある程度の物なら倉庫にあるから取りに行かせる」
「ありがとうございます」

 マニュアルにある『基本の錬金術』にある調合で手に入りやすそうな物……と見ていたら、コルが身振り手振りでアピールしてくる。
 何か考えがあるということだろうかと視線を向けると、ホワイトボードに『国王陛下が来るなら、お茶菓子を準備しませんか?』と書かれていた。

「お茶菓子? あ……このバタークッキーのこと?」

 マニュアルに書かれているアイテムの中でも、比較的に手に入りやすそうな材料が並んでいる。

『バターが無ければ調合できますし、比較的簡単で短時間に出来上がります』

 なるほど……コルはこういう知識もシッカリと持っているのかと驚きつつも、必要になる素材を王太子殿下が差し出した紙に書き出した。
 必要となるのは、牛乳、塩、小麦、蜂蜜の4つだ。
 しかも、コルによれば、バターと小麦粉は自分で作れると言うことで、この世界の製粉は、まだまだ甘いところがあるので、久しぶりに真っ白な小麦粉を見ることが出来るかも知れない。
 おそらく、これも私の腕次第である。

「持ってこさせたが……小麦で良かったのか?」
「はい。製粉も自分でします」
「そんなことまでできるのかっ!?」
「初めてですが……コルがそう言うので、信じて頑張って見ますね」

 先ずは製粉からだ。
 コルが簡単に説明をしてくれたので、それを信じるのみ!
 いつも可愛く動き回っているコルが調合となった瞬間に、ピタリと動きを止めて私の前で待機する。
 みんなが固唾を呑んで見守る中、私は七色に輝く液体が満たされた場所に小麦を入れた。
 小麦を入れて持っていた杖で混ぜる。
 これは、普通に料理をしているような感覚ではあるが何分規模が大きいので、動かなくて良いとは言えど、慣れないので少しだけ大変だ。
 慣れたらどうということはなさそうではあるが……
 クルクル混ぜていると、私の体から杖に何かが注がれているような感覚がする。
 それにあわせて、鍋の中の光が増していく。
 散らばっていた星が集まって輝き出し、七色だった液体が黄金色に染まる。
 とても神秘的な光景だ。
 そして、暫く混ぜていると鍋全体が一際輝く。
 来る! そう感じて身構えていたら『ポンッ!』と音を立てて、袋に入った小麦粉が現れたのだ。
 いきなりのことで呆然としていたら、それをコルがキャッチして差し出してくれた。
 色々ツッコミどころがあるのだけれど……その袋はどこから出てきたの?
 一応、小麦の実しか使っていないので、他の部分が袋になったのだろうか。
 いや、これが錬金術の凄いところ……?
 まあ、粉で出てこられても困ったので、便利と言えば便利である。
 袋を手に取り、中身を確認してみると見事な真っ白い小麦粉が……!

「せ、成功です! 真っ白な小麦粉が出来ましたー!」

 見てくださいと、皆の前に小麦粉を差し出す。
 きっと、この白さに驚くだろうと思っていたのだが、それ以前の問題であったことに、その時になって気づく。

「鍋に……コル殿に入れて混ぜたら……できた?」
「その袋は、どこから現れたのだ……」

 ゼオルド様が呆然と呟き、王太子殿下は私と同じところで引っかかったようだ。
 ランスなどは現実逃避をしているのか目元を覆ってブツブツ呟いている。
 こういう時に強いのは女性陣だったようで――

「お嬢様……こんなに白い小麦粉など見たことがありません……凄いです!」
「本当にすごい力ですわね……ククルとコルが手を組めば、出来ないことなど無いのではないかと感じますわね」
「これでパンを作ると、白くてフワフワしたパンが出来るのですよ」
「まあ! それも見てみたいですわねっ」

 きゃっきゃ女性陣で盛り上がっていると、扉の方からノックする音が聞こえてくる。
 どうやら、国王陛下がおいでになったようだ。
 初めての調合が成功した喜びも束の間、次は修羅場になるかもしれないと私は緊張で体を強ばらせながら扉へ視線を向けた。

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