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第三章 見えなくても確かにある絆

もーちゃんの黄色

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 暫くそんなドタバタがありつつも、リュート様が丁寧に便利調理道具の使い方を説明してくださいました。
 基本的に、日本にある炊飯器やパスタマシーンと使い方は変わりません。
 しかし、みんなにとっては意外性のある物だったのか、驚いたようにそれぞれの調理器を見ておりました。
 特にボリス様は、術式を入れた魔石がどういう動きをしているのかが気になったようで、とても熱心です。
 さすがに『魔術師』の称号を持つだけあって、術式のことに関して食いつき方が違いますね。
 調理道具たちの仕組みについては、そのおかげでみんな理解できたみたいですが、何に使えば良いのかイメージすることが難しい様子でした。

 まあ、確かにお料理をしない方々にとっては、縁もゆかりもない物ですものね。

「苦労して作っても、コイツラときたら……」
「使うのは私やカフェやラテですもの。私がリュート様の凄さをわかっていれば良いのです」
「……お、おう」

 うふふと笑ってそういうと、腕の中からチェリシュが「あ!」と声を上げ「ベリリなの!」と騒ぎ出したので、誰が?と視線をたどれば、思いっきり顔をそむけたリュート様がいらっしゃいました。
 顔をそむけられても、耳が見えておりますよ?
 赤い……ですね。
 えっと……いま、何か照れることがありましたか?
 いけません、こんな可愛らしい反応をするリュート様を見ていたら、私までじわじわ赤くなってしまいそうです。
 も、もう!
 リュート様ったら、不意打ちはよくないのですよっ!?

「リューの旦那さんはソッとしておいやってくだされ。そういえば、何やら皆様で考えておったようでしたが、問題ごとでもありましたかな?」
「いえ、私がターメリックという素材を探していて、皆様に聞き覚えがないか、おたずねしていたのです」
「ふむ……ターメリック……」
「ウコンとも言うのですが、聞き覚えはないですよね……」

 ふぅと溜め息がこぼれ落ちる私をもふもふの眉の億から見ているのか、ギムレットさんは長い髭を撫でながら、何やら考えている様子です。

「ウコン……はて、最近聞いたような?」
「えっ!?」

 思わず身を乗り出した私に驚き、しがみついたチェリシュを謝罪しながら抱え直し、ギムレットさんの方へ視線を向けました。

「確か妻が大きなぬいぐるみを作ってるときに使っておったような……」
「大きなぬいぐるみ?黄色の……ですか?」
「とても柔らかくて、手触りが良いひよこのぬいぐるみじゃったかのぅ」
「もーちゃんなの!」

 すぐにチェリシュが反応して、なにもない空間からもーちゃんを出してきます。
 もっちりとした黄色いもふもふのぬいぐるみを抱っこしたチェリシュの姿を見て、ギムレットさんは微笑みました。

「それですなぁ。その染料は虫を寄せ付けませんので、重宝しますのぅ」
「ギムレットさん……本当にそれはウコンなのですか?」
「はい、ウコン染めという物であったはずですからなぁ」

 あった……ありましたっ!
 ウコンです、ターメリックですよっ!
 これで、念願のアレが出来ます……念願の……

「て、手に……入りますか?」
「はあ……染料なんぞ、どうされるのですかなぁ」
「染色するのではなく、お料理のスパイスとして使います」
「食うのですかっ!?」

 さすがに驚いたようで、もこもこの眉の隙間から、ぎょっとした小さな目が見えました。
 わぁ……すごく驚かれてしまいましたよ?
 やっぱり、染料だと思っていたものを食べるとなると、抵抗感がありますよね。
 みんなも信じられないという顔をしていらっしゃいますし……私が作るものは美味しいと信じてくれているリュート様やチェリシュは、どうやって使うんだろうなと顔を見合わせて笑顔です。
 何を使うと言っても動じないところが、反対に凄いのでしょうか。

「ウコン……ターメリックというスパイスは、私が作りたいお料理に欠かせない物なのです。ロヴィーサ様にいただいた、コリアンダーとクミン。もともとあった、チリパウダー。そして、ターメリック。これで基本のスパイスは揃いました」
「……基本のスパイス?」

 リュート様がキョトンとして私を見ますが、教えようかどうしようか迷うところです。
 きっと……泣いてしまうから。
 だって、リュート様が一番好きだっておっしゃっていたお料理ですもの。
 みんなの前だと恥ずかしくなるでしょうから、できれば二人っきり……もしくは、チェリシュやアレン様のように、事情を知っている方々と一緒の時がいいですね。

「遠征討伐訓練までには、一度作りたいのですけど……ウコンは手に入りそうでしょうか」
「それならば問題ないですなぁ。妻がこの前大量に仕入れたところですから」
「では、お願いできませんでしょうか」
「心得ました」

 ギムレットさんが快諾してくれたので、どうにか材料は揃えられそうです。
 あとは、パンですね。
 本当はお米……と、いきたいのですが、それも難しいですから、確実にできるパンかナンを目指しましょう。
 ベリリの酵母が育ってくれたら、クイックヨーグルト酵母を作成して、ナンを仕込むのも良いかもしれませんね。

 しかし、基本のカレースパイスは揃いましたが、家庭料理で使うカレールーとは違い、本格的な味になることでしょう。
 とろみのあるカレーに慣れておりますから、小麦粉を入れて炒めたらそれらしくなるでしょうか。
 確か、小麦粉を入れてもとろみが足りないときは、ジャガイモを摩り下ろしても良いと兄が言ってたような?
 りんごも摩り下ろして入れたら美味しくなりそうです。
 ガラムマサラを入れたら、もっと味に深みが出ますよね。
 一度だけ作ったことはありますが、少し曖昧です。
 シナモンとクローブとナツメグをベースに、カルダモンやクミンや胡椒を加えていたような……この辺りは兄の方が詳しいのがつらいところですね。
 もう少しスパイスの勉強もしておくべきでした。
 今度兄の夢にもぐりこめたら、聞いたほうがいいかもしれません。
 いまいち……自信がありませんもの。

「駄目だ、完全に自分の中に入り込んでる」
「ルーは、いっぱい考えちゅーなの」
「どんな料理を作るつもりなんだろうな」
「ルーのお料理は、ぜーんぶおいしいの。だいじょうぶなの!」
「だな」

 いつの間にやら、私のとなりに腰掛けていたリュート様とチェリシュの会話が聞こえてきて、驚き見れば、みんなで和気あいあいとデザートピザを食べているところでした。
 あ、あれ?
 私はそんなに没頭していたでしょうか。

「お、帰ってきたか。ほら、チョコナナト」
「ベリリもあるのっ」

 横から下からデザートピザを差し出され、私はとりあえず一口ずついただきました。
 ベリリの甘さとブルーベリリの甘酸っぱさが爽やかで美味しいです!
 やっぱり、カスタードクリームと生クリームのコラボは最強ですね。
 チョコナナトも、甘いナナトとチョコだけではなく、クルミがいいアクセントになって、とても美味しいです。
 ミックスベリリが気に入ったシモン様とトリス様とガイアス様とロヴィーサ様vsチョコナナト派のレオ様とイーダ様とボリス様にわかれて、どちらのデザートピザが美味しいか討論会がはじまってしまいました。
 喧嘩ではなく、討論です。
 よく見ると、それぞれの召喚獣たちも好みがあったようで、「がう」「にゃう」といいながら、これがいい、あれがいいと指し示しておりました。
 だから、放っておきましょう。
 そういう楽しみ方もあるよな……と、リュート様が苦笑を浮かべ、ギムレットさんとアレン様は、ピザにはどのお酒が合うだろうかと話をしているようです。

 至福のひとときですね。

「で?さっき言ってた料理はなんだったんだ?」
「リュート様もご存知のお料理です。でも、ここで言うと、リュート様は……感極まってしまいかねません」
「……つまり、俺がすげー懐かしいって感じる料理か」

 ボソボソと声の音量を抑えて会話をしている私たちを見て、いろいろ察したチェリシュは黙ってベリリを頬張り、リュート様の様子が気になるのかチラリチラリと見ています。
 本当に優しい子ですね。
 よしよし大丈夫ですよと頭を撫でていると、甘えたようにすり寄ってくるので、抱きしめ返してみると、それだけで安心したようでした。

「そっか、だったらあとで聞いたほうが良さそうだ」

 苦笑を浮かべたリュート様は、心配をかけてしまったチェリシュを安心させるように頭を撫でたあと、私の頭も撫でてくださいました。
 私は心配しておりませんよ?
 だって、喜んでくださるって確信しておりますもの。

「そうじゃ、ルナ。片付けはキュステに任せて、少し時間を貰っても良いかな」
「あ、はい!お話ですよね」
「んむ。リュート、お前も顔を貸せ」
「わかった」
「チェリシュもなの!」
「わかったわかった。親子で話し合いじゃ」

 討論会で忙しいレオ様たちを置いて、私たちは部屋を後にします。
 ギムレットさんは、さっそくターメリックのことをライムさんに伝えてくださるようで、お土産用にデザートピザを用意して渡すと、とても喜んでくださいました。
 夫婦一緒に食べに来てくださると嬉しいですが、お店があるとそうも言っていられませんよね。
 今度、お礼に何か作って持っていくのも良いかもしれません。

「んじゃあ、この部屋で話そうか」

 ふわっとリュート様の魔力の気配がしたと思ったら、部屋の内部が少し変化したように思いました。
 あ……これは、いろいろ結界を施したようですね。
 聞かれてはマズイことも話す可能性がありますから、助かります。

「さて、ルナ。さっそくではあるが、お主に頼みたいことというか……まあ、現状報告みたいなことをするかな」

 現状報告?
 私の腕の中にいたチェリシュをリュート様が預かり、抱っこして座るのを横目で見たあと、正面のアレン様を見つめました。

「まずは、ストレートに言う方が良かろう。そなたに魔力譲渡をしているリュートが、いろいろといっぱいいっぱいでな」

 ……いっぱいいっぱい?
 いろいろと?
 な……なにが……ま、まさか、私が大量に魔力を食べているということなのでしょうか。
 だから、お腹があまり空かない?
 そういうことなのですか?

「あー、お主には変に間を与えると、方向違いのことをつらつらと考えそうじゃな。魔力譲渡には、より接触する部分が多いほうが良いのは知っておるな?」
「は、はい」
「だが、人間の体ではカバーしきれん。つまり、無駄な魔力消費が起こるわけじゃ」

 なるほど……私の体を覆い尽くせないから、リュート様に負担がかかりすぎているということなのですね?
 チェリシュのように小さければよかったのに……
 それか、お膝の上に乗っていたガルムや、肩の上に乗っていたレイスのようなコンパクトさであったら、リュート様の負担は少なかったはずです。
 申し訳なくて、リュート様の方を見ると、彼はなんとも言えないような顔をして悩んでいる様子でした。
 今まで言えずにつらかったのですね……本当にすみません。

「そこでじゃ。お主にこれをやろう。儂にはもう必要がないものでな……上手に使うと良い」

 手を出せと言われたので素直に従うと、手のひらにころりと転がる大きな指輪……親指につけられそうですよ?

「それは、所持者の体をイメージ登録した姿にする、異世界の魔法道具なのじゃ」

 その言葉に、さすがのリュート様も固まります。
 えっと……どこの世界の話でしょう。
 私たちの知る世界に、そんなものはございませんが?

「新たな術者登録を譲渡により完了したから、あとは好きな姿を思い浮かべると良い」
「えっと……異世界?ですか?」
「ああ、時空神から貰ったアイテムじゃからな。どこの世界かわからん」

 時空神様って、いろんな世界を飛び回っていらっしゃるのでしょうか。
 神の中でも異例中の異例ですよね。
 でも、勝手に異世界の品物を持ち込んでも良いのでしょうか……不安になってしまいます。

「いいのかよ。勝手にそんなもの持ち込んで……」

 どうやら、リュート様も同じことを考えていらっしゃったようで、疑問を口にされました。
 やっぱり気になりますよね?

「時空神とは神の中でも稀有な存在じゃ。次元や世界や時間を渡る神がもたらす物には、それぞれ意味がある。今ある指輪も、その1つかもしれん。ルナの手に渡るのが運命であったか……それとも、ルナの手から誰かに渡ることが運命であったかわからんが、全ては縁なのじゃよ」

 異世界の品を持ち込むことは様々な制約があって、本来は不可能だということでした。
 時空神様って、本当に凄いのですね……

「あやつは、創世神ルミナスラに次いで強い神であるからな。いずれ会うこともあるかもしれんが、出会った時に油断するでないぞ。飄々とした態度とは裏腹に頭がキレるとんでもない神じゃ」
「アーゼンラーナの旦那だろ?癖はあるが、とても優しい神だったがな……」
「なにっ!?もう会ったのか!」
「ああ……『ああ、キミがリュート君ね。やっぱりいいね、キミはいいよ』とか、わけわかんねーこと言ってたな」

 さすがにこれにはチェリシュも驚いたようで、ジーッとリュート様の方を見て目をパチパチさせています。
 そんなに癖のある神様なのですか?

「それなら問題なかろう」

 苦笑を浮かべたアレン様は、やれやれとため息を付いてから私たちを見て呆れた様子です。
 今の話でリュート様を呆れた様子で見るのはわかりますが、私も……ですか?
 心当たりがないので、何故そうなったという気持ちでいっぱいです。

「まあ、どんな姿になるか考えたら良いじゃろう。できるだけ小さいものであれば良い。儂は執務を抜け出す際に猫の姿をよく使っておったが、誰にもバレずに休めて重宝したわい」
「にゃーにゃーなの?」
「にゃーにゃーじゃな」

 チェリシュの頭を撫でて豪快に笑いながら暴露話をしてくださるアレン様に、リュート様と私は顔を見合わせて笑ってしまいました。
 きっと、城内は大騒ぎだったに違いありません。
 アレン様の性格を考えたら有り得そうな話ですし、周囲が頼りすぎているところもあるようですから、良い薬だったのかもしれませんね。

 さて、私はどんな姿になりましょうか。

 手の中にある指輪を見て不意に脳裏に浮かんだ面影に、自然と自分が登録する姿というものがわかった気がします。
 こうして時々閃くのは、オーディナル様が私に何かを残していってくれたからかもしれません。

 脳裏に浮かんだのは、飾らない優しさをくださったベオルフ様の姿でした。

 最北端の地のジャガイモ知識が随分と広まり、安定した食料供給が望めるようになった頃、馬を走らせ急ぎ帰ってきたベオルフ様が、旅の埃にまみれた姿でひょっこり顔を見せたのです。
 疲れている様子だったので、旅の汚れを落としてから休んだほうが良いと勧めたのですが、彼にしては珍しく、私の話も聞かずに懐から取り出した物を一度確認してから、私へ差し出しました。
 感謝の気持ちだから受け取ってくれと無造作に差し出された大きな手のひらに、ちょこんと乗った小さな物。
 上質で無駄にゴテゴテとした装飾もなく、質素な布ただ一枚のみに包まれていて、あまりにもベオルフ様らしくて笑ってしまいました。
 布を払って出てきた物に、とても驚いたのを今でもよく覚えています。

 小さくてころりとした可愛らしいフォルム。

 お守り代わりになるという、美しい宝石のような鉱石。
 わざわざそれを自ら取りに行ってくれたのだと言うのだから、驚くとともに、どんなプレゼントよりも尊く有り難いものだと感じました。

 突然のことで、あちらに置いてくるしかありませんでしたが、私のことを考え自らの手で採ってきてくれた、たくさんの人の真心とベオルフ様の不器用な優しさが詰まった、私の宝物───

 処分されているでしょうか……できれば、私のベッドの枕元に居てほしいものです。
 あ……むしろ、部屋すら存在しているかどうか怪しいのでは……
 折角いただいたものでしたのに、処分されていたらごめんなさい。
 とても悲しい気持ちになりましたが、彼なら「また取りに行けばいいだけの話だ」とか言いそうですね。
 まだこちらにきて数日ですが、表情筋が死滅して全く動かないくせに、意地悪をするときだけ見せる笑みが少しだけ見たくなりました。

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