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第四章 心を満たす魔法の手
魔王降臨を阻止しましょう
しおりを挟むゴゴゴゴッと地響きでもしそうなほどの圧倒的な魔力が、リュート様から溢れています。
ど、どうしましょう。
かなり怒っていらっしゃいますが……どうしたら良いでしょうか。
周囲を見渡しても、黒騎士様たちは顔を青ざめさせて遠くへ退避しておりますし、テオ兄様とロン兄様は顔を見合わせ思案中。
キュステさんとアレン様は、いざというときに動けるよう、ジッとリュート様を見つめているようでした。
愛の女神様は呆れ顔……というより、やっぱりこうなったかと言わんばかりです。
意外と冷静なのは、お父様とお母様とレオ様とイーダ様とセバスさんでした。
まあ……リュート様が人を傷つけることはないと、わかっているからかもしれません。
「る、ルー……」
心配そうにしているチェリシュを安心させるように、可愛らしくも愛らしい小さな手に頬ずりをしてから、私は声を上げます。
「リュート様、大丈夫です!一度は口にしてしまい大変な思いをしましたが、すぐにベオルフ様が処置してくださって事なきを得ましたし、その後はそれを教訓にお勉強しましたので!」
「……ベオルフが?」
ここにいますよアピールのために頭の上でぽんぽん跳ねて言うと、わずかばかりの反応がありました。
いつも思うのですが、リュート様はベオルフ様のことだけは心配してくださいますよね。
私が兄と慕っていることを理解してくださっているからでしょうか。
「偶然居合わせて、私の口の中に指を突っ込まれた時には驚きましたが、今思えばソレしか対処法がなかったのでしょうし、解毒作用のある物を所持していたので事なきを得ました」
いや、それは大丈夫と言わないだろう……と、あちらこちらから声が聞こえましたけど、駄目ですよ、せっかく落ち着いてきたリュート様がまた怒っちゃいますから!
魔王のような気配が再発したらどうするのですかっ!?
でも……ちょっぴり嬉しいと思っちゃいました。
だって、それだけ大事だって考えてくれているような気がして……
ですから、リュート様の頭にぎゅーっと翼を広げて抱きつきます。
「怒ってくださってありがとうございます。でも、大丈夫です。こちらでは、大好きなお料理を好きなだけ出来ますし、食べる時に心配する必要もなく安心して口に運べますもの」
「……ルナ」
リュート様の小さな呟きから、クールダウンしていく様子が伺えました。
それに、あの時にはわかりませんでしたが、きっと毒を盛られても死ぬことはなかったのだと思います。
「いま思えば、ベオルフ様が助けてくださったのもオーディナル様の導きだったのかもしれません。私が大変な時は、必ずベオルフ様がいらっしゃいました。彼はオーディナル様の力に馴染んでいる感じがしましたので間違いないと思います」
「父上の力に?」
「なんと言えば良いのかわかりませんが、こう……違和感なく吸い込まれるというか、抵抗感がないというか……」
私の言葉を聞いていた愛の女神様は、ふむ……と顎に手をあてて考えていた様子だったけれども、私を見て訝しげな顔をなさいました。
「ルナならわかる。そなたは父上の愛し子じゃ。しかし……」
「ベオルフ様は、私の生命線であると時空神様がおっしゃいました。それと関係しているのだと思います。過去になにかあったことはわかりますし、今は思い出せません。しかし、いつか思い出せる日が来る……お互いに……それだけは、確信しております」
触れた手から流れる魔力と溶け合い一つになるような……戻っていくような感覚は、言葉にして伝えるには難しく、多分……互いに感じていることでしょう。
時折、不思議そうに触れ合う部分を見つめるベオルフ様がいらっしゃいますものね。
そこから、お互いに何らかのつながりがあることは理解できます。
記憶が戻ったら、きっと……何故こんなにわからなかったのかと思うくらい納得するのでしょう。
「なんで毒なんて盛られたんだ……」
静かなリュート様の声が響きます。
この疑問は皆様も感じていたのか、黙って私を見つめていました。
「これでも私は、グレンドルグ王国の第二王子であるセルフィス殿下の婚約者でしたから。その立場を狙っている方々も多かったのです。王太子殿下よりも操りやすいと考えた者が多かったのでしょうね」
「確かに馬鹿だよな。男爵令嬢なんかにコロッと騙されて、冤罪も見抜けずに婚約破棄するくらいだし」
「そうですね。今だったら、熨斗をつけて差し上げますのに」
リュート様の言葉に笑ってみせますが、彼の内側でマグマのように煮えたぎり、静かな脈動を続けていることを感じております。
い、いけませんね……下手なことを言ったら、噴火しそうな勢いは継続中のようですよ?
アレン様……と、助けを求めるように視線を向けますが、困ったような顔をして「今は無理じゃ」というように肩を竦めました。
そこを何とか!
必死に視線で訴えかけていれば、アレン様の横でずっと考え込んでいたキュステさんが、何かを思いついたように顔を上げます。
「そう言えば奥様、寝ぼけて『ベオルフ様』とか言うてへんかった?」
「ああ、それは……」
説明するためにキュステさんをひっかく前にあった出来事を思い出した途端、私は悲鳴に近い声をあげてしまいます。
それと同時に、ぴょんっと飛び上がってしまいました。
「ど、ど、どうしましょうっ!ベオルフ様がピンチなのに戻ってきてしまいました!ツメ攻撃は届いたのでしょうか、無事だといいのですが……あ、でも……ベオルフ様に何かあったら、私も無事ではないでしょうし……だ、大丈夫の……はず」
「何があったんだ?」
さすがに頭上でプチパニックになった私に驚いたのか、リュート様の気配がいつもの調子に戻っておりました。
とりあえず、あちらの世界であったことをできるだけ詳しく話伝えると、リュート様と愛の女神様が顔を見合わせます。
「どう思う?」
「使い魔と見て間違いなかろう。呪術から魔法が誕生しはじめておるようじゃな」
「だよな。すでに、ベオルフは魔力を持っているみたいなんだ。ルナが魔力譲渡していることを考えたら、そういう人間があちらにいても不思議じゃない」
「しかし、明らかに外部からの干渉があったと見て良かろう。ルナにかけられていた呪術の類から考えても、数年で使い魔を作り出すまでになるとは……早すぎる」
「それだよな……今回ルナを攫おうとしたヤツが何かしたと考えたほうが自然か」
「夫が追っておるヤツじゃな」
……あれ?時空神様が追っている相手は、現在日本にいらっしゃるということなのでしょうか。
だって、時空神様っていま……日本にいらっしゃいますよね?
流暢な日本語を話されていましたもの。
ちょっとまって下さい。
私の魂に刻まれている物を隠しているオーディナル様は、いつから隠していらっしゃるのでしょう。
そして、時空神様がおっしゃっていた『魂に刻まれている物』は、いつ頃から私に刻まれているのですか?
前世から?
前世の死について覚えていないのはそのためでしょうか。
疑問ばかりが頭をよぎり、私の心を落ち着かなくさせます。
何でしょう……先程から心がざわつき不安ばかりが押し寄せ、押しつぶされてしまいそう……
「ルー?大丈夫?ルー」
「様子がおかしいね。チェリシュ、わかるかい?」
「リュート、貴方も何か感じませんの?ルナの様子が明らかにおかしいですわ」
私の異変にいち早く気づいたチェリシュが、体を優しく包み込んでくれましたが、心のざわつきはどんどん強くなっていきます。
チェリシュに続き、サラ様とイーダ様も声を上げ、リュート様の手が私に触れた……その時でした。
天空より仄かな黄金の光が降り注ぎます。
「パパ?」
太陽神様?
降り優しい黄金の輝きが、私の脳裏に何かを映し出します。
大海原に漂うベオルフ様を助けようと、小舟が近づき、船員が手を伸ばしている様子でしたが……
「パパが、大丈夫、無事だって言ってるの」
「な……なぜ船の上にいたのに海に漂っているのですかっ!?もうっ!無理をしないという約束をしたはずですのに、すぐ無茶をするのですから!ベオルフ様のバカ!」
バカバカと言いながら羽根をパタパタさせていると、リュート様がぷっと吹き出しました。
「ルナでも、そんな風に言うんだな」
「ルーがいっぱい、ぱったぱたなの!」
うぅ……は、恥ずかしい姿を見られてしまいましたね。
ベオルフ様の前で見せる態度をここで見せてしまったのは失敗でした。
さすがに……こ、子供っぽかったですよね……は、恥ずかしいです。
「お兄ちゃんに甘えている妹って感じだね」
「そういう相手がいたことに安心した」
ロン兄様に続き、テオ兄様も優しい口調で言ったあと微笑んでくださいました。
どうしましょう、何だか本当に居たたまれません。
こ、これもベオルフ様が無茶するからですよっ!?
心の中でそう呟いたと同時に、天空から柔らかい男性の声と涼やかなる女性の声で笑う気配が感じられました。
こ、これって……太陽と月の夫婦神にも笑われたのでしょうか。
「ふむ……互いが生命線というのは嘘偽りではないようじゃな。その者の命が危うかったのじゃろう。その者に何かがあればルナにも影響が出るなら、不安を覚えてもしょうがあるまい」
愛の女神様の言葉に、リュート様も頷きます。
そして、私の体を指先で撫でながら思い出したように口を開きました。
「もしかしたら、ルナが倒れている時に魔力欠乏症で倒れていたベオルフも、症状が酷かったのはルナの危機に反応していたのかもな。つまり、ベオルフを守ることがルナを守ることにもつながるってことか」
リュート様は少し考えてから、大きな手で私を包み込むように撫でてくださいます。
うっとりしちゃうくらいに気持ちがいいですね。
「ルナ、魔力を多く渡しておくから、ベオルフに渡してやってくれ。今晩も夢で会う気だろ?」
「はい……でも、リュート様の魔力が……」
「俺は魔力総量が人より多いのは知っているだろ?だから心配ないよ。その代わり、伝言を頼めるか」
はて……なんでしょう。
首を傾げていると、リュート様の声が少しだけ低くなりました。
「俺の代わりに、あのバカ王子を一発ぶん殴ってくれってさ」
「リュート様……」
それは不敬罪でベオルフ様がピンチに……って、以前蹴り倒しても大丈夫のようでしたから、問題ないのでしょうか。
あの時は『友達だから』という理由でお咎めなしのようでしたけど……今はどうなのでしょう。
現在も良好な関係を築けているのでしょうか。
ベオルフ様はわたしが考えている以上に怒っていらっしゃるみたいですし……口実ができたら一発どころでは済まないかもしれません。
「本当なら直接行って、生きていることを後悔するくらいシメてやりてーが……」
わぁ……ベオルフ様よりもヒドイことになりそうな言葉をサラリとおっしゃいましたよ!?
セルフィス殿下が泣いて許しを請うパターンですね。
泣いて謝罪しても許してくれそうにありませんが……
「うーん。何とかアチラへ行く方法はねーかな、アーゼンラーナ」
「あるなら、妾が行っておるわ!」
「そうだよなぁ」
確かにそんな方法があれば、オーディナル様に会いたい愛の女神様が突撃しますよね。
そう考えると、あちらとこちらの世界を意識だけでも行き来している私は特殊なのでしょう。
それに、相手は選べずとも夢で接触することができ、言葉を交わせる。
とても貴重な力ですよね。
『母上の判断』と時空神様がおっしゃっておりましたし、創世神ルミナスラ様の助力があってこそなのでしょうが───いつか、ちゃんとお礼を言いたいです。
そう考えていると、愛の女神様が慈しむように優しく微笑んでくださいました。
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