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第七章 外から見た彼女と彼
相棒(キュステ視点)
しおりを挟む「うぅ……あんなに怒らなくても良いのに……」
お説教から解放されたのか、マリアベル様がよろめきながらたどり着いた椅子に腰掛ける。
従業員の休憩室へと逃げ込んできた彼女を止める者は、あいにくとこの場にはいなかった。
まあ、休憩をしているのは、僕だけやしねぇ……
「お疲れ様でした。だんさんは怒らはると、お説教が長いから大変やねぇ」
「そうなんですよ……もう、大変で……」
ぐったりとテーブルに突っ伏した次期聖女候補は、ブツブツと文句らしきものを呟いているが、すぐに沈黙して此方を窺っているようであった。
何か言いたいことでもあるのだろうか。
「昔は……嫌だったんですよ」
ん?
何をだろうと耳を傾けていると、彼女はポツリポツリと話し出す。
「いつの頃からか、私がやんちゃをすると、以前よりも理詰めで説教をするようになって……私を通して何かを見ているような感じが、嫌だったんです。それを繰り返していたら、いつか、その誰かのところへ帰ろうとして、いなくなってしまいそうで……」
「……せやから、おとなしゅうならはったん?」
「はい。そうしたら、リュート兄様は此処にいてくださいますもの」
温かい紅茶をマグカップに淹れて出すと、両手でそれを包み込んで礼を言ってから口へと運ぶ。
まだ、16年しか生きていない彼女は、僕たちの数倍の早さで成長しているように感じてしまう。
人の内面を察する能力に長けているからか、相手が隠していることにも敏感になり、察してしまうのだろうか。
他の種族は、自分たちのことで精一杯なのに、人間は少しばかり違うように感じる。
種族的な問題か、それとも……生きてきた環境なのか……
「でも、もうやめました。私を通して誰かを見ていても、リュート兄様は、お師匠様がいる限り、居なくなったりしませんもの。だから、自分を隠す必要なんてありませんし、これが私ですから」
奇妙にさっぱりとした口調でそう言い切った彼女の言葉に同意できる。
確かに、奥様がいる限り、だんさんはどこかへ行くことはないだろう。
奥様を守るにしても、この場所が最適であるとわかっているはずだ。
危険にさらさないための基盤を整えている真っ最中なのに、投げ出して消えたりなどしない。
「そうなんやね。でも、それってこれからは、だんさんにお説教される可能性が高くなるっていうことちゃう?」
「うぅ……否定出来ないぃ……」
再び突っ伏した彼女の頭を、よしよしと撫でる。
幼い子が色々と悩み、考えて行き着いた答えを否定することはしない。
ただ、本人が納得しているのなら、それで良いと考えた。
「まあ、ほどほどにしときぃや」
「はーい……でも……なんか……お説教されるのも、ちょっとだけ……嬉しいです」
「そっか。それは良かったなぁ」
ちょっぴり照れたようにはにかんだ笑みを浮かべたマリアベル様は、後悔などしている様子はなく、こっぴどく叱られた後だというのに、幸せそうだ。
本当にだんさんが好きなのだと感じられる。
そこに恋愛感情があったら警戒するところではあるが、彼女もだんさんほどではなくても、愛の女神様が与えた呪いの影響を受ける者だから、ある意味、誰よりも安心だ。
姉であるイーダ様は、影響を全く受けてはいないが……姉妹で正反対な立ち位置にいるのは、とても複雑だろう。
「そうだっ! キュステさん、お願いがあるのですが」
「なんやろう……嫌な予感がするわぁ……」
「私をキッチンスタッフとして雇ってください! バイトとして、見習いとしてっ!」
「僕の一存では、どうにもならん案件やんっ! だんさんに聞いて!」
えーっ! と文句を言っているが、いやいや、次期聖女様をアルバイトとして雇うなんて考えたことも無いし、家柄を考えたら……あ、そういうと、僕や爺様が色々と引っかかるから、『雇わない』とは言い切れない。
むしろ、僕たちがいる方が安全なアルバイト先になるかも?
しかし、ここはだんさんの判断に任せよう。
僕の一存で決めたら、絶対にシメられる。
だんさんは、僕に説教なんてせずに、実力行使で理解させに来る。
竜人族の流儀に則ったやり方で教えてくれるのは、有り難い───とは言い切れないが……一応、言葉で理解できる部類に入ると思うから、蹴り飛ばす前に一言欲しいと感じることもあるけれども、それはそれで体が鈍りそうだ。
そうこうしている間に、休憩をしに部屋へ入ってきたヨウコが、意外な組み合わせである僕らに驚き、九本の尻尾をピーンッと立ててしまったが、その愛らしさがツボに入ったのか、マリアベル様は、両腕を広げて抱き締め「癒やし!」と言いながら金色の髪に頬ずりをする。
気持ちはわからなくもないが、ヨウコが本気で助けを求める目をして此方を見ているので、何とか引き剥がして席へ戻した。
自由奔放で無邪気な面があるように見えて、思慮深く相手を配慮し、己の心の傷を見なかったことに出来る彼女は、奥様に似通った物も感じられる。
仕方がない……
師弟なのだから、アルバイトをするのなら、うちの店が一番良いだろう。
しかも、これからのことを考えたら、この店は間違いなく人手不足なのだ。
「ヨウコは確定やけど、マリアベル様は、あまり期待せんと待っておいてね」
「既にお祖母様には許可を頂いておりますので、大いに期待しておりますっ!」
それだけ根回しをしているのなら、何故だんさんに言わなかったのか……外堀を埋めて、だんさんに断られないようにする作戦なのだろうか。
だったら、奥様を落とすのが一番だろうに……
「なに? 姉ちゃんも一緒に働くの? マジで?」
「私は、お師匠様の弟子ですからっ!」
「本当かよ! すっげー!」
どうです、凄いでしょうと嬉しそうに微笑むマリアベル様と、目をキラキラ輝かせて奥様の料理レベルが作れるのだと信じて疑わないヨウコ。
いや、無理だから。
あのレベルは、いきなり作れないから、過度な期待は危険である。
しかし……これで二人、スタッフを確保できたかもしれない。
フロアに1人、厨房に1人。
特に厨房は下手な人員を補充できないため、彼女はとても好条件であるように思えた。
あと、3人……いや、できればもっと欲しいけれど、条件がなかなか厳しいので、厳選しなくては……
しばらく、この問題は頭痛の種になるだろうと考え、小さく溜め息をこぼすのだった。
最後のお客さんを見送ったあと、店の門を閉じ、閉店している目印になる看板を置いて店内へ戻る。
だんさんの商才を思い知り、奥様の常識を打ち破るレシピがお客の心を鷲掴みにした感覚をシッカリと抱いた本日の営業は終了し、だんさんは眠ってしまった小鳥姿の奥様をポケットに入れ、チェリちゃんを落とさないように抱えていた。
どちらも、本調子とは言えないため、力尽きたように眠ってしまったのは驚いたが、だんさんには想定内だったのだろう。
優しい眼差しで二人を守るように抱え込み、僕たちのことを気にしつつも店を後にしたのである。
しかし、この瞬間が一番危ないのではないかと考えている僕は、誰に言われるまでもなく、だんさんが家に辿り着くまでを見届けるために、音もなく闇へ紛れ込む。
この親子をどうにかしようなんて不埒な輩は、キッチリとシメてやらんと……
夜の街をゆっくりとした歩調で歩くだんさんを確認した白騎士の一団が、スッと頭を下げたり、どこぞの商会の人たちが慌てて頭を下げたりする中、気さくに返事をしつつ、まっすぐ屋敷を目指している。
途中でシモン様に出会ったのは意外であったが、どうやらトリス様を自宅へ送り届けたあとのようだった。
しばらく話をしながら歩き、小鳥姿の奥様の頭を指で優しく撫でて「おやすみ」と挨拶をしたシモン様は、だんさんと手を振りあって別れる。
あちらも、闇に紛れて見守る護衛がいたので大丈夫だろう。
上位称号持ちの家に生まれた者は、様々な柵があって大変だ。
特に、シモン様は次期宰相である。
狙われることも多いだろうから、油断ならない。
そうこうしている内に、ラングレイの屋敷前に到着しただんさんは、門に手をかけ、そのまま中に入るのかと思いきや、くるりと振り返る。
「あのな……お前は仕事で疲れているんだから、あまり無理してんじゃねーよ。休むことも覚えろよな」
真っ直ぐに此方を見て、そんなことを言ったのだ。
いつもは気づいていなかったはずだが……いや、気づいていたのに、知らないふりをしていたのかと驚いてしまった。
「力を持て余していて暇なら、ルナとチェリシュを寝かしつけてくるから待っていろ。全力を出させてやろうか? キュステ」
ああ、これは完全にバレているわ……
仕方がないので、闇から抜け出して姿を現すと、だんさんは呆れたように溜め息をついた。
「僕、そこまで暇人やあらへんよ?」
「暇人だろうが。こんなところまで、護衛してきやがって」
「奥様とチェリちゃんがおるから、心配やったんよ」
「嘘つけよ。俺だけの時でも護衛していただろうが」
やっぱり、バレていたのかと思うと同時に、自らの護衛技術が未熟なことを痛感してしまう。
まあ、本職ではないが、もっと技術を磨きたいところではある。
「明日、海中調査もしなきゃなんねーんだから、力を蓄えておけよ」
「それくらいでへこたれへんよ。海の中は、僕のテリトリーやもん」
「頼もしい限りだよ。んじゃあ、ちょっと待っていてくれ。お前に話したい事がある」
「了解」
屋敷の中へ入っただんさんは、しばらくしてから出てきたかと思うと、屋敷からほど近いところにある小さな公園のベンチへ腰を下ろした。
こんなところまで出てくるのには、何かワケでもあるのだろうか。
まあ、敷地内だと、モアちゃんが色々やっているから、会話が聞こえる可能性だってあるかもしれない。
部屋の中なら問題はないだろうが、使用人たちの手間を考えて表へ出てきたのだろう。
「キュステ……あのさ」
話しづらいことなのだろうか、言葉を探し、考えあぐねている様子は珍しく、何だか嫌な予感しかしない。
ま、まさか……クビとか言われへんよねっ!?
僕、なんかマズイことしたんかな……
それともなに?
本気で、僕が奥様に手を出す危険人物やとでも考えてはるんっ!?
音声遮断の結界も最上位のものが張られていて、誰にも聞かれたくないほど重大な話であると理解はできる。
しかし、そんな重要な話を切り出される心当たりが全くなかったので、嫌な方向にしか考えが行かない。
「アレンの爺さんには話したんだけど……お前にも話しておこうと思ったんだ」
「……爺様は知ってはること?」
「ああ」
「無理して話さんとアカンことなん? だんさん……まだ、迷うてはるやろ?」
「こんなもん、ずっと迷うものだと思う。でも、お前は俺の相棒だから、話しておきたい」
だんさんの口から出た『相棒』という言葉に、胸がジンッと熱くなる。
嬉しい……だからこそ、無理をしてほしくない。
だが、だんさんの決意は固かった。
大きく息を吸い込み、意を決したように此方を見て、ゆっくりと口を開く。
「俺さ……実は、前世の記憶があるんだ」
一瞬、何を言われたのかわからず、月光の下でも神秘的に輝く、青い海と黄金の大地と緑の豊かな森を思わせる不可思議な瞳を、ただ静かに見つめる。
「しかも、運がいいのか悪いのか、異世界の……ヤマト・イノユエと同じ世界の『日本』と呼ばれる国で生きていた記憶だ」
それは、あまりにも衝撃的な内容だった。
考えたこともなかった内容に言葉は出なかったが……頭の中では納得すると共に、色々と引っかかっていたものが、ストンと腑に落ちた。
そうか……だから───
ジュストの件に関して、強く言えなかったのも……そのせいだ。
前世の記憶を持つからこそ、完全に否定ができなかった。
家族から離れた理由の一つは、これも影響しているのだろう。
転落事故の時に記憶を取り戻したと言うから、年齢よりも大人びていたのも納得がいく。
変に商売上手なのは、そういう経験があったか、知識があったのだ。
技術や知識は、異世界から影響を受けたものが多いのだろう。
だんさんみたいに、前世の記憶を持って生まれた、もしくは記憶を取り戻してしまった人は多くはないが、全く居ないわけでもない。
ただ、そういう人たちは決まって数奇な人生を歩んでいる。
だんさんも、その1人だろう。
ジュストの件だけでもそうだが、奥様という召喚獣を得ていることや、十神との関わりだって『普通』とは言い難い。
マリアベル様の言っていた、誰かを通して何かを見ているというのは……多分、前世の家族ではないだろうか。
こんな秘密を、今まで独りで抱えて過ごしていたのか……この人は、どれほど孤独であったのだろう。
そう思うと、涙が出るほど切なかった。
「なんで……もっと早ぅ言うてくれへんの……僕が不気味に思うて離れていくとでも考えはったん?」
「いや……俺が臆病だったんだ。今でも……家族には、この事を言えねーんだよ」
それはそうだろう。
何故、家族に言えないのか理解できる。
前世の記憶を持つ者は、だいたい2パターンに別れるが、だんさんは『自分が別物になってしまったように感じて話せなくなった』タイプだろう。
もうひとつのタイプは、『混乱して家族に相談する』というものだ。
性格上、後先を考えずに行動することはしないから、前者のタイプであることにも納得してしまう。
自分のことよりも、周囲のことを先に考えてしまったのだ。
ホンマに……この人は───
「僕は、ソレを聞いても納得しただけで、相棒をやめたりはせぇへんよ。むしろ、もっとはよぅ言ってほしかったっていう恨み節くらいは出てきそうやけど?」
「そっか……それはそれで困ったな」
「そう思わはるんやったら……これからは、ちゃんと言うてな」
「ああ。ちゃんと話す」
「それやったら堪忍したるわ。二度はあらへんよ? 僕ら、相棒やし親友やん。変な遠慮や気遣いは無用やわ」
「……ああ。すまねーな」
「それに、家族に話せへんのもわかる。せやけど……いつかは、モアちゃんたちにも話したってな」
「それも約束する」
力強く頷くだんさんを見て、これだったら大丈夫だと安堵する。
様々な柵にがんじがらめにされているが、何が大事であるか理解しているから問題ない。
奥様が来てから、更に強くなったのではないだろうか。
守るべきものを得た者は、こちらの想像を遥かに超えて強くなるのだと爺様が言っていた。
シロを得た僕だからこそ、その言葉は理解できたが、今のだんさんを見ていても、そう感じてしまう。
良かった……だんさんは独りで戦うことをやめ、少しずつ歩み寄り、みんなと手を取り前へ進むことを決めたのだ。
それは全て、守るべき者のため───
「奥様との変な意思の疎通は、同類って考えたらええんやね」
「まあ……そうだな。お前は察しが良すぎねーか?」
「今の話の流れで、なんとなくわかったわ。そういうことやったら、これからも二人で色々考えて、店を繁盛させてくれはるんよね?」
「ったく……わかったよ」
「フォローは、僕と爺様に任せたらええから。前もって相談してくれると有り難いわぁ」
「善処する」
「そこは約束してくれへんっ!?」
どちらからともなく吹き出すように笑い合い、いつもの調子に戻った僕らを、十神の誰かは見ているのだろう。
慈悲深く、心配性な愛の女神様は確実に見ているだろうが……僕は裏切らないから安心して欲しい。
この命にかえても、友を守り抜く。
それを、改めてここに誓おう。
真実を話してくれた友に出来る、僕のお返しだ。
「まあ……だからさ。これからも、よろしくな。相棒」
こちらを見ようともせずに紡がれた言葉には、多少の照れもあったのだろう。
長い脚を組んだまま、視線を此方へ向けず、距離が近いために窮屈そうに肘を曲げながらも、握られた拳がこちらに向けられていた。
昔、親友のヴォルフ様とよくやっていたという挨拶───
「こちらこそ、よろしゅうお願いしますわ。僕の相棒はん」
コツリと拳をぶつけ合った瞬間に見せた彼の笑みを、僕は生涯───この世から消え去る瞬間まで、きっと忘れることはないだろう。
どこか吹っ切れたようなだんさんの横顔を見ながら、この人に出会えて本当に良かったと、心から思えたのである。
応援ありがとうございます!
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