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第八章 海の覇者

ソースの香りは効果抜群なのです

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「ん? ルナ、何かあったか?」
「い、いいえ! すぐにそちらへ参りますっ!」

 い、いけません。
 リュート様に見惚れている場合ではありませんでした。
 キッチンカーから出て作業をしていたリュート様のそばへ行くと、屋台で見かけるような卓上のグリドルが目に入り、これは完全にナナトの屋台で使うことを意識して設計したのだと悟ります。
 ナナトが喜びそう……

「温度調整は手前のつまみでいけるし、隅までムラなく火が通るようになっているから確認してほしい」

 スイッチを入れて指で鉄板に触れると、ほんのりあたたかくなっているのがわかる。
 これは、鉄板があったまるのも速そうですね。
 んー……スイッチや温度調節する場所はわかりましたが、魔力を補充する場所が見当たりません。
 どこにあるのでしょうか。

「リュート様、動力となる魔力を補給する場所は……」
「ああ、それなんだが……魔力補充はオーディナルが使っていた魔力を集める術式を使った回路で、新しい物を作ってみた。今までは、その装置に一つの魔石をはめ込み、その大きさに比例して魔力を貯める値が決められていたが、新しい物は従来の物よりも効率が良く、他の術式に干渉しないのが大きな違いだ。そのおかげで、魔力が必要になるシステムと繋ぐことが出来るようになったのは大きな収穫だし、この大本に魔力補充をすれば、接続した全アイテムに行き渡るという、画期的な術式ができあがったってわけだ」

 目をキラキラさせて一気に説明をしてくれたのですが、つまりは……えっと……今まで個別に行っていた魔力補充が、これからはこのシステムを導入することで簡単になるということですよね?

「これまでも、ギムレットと研究して改良を重ねていたんだが、術式の干渉で作動しないことが多く、お手上げ状態だったんだ。でも、オーディナルの術式を見たときに使えるんじゃねーかって試してみて良かった! すっげー楽になるぞっ!」
「マジっすか……リュート様、すげーっすね! これがあれば、不精者の俺でも冷蔵庫の中身を駄目にすることが無くなるっす!」
「細々と補給するのが大変だったから、本当にありがたいわ……リュート、この術式よね。ちょっと見せて貰っても良いかしら」

 モンドさんが嬉しそうに声を上げ、リュート様に許可を貰ったお母様は興味津々で術式が刻まれているらしい魔石を見つめていた。
 こ、これって画期的な発明なのでは……
 オーディナル様のことだから、もしかしたら、リュート様とギムレットさんの努力をどこかで見ていたのかもしれません。
 それで、少しだけヒントを与えたのかも……?
 本当にお優しいのですから───

「いずれ、これを専門にできる大きな施設を作って、各家庭に分配して使用料を払うみたいなシステムを構築出来れば良いな」

 多分ですが、リュート様の頭にあるのは、発電所みたいな施設ですよね?
 さすがに、それだけ大がかりな物を作ることはできないでしょうし、電気とは違い、魔力を動力にしていると言うことは、人が自らの魔力を供給しなければならないので、そう簡単にはいかないでしょう。
 それに、補給量より使用量のほうが多ければ、システムが破綻してしまいます。
 無尽蔵な魔力の供給源があれば話は簡単でしょうが、そんなにうまい話は無いでしょうし……

 でも、現状を考えると、各家庭で補給できる魔力量によって、生活に格差が出ているのも事実です。
 リュート様のように、大きな魔力を持つ人は良いのですが、日々の暮らしに必要最低限の魔力を補給することが難しい家庭もあるのだと聞いたことがありますから、こういうシステムが普及すれば、とても助かることは間違いありません。
 しかし、日本で生活していたときにも思いましたが、安定した電力の供給や管理はとても難しい。
 自然災害だけではなく、魔物もいる世界で、それは可能なのかという不安が残ります。

「まあ、実際にやるとしたら国が動かなければ意味がねーし、魔力や術式関連だから、俺が……っていうよりも、ウォーロック家が開発や管理などの担当をするんだろうけどな」

 そういって笑うリュート様を見つめ、全ての問題点を理解していながらも、この方は人々の生活が楽になるように考えて、色々な物を作ろうとしているのだと胸が熱くなりました。
 やはり、リュート様は素晴らしい方なのですっ!

「これもルナのおかげだな」
「わ、私……ですか?」
「ああ。だってさ、これが出来るのは、俺の心に余裕が出来たからだ。他のことを考えるだけの余裕が出来たから出来たことだし、オーディナルが術式を教えてもいいと思ったのは、きっとルナの生活を安定したものにしたいからだろうしさ」
「それだけだとは思えません。リュート様やギムレットさんたちの苦労や努力を見ていたのだと思います」
「まあ、ルナちゃんがいたからっていうのは間違いじゃないよネ」
「やっぱりなー」

 時空神様とリュート様の会話を聞きながら、そうなのかしらと首を傾げます。

「ルナ様が最強ってことっすね」
「いや、わかってたことだし……」
「本当に、心から感謝ですよね」
「感謝感謝なのっ」

 問題児トリオの会話に交じって、チェリシュまでそんなことを言い出す始末ですが、この試作品を作り上げたリュート様とギムレットさんが凄いのですよっ!?
 だって、普通に術式を見ただけで理解して、自分たちの生活へ還元するなんて私には出来ません───と、力説していたら、リュート様が感極まったように私をぎゅーっと抱きしめてくださったので、ちょっぴり慌ててしまいます。

 う……ひゃああぁぁぁっ!
 嬉しいのですが……は、恥ずかしいですうぅぅぅっ!
 みんなが見ておりますから、こういう場所でのハグは勘弁してくださいーっ!

「やっぱり、リュートもルナちゃんも凄いね。自慢の弟と妹だよっ!」

 その上から、ロン兄様が重なってぎゅーっと抱きしめてくださったかと思ったら、テオ兄様も参加していて……こ、これは……恥ずかしさを通り越して、幸せですねぇ。
 思わず口元がニヤついてしまいます。

「あーっ! キューちゃん、チェリシュも、チェリシュも参加するのー!」
「はいはい、僕は蹴られるから、チェリちゃんをだんさんの上に置いてあげるわぁ」
「ダメなの、キューちゃんもなの」
「え、それ……僕に蹴られろって言ってはる?」

 可愛らしいやり取りをしながら、キュステさんはチェリシュをリュート様の背中に預け、もぞもぞと動き出したチェリシュは、定位置と言わんばかりに、私たちの間へ入ってきました。

「定位置なの」
「しょーがねーなぁ」

 首にぶら下がり状態になっているチェリシュを確保して、リュート様が苦笑を浮かべます。

「うふふ、チェリシュ、リュート様は凄いですよね」
「すごいの! さすがはリューなの!」
「そうか? ありがとな」

 苦笑半分、嬉しさ半分と言った様子で笑ったリュート様は、とりあえず私たちを解放し、手を握って卓上グリドルと全システムに必要な魔力を一カ所で処理してしまうシステムの前に誘導してくれました。
 卓上グリドルに繋がれている魔力を供給するシステムは、術式が刻まれている魔石を中央にして七色に輝く水晶の球体が全てを覆い、それを支える青銀の台座にも、様々な術式が施されているのか、複雑な模様が描かれております。
 美しい装飾品かオブジェにしか見えないソレは、淡く輝きを放ち、未来を照らす明るい希望の光にも感じられた。

「今までだったら、この卓上コンロには術式を施した魔石が一つだったけど、ここにフライヤーも繋いで……ほら、こっちも作動しているだろ?」

 繋ぐと言っても、コードで繋いでいるわけではなく、送受信用の魔石を装着するような感じになっているみたいです。
 本来は、受信用の魔石を装着している魔石に触れて魔力を補給するようになっていたのでしょう。
 これなら、どんなタイプでも利用できますよね。

「本当だ……凄いです、リュート様っ!」
「ギムレットと長年の研究の成果が、オーディナルの助力でやっと実を結んだって感じだ。礼を言っておいてくれ」
「はいっ!」

 とても嬉しそうなリュート様につられて笑顔になった私は、彼の努力に報いるべく、美味しいお好み焼きを完成させようと腕まくりをしました。

「では、私は……リュート様たちが頑張って作ってくださったグリドルで、今できる最高のお好み焼きを作りますね!」
「それは楽しみだっ」
「楽しみなのっ」

 鉄板に手をかざし、かなり良い感じに熱されていることを感じ、薄く油を引いた後、カカオたちが持ってきてくれた材料を確認して小さめのボウルを取り出します。
 そこに小麦粉とだし汁を入れて、よく練り合わせていきましょう。
 長芋がないときは、この練りが必要になってくるので、スプーンを前後に動かすよう混ぜ、しっかりとグルテンを作りました。

 よし、次に具材を入れて行きましょう。

 チェリシュが美味しく作ってくれたみずみずしいキャベツのみじん切りに卵、生姜の酢漬けとネギを加え、空気を含ませるようにざっくりと混ぜていきます。
 ボウルの中身を確認して、そっと鉄板の上へ生地を流し込むと同時に、じゅうぅといい音が響きました。

「いい音だなー」
「じゅぅじゅぅなのっ」

 二人の反応に笑みを浮かべながらも、次々に同じ物を作って鉄板をいっぱいにしたら、豚バラ肉を生地の上に載せて、ひっくり返していきましょう。
 最初に作ったお好み焼きが良い焼き色がついていて、とても美味しそうです。

「うわ……いい色だな」
「味はわからへんのに、焼き色だけで美味しそうって罪やねぇ」
「罪なのっ」

 思わずリュート様が肩越しに覗き込んで良い笑顔を浮かべてくれるのですが、それに比例して左腕がうずうずと───
 ベオルフ様、今回リュート様は頑張ったのですから、少しは大目に見てあげてください。
 そう念じながら、左腕をねじ伏せます。
 邪魔にならない位置にいるのですし、問題ありませんもの。

「生地を混ぜるときは空気を含ませること。ぺちゃんこにしないようにしてくださいね」
「空気……か。わかった、注意する」
「空気が入っていると、食感が全然違います」
「タダの空気で、美味しくなりますかにゃっ!? 不思議ですにゃ」

 私の作業を、カカオだけではなくナナトも真剣な表情で見つめ、作り方の手順やコツを探っているようでした。

「中が生焼けにならないように、何度かひっくり返して火を通しましょう」
「ひっくり返しが大事ですにゃぁ」
「タイミングが難しそうですね」

 ジーッと見つめるミルクとマリアベルは、同じタイミングでウンウンと頷き、本当に可愛らしいです。
 いけない……よそに気を取られていたら、焦げてしまいますから集中しましょう。

「そろそろ焼けてきましたね。私は、卵を追加するタイプが好きなので、焼けているお好み焼きを端へ寄せてスペースを空けたら、同じ数だけの目玉焼きを作るように卵を割り入れて、フライ返しでコンッと一回だけ突いてからお好み焼きを元の場所へ戻します」
「卵と合体なのっ」
「あー、コレは絶対に旨いヤツ……」

 卵に火が通ったらひっくり返して、取り出したソースにケチャップや砂糖を加えたお好み焼き用のソースをかけました。
 同時に、一際大きなじゅうぅぅっという音が立ち、何とも言えないソースの香ばしい独特の香りが辺りに広がっていきます。

「くぅ……これは空腹にくるやつ……」
「凄い匂いですにゃ! お客さんが寄ってきますにゃ!」
「何故かよだれが出るっす……」
「モンド、汚いから口元拭え!」
「子供じゃ無いんですから……」

 リュート様を筆頭に、周囲はソースの匂いでてんやわんやという感じ。
 やはり、初めて嗅ぐけれども食欲を刺激する匂いって、来る物がありますよね。
 あー、本当に良い香りです。
 これも、洗浄石があるから鉄板の上でできますが、本来なら焼けたお好み焼きを容器にとりわけてやる作業ですよね。
 数を焼くなら、鉄板の上でのソースは厳禁ですもの。

「チェリシュもよだれが……」
「美味しそうなの……チェリシュ、すごく良い香りに弱いの……」
「それは、みんなも同じやから、ほら、口元を拭おうなぁ」
「あいっ」

 気づいたリュート様がハンカチを出すよりも早く、キュステさんがチェリシュのよだれを拭ってくれているようです。
 リュート様もチェリシュもお好み焼きの破壊力を前にして、なすすべも無いという感じでしょうか。
 ふふふ……
 それだけ美味しそうに仕上がったと思って良いですか?

 焼き上がったお好み焼きにはトッピングも必要ですが、とりあえず、青のりや鰹節の件がありますから、食べる前に振りかけるようにしましょう。
 では、冷めないうちに熱々のお好み焼きをしまっていかなければなりませんね。
 熱いうちにしまわないと、一番美味しい時を逃してしまいますから!

「今は……がーまーんーなのっ」
「そうだな。我慢……だな」
「よし、師匠。この料理は……」
「オイラがやりますにゃ! 『材料費が安い』『調達しやすい』『作りやすい』の三拍子ですにゃ! 『やすい』がいっぱいですにゃっ!」
「そ、そうですか? じゃあ、ナナトにお任せしましょうか? でも……たこ焼きも見ていた方が良いかと……」
「では、私がやりますにゃぁ、ひっくり返すのは得意ですにゃぁ」

 フライ返しを両手に持って元気いっぱいに珍しい自己主張をするミルクに任せ、私たちは次の料理へ参りましょう。
 次は、リュート様がお待ちかねのたこ焼きです。

「たこ焼きの鉄板はこっちだ。これで行けると思うんだけど、どうかな」
「鉄板も大丈夫でしたから、問題ないと思います。熱の伝わり具合も均等で素晴らしい出来映えでしたし、火加減もできるのでとても嬉しいですっ」
「そっか……良かった」

 照れ笑いを浮かべるリュート様に心の底から感謝しつつ、私は出汁を取り出しました。
 さあ、気合いを入れていきますよーっ!

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