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第九章 遠征討伐訓練
9-5 黄昏の紅華(アディ・モネス)
しおりを挟むオーディナル様が楽しそうに小鳥たちと戯れる姿は、見ていて微笑ましいが、可愛らしい二羽が此方にも来てくれないかと期待してしまう。
ベオルフ様は……もとに戻ってしまいましたものね……
「何だ? 何か言いたげだな」
「戻ったのですね」
「あのな……」
ガックリと肩を落とすベオルフ様は、少々恨みがましい視線を此方へ向けてきますが、もう少し堪能したかったという気持ちがじわじわ湧いてくる。
私のことを心配してくれたのだから、贅沢ですよね
「そんなに気に入ったのか? まあ、ゴツイ体を見ているよりも和めるのだろうが……」
あ、あれ? えっと……珍しく……拗ねてる?
本人は無表情なのだが、声の響きに普段とは違う音が混じっているように感じた。
「体が大きければ大きいで、違う安心感もありますよ? 不安な時に大きな体でぎゅーってしてくれたら、とっても安心します。今だって、それだから笑っていられるのですもの」
「そうか?」
「いつものベオルフ様も、可愛らしいエナガ姿のベオルフ様も大好きです」
微笑みながらそう告げると、彼は面食らったように言葉を詰まらせていたかと思うと柔らかく目を細めた。
「みっともないと思ったのだがな」
「どこがっ!? すごく可愛らしくて癒やしです! 私の一番の癒やしですよっ!?」
「そこまで力を入れて言うことでもあるまい」
呆れたと言わんばかりの声色ですが、その奥に「しょうがないヤツめ」という響きが含まれていて、今後もお願いしたら変じてくれそうだと感じる。
次も癒やされたくなったらお願いしてみようと心に誓っていると、ジーッと此方を見ている視線があることに気づいた。
オーディナル様の肩から、天色の冠羽を持つ真白と呼ばれる小鳥が私たちを凝視していたのである。
ベオルフ様も気づいているだろうに、完全にスルーを決め込んでいるようだ。
もしかして、仲が良いのですか?
騎士故なのか基本的に丁寧な対応を心がけているようだが、親しい相手には気が緩むのか元来の雑なところが時々出てきてしまう。
それだけ安心してくれているということなのですけれどね?
つまり、それがベオルフ様の親密度を測るバロメーターにもなっているのだが、ここまでスルーを決め込むとなれば、かなり親しいか嫌っているかの二択である。
しかし、どうしても嫌っているようには見えない。
「むー……」
真白が頬をぷっくり膨らませて、羽毛までもぽんぽんに膨らませている様は、とても可愛らしく、笑いを堪えるのが難しくなってきた頃、ようやくベオルフ様が真白へ視線を投げかけた。
「そこから飛ぶな。お前の飛行は危なっかしいからな」
「ちゃんと飛んでるもんっ」
「ほー?」
飛ぶのが危なっかしい?
ジッと見ていると、真白は「この華麗な羽ばたきを見よ!」と言いながら、オーディナル様の肩から飛び立ち、よちよち歩きの子供のような危ない足取り――いや、飛び方で此方へやって来た。
「だから、お前は千鳥足飛行だと言うのだ」
そう言いながらも、手を伸ばして危なっかしい真白をキャッチしているベオルフ様に笑いがこみ上げてしまう。
なんだかんだ言って、面倒見が良いところは健在である。
「ちゃんと飛べたでしょ?」
「お前は鳥類というものを、一から勉強し直した方が良さそうだな」
「酷い!」
とてもテンポの良いやり取りは、長年そうしてきたと言われても不思議では無い安定感があり、無表情なベオルフ様とコロコロ表情を変える真白は良いコンビのように思えてならない。
ベオルフ様の掌でプンプン怒った様子を見せていた真白は何かを思い出したのか、動きを止めてつぶらな目で此方を見てから安心したように翼でくちばしを隠して笑っている様子を見せた。
「良かったー。元気になってる! さっきまで死にそうになってたから、心配してたんだぁ」
「さっきまで?」
「真白……」
ベオルフ様の制止の声を聞いた真白は、あからさまに「しまった!」というように、ぴょんっと体を弾ませる。
か、可愛いっ!
我慢できずにベオルフ様の手に顔を寄せて真白を優しく撫でていると、嬉しそうに翼を広げて撫でている手にしがみついてきた。
い、いけません……この子……本当に可愛すぎますよっ!? 先ほどのベオルフ様とは違う愛らしさです!
「ルナは、あったかくてふわふわで良い香りがするの。ママがいたら、こんな感じなのかなぁ」
そうか……鳳凰が亡くなった後に誕生したこの子たちは、自分の親を知らない。
まだまだ子供のような仕草が目立つこの子には、本来なら親が必要だったはずである。
先ほどわんわん泣いていたのは寂しかったのだろうと考えると、胸が締め付けられる思いであった。
きっと、人の私では考えられないくらいの長い時間を、この子たちは与えられた仕事をこなし、人知れず頑張っていたのだろう。
「そう感じて貰えたら嬉しいです」
「えへへ……ルナは優しいから好きー! ベオルフは意地悪だからキライ」
「駄目ですよ? キライなんて言葉は、軽々しく使う物ではありません。ベオルフ様は無視しているように見せかけて、ちゃーんと見てくれていますからね?」
「……うん、知ってる。キライって言ってゴメンナサイ」
「気にしていない。本心では無いのはすぐにわかる。お前はルナティエラ嬢に似ているからな」
「あれ? 私はベオルフ様に嫌いだなんて言った覚えはありませんが……?」
「小さい頃は言っていた」
「記憶にございません」
「都合の良いことだ」
「本当に記憶にございません」
「思い出したら教えてくれ。その時は『ほらな?』と言ってやろう」
「もうっ!」
ぺちぺち腕を叩いていると、何が面白かったのか真白はケタケタ笑いながらベオルフ様の掌の上を転がり、そのまま落ちそうになっていることに気づき慌てて手を伸ばすが、彼の方はこうなることがわかっていたのか、少し手の角度を変えただけで事なきを得たようだ。
どうやら、性格だけではなく行動パターンも把握しているようである。
「ベオルフ。紫黒の報告は本当か?」
急にオーディナル様から声がかかり何事かと首を傾げていると、時空神様が神妙な顔をして「過去への干渉だよね……」と呟く。
「過去への干渉?」
「本当です。先ほどまで意識が無かったのは、紫黒と真白に連れられ、過去へ赴いていたからです」
「過去?」
話が見えずに困惑していると、真白がこっそりと教えてくれた。
彼女の説明によると、どうやら過去の私がかなり衰弱して今にも死にそうになっていたので、目の前にいるベオルフ様が過去の自分に代わって助けてくれたのだという。
時間を超越してまで助けてくれたことに驚きベオルフ様を見つめていたら、小さな真白が翼をパタパタさせて声をかけてきた。
「ねーねー、ルナ。秋の収穫祭くらいに変な物を食べなかった? お茶をすすめられたり、変な食べ物を持ってこられたり……」
真白の言葉を切っ掛けに、確かその頃は体調を崩して部屋から出られなかったな……と思い出す。
いつもはあまり絡むことさえしてこない侍女が奇妙な動きをしていたかと思ったら、中途半端に放置された過去が頭をよぎる。
「侍女が珍しく、温かな食事を運んできてくれたことがありました。それを食べた翌日に体調を崩して……確か、お茶も勧められたような……そちらは手をつけなかったので、機嫌を損ねてしまいました」
「えー、何ソレ! 冷めた食事しか持ってこないとか最悪じゃないかーっ」
プリプリ怒り出したノエルを抱っこした時空神様は、チラリとオーディナル様へ視線を向けて、次の言葉を待っているようであった。
「なるほどな……その時に混入されたと考えて良いだろう。まさか、根絶させたと思っていたコレがまだ残っているとはな……」
「あの時、確かに絶滅したはずですよね」
「管理システムからも確認したが、【黄昏の紅華】の残量は0であったはずだ」
厳しい表情のままオーディナル様は此方へ歩いてくると、私の額に指先を置いて、何かを探っているように力を注ぐ。
「……ふむ。ベオルフのおかげか、それとも僕の愛し子の体質か……いや、熱を出したというのなら、拒絶反応が起きていたのだろう。体質とベオルフのおかげで後遺症も無く完全除去出来たというところか」
「え、えっと……毒だったのでしょうか」
「毒よりも酷い中毒性のある物質で、人の体に害を及ぼす物だ。人だけでは無く神族にも影響を与え始めたので排除したのだ」
「麻薬に近いけれども、人には毒反応が出てから、それを乗り越えた人に極度の中毒性を発症するようだよ。神族には精神汚染と神力減退の症状が現れたという報告があるね」
時空神様の言葉に唖然としてしまう。
確かに地球にも似たような物はあったが、神族にまで影響を及ぼすなんて考えられない。
そこまで危険な代物を、いつの間にか混入されて食べていたなんて……
「その物質については、ベオルフが回収してくれたので分析をしているところだ。うまくいけば、完治させるとまではいかなくとも、中和させる薬が完成するかもしれない」
「ルナみたいに浄化の力が強いだけじゃなく、ベオルフっていうブースターっていうか……完全無欠の助っ人なんて、普通はいないものね」
真白がコクコク頷きながら紫黒にいうが、確かにベオルフ様がいなければ今まで無事に生きてこられたのかもわからない。
廃人になっていたか、死んでいたか……後者の確率が高かったはずだ。
「それならばデータを共有しよう。僕のデータベースに繋ぐと良い」
「それは助かる」
オーディナル様と紫黒の会話は難しくて、私たちにはイマイチ理解出来ない部分があるのだけれども、ノエルを下ろした時空神様は心配しなくて良いと笑ってオーディナル様たちのフォローをしてくれているので任せることにした。
「あーなると、紫黒は徹底的にやるから、すぐに解決するよー」
「そうなんだー」
「アレでも、自慢の兄だからねっ」
「いいなー……ボクもお兄ちゃん欲しいなぁ」
「じゃあ、真白がノエルのお姉ちゃんになってあげる!」
「本当にっ!? やったーっ!」
「……妹じゃないのか?」
ベオルフ様のツッコミを華麗にスルーした真白は、ノエルの頭の上に飛び降り乗って胸を張っているし、ノエルは嬉しそうに尻尾をブンブン回して飛び跳ねている。
見ていると可愛らしくて和むが、先ほどまで交わされていた会話の内容が衝撃的で、感情が追いついてこない。
侍女に中毒性のある毒を盛られ、ベオルフ様に助けていただいたらしい……しかし、記憶が全く無いのだ。
ただ、熱が下がったあと、とても寂しいと感じていたことはおぼろげに覚えている。
もしかしたら、それは……ベオルフ様と離れたくなかった記憶の名残なのかもしれない。
確かに、これだけ頼りになるベオルフ様と離れるのは、当時の私だったら辛かっただろう。
今でも辛いのだから、当然である。
こうして、記憶には無いのに多大なる迷惑をいくつもかけているのではないだろうか。
そう考えるだけで、申し訳なくて仕方が無い。
そんな私の考えを全て見通しているのか、ベオルフ様は無造作に頭を抱きかかえ、脳天に頬を寄せてくれた。
「無事で何よりだ。少し……焦ったがな」
「ありがとうございます。記憶に無くても、沢山迷惑をかけて……申し訳ありません」
「何を言う。お互い様だ」
この優しい声に、どれほど救われてきたのだろうか。
「風邪を引いたら、今度は私が看病しますからね」
「ああ、楽しみにしている」
まあ、容易く風邪など引かないがな……と楽しげに言う彼の声を聞きながら、一度だけぺちっと、いつも私を守ってくれる逞しい腕を叩いた。
応援ありがとうございます!
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