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第十章 森の泉に住まう者
10-8 後継者問題と豚カツ
しおりを挟むリュート様たちが賑やかにしている間に、時空神様が何かをしたのか、油を熱し始めた周辺にキラキラしたものが見える。
「ああ、ルナちゃんには見えるんダネ。特に変なことはしてないヨ。暴れているから、念のために……ネ」
「結界ですか?」
「それよりも強固な空間遮断ダネ」
さらりと凄い事を言っている時空神様は、やはり神族なのだと感心してしまう。
兄の親友的な感覚で接してはいるが、この世界の十神を取りまとめる長男――いや、厳密に言うと長男では無かったかと思い出す。
「ルナちゃん、このお肉……かなり厚みがあるけど……」
「2cm位を目安にしております。厚みがある方が美味しいですし」
「揚げるのが大変じゃナイ? とはいっても、陽輝もこれくらいのを揚げてるか……あ、卵液は、小麦粉も入れておくカイ? 確か、バッター液って言うんだよネ?」
「その方が楽だと思いますのでお願いできますか?」
「了解ー!」
牛乳を入れ、小麦粉は分量が多いと衣が厚くなり過ぎるのだが、そこはシッカリ把握している時空神様である。
言わなくても、ほんの少しだけ加え、シッカリと滑らかになるまで混ぜていた。
手際よく卵液を作っていく様子を横目に見ながら、ふと思いついた事があり、先日確保しておいたが乾燥させずに保管して置いたパンを取り出す。
「アレ? さっきパン粉は作っていたよネ?」
「細かいパン粉は白身フライに、豚カツ用には生パン粉を用意しようと思いまして」
「ナルホド」
チェリシュがいれてくれた小麦粉、時空神様が作ってくださったバッター液、私が用意した二種のパン粉。
油はほどよい温度になっているようだ。
肉の表面に浮いている水気を拭い、筋切りに問題はないかチェックしてから塩コショウで下味をつける。
「綺麗な筋切りダネ」
「これが出来ていないと、お肉が反ってしまいますから……綺麗に仕上げるには、必須ですよね」
肉に小麦粉をつけて余分な分をはたき落とす。
それから、バッター液を纏わせて余分な液を流し落とし、生パン粉の中へ――
肉に大量のパン粉をかぶせて、軽く押さえる。
隙間無くパン粉がついた状態になったら、油の中へ……
じゅぅ……という音がキッチンに響く。
その音に気づいた、リュート様とチェリシュと真白が一斉に此方を見た。
「じゅうぅぅー! なのっ!」
「あ、チェリシュ、今は揚げ物中だから、そばにいったらダメだ。危ないからな?」
「あいっ!」
「真白は油をかぶっても平気だからー」
「ダメだ。邪魔になるから、ここから一緒に見てような!」
「ぎゅうぅぅって握りながら言わないでえぇぇっ! 油の中にどぼんしたら、美味しくなるかと思ったのにいいぃぃ」
「なるわけねーだろ! お前が美味しくなるだけだから、大人しくしてろ!」
素直なチェリシュと、何とか此方へ来ようとする真白を捕まえているリュート様。
見かねたのか、はたまた自分の姉たちがしてきたことを真似たのか、チェリシュが真白をぎゅっと抱きしめた。
「まっしろちゃん、一緒に見ようなの」
「んー……チェリシュが言うならそうするー」
「テメェ……」
自分との対応の違いを見せつけられ、頬を引きつらせているリュート様に向かって、チェリシュが微笑みかける。
「リューは、チェリシュをぎゅー、なの!」
「お、おう」
な、なんでしょう……あの可愛い団子父娘……
真白をぎゅーとするチェリシュをぎゅーとするリュート様!
はぁ……か、可愛らしい!
「ルナちゃん、集中シテ」
「あ、はい!」
いけません、揚げ物中です。
よそ見はいけませんね。
「それって、ひっくり返さないんだな」
「油の中に入れたら、あまり手を出さない方が良いのです。衣が崩れてしまいますから」
「へぇ……そういえば、うちの婆さんも、そうやって作っていたような気がする……かも?」
どうやら記憶はかなり曖昧なようで、自信がなさそうだ。
しかし、遠くからでも祖母の料理をする姿を見ていたのだろう。
昔の記憶をたぐり寄せて目を細めるリュート様は、とても懐かしそうな表情をしている。
「次々に揚げていかないとネ」
「はい、次も準備してしまいましょう。【料理スキル】のおかげか、【神々の晩餐】のおかげか、温度や時間などを管理しなくても、色々感じてしまいますから楽ですし」
「んー、どっちも同じ効果はあるけど……ルナちゃんの場合は、より精度が高いって感じカナ? 昔のキャットシー族も持っていたスキルとは言え、喪われたのは惜しいよネ」
失われてしまったスキル……本来なら、今でもキャットシー族の間に残っていたはずなのに……
「料理を司る女神がいなくなったから、【神々の晩餐】は失われたのか?」
「その通りダヨ。それだけ、守護する神々がいなくなるというリスクは高いんダ。まあ、それだけ恩恵があるっていう事だけどネ。しかし、その後継者がいないのも問題なんだよネ」
「後継者か……難しそうだな」
リュート様の言葉を聞いて、時空神様は寂しそうに頷いた。
どうやら、新たな神族はここ最近誕生していないようで、失われた力を補う術を持たないのだという。
神族が誕生しないということは、その世界はそれで安定してしまったという証しでもある。
いや……でも……本当にそうなのだろうか。
「――って、あれ? どうして……私……」
「ん? どうした?」
「あ、いえ、何でもありません」
慌てて笑顔を作って微笑むのだが、内心はドキドキしてしまって落ち着かない。
何故、私はそんなことを知っているのだろう。
神々が誕生しない=安定だなんて普通は考えない。
もしかして、封じられた記憶の中に、そういう知識があるのだろうか。
そうなると、オーディナル様は私たちに何の知識を与えていたというのだろう……いや、オーディナル様のことだから、あまり深く考えずに神界の理やユグドラシルの事を話していた可能性だってある。
そうだ、きっとそうなのだ。
ドキドキする胸を押さえて呼吸を整えていると、豚カツが頃合いだと感覚に引っかかるものがあった。
どうやら、時間である。
一度豚カツを取り出してから次の豚カツを入れて揚げ出すのだが、これで完成では無い。
「完成した……なの?」
「完成かなー?」
チェリシュと真白が顔を見合わせて「どうなんだろう」と首を傾げているので、私は笑顔で「まだですよ」と教える。
厚みがあるので、こうして余熱で火をいれているのだが、二度揚げをするために一旦引き上げたのだ。
衣をサクサクにするには低めの温度で揚げていたので、次は少し高温で揚げていく。
そのため、フライヤーも準備していたのである。
「ルナちゃん、こっちのフライヤーは準備OKダヨ」
「では、お願いいたします」
「任せテ」
最初に160℃の油で揚げて、次に180℃の油で揚げると、カラッと仕上がってくれるのだ――と、兄の陽輝から教わった。
この知識も、おそらく料理人の友人か本やネットから仕入れてきているのだろう。
研究熱心な兄は、イラストレーターではなく、料理研究家としてもやっていけそうだと考えてしまう。
「前もって準備が出来るのなら、低温調理で柔らかくして油で揚げるという手法もありますが……お店で出す時は、その方が良いかもしれませんね。大量にお肉を仕込んで、揚げ時間は衣が色づくまでで良いのですもの」
「それは便利だな。しかし、低温調理器が必要か……」
「いえ、リュート様が作ってくださった炊飯器みたいなスープクッカーの保温機能で十分です」
「へぇ……アレって、色々使えるんだな。……ていうか、保温がそんなにすげーとは思わなかった……」
作っている本人はわかっていなかったようだが、日本でも炊飯器の保温機能は凄く重宝したのだ。
寒い時期のおでんや甘酒造りをしていたときに、とても助かった記憶しかない。
砂糖を使わないあんことして、麹を使った発酵あんこにもハマって、兄と一緒に作った覚えがある。
我が家の冬の定番であった甘酒……いつか、また作れるようになればいいなぁ……と、考えながらも手は動く。
カラカラと音を立てて、良い感じに揚がっている豚カツを菜箸でつまみ上げ、立ててしっかり油を切ろう。
横に寝かすよりも、立てて置いた方が油ぎれは良い。
「綺麗なキツネ色ダネ」
「うわぁ……すげぇ……店で出てくるクオリティだ……」
「とげとげなの!」
「真白の分もあるよねっ!?」
完成した豚カツを見て、リュート様たちのテンションが上がる。
それぞれ性格の出る一言に笑っていると、いつの間にやって来たのか、マリアベルとロン兄様が此方を見ていた。
「流石です、お師匠様!」
「ルナちゃんは、本当に色々な料理を知っているよね……凄いなぁ」
「ルナ様、次のパンが焼けたっすよー! ……って、また見たことのない料理が出来てるっす!」
「何っ!?」
「ちょ、ちょっと待ってください、見せてくださいっ」
ロン兄様たちだけではなく、問題児トリオや他の元クラスメイトたちも合流し、一気に辺りが賑やかになる様子にリュート様と顔を見合わせ、吹き出すように笑ってしまう。
少し前までは、考えられなかった光景だ。
みんなが料理一つで一喜一憂している。
これならもう、誰もリュート様を『食の変人』なんて呼ばないだろうと考えながら、出来たてのパンを受け取るため、嬉しそうに外へ出て行くリュート様とチェリシュと真白を見送る。
「良かったネ」
「……はい」
私の心中を察してか、とても良いタイミングで声をかけてくれた時空神様に頷き返し、私は次の豚カツを揚げていくのであった。
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