上 下
390 / 557
第十章 森の泉に住まう者

10-12 朝食の時間

しおりを挟む
 
 
「これは美味しそうですねぇ……ルナさんが考案した料理――つまり、世界で初めて召喚獣が作った料理を口にするわけですねぇっ! 何と言う幸運! まさに新たな歴史の一ページを――」
「えーと、それじゃあ、我々黒の騎士団と召喚術師科の料理担当……じゃない者も一部混じっていたけど、楽しそうに調理してくれたおかげで、野外だとは信じられないクオリティの料理に仕上がりました」

 朝食の準備が整い、テーブルに着いた一同を見渡して挨拶をしていたアクセン先生が安定のトリップをしはじめたので、ロン兄様が苦笑しながら引き継ぐ形で言葉を続ける。
 召喚獣愛は健在ですね……

「では、戸惑っている人もいるようだし……パンはルナちゃん、スープはマリアベルに説明してもらって良いかな?」
「あ、はいっ」

 料理の説明が必要だとは思わず、目をキラキラ輝かせているリュート様とチェリシュと真白を堪能していた私は、慌てて椅子から立ち上がる。
 魔石で作った焚き火を囲むようにして設置された簡易テーブルの上に並べられている料理に釘付けになっていた視線が、凄い勢いで此方へ向けられて思わず息を呑む。
 ぷ、プレッシャーが……すごいです。

「では、お師匠様の前に、私からスープの説明をさせていただきますね! このスープは、皆様ご存じの『キルシュのトマトスープ』から派生した野外バージョンです。お店のスープは長時間煮込むことでコクを出しているのですが、今回は手に入りやすい野菜と、骨を取り除くこと無くぶつ切りにした鶏肉を使っております」

 そこで言葉を一旦句切ったマリアベルが、説明に間違いが無かったか確かめるように私を見る。
 野外料理として、いくつかマリアベルには教えて置いたものがあり、スープもその一つだ。
 出汁を取る時間が無く、比較的簡単に美味しく作るコツとして、骨付きの肉を使うことは説明していたし、実際にそれ関連のレシピも幾つか渡して置いたのが良かったのか、スープ関係は完全に任せることが出来た。
 ニッコリ微笑んで頷くと、彼女はとてもいい笑顔を見せたのだが……何か含んだ物を感じたのだ。
 いったい……何をする気ですか?
 一瞬嫌な予感を覚えたのだが、彼女は説明を続ける。

「スープは初心者でも比較的に簡単で、美味しく調理できる料理ですが……今回のスープには、お師匠様……リュートお兄様の召喚獣であるルナ様が作った調味料の『ハーブソルト』という、ポーションの材料になる薬草を混ぜ込んだ塩を使用しております。ポーションほどの効果は無いにしろ、毎日摂取し続けたら、体に良い効果をもたらすと月の女神様のお墨付きなので、味わって食べてくださいね」

 ああああぁぁぁーっ!
 マーリーアーベールーっ!?
 しかも、月の女神様も何をいっていらっしゃるのですかーっ!?
 まだ、量産体制が出来ていないのに、こんな大勢の前で……!
 慌ててリュート様を見るが、彼は時空神様と顔を見合わせて、焦ることも無く頷き合っているだけだ。
 な……何でそんなに余裕なのですかっ!?

「では、続いてルナちゃん、パンの説明をお願いできるかな。きっと、目の前の物がパンだってわかっている人が少ないだろうし……」
「え、あ、はいっ」

 間髪入れずにロン兄様から説明を促されてしまい、リュート様とマリアベルに問いかける暇も無い。
 おそらく何かしらの考えがあるのだろうと気持ちを落ち着けた。
 とりあえず、これがパンであることを説明しなければ……

「え、えっと……スープの横にある皿に載せられた料理は、サンドイッチという料理になります。パンに肉やチーズや魚や野菜など、好みに合わせて挟んで食べるもので……この世界のパンとは形状が違うと思われますが、私が元いた世界でも広まりつつある柔らかいタイプのパンです」

 周囲がざわつく。目の前の皿を見つめ、自分たちが知るパンとの違いに困惑している様子であった。

「それがパンなのは、俺が認めるヨ。それに、それを焼いたのは黒の騎士団だしネ」
「三交代制で頑張って焼いたっす!」

 物怖じしないというか、空気を読めないモンドさんが、ざわめく周囲の声をかき消すように「俺たち頑張ったっすよ!」と声を上げる。

「パン生地は人間なら誰でも焼けるから、俺たちが作ったというのが証拠です」
「酵母という物だけレシピを習得すれば何とかなりますが、それさえクリアして手順さえ覚えれば誰でも柔らかいパンが焼けます。今回は、ラングレイ家の料理長とキルシュの料理長たちのご厚意で、大量の酵母を託されました。ですから、遠征訓練の間は問題無く作れますので、ご安心ください」

 モンドさんの後に続き、ダイナスさんとジーニアスさんが補足説明をしてくれた。
 なるほど……酵母はカフェたちが準備してくれたのですね……って、あれ? 魔改造された発酵石の器がないのに、安定して酵母を作れたのでしょうか。
 そうか……これが、スキル制によるレシピの力なのか――と、はじめて実感したように思う。

「まあ、パンを作る加護を持つのは人間だけだからネ。酵母は扱いが難しいから、レシピを買うことをオススメするけど、それ以外は材料だけあれば誰でも作れるヨ」
「実際に、俺たちが作っているので証拠になるよね」

 時空神様やロン兄様、黒の騎士団の言葉があり、ようやく目の前の食べ物がパンであると理解した一同からは、困惑した雰囲気が伝わってくる。
 おそらく、大地母神様や神殿の教えを気にしているのだろう。
 しかし、十神の長兄である時空神様が怒ることもせず、フォローするような言葉を述べて私のそばに座っているのだ。
 意見など言えるはずもない。
 もしかして、それも考えて此方へ来てくださったのだろうか――

「まあ、ルナちゃんのご飯は美味しいから、みんな食べてみると良いヨ。滅多に食べられない、異世界の味だからネ」

 『異世界の料理』という言葉に俄然興味が湧いたのだろう。
 コクリと喉を鳴らす者も居たし、アクセン先生の隣に座っていたモカは、鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ、目をキラキラ輝かせている。
 つぶさに観察しながら、どうやって作ったのか興味津々といった様子だ。
 そんな中、ざわめく周囲に視線を走らせたリュート様は、口元に不敵な笑みを浮かべる。

「まあ、食って驚くがいい……」
「わー、リュートが黒い笑みを浮かべてるー」
「ルーの料理は、ほっぺが落ちちゃうくらいうまうまなのっ」
「しかも、カツサンドとフィレオフィッシュだし、この野菜サンドとたまごサンドも気になるし!」
「リュートくん、気持ちはわかるけど声を抑えてネ」

 さすがにフォローできなくなるカラ……と、時空神様は苦笑を浮かべる。
 ある程度配慮して、チェリシュや真白と話をしていたのだが、どんどん声が大きくなるのは期待の表れだ。
 そう考えるだけで、頬が緩んでしまった。

「えーと、パンの作り方などの説明は割愛しますが、このお肉と白身魚は、シュヴァイン・スースと湿地帯の主を討伐したリュート様たちが提供してくださった食材ですので、味わって食べていただけると嬉しいです」

 笑顔でそう締めくくると、全員が違う意味で頬を引きつらせる。

「え、マジでシュヴァイン・スースを討伐したのかよ……」
「てか、湿地帯の主も?」
「す、すごいわぁ」

 黒の騎士団や特殊クラス以外の人たちから向けられる驚愕の視線を物ともせず、リュート様はウキウキした様子で目の前のサンドイッチを見ていた。
 本当に、我関せずというか……料理を目の前にしたリュート様らしい反応です。
 私の料理をここまで待ち望んでくれていることが嬉しくて仕方がない。

「さて、これ以上お預けをしていたら暴れ出しそうな人もいますしねぇ、みなさん、いただきましょうかねぇ」

 どうやら、トリップから帰ってきたらしいアクセン先生の言葉を皮切りに、朝食の時間が始まった。

「んじゃあ、食うか。いただきます!」
「いただきますー」
「いただきますなのっ」

 父娘で可愛らしく手を合わせて「いただきます」と挨拶をし、私と時空神様も一緒になって手を合わせる。
 私たちの様子を不思議そうに見るクラスメイトや、慣れたロン兄様たちは、皿の上のサンドイッチとトマトスープに目移りしているようで、どれから手を付けようか考えこんでいた。

「真白ちゃんの分はー?」
「真白は、私のぶんをわけますね。食べきれませんので……」
「ベオルフが聞いたら心配しちゃうよー?」
「ちゃんと食べますが、食べ過ぎは良くないでしょう?」
「それもそっかー! じゃあ、全種類ちょうだーい!」

 全種類食べたいのー! という真白の皿の上に、私の皿から切り分けたサンドイッチをのせていく。
 色とりどりのサンドイッチに目を輝かせた真白は、最初にのせたたまごサンドに目を輝かせる。
 リュート様も同じく、自分の皿にあるたまごサンドを手に取ったのだが、それを見たチェリシュも慌ててたまごサンドを手に持つ。
 一緒のタイミングで口へ運び、リュート様は驚いたような表情をしながらも、瞬く間に食べてしまった。
 は、速い……

「うわ……すげークリーミー! しっとりしてふわっとして……トロトロの感じが贅沢だな」
「至福の時……幸せー!」
「たまごがとーってもトロトロなのー!」

 時間の関係上、タルタルソース以外のゆで卵を準備している時間が難しかったという理由があっての『ふわトロたまごサンド』だったが、気に入って貰えたようで一安心だ。
 たまごサンドといえば、やはりゆで卵を潰した物がポピュラーなので、心配だったのも事実である。

「卵料理は難しいけど、さすがだよネ。このトロトロ感がすごくイイ」
「時空神様にそう言っていただけると嬉しいです」

 周囲を見渡してみるが、一番近い席のロン兄様とアクセン先生達も美味しそうに食べているし、先ほどから辺りを見渡していたモカも、今は夢中になってサンドイッチを頬張っていた。
 私たちの席には、時空神様がいらっしゃるので、誰も近づいてこない。
 本来なら、レオ様やイーダ様たちと一緒に食べているはずだったが、時空神様の接待を頼まれたのである。
 そのおかげで、リュート様が問題発言をしても、多少ならフォローできる状態だ。

「まあ、伊達に十神の最高位にいないヨ」
「顔に出ておりましたか?」
「わかりやすいからネ」

 むー……
 なんだか兄と話をしながら食事をしている気分だ。
 波長が合う人間と長く一緒に居ると似てくるのだろうか……?

「あー……この野菜サンド、やっぱ旨いわ! トマトの酸味とレタスのシャキシャキ感。濃厚なチーズが合うなぁ……しかも、潰して焼いた目玉焼きがイイ感じだ」
「リュート様は半熟のほうが好みですよね? 今度はトロっとした半熟卵で作ってみますね」

 うふふっと笑って私も野菜サンドを口に運んだのだが、リュート様からの返答が無い。
 それが気になって顔を上げると、リュート様は目を丸くして私を凝視したまま瞬きを繰り返していた。
 どうしたのでしょう……?

「えっと……何でわかったんだ?」
「言わなくても、それくらいわかります。お料理を作っていたら、ある程度好みを把握出来ますもの」
「そ、そういうもの?」
「そういうものです」

 自信満々に頷く私の横で、時空神様が「そうカナー?」と呟く。
 一心不乱にはぐはぐと食べていた真白や、口や手の周りをマヨネーズで汚していたチェリシュも顔を上げて、意味深な笑みを浮かべる時空神様を見つめる。

「ちゃんと見ているからわかるんダヨ。リュートくんに美味しい物を食べて欲しいって頑張っているからわかることダヨ」
「……そっか……そういうもんか」

 時空神様の言葉を聞いて幸せそうにふにゃりと笑うリュート様の笑顔に、思わず頬が熱くなる。
 ふ、不意打ちでそういう笑顔は心臓に悪いのですよっ!?

「おかしいにゃ~……魔王じゃにゃいにゃ~?」

 遠くからかすかに聞こえた声に意識を向けることが難しく、ただ私を見つめて幸せそうに微笑むリュート様から視線を逸らすことが出来ずに、チェリシュの「ベリリなの!」という声を聞きながら、私は両手で顔を覆うのであった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界でおまけの兄さん自立を目指す

BL / 連載中 24h.ポイント:10,493pt お気に入り:12,478

ほんわりゲームしてますⅡ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,244pt お気に入り:228

ほっといて下さい 従魔とチートライフ楽しみたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,251pt お気に入り:22,202

【完結】淫獄の人狼ゲームへようこそ

BL / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:272

竜人様の濃密な愛の中で

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:211

異世界でうさぎになって、狼獣人に食べられました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:5,081

悪役令嬢は双子の淫魔と攻略対象者に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,664pt お気に入り:3,026

あなたに未練などありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:589pt お気に入り:5,066

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。