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第十一章 命を背負う覚悟
11-7 ご褒美トッピングは分け合いましょう
しおりを挟む最初はシンッと静まり返っていた大食堂にも活気が出てきて、おかわりの人々で行列を作っている様子に安堵していると、リュート様がこっそりと私に耳打ちをする。
「あのさ……ルナにちょっとお願いがあるんだけどいいか?」
どうやら誰にも聞かれたくないような事らしいと悟り、彼に体を寄せた。
「どうかしましたか?」
「できればでいいんだけど……地下にいる連中は、おそらく魔力欠乏症になる可能性があるんだ。だから、簡単な物でいいから……作ってやってくれねーかな」
驚いて彼を見ると、眉尻を下げながら両手を合わせて「お願い」と私に頼み込む。
何故彼らのためにリュート様が頭を下げるのだろうという考えが頭に浮かんだが、すぐに「ああ、そうか」と納得してしまった。
リュート様自身が、魔力欠乏症で苦しむ事が多かったからだ……
その苦しみを、リュート様は誰よりも理解している。
彼自身が長年苦しんできたのだから当然だ。
だからこそ、放っておけないのだと理解した私は、人の苦しみを我がごとのように感じられるリュート様に涙がにじみそうになった。
誰かが知れば「お人好しだ」と言うかもしれない。
地下牢にいる彼らからは「ありがた迷惑だ」と言われるかもしれない。
だが、それがリュート様なのだと私は頷いた。
「わかりました。明日の朝食の仕込みで作ってみたい物があったので、そのついでに作ってみますね」
「食後も何かするのか?」
「はい。前日に仕込んでおかなければ間に合いませんし……そうしたほうが良いような気がするのです」
何か嫌な予感がする。
この感覚は外れたことがない。
ラミアの巣の方向に感じた感覚と似ていて、良くないことが起こる予感がするのだ。
「ルナちゃん、その仕込みは手伝うヨ」
横から時空神様が内緒話に加わってくる。
つまり、今の会話が全部聞こえていたと言うことになるが……時空神様のことだ、おそらく盗み聞きでもしていたのだろう。
「時空神様……」
「細かいことは言いっこなしダヨ。とりあえず、アレをリュートくんにあげないのカイ?」
話を逸らされたと感じたが、まあ良いタイミングだろうと、私はアイテムポーチからボックスを取り出す。
蓋を開けると、その中には朝食で使用した豚カツが、まだ熱々の状態で入っていた。
「え……ルナ?」
「はい、リュート様が本日頑張ったご褒美です」
サクサクの豚カツがカレーの上に乗せられ、彼は目をパチクリさせてから、感極まったように私を抱きしめた。
「ルナって最高!」
「ひゃっ」
「チェリシュもー! チェリシュもなのー!」
「真白ちゃんにもー!」
お子様組が騒ぎ出し、何事かと周囲の視線を集めてしまうが、とりあえず時空神様には自分でとって貰うようにお願いした。
「あれ? 俺もいいの?」
「沢山頑張ってくださいましたから」
「あはは、それは嬉しいネ」
数はあまりないが、リュート様と時空神様は誰よりも頑張っていた。
これくらいのご褒美があっても良いだろう。
「ほら、真白とチェリシュにもわけてやろうな」
「わーいなの!」
「わー! ありがとー!」
一切れずつ分けて貰って嬉しそうにしているチェリシュと真白の向かいに座っているロン兄様とマリアベルにも、リュート様は一切れずつ渡している。
「二人もお疲れさん」
「ありがとう、リュート」
「お師匠様、リュートお兄様、ありがとうございます!」
「リュート様、俺たちには無いんすかっ!?」
「お前らにやったらなくなる」
「俺ら頑張ったのに……」
「まあまあ、リュート様が一番頑張っていたのは誰の目にも明らかですからね」
問題児トリオの残念そうな顔をリュート様は眺めてから、しょうがないな……というように、一切れずつ渡してしまう。
結局リュート様には一切れしか残っていないが、それをジッと見つめて、更に半分にしようとするから止めた。
「私は必要ありませんので、リュート様が食べてください」
「でも……俺はルナが一番頑張ったって思うからさ」
「いいえ、私は私に出来ることをしただけです。それに、ご褒美はもういただいておりますから」
そう、リュート様の笑顔に勝るものなど無いのだ。
彼のその笑顔だけで十分である。
「じゃあ、真白ちゃんと半分こー! ちょっと量が多いから!」
嬉しい申し出に私はありがとうと礼を言って、少しだけいただいた。
チェリシュも半分私にくれようとしたのだが、食べられるのなら食べて欲しいというと、少しだけ申し訳なさそうにしていたが、子供が遠慮するものでは無い。
リュート様が気を利かせて、一緒に食べるかと声をかけ、二人でパクリと同時に豚カツを食べる。
ザクザクとした衣の食感と肉の甘み、それを包み込むようにカレーの香りが抜けていくのだろう。
リュート様とチェリシュが目を輝かせて美味しいねと笑い合う。
時空神様も、アクセン先生やオルソ先生、聖泉の女神ディードリンテ様にもわけて食べているので、此方も手元に残った数は少ないようだ。
「トッピングが旨いなぁ……あ、そうだ。ルナ……チーズってあったっけ?」
「あ、はい。チーズは大量にあるので、配膳の方にもトッピングとして置いておきましょうか?」
「そうだな。それがいいか」
私とリュート様は、カレーなどの鍋が設置してあるところまで移動すると、大量のチーズを取り出して器に盛り付け、カレーの大鍋の近くに置いた。
並んでいた生徒たちは、チーズ? と首を傾げたので、リュート様がカレーが入っている器の上に乗せて食べるのだと説明している間に、時空神様に視線を向ける。
もしかして、トッピングは料理に入るのかもしれないと危惧して時空神様のところへ戻り確かめると、彼はお行儀悪くスプーンをくわえたまま指先を空中に滑らせた。
「お行儀が悪いですよ」
「あ……陽輝にまた怒られル」
慌ててスプーンを口から離した時空神様は、何か色々と作業をしたあと、ニッコリと微笑む。
「大丈夫、トッピングは問題ないヨ」
まさか、今……色々と書き換えた……とか?
そんなことをしても大丈夫なのか心配になったが、時空神様のことだから、平気なのだろう。
「元々、グレーゾーンのものだったから、扱いは簡単ダヨ」
それなら良いのですが……無理はしていないかじっくりと顔を見るが、大丈夫そうだ。
お礼を言ってリュート様のところへ戻ると、彼は先ほど質問していた彼にトッピングについて語って聞かせたのか、周囲の人たちから感嘆の声が上がっていた。
「ルナ、チーズは大丈夫だって?」
「はい、問題無いそうです」
「んじゃあ、さっき言ったように盛り付けて食ってみな。カレーと混ぜて熱でトロトロ状態にすると、より美味しいぞ」
「わかった、やってみるよ」
チーズ好きだったらしい彼は、山盛りになるほどチーズを器へ盛ると、ほくほく顔で帰っていく。
そんな彼に習うように、次から次へとチーズをトッピングする人が続いた。
「カレーチェーン店のように、多種多様のトッピングを並べたら面白いかもしれませんね」
「確かにな。焼いた野菜とか、肉とか、ポテサラとか卵もいいな」
卵という言葉を聞いて反応したのか、ラエラエたちがリュート様の足元へ寄ってくる。
くわっくわっと何かを訴えているのだが、どうしたのかと思っていたら、ヌルが器に入れてくれたコーヒーの粉を見てからリュート様を再度見つめた。
「もしかして……俺にコーヒーを淹れさせて、そのカスを狙ってんのか?」
「くわわっ!」
「味が違うのか? まあ、いいけど……ルナ、カフェオレのおかわりを飲むか?」
「はい! 是非とも!」
私の返答を聞いた彼は、カレーのおかわりで行列を作っている人たちを前にして、コーヒーを淹れ始める。
いつ、どこで用意しているのかわからないが、どこからともなく出てきた熱湯が入っているオシャレなドリップケトルと、フレンチプレスを華麗に操る姿は素敵だ。
その洗練された動きに、全員の目が釘付けになる。
特に、女生徒は見惚れている様子だ。
ふふふ……リュート様の魅力に気づくとは、さすがですね!
「リュートさん……板に付きすぎ」
「お? トリスもカフェオレを飲むか?」
「飲む。いっぱい欲しい」
「気に入ったのか」
「とてもいい感じ。意識がハッキリする」
「……あ、そうだった。ルナ、このコーヒーの成分でカフェインが入っていないか確認してくれないか?」
「わ、わかりました!」
新米時空神のルーペを取り出してリュート様の淹れたコーヒーを確認する。
【洗練されたコーヒー】
熟練度の高い人が淹れたコーヒーで、一般の物とは比べものにならないほど香り高い。
覚醒作用、ダイエット効果、むくみ解消の効果が倍増されており、仕事や勉強に集中したい人やダイエット中の人に嬉しい飲み物。
ただし、若干ではあるが胃への刺激があるため、胃が弱っている人には不向きな面を持つので注意が必要。
<日本との違い>
成分にカフェインは含まれておらず、聖域産の豆にはカフェインに似た薬効成分が含まれるため、それを色濃く引き継いでいる。
どうやら、問題は無さそうだと安堵して内容を告げると、リュート様はホッとした様子でトリス様の分のカフェオレも作り始めた。
どこからともなく取り出した透明なグラスにカラカラと氷を入れ、冷たい牛乳を注ぐ。 それから、コーヒーを注意して注いで二層にわけている。
お、オシャレです、リュート様!
「飲むときは混ぜて飲んでもいいからな」
「も、勿体ない気がする……リュートさんは凄いな……よし、みんなに自慢してくる」
珍しくウキウキと浮かれたように軽い足取りで席に戻る後ろ姿を見送るが、一緒に並んでいたチルもリュート様からカフェオレを受け取ってペコリと丁寧にお辞儀をしてから、彼女と同じような足取りで帰っていった。
似た者主従である。
「よし、ルナたちの分も淹れ終わったし、ほら、ラエラエたちも冷ましてやったから、ヌルから貰って行儀良く食え」
冷めるまで待てないと騒いでいたラエラエたちのために、魔法を使ってわざわざ冷ましたコーヒーの粉をヌルに渡す。
ヌルは嬉しそうにそれを受け取って、「はやく!」と急かすようなラエラエたちを移動させながら、邪魔にならない場所で食べさせようとしているようだ。
「ヌルも楽しそうで何よりだ」
「ラエラエたちも懐いているようですし……」
一通りの準備を終えて帰った私たちの席には、チェリシュと真白がちょこんと座って待っていた。
そして、リュート様が用意したカフェオレを見て目を輝かせる。
「どうやったら、そんな風になるのー?」
「すごく綺麗なの!」
お子様組がテンション高くきゃーきゃー騒ぐので、リュート様はすぐさまロン兄様たちに配り終えて席に着く。
「ほら、騒いでないでお行儀良くな? 飲むときは、混ぜて飲むといいぞ」
「もったいないなの!」
「そろーり、そろーりと飲むー!」
「まあ……飲み方は色々だし絶対は無いからいいか」
「リュートは凄いね……綺麗にわかれてる……」
「ああ、比重が違うからだよ。コーヒーよりも牛乳のほうが重いんだ」
「へぇ……比重かぁ」
ロン兄様は不思議そうに渡されたグラスを眺めているし、マリアベルは言葉も無く、チェリシュや真白と同じようなキラキラした目で眺めているだけだ。
「……こんなに受けるなら、店でも出そうかな」
「コーヒーをお店で出す予定ですか?」
「ああ、もう長老たちから話は聞いただろう? アイツら全員の面倒を見るから、カフェをオープンしようと思ってさ。昼はカフェ、夕方から夜にかけてキルシュって感じでさ」
「いいですね……夢が広がります!」
「あとは、接客が怖いと感じる人たちは、ヌルと一緒に工房勤務かな」
「工房……ですか?」
「調味料製造工房……まあ、いずれは工場みたいな大規模になればいいかな……と」
他愛ない会話をするように、彼はとんでもない事を言い出した。
規模が……大きすぎませんかっ!?
「カフェはイイネ。でも、キャットシー族のカフェとわからなくなりそうダ」
「マジでソレな。とりあえず、良い名前を考えないと……」
「その昼の店には、軽食を置くのカイ?」
「サンドイッチと……ルナにお願いしてハンバーガーとピザを……」
「丁度、明日の朝はピザにしようと思っておりましたので、皆様の反応を見るには良いかもしれません」
「朝からピザか……贅沢だなぁ」
「野菜や肉や魚をふんだんに使って作りますね」
「任せた」
「チェリシュがまた並べるのっ」
「え? 並べる? 何をー?」
首を傾げる真白に丁寧な説明をしはじめるチェリシュを見ながら、ちょっぴりお姉さんみたいになってきたなと感じる。
意外と真白が此方に来て、紫黒があちらに行ったのは正解だったのかも知れない。
確かに問題児ではあるが、この天真爛漫なところに助けられていることも多いし、実際空気を壊すほどの破壊力があるこの子を、ベオルフ様が一人で抑えるのは難しいだろう。
此方にはリュート様がいたから何とかなっているところがある。
さすがは、個性的な元クラスメイトたちを束ねてきただけはあると感じた。
「……あれ? そういえば、ヤンさんは?」
「ああ、アイツには少しやってもらいたいことがあって、頼んでいるところなんだ」
「では夕飯が……お腹を空かせていなければ良いのですが……」
一応、リュート様がヤンさんの分の夕食も確保しているようだが、いつ帰ってくるのだろうか……少し心配になる。
「まあ、大丈夫だと思う。一応、俺がストックしておいた料理を持たせたから、腹の足しにはなるだろう」
「そうなのですか?」
「ルナの料理を全部食べたいのは山々だけど、一応自分なりに考えてストックさせてもらっているから、心配しなくていいよ」
とはいえ、それほど多くは無いだろう。
それを分け与えてでも頼んだ仕事が気になりはした……が、聞いても答えてくれないことは予測できた。
何かを確認しに行ったという線が濃厚……かな?
そんなことを考えながら、私はリュート様が淹れてくれたカフェオレを一口飲んで、やはり新米時空神のルーペが教えてくれたように、ひと味もふた味も違う香り高いコーヒーに頬が緩むのであった。
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