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第十一章 命を背負う覚悟

11-6 とろみがついた、よく知るカレー

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 カレーができあがり、辛さによって鍋をわけたので、わかりやすいように印を付ける。
 それを配膳してくれる人たちに伝え、試しにワンセットを作って見せ、全員が並ぶ中、スムーズな配膳が行われた。
 辛いものが苦手な人には甘口を。
 辛いものが好きな人には辛口を勧め。
 こだわりがない人や判らない人には、標準の辛みで抑えてあるカレーをボウルに注いでいく。
 茶色くてドロッとした見たこともないスープ――という印象を与えたようで、匂いから味の想像が付かない人たちが黙りこくっている。

「うわぁ……結構とろみが出たな。すげー良い香り! この前のも好きだけど、こっちも旨そう!」

 そんな中で、リュート様はハイテンションで私に語りかけてくれた。
 私の両隣をリュート様と時空神様が座り、チェリシュはリュート様の邪魔をしないように私の膝上へ移動してくる。
 真白は私とわけあって食べるのが恒例になっていたので、既にテーブルの上でスタンバイしている状態だ。

「では、皆さん夕食が手元にありますか? まだの人はいませんねぇ?」

 アクセン先生がニッコリ笑って問いかけながら周囲を見渡す。
 全員の前には、ボウルに入ったカレーとフルーツヨーグルトサラダ。
 それに、香ばしく焼けているチーズナンがある。
 コーヒーも牛乳を多目にした冷たいドリンクへ仕上げているので、おそらく辛みを和らげてくれるだろう。
 一応、辛いのが苦手な人のために、チェリシュが食べられるほど甘いカレーを勧めたが、大丈夫だろうか。

「おかわりは自由ですが、あちらにある鍋から自分でとっていってくださいねぇ。では、この食事を準備してくれたリュート・ラングレイの召喚獣であるルナティエラさんと、アシスタントして大活躍してくださった時空神様、キャットシー族の方々や黒の騎士団の方々にも感謝いたしましょう。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」

 大食堂全体を震わせるような感謝の声にビックリしてしまったが、言われた私たちは少し照れながらも顔を見合わせて笑い合う。
 キャットシー族のみんなは、どこか誇らしげで……モカが嬉しそうに親の顔を見ているので、良かったな……と心から思った。
 偶然の出会いから始まり、訳あって集落へ来たときに見た悲壮感は、もうない。

「では、いただきましょうか」

 アクセン先生の言葉を合図に、全員が食事を開始した。
 リュート様がいつものように手を合わせると、チェリシュと真白もマネをする。
 私と時空神様も一緒になって「いただきます」をすると、キャットシー族の皆や聖泉の女神ディードリンテ様も一緒に「いただきます」をしていることに気づいた。
 移る物なのだろうか……でも、楽しそうなので良いかと笑っていたら、少し離れた場所にいるヌルがラエラエたちに何かをあげているのが見えた。
 どうやら、大量のコーヒーの粉をラエラエたちに与えているようである。
 それを食べてお尻をフリフリしながら喜ぶラエラエたちに、ヌルも満足そうだ。

「ルナ……これ……すげーわ……この前のより何て言うか……滑らかでコクがあって……本当に旨い!」

 少年のように目をキラキラ輝かせて、そういったリュート様はコッソリと耳打ちするように「俺の知っている馴染みあるカレーって感じだ」と言って微笑んでくれた。

「それは良かったです」
「ベリリジャムが入っているのに、滑らかなんだな……粒が気にならない」
「実は……皆には内緒にしていたのですが、今回はコーヒーの実をジャムにした物を入れてみたのです」
「あー……アレでジャムを作るって言ってたな。いつの間に作ったんだ?」
「止めても止まらなくてネ……スープクッカーで更に仕込んでいるときに、何か思いついたように作っていたヨ」
「アクをとって、砂糖で煮詰めただけですけど……」
「いや……果実の甘さも加わっているからか、奥深い味わいだ。旨い物を食べているときってさ、無言で食べ続けるよな?」
「リュート様は違いますけど……」
「俺は、先にルナへ感謝の気持ちを伝えたくなっちまうからさ」
「その気持ちが、とても嬉しいです」

 リュート様のそういう気遣いというか、優しい気持ちが嬉しい。
 でも……何故そんなことを言い出したのだろうと思っていたら、彼は視線で周囲を見るように促してきた。
 何気なく辺りを見回してみると、ほぼ全員が無言でカレーをナンにつけて食べている。
 賑やかなのは、カレーを食べたことがあるメンバーばかりだ。
 特に、元クラスメイトたちは賑やかで、リュート様が苦笑しているくらいである。

「みんな食べる手が止まらねーの。旨い物を食っているって感じがして嬉しいな」
「……はい、とても……嬉しいです」
「ルナちゃんの料理がそれだけ美味しいということだよ」
「お師匠様の料理が美味しくないはずがございません。でも、これだけの量を準備するのにさほど時間はかからなかったようですが、無理をしたのでは……」
「無理はしていないので、大丈夫ですよ? これは大鍋に切った野菜と肉を入れて弱火で煮込むんです。その間に、他の作業を終わらせて、良い感じに煮込み終わったら、事前に作っておいたカレールーを入れるんです。大量に作れますし、放置できますから分量を作る割には楽なんですよ」

 だから、野外料理に最適ですね……と、笑った私にロン兄様がニッコリと笑いかける。

「ルナちゃん、黒の騎士団でレシピを購入するから確保しておいてね」
「あ、はい」
「ま、待った! 白の騎士団の分もお願いいたします! ランディオ騎士団長にも言われておりますので、是非!」

 私たちの席の近くに座っていた、それぞれの責任者達が「うちも……」という中、意外な人たちも名乗りを上げた。

「あ、あの……宮廷魔術師団にも……お願いしたいのですが……」
「珍しいな……食えれば何でもいいとか言ってた奴等が……」

 嫌味ではなく、意外な言葉を聞いたという純粋な驚きの声を上げるリュート様に、宮廷魔術師の担当官は苦笑いを浮かべる。

「えっと……実は、前宮廷魔術師団長に……頼まれておりまして……」
「え? 爺さんが? 直接言ってくるかと思ったけど、えらく遠回りで来たな」
「モア様が……」
「あ、母さんのところでストップしたわけね……」

 ロン兄様も、これには苦笑いである。
 あれ?
 そうなると……前とはいえ宮廷魔術師団長を務めるのは、ウォーロック家なのだから、リュート様には好意的な方々ばかりでは?
 あの陰険教師の生徒たちは、みんな宮廷魔術師団を目指しているのではなかったのだろうかと首を傾げてしまう。

「ん? どうした、ルナ」
「え、えっと……ほら……今問題になっている生徒だけではなく、あの陰険きょ……こほんっ……エイリーク先生の生徒達は、みんな……宮廷魔術師団を目指しているのですよね?」
「あー、えーと……まあ、そうだな」
「今までは、リュート様に反発していても、トップがあの方だったのでアレですが……宮廷魔術師団では、肩身の狭い思いをするのではないかと……」
「あ、それは否定しません。特に、前宮廷魔術師団長の時は、針のむしろだったので……」

 うわぁ……と、私は顔を引きつらせてしまう。
 学園内天下ですかっ!?
 少し考えたらわかりそうなことなのに……何故っ!?

「まあ、今の宮廷魔術師団長は実力主義な人だからな……あまり、そういうことは気にしないだろう」
「そうなのですか? でも、心証が悪いと思いますが……」
「そこは否定しないが、合理主義者が多い傾向にあるから大丈夫……かも? ボリスの親父さんは、人間性を深く追求しないところがあるからな……上級魔法使いは性格が独特な人が多いし……」
「そういう言い方だと、お母様やリュート様も含まれてしまうのでは……」
「ん? 俺って言うほど出来た人間じゃないから、当たっていると思っているし、母さんは……昔は凄かったって聞くからなぁ」
「母の性格は店長の彼に聞いたらわかるんじゃないかな」
「キュステさんですか……色々と知っていそうですよね」
「まあ、彼ほど詳しい人はいないよ」

 苦笑するロン兄様に肩をすくめて見せるリュート様。
 どうやら、私の知らないお母様が居るようである。

「とりあえず、カレーとカレールーのレシピは……」
「ルナ、ストップ。ここからは、商会を通しての取り引きになるから、俺がやる」
「あ……そ、そうなるのですか?」
「彼らは、国家公務員みたいなものだからネ」

 国へ申請して予算を組んで貰わないといけないんだよ……と、カレーをつけたナンをパクリと食べた時空神様が教えてくれた。
 あ……確かに、ロン兄様の時もそうだったと思いだし、リュート様に全てお任せすることにした。
 彼は颯爽と書類を取り出し、各責任者へ配っていく。

「その注意事項をしっかり読んで、必要になりそうな枚数を記入して、自分たちのサイン、もしくは、代表者のサインを貰ってきて欲しい」
「了解した。しかし、ラングレイ商会は、本当にやり手だな……こんな書類まで用意していたのか」
「うちが色々と発注しているので、必要になったみたいです」
「ああ……黒の騎士団だったら、このメニューは欲しいでしょうな」
「他にも良い品があってですね……」

 ロン兄様がリュート様の商会にある商品を事細かく説明してセールストークを繰り広げる。
 弟のために、セールスマンまでやるとは……さすがはロン兄様!
 ロン兄様を心の中で称賛している時であった、何か「うにゃああぁ」と聞こえた気がして、私は「デジャヴ……」と、呟いてしまう。
 ただ、その声が一つではなかったことが最大の謎だったのだが、声の主へ向けると……チェリシュが舌を出して「はらはらはのー!」と言っている。
 そのチェリシュの近くで転がっている白い毛玉は、「辛くて痛いいぃぃぃっ!」とのたうち回っていた。

「貴方たちは……まさか、リュート様のカレーを食べたのではないでしょうね?」
「ふぁふぇふぁのー!」
「勿論食べたー!」
「本当に、ちょっと目を離した隙に……この子達は……」

 いつの間にか膝上から抜け出していたチェリシュを回収して口元を綺麗にしてから、念のために作っておいたラッシーをポーチから取り出して飲ませる。
 真白も必死に飲んでいるので、かなり辛かったのだろう。

「リュート様のは激辛だと何度言えばわかるのですか? 他の人たちが気軽に試していいレベルではないのですから……」
「リューの域に達してみたい……なの!」
「真白ちゃんもー……」
「私と同じ物が食べられるようになったら、少しずつ辛みを増やしていきましょうね」
「あい!」
「はーい!」

 元気が良いお返事はいいのだが、この子達のことだ……またやりそうである。

「でも……リューがすごく美味しそうに食べるから……ついつい……なのっ」
「わかるー! 真白ちゃんも、ついつい食べたくなっちゃうー!」
「あー……お前ら、また俺のを食っただろ……ったく……懲りない奴等だな」

 書類を配り終えて戻ってきたリュート様は、口の周りを赤くしているチェリシュと真白を見て苦笑した。

「ルナ、そのラッシー……もう一つあるか?」
「ありますが……リュート様も辛かったですか?」
「いや、レオのやつを味見した馬鹿がヒーヒー言ってるから渡してくる」
「イーダ様……何故チャレンジしてしまったのですか……」

 まさか、チェリシュ達と同じ事をするとは思ってもみなかったので、ノーマークだったが……意外とお茶目なところがある彼女に苦笑しつつ、リュート様にラッシーを渡した。

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