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第十一章 命を背負う覚悟

11-53 迫る時

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 その後も、リュート様は無自覚にハイスペックぶりを披露してくれた。
 キュステさんとの通信をしながら、白の騎士団が持ってきた報告書へ目を通し、要点をまとめた物を作成して手渡す。
 会話をしながら、全く別の案件を処理して書類作成なんて普通はできない。
 リュート様の頭の中はどうなっているのだろう……
 
 とりあえず、私は担当である【混沌結晶カオスクリスタル】関係の物が砦周辺に無いか調査することにした。
 ダイナスさんたちを伴い外を確認してみるのだが、今のところは感覚に引っかかる物も無く、静かすぎて反対に不気味だと感じるほどだ。

「んー……問題は無いようですね」
「その【混沌結晶カオスクリスタル】という物が、ルナ様以外に見えないのは……少し困りものです」

 危険ですから……と、常に警戒しているダイナスさんの表情が曇る。
 
「誰も見えないよりは良いと考えましょう」
「それはそうなのですが……」

 本当ならダイナスさんのチームだけ来るはずだったのに、私が外へ出たことを知った手の空いている元クラスメイトたち全員が駆けつけ、危険も何もあったものではない。
 ヤンさんやモンドさんもいるのだ。
 リュート様が心配性なので仕方が無いような気もするが、少々過保護気味では?
 ……いや、私が魔物の脅威を判っていないだけなのかもしれないと考え直す。
 この前の戦闘は、リュート様を俯瞰して見ていた。
 それに、精神的な負荷がかからないよう、ユグドラシルが何らかの力を働かせていた可能性もある。
 精神体で放り出したのだから、無防備で有るはずが無いのだ。

「しかし、今回のラミアは厄介っすね」
「馬鹿みたいに突っ込んでくるだけなら、話は早かったけど……」

 元クラスメイトたちも、今までの戦闘とは明らかな違いを感じているようで、警戒心が強い。

「まるで、人を相手に戦っているみたいな感覚だな」
「人だったら、黒の騎士団だって聞いたら逃げていくし、それも違う気がするけど……」
「むしろ、俺らと正面切って戦うのは、魔物くらいだろ」

 警戒しながらも、いつもの調子で会話が始まる。
 これは、間違い無く彼らの強みだ。
 リュート様が信頼している人たちが、ただ者で有るはずが無いと判っていたが、ここまでとは――
 恐れる必要など微塵も無いような調査が終了して、砦の中へ入る。
 違和感が無いことや、引っかかりを覚えなかった事が違和感だと言えばそうなのだが……オルソ先生たちが、広範囲に警戒しているおかげなのかもしれない。

 その後、かなり効果が認められたプチアップルクリームパンを大量に仕込み、手の空いている元クラスメイトたち全員で次々に焼き上げていく。
 かなりの数が確保できたので、それぞれの責任者に呼びかけ、戦闘に参加予定の人たちへ配布をお願いした。
 ポーションとプチアップルクリームパンのダブル効果で、回復に問題は無いだろう。
 これで、少しでもマリアベルの負担が減れば、万々歳である。

「さて、そろそろ此方も外の様子も見てくるか。おそらく、完璧に仕上がっているはずだし……」

 片付けが終わった頃、リュート様が外に出るということだったので、手持ち無沙汰になってしまった私はエナガの姿になり、彼のポケットへ移動した。
 最初こそ驚いていたリュート様だったが、同行を許可してくれたのか、指先で頭を何度も撫でてくる。

「ルナも、真白に似てきたか?」
「一緒にされては困ります」

 羽毛を膨らましている姿を見た皆に笑われながら、外へ出たのだが――
 先ほどとは違って、聖泉の結界がドーム状に砦を覆い尽くしている光景に言葉も出ない。
 太陽の光を受けてキラキラ輝き、まるで水中にいるような不思議な感覚を覚える。
 どうやら、聖泉の女神ディードリンテ様が手を加えてくれたようだ。
 
「ルナのプチパン効果は、すげーな」
「い、いえ……聖泉の女神ディードリンテ様が凄いのです。かなり厚みのある結界ですね……」
「これなら、突破も難しいだろうな」

 そう言いながら、クリスタルスライムの結界がある方へ足を運ぶ。
 外から見ることは出来ないけれども、何かを感じる。
 目をこらして見ると、水まんじゅうのようだけれども、内部がカットされたクリスタルのようにキラキラ輝くスライムたちを確認することが出来た。
 
「良い感じだな」

 リュート様にも見えているのだろうかと見上げていたら、私の視線に気づいた彼は、此方を見て淡く微笑む。

「俺は気配を察することが出来るからな。ルナみたいに見えてはいない」
「そうなのですか……でも、クリスタルスライムって綺麗ですね」
「シッカリ見えているのが、すげーな。でも、隙間無く埋まっているようなら、大成功だ」
「大丈夫そうです」

 とはいったものの、一つだけ気になることがある。
 クリスタルスライムたちが、何故かリュート様の事を凝視しているのだ。
 どれが目か判っていないので、的確な表現とは言えないかも知れないが、リュート様の動きを気にしてソワソワしている感じがする。
 やはり、天敵とでも思われているのだろうか。
 暫く観察していたが、どうやら負の感情では無く、どちらかというと、構って欲しいときの真白の反応に似ていると感じた。

 ま……まさか……ね?

「あれ? でも……リュート様は、あの時点で私だけだと言っていたけれども……料理を食べるようになって魔力問題がなくなったから……いや、でも、うーん……」
「どうした?」
「あの……リュート様って、もしかして……魔物使いの特性とかあります?」
「いや、無い。むしろ天敵っていう称号がつきそうなくらいだと思ってる」
「んー……そうですよねぇ……黒の騎士団ですものねぇ……」

 リュート様が右に動けば、右側を注視して、左側へ動けば左を注視する。
 遠ざかると寂しそうにして、近づくと嬉しそうだ。

「スライムって……友好的な魔物なのですか?」
「それも微妙だな。フルールスライムみたいに、人と契約するくらい友好的な種類もいれば、見ただけで襲いかかってきて捕食しようとする奴もいる。クリスタルスライムは愚鈍だが、友好的かと聞かれたら疑問が残るな」
「……そうですか」
「何かあったのか?」
「いえ……気のせい……かも?」
「まさか、黒い結晶かっ!?」
「あ、いえ、それとは別問題です」
「そっか……まあ、何かあったら気軽に相談してくれ」
「わかりました」

 どう言ったら良いのか判らないので考えがまとまったら――という言葉を添えておく。
 聖泉の女神ディードリンテ様の結界とリュート様の時空間魔法で作られた結界の中に封じ込められているというのに、友好的なはずが無い。
 しかし、奇妙な感覚だと首を傾げていたのだが、次の瞬間、いきなりリュート様が体を捻った。
 何かを避けたようである。
 敵襲かと緊張して彼の顔を見るが、鬼気迫る物は無く、どちらかと言えば呆れ顔だ。

「お前はさ……もっと、平和的な突撃ができねーのか?」
「酷いっ! 真白ちゃんが折角届けにきてあげたのにー!」

 一気に賑やかになったと思ったら、自分の倍はある大きなポーションの入った瓶を持った真白が、リュート様の手にキャッチされていた。
 鷲づかみにされて、多少潰れているように見える。
 真白が、ビーズクッション素材で出来ていると言われても、違和感すら覚えない潰れ方だ。

「ロヴィーサからか?」
「うん! 割って使うタイプの複数人バージョンだってー!」
「マジかっ! ロヴィーサのヤツ、頑張ってんな」
「ルナのプチパン? アレ食べて元気出たー! って言ってたよー!」
「ルナのご飯効果が、色んなところで猛威を振るってる……」
「真白ちゃんも食べて元気になったー! ルナ、ありがとおおぉぉっ!」

 リュート様のポケットに入っている私のところへ来て、むぎゅむぎゅと体を押し込め、私に戯れ付く真白が可愛らしくて、思わず抱きしめる。
 真白はそれが嬉しかったのか、ぎゅーぎゅーしがみ付いて離れない。
 そんな私たちの様子を見ていたリュート様は、ロヴィーサ様のポーションを眺めながら、背後にいる元クラスメイトたちを横並びになるよう指示を出す。
 それから、中央にいるダイナスさんの足元へ向かってポーションを投げつけた。
 ガラスの割れる音と共に、液体だったポーションが気化して、それを吸い込むことで回復効果を得られているようだ。
 一度、その効果を目の当たりにしたが、画期的なポーションなのではないだろうか。
 戦闘ができない人でも、乱戦の中へポーションを投げ入れる事くらい出来る。
 
「横並びで五名までの距離だな」
「それくらい効果範囲が広ければ、実用性が増しますね」
「マナ草を使っていない分、回復効果は落ちているんだろうが……俺は助かるな」
「あまり、差は感じませんが……」
「あー! それはねー、真白ちゃんが測定してベストな配合量を導き出したんだよー! しかも、マナ草は、気化させたら有害成分が薄れる傾向にあるのも突き止めたから! 今後、ポーションが変わるかもってロヴィーサが言ってたよー」
「すげーな……この短期間で、どんだけ変化し続けてんだ……真白も頑張ったな」
「えっへん! あ、そうだ。チェリシュが、そろそろ大変かもー。ねむねむーって言ってたよー」
「そりゃ、やべーな」

 チェリシュは本調子では無いのだから、無理をさせられない。
 春の季節を到来させるために力を使い果たしてしまったので、無理は厳禁である。

「キャンピングカーで休ませるために、迎えに行くか」
「そうですね」
「ああ、心配しなくて良いヨ。俺が連れてきたからネ」

 気づけば、時空神様がチェリシュを抱っこしたまま空に浮かんでいた。
 瞼を開いているのも辛いのか、しょぼしょぼした様子でチェリシュが此方を見ている。
 リュート様のポケットから抜け出し、人型に戻ってチェリシュを抱っこすると、安心したようにコテンと頭を預けてきた。
 よほど眠いようだ。

「ふわあぁぁ……真白ちゃんも頑張りすぎて、ちょっと眠いかもぉ」
「では、真白とチェリシュはキャンピングカーで、休みましょうね」
「ルーとリューが頑張ってる……なの……」
「チェリシュ。襲撃はいつ来るか判りません。休めるうちに休みましょうね」
「んぅ……あい……なのぉ」
「真白ちゃんも一緒に休むから、大丈夫だよー」
「あい……まっしろちゃん……一緒……なのぉ」

 ぎゅーっと真白を抱きしめて、すやぁと眠ってしまったチェリシュを抱きかかえたまま、私は皆に一言断ってからキャンピングカーへ向かう。
 真白も気が張っていたのか、チェリシュに抱っこされてすぐに、うつらうつらとし始めた。
 今回、この子達がいなかったら、どうなっていたことだろう。
 チェリシュと真白を抱え直し、私は出来るだけゆっくりと歩みを進める。
 私たちを心配してか、時空神様と聖泉の女神ディードリンテ様が一緒についてきてくれるので心強い。
 リュート様はというと、白の騎士団の責任者とアクセン先生に呼び止められ、何やら話し合いが始まったようである。
 オルソ先生も駆けつけ、いつもとは違う様子に嫌な予感を覚えた。

「もしかして……」
「とりあえず、チェリシュと真白を寝かせようネ」
「あ、はい……時空神様……あの――」

 問いかけようとした私は、そのまま何も言えずに口ごもる。
 抱っこしているチェリシュと真白が、質問の返答を万が一聞いていたとしたら、何を考えるか判った物では無い。
 心配をかけたくはないし、無茶をさせたくも無いのだ。

 おそらく、この近辺でラミアが目撃されたのだろう。
 キャンピングカーへ向かいながらもリュート様を見つめていたら、彼は此方を見て――確かに頷いたのだ。
 側に居る人たちへの相槌では無い。
 私へのメッセージ。

 襲撃が来る――

「時空神様、聖泉の女神ディードリンテ様……チェリシュと真白の事を、よろしくお願いします」
「任せておいテ」
「この子達の眠りは、私たちが守りましょう」

 キャンピングカーの中へ入り、扉を開いてチェリシュと真白を寝かしつけ、私は時空神様と聖泉の女神ディードリンテ様に見送られながら、扉を閉めた。
 これで、少なくとも……この中に居る神族は守られる。
 しかし、砦の内部にはラミアの策略により、戦えなくなってしまった人たちが沢山居るのだ。
 グズグズしていられない。
 
「守らなくちゃ――」

 閉じた扉から手を離すこと無く、決意を込めて呟く。
 そんな私の背後に、誰かの――いや、リュート様の気配がした。
 
「ルナも、扉の中へ入っていて良いんだぞ」

 背後……しかも、間近に感じる体温には驚いたが、彼は自分の体と扉で私を挟むようにして耳元で囁く。
 彼の声にこもる、迷いが感じられた。
 
「私しか【混沌結晶カオスクリスタル】を見る事が出来ないのですから、甘やかしは無しです」
「本当は扉の向こうへ押し込めて、出てこられないようにしたいのにな……」
 
 トンッと私を背後から閉じ込めるように扉へ置かれた手は、漆黒の鎧で包まれている。
 先ほどまで制服姿だった彼が、この短時間で戦闘準備を終えていた。

「間もなくラミアの本陣が砦へ到着する。ヤンとモンドの部隊は、既に出発した。キャットシー族と戦闘に参加出来ない病人は、大食堂へ集まってもらったから、ルナは――」
「リュート様たちと一緒に行動して、【混沌結晶カオスクリスタル】を見極めます」
「……沢山、血を見ることになるぞ」
「覚悟は出来ています」
「――本当はさ、俺が見られたくねーのかも。沢山……殺すからさ」

 彼の声が震えた。
 今の言葉に、どれほどの迷いや葛藤が込められているのだろう。
 おそらく、全てを理解することは出来ないけれども……知っておいて欲しいことがあった。
 
「おそらく、俯瞰した視点でリュート様の戦闘を見ていた時とは違い、間近で見る事になるのでしょう。正直に言うと――怖いです」

 ピクリと彼の手が震える。
 しかし、勘違いしないで欲しいと、私は震えた彼の手に自分の手を添えた。

「でも……リュート様が無意味な殺戮をしているわけではない。誰かを守るための戦いをしているのだと、誰よりも理解しているつもりです」
「ルナ……」
「怖いのは戦いであって、リュート様ではありません。何があっても……それだけは、絶対に変わりません」
「――っ!」
 
 言葉にならない何かが聞こえたと思った瞬間、背後から力強く抱きしめられる。
 私の肩に顔を埋め、まるで泣いているようだと感じた。
 私だけでは無い、言葉にしないだけで、本当は彼だって怖いのだ。

 私たちが感じている恐怖の種類は違う。
 彼は優しいが故に、誰かが傷つき、喪うことにならないか考えてしまう。
 
 生きて帰る保証なんてどこにもない。
 だけれど……リュート様がいれば、大丈夫だと思っている。
 彼がいれば、どんな恐怖にだって打ち勝てる自信が、私にはあった。

「リュート様、皆で一緒に帰りましょうね。キュステさんが首を長くして待っていますよ」
「そうだな……アイツには色々頑張って貰ったし……帰ったら店のことも、ちゃんとしねーとな」
「お店に帰ったら、コーヒー寒天でも作りましょうか。生クリームでデコレーションしても良いですし、程よくクラッシュしてドリンクにしても良いですね」
「お! それ、いいな! とびっきりのコーヒーを淹れようか」

 他愛ない、いつもの会話だ。
 これが、私たちには相応しい。
 不安を嘆くより、明日へ繋がる楽しい約束を交わそう。
 きっと、それが力になる。

「まだまだ作りたいメニューがありますから、早く帰りましょうね」
「ああ、必ず――」
 
 クルリと振り返ってリュート様に抱きつくと、彼は優しく抱きしめ返してくれた。
 今の私たちに、もう迷いは無い。

 戦いの時は、すぐそこまで迫っていた――

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