黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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月と華

4.300体も斬ったのか……

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 辺境伯の領地へは『ミュリア・セルシア男爵令嬢誘拐未遂事件の調査』という名目で赴く予定となり、馬を飛ばしても7日はかかるが、海路を使えば3日の距離だ。
 こういうとき、北の辺境とは違うのだと実感する。
 私がよく行く村より北には、国どころか村さえ存在しない。
 あるのは、深い森と切り立つ山々だ。
 人が越えていくには難しい険しい山々が連なり、長い時間をかけて越えていったとしても、その先に広がるのは氷に覆われた大地だという。
 そのため、他国から侵略されるおそれがない大自然の要塞に守られている北の辺境の地は、他の領地よりも道の整備が遅れていた。
 作物が育ちづらい環境であることと、寒さの厳しい土地であることも災いしているのだろう。
 しかし、守り石の件もあるから今後は道の整備も進み、王都からも行き来しやすくなるに違いない。

 それとは反対に、南の辺境は自然環境には恵まれていたが、違う意味でとても大変な場所でもあった。
 唯一他国と隣接している場所であるため、最近は戦がないといっても過去を振り返り見れば、血なまぐさい戦いの歴史が深く刻まれている土地だ。
 国の騎士団に助けを求めずとも、ある程度であれば戦える者が揃っている。
 その分、治安が悪くなりがちなのだが、今の領主はそこをうまく取りまとめているようで、自警団なるものを設立し、街の治安維持にも努めていると聞く。

 南の辺境伯に会うために王都から離れるのは心配だが、ガイが王太子殿下を守っているのならば問題ないだろう。
 何せ、弟は勘がいい。
 万が一、私の動向が掴めず黒狼の主が癇癪を起こして王太子殿下に手を出そうとしても、更にイライラさせるくらい引っ掻き回してくれそうだ。
 本人が意図してやっているのではないと知れば、王太子殿下から標的をガイに移す可能性だってあるだろう。
 しかし、私との約束がちらつき、変にプライドの高いアイツは『キミがボクと遊んでくれなくなったら、家族全員殺してあげる』という自らの発言が仇となり手出しができない。

 つまり、奴はこちらが考えている以上に必死になり、私を探し出そうとするだろう。
 面倒なことこの上ない。

 やれやれとため息を付いている私の横で、ガイがいきなり抜刀したかと思った瞬間には全てが終わっていたようで、地面に落ちた何かを拾い上げる。
 全員が息を詰めて何事かとガイの手のひらの上にある物を見つめた。
 黒い……小さな蜂のような羽虫が綺麗に両断された形で、ガイの手のひらの上に転がっている。

『どうやら、見つからないことにしびれを切らして、こちらに察知されないよう魔力抵抗と隠密性の高い使い魔を飛ばしたようだな』

 主神オーディナルの声が一段低くなるのを感じ、ガイの手のひらの上にある『使い魔』を見つめた。
 黒狼と似た黒い煙のようなものを纏っている。

「こりゃなんだ?」
「死しても禍々しい何かを感じるな……」

 覗き込む国王陛下の前に立った父上が警戒しつつガイに尋ねるが、ガイのほうは詳しくわかっていないのか首を傾げた。

「最近我が家にも訪れる昆虫ですね。良からぬ気配がするので、いつも斬って捨てていたのですが、城にまで現れるとは思いませんでした」

 斬って捨てていた?
 まさか、これがいつも監視していたのか。
 一時的に視線が途切れていたのは、ガイが切り捨てたためであると考えるなら納得がいく。
 というか……お前は、どういう気配察知と動体視力をしているのだ。
 
「どうやら、黒狼の主の使い魔と言われるもののようです。コレで監視していたのでしょう」
「では、切り捨てずに泳がしておいたほうが良かったですか?」

 ガイが慌てて私の方を見るが、首を左右に振って「大丈夫だ」と呟く。
 会話を聞かれるのはまずい。
 しかし、うまく術が発動しないからと言ってこんなに堂々と使い魔をよこすとは……色んな意味で切羽詰まっているのか?
 まあ、ルナティエラ嬢を手中に収めんとしたところで、あちらの神の1人に邪魔をされたようだからな。
 いろいろと思い通りにいかず、苛ついているのだろう。

『小さい昆虫か……なるほど、そういう使い魔を使ってくるとわかれば対処は可能だ。神石のクローバーの欠片をソレにかざしてみるといい』

 言われたとおりに欠片を、真っ黒な蜂のような使い魔にかざしてみれば、サラサラと砕けてしまったが、核となっている黒い光のようなものが浮かび上がった瞬間、それを待っていたかのように吸い込み取り込んでしまった。

「取り込んだ……のか」
『僕の子や可愛い孫娘が育てた神石のクローバーなら、取り込んで浄化することも容易い。これで、ヤツはその蜂の使い魔を使役することはできなくなった。核があればいくらでも再生できる。使い魔とはそういうものだ』

 なるほど。
 だから、黒狼は再び姿を現したというわけか。
 本体は崩れ落ちたが、先程のような核が術者のもとに戻っただけ……もう一度、核を母体に術を施せば元通りというのなら、これほど便利なものはないだろう。
 これも、魔法と言われるものなのだろうか。

『正確にいうなら魔法とは少し違うものだ。魔法の源流であり、己の力を使うこと無く何かを対価にして錬成するもの。つまり、呪術というものだな。それ相応の対価が必要なはずだから、そう簡単に同じ呪術を使うことはできないだろう』

 主神オーディナルの説明で大まかなことは理解できた。
 しかし、私はいま声に出していなかったはずだが……?
 だんだん遠慮が無くなってきたと言うか、私の思考まで読むようになったことに目眩を覚える。
 だが、有益な情報であり、他の者達には聞かせられない内容でもあったから、正直にいえば助かった。

「兄上……今のは?」
「神石のクローバーの欠片を使って浄化した。これで奴は、この使い魔を使役できなくなったはずだ」
「さすがは神々の遺物。すさまじい力を持っているのですねぇ」
「全くだな。我々城にいる者たちの大半が無力化されたほどの力を持つ黒狼の主であっても、神の力の前ではこのザマか」

 宰相殿が感心した声を上げ、父上がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
 よっぽど昨日やりこめられたのが悔しかったと見える。

「しかし、ガイ……お前はアレが見えていたのか」
「兄上が卒業まであと1年となった頃から時折見かけるようになり、最近は頻度が高かったので、とうとう巣でも作ったかと探しておりました」
「どれくらい斬ったのだ?」

 父の言葉にガイは少しばかり考えた素振りを見せて、指を3本立てた。

「3体というわけではないだろうから、30体くらいか」
「いえ、桁が一つ違います。300体程度ですね」
「お前……目にも留まらぬような動きをしていた羽虫を、300体も斬ったのか……」

 我が息子ながら恐ろしいとでも言いたげに頬を引きつらせる父上と同感である。
 常人では視認することも難しかったはずだ。
 天賦の才が為せる御業とも言うべきか、知らないところで随分と助けられていたようである。
 私や家族の監視を行っていたのだろうが、まさか、ガイにことごとく潰されていたとは驚きだ。
 意外と黒狼の主の苦手な相手は、ガイだったりするのだろうか。
 それだったら、一度対峙したところを見てみたいものである。

「やはり私の目に狂いはなかったな。ガイ、その調子で良からぬ気配を放つ物は切り捨ててくれ」
「王太子殿下の命とあらば、全力で挑む所存であります」

 キリッと眉を吊り上げて凛々しく返答したガイの頼もしさは、さきほどまでとは別人のようであった。
 私が知っている弟の顔ではなく、武人の顔なのだろう。
 あの小さな弟が、ここまで成長していたことに驚きを隠せない。
 だが、これなら王太子殿下たちを守れる。
 そう強く確信した。

「知らないところで助けられていたようだ。ガイ……ありがとう」
「いえ!微力ながらも兄上の力になれていたのなら嬉しいです……良かった!」

 満面の笑みを浮かべるガイと、ルナティエラ嬢が何故か重なって見える。
 そうだな。
 こういう素直なところが、とても似ているのかもしれない。
 この健気な妹と弟は、無償で私の力になってくれる。
 そして、たった一言礼をいうだけで喜んでくれるのだ。
 私にも……大切な妹や弟を黒狼の主から守ることができる力があれば───
 切実に、そう思う。

「そして、我が婚約者殿も麗しいだけでなく聡明だ。『国境付近に良くない動きをする一団がいると報告があったので、注意してほしい』とのことだ。南でいろいろ情報を入れてきてくれることを祈ってるぞ、ベオルフ」

 この騒ぎの中でも比較的おとなしかったなと思ったら、どうやら婚約者からの手紙を読んでいたようだ。
 多分、エスターテ王国の話が出たので、気になったのだろうが……
 エスターテ王国の第一王女が王太子殿下の味方になってくれているのは、とてもありがたい話なのだが、万が一手紙の中身を確認されていたらマズイことにならないだろうか。

「安心しろ。我が婚約者は聡明だと言ったはずだ。私にしかわからない暗号で知らせてくれたから大丈夫だ。中身を改められていても、そうそうわかるものではない」
「そうですか……」

 いつのまに……と思うと同時に、何故か惚気けられたような気がして、小さく嘆息してしまったのは仕方がないことだろう。

「どうだ。お前のルナティエラ嬢も聡明だが、私のアーヤも素晴らしい女性だろう」
「……私のではありません」

 そういうからかい方はよして欲しいのだが……と、呆れた溜め息をついていると、王太子殿下は口の端を上げて笑った。

「お前はルナティエラ嬢に想いを寄せているという噂を流すのだろう?」
「私が肯定すれば、万が一ルナティエラ嬢が帰ってきた場合、いろいろと大変なことになります」
「それがわかっているなら、聞き流す努力をするのだな。肯定も否定もしなければいい」

 難しいことを言う……しかし、王太子殿下の言う通りだ。
 それも彼女を守るための手段であり、私が面と向かって否定していれば、母の努力が無駄になる。

「何事にも屈すること無く守る決意か……早々出来るものではないな。だからこそ、頼む。そなたの働きにかかっているのだ」

 国王陛下の強い言葉に頷き、私は宰相殿が戸棚から取り出しテーブルに広げた地図を見つめた。
 彼女が教えてくれた未来を変えるため、私は南へ行こう。

 南にある辺境の地、ヘルハーフェンへ───

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