黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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月と華

23.私にとっては好機

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 ルナティエラ嬢にもたれかかりまったりしている間にも、あちらの世界ではリュートが熱心に動力部分の問題点と改善点を語り聞かせている。
 どうやら、彼の母はその内容が理解できるらしく、目を輝かせて聞いていたのだが、彼女の近くにいる見事な銀髪の青年は若干引き気味だ。
 白くてふわふわしたものがまとわりついているが、あれが召喚獣というものなのだろう。
 そう考えると、やはりルナティエラ嬢だけが異質のように感じる。
 あちらの世界でも目立つ存在になっている可能性は高いだろうが、彼が何も対処していないとは考えられない。
 まあ……あの幼い女神がそばにいるのに、滅多なことが出来る人間など早々居ないだろうが───

 そうこうしている内に、彼は金属で出来た物体に近寄り無造作に触れたかと思うと、中央から上下に開閉したそれは、屋根とテーブルへと変化してしまった。
 なるほど……一つ一つに無駄がない。
 我が領の技師たちにも見せてやりたいな。
 きっと目を輝かせて……いや、これだけの逸品を見てテンションが上った技師たちは、次に解体しようと動きはじめそうだから却下だ。
 そんなことになれば、ルナティエラ嬢が泣いてしまう。

「へぇ……アレってガラスに見えるけど、プロトクリスタルだよね。魔法耐性と衝撃吸収性に富む素材を研磨して透明度を増すとか、どれだけ職人技なんだか」
「素材選びに関しては問題無さそうだ。よくもまあ、ここまで集めたものだがな」

 神々に半ば呆れられたような感想を漏らされるとは……
 随分とあの大きな金属の塊は、素材などにもこだわりを持って造られているようである。
 隣ではルナティエラ嬢が心配そうな視線を投げかけている様子から察するに、彼はいつもこんな感じなのだろう。
 好奇心旺盛のルナティエラ嬢と、細部にまでこだわり好奇心の赴くままに造り出すリュート……これはある意味で最悪の組み合わせではないか?
 この二人が手を取り合って暴走しはじめたら……誰がストッパーになるのだろう。
 あちらの世界にそういう人間がいることを切に願う。

「なんかさ、すっごくセンスあるっていうか……日本のオフィスビルで昼間にああいう車が来ても、おしゃれで手が混んでいるなぁ、何を作って売っているんだろうって注目を浴びるくらい凄くない?」

 おふぃすびる……?
 ルナティエラ嬢とハルキの会話には、聞き覚えのない単語が飛び出してくる。
 私の世界にはない単語なので、意味がわかるように翻訳されていないのだろうと主神オーディナルが笑う。
 どうやら、オフィスビルとは色々な仕事をする部屋のようなものをたくさん積み上げたような一つの居住空間がない大きな家であり、城や砦のように強固な建築物であると説明を受ける。
 なるほど……仕事をするためだけに設けられた場所ということか。
 効率化を図るのなら、それは効果的だろう。

『仕事と私生活を切り離すことも容易いから、集中できるようだしな』

 主神オーディナルの言葉にも頷ける。
 我ら騎士団はもともと城の一角にある執務室や訓練所を使用するが、離れた場所にあるために移動だけでも時間を取られてしまう。
 各部署が密集している状態であれば、伝達もスムーズにできるだろうし変に時間を取られずに済む。
 それに職場が家から離れていれば、鍛冶屋の主たちのように子供が危険な場所で走り回っていないか気にする必要もないから集中できる。
 ハルキの世界は、効率重視の考え方が主流なのかもしれない。

 私と主神オーディナルが対話をしている間にも、会話は進む。
 ルナティエラ嬢のことを考えて造られた厨房は、彼女にとってとても馴染みが深い配置であったようだ。
 本当にたくさん考えて、配慮してくれている。
 そこかしこにリュートが心に秘めるルナティエラ嬢への想いが伝わり、良い相手に出会えたものだと安堵することが出来た。

『やっぱりコレは俺たちが造っているヤツじゃねーかよ。フライヤーや炊飯器みてーな最近完成したばかりの調理器具がなんで搭載済みなんだ』
『母上が創ったのはそこではない。そなたがあずかり知らぬ物が存在するであろう?』
『……ん?』

 どうやら、彼が造った物に創世神ルミナスラの力が付与された……ということなのだろう。
 現に、座席が一つ増えていて幼い女神から『チェリシュ専用なのっ!』という言葉が聞こえてきた。
 そして、その座席につながる何の変哲もない扉を見つけた彼は、少し手間取った様子で扉を開き、中を見て目を丸くする。
 そこには、あるはずの座席は無く全く別の空間が存在しており、どこかの部屋へ繋がっているようにも見えた。

『……はい?』
『チェリシュ専用の席じゃなかったの……』
『いや、チェリシュ。その前に、この部屋にツッコミ入れようぜ』
『……はっ!お部屋なのっ!』
『まずはソレだよな……最近ルナに似て感覚がズレて来たんじゃ……』

 ルナティエラ嬢の感覚がズレていることはわかっているのだな。
 その事実に、少しだけ安堵する。
 なにせ、アレが普通だと思われたら……と、考えていた私の隣から不穏な気配が溢れ出す。
 考えていることを察知されたかと視線をチラリと向けたのだが、彼女はリュートに黒い笑みを浮かべているだけであった。
 そんな彼女の様子に気づいたのか、ハルキは頬をわずかに引きつらせて見なかったことにしたようだ。
 それが賢明な判断だろう。
 しかし、私にとっては好機でもある。

「アレは感染るのか」

 そう呟くと同時にルナティエラ嬢が、いつもののんびりした動きはどこへ行ったと問いたくなるような速度で動き、私を鋭い目つきで見上げてきた。
 唇をわずかに尖らせて眉根が寄っている姿は愛らしい以外の何物でもない。
 もうもう!と言いながら私の腕を叩くルナティエラ嬢に笑いがこみ上げてくるのだが、ハルキもよくやられたと笑う姿を見て和んでしまった。

 こちらがそんなルナティエラ嬢に和んでいる間に、驚きの事実が告げられていたようで、リュートの絶叫が聞こえてくる。
 まあ……なんだ。
 神とはそういうものだから諦めろと心のなかで語りかけ、幼い女神に頭を撫でられているリュートを憐れみのこもった視線で見つめた。

『そういうものとは聞き捨てならんな』

 その最たる方が何をおっしゃる。
 覚えがないとは言えませんよね……チラリと指輪に視線を向ければ、主神オーディナルは視線をそらして「必要だから仕方がないのだ」とはぐらかす。
 そんな中、ルナティエラ嬢が私の方へ全身を預けるようにもたれかかってきたのを感じ、【空間付与】という物があちらでは普通にあるのだろうと考えていたのだが、どうやらそうではないようだと理解する。
 どうしよう……と言わんばかりの表情で困惑している彼女を労るように頭を撫でれば、さらに抱きつかれた。
 かなり深刻のようだ。

「僕の愛しい妻は、少し張り切ったみたいだな」
「まあ、相手がリュートくんだからねぇ……」
「違いない」

 リュートはあちらの世界の愛し子に相当する……ということか?
 ルナティエラ嬢に対する主神オーディナルと同じと考えれば納得できるような気もするが……

『いいや、それはない。【愛し子】というシステムを取るには、あちらには『代弁者』が多すぎる。こちらの世界では僕の声を聞けるものが少ない上に、神力を地上で行使し辛い現状があるからこそ可能なのだ』

 つまり、あちらの世界では愛し子は存在しないが、神力行使する方法はたくさんある……ということですか。

『当たり前だ。制約があるとは言え神族が好き勝手に地上へ行くことが出来るのだからな』

 そう考えると、ルナティエラ嬢はあちらの世界の神族に近い者となるのではないか?
 いや、私の世界では事実、神にも等しい存在として扱われている。
 主神オーディナルの言葉を聞き、動き、世界を導く役目を担いうのが、『主神オーディナルの愛し子』───
 そこまで考えて、私は内心首を傾げてしまった。
 今の私は主神オーディナルの声を聞き、動いていないだろうか。
 まあ……ルナティエラ嬢の代理人という立場なのだから、おかしくはないのかもしれないな。

「僕の愛し子にとっては大ごとであったのだろうか……」
「ルナちゃんは異空間付与の方にショックを受けているみたいですね」
「浮遊石ではなく?」
「多分、神界にある浮遊石の詳細を知らないんじゃないかと……」

 ルナティエラ嬢がショックを受けているのはどちらかわからないが、あの扉の先にある部屋に違いないだろう。
 我々人間の常識から考えて、普通にあり得ない。
 浮遊石という物も気になるが、目に見えていない物だろうから今はそちらではないと考える。

「異空間付与は、それほど珍しい物ではない。僕の愛し子も持っているからな」

 珍しくないのか……
 ルナティエラ嬢は、あちらの世界へ行ったばかりだからショックを受けている……と、考えるなら、何故先程リュートが絶叫したのだろう。
 やはり、浮遊石という物が関係しているのか?
 そう考察していた私の目の前で、何故か主神オーディナルが私の鞄を出現させる。

「ベオルフ、お前の持っている鞄はコレだな」
「……それですね」

 何故、このタイミングで取り出した。
 嫌な予感しかしないのだが……
 軽いやり取りのあと、問答無用に私の鞄の中身をぶちまける主神オーディナルには何を言っても無駄だと悟り、力なく項垂れてしまう。
 そんな私の頭を「よしよし」と撫でてくれるルナティエラ嬢と、先程リュートの頭を撫でていた幼い女神の姿が重なって見え、彼も随分と癒やされたことだろうと心のなかで呟いた。

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