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月と華
30.香りでは味の想像がつかない未知なる料理
しおりを挟むルナティエラ嬢がオロオロしている間に、ハルキは手際よく準備をしていく。
大きな台の上に出された数種類のスパイスや食材などに付け加え、ハルキの細腕でも片手で軽々と持ち上がる浅めの鉄鍋など様々だ。
「さてと、計量もしなくちゃね」
話から察するにスパイスの重さを量るようなのだが、出てきたのは市場でもよく見られる天秤ではなく、少しだけ厚みのある板状のものであった。
これで……重量がわかるのか?
彼は手際よく小さなガラスの器を数個用意し、それを板状のものの上に乗せ、板状のある部分を指で押さえる。
「ほら、結月。計量してこの小さな器にそれぞれわけておいて」
「あ、はいっ!」
「こっちだったら、カレースパイスセットみたいな物も販売されていたりするし、100均とかで購入できるスパイスで作れたりするけど、二人のところは手に入るスパイスが限られるだろうし、まずは基本からね」
ルナティエラ嬢をうまく誘導しつつ料理の準備をはじめたハルキの言葉に『ヒャッキン』という変わった単語が出てきたのだが、会話の内容からスパイスを購入できる場所なのだろうと理解できた。
ルナティエラ嬢とハルキの会話は、こちらでは想像もつかない発音の言葉が含まれていることがあり聞いているだけでも面白い。
多分、国外に出ればこんな体験をすることが多くなるだろうと考え、二人の何気ない会話から、それが一体何であるのか想像して楽しむことにした。
時折、主神オーディナルから注釈が入るので助かりはするが、私が国外に出るときもこの方はついてこられるのだろうか。
『当たり前だろう。お前のことはちゃんと見ていないとな。ちゃんとついていくから安心すると良い』
安心だけではないのですが……と心のなかで呟くと、主神オーディナルは視線をソッとそらす。
我が国以外でも主神オーディナルを神と崇める国はあるし、様々な神話が残っている。
信心深すぎて過激な国もあるとのことなので、そこを指摘されたと思い至ったのだろう。
現在、私が所持している主神オーディナルから得た加護など目の当たりにしたら、大騒ぎなんていうレベルの話ではおさまらず、神として崇め奉られてしまいかねない。
『まあ……マズそうな国はちゃんと事前に教えておくようにする』
何分、他国には詳しくないもので、そうしていただけるとありがたいです。
……と心の中で語りかければ、主神オーディナルはホッとした様子で頷いた。
不思議そうに私と主神オーディナルを交互に見ていたノエルは「またオーディナル様がベオを困らせたんだー」と言い密かに笑った。
主神オーディナルがわしわしとノエルを撫でるが痛くはないようで、機嫌良さそうにゆらゆら揺れる尻尾を見ている間にもルナティエラ嬢とハルキの作業は続く。
ルナティエラ嬢の手元を見てみると、ガラスの器にスパイスを入れながら何かを確認して増やしているようだ。
こちらの世界でいう天秤と同じ物であろう道具に興味を覚えて近づき、更に覗き込んで見る。
板状の物の前面……だろうか、その場所の中央が光り何やら動く数字があった。
ルナティエラ嬢がスパイスを足していくと増えていることから考えて、上に乗せている重量をこの数字が教えてくれているということになるのだろう。
どうやったらそんな技術を得られるのかわからないが、我々の世界では実現不可能である。
ここまでくると、我が世界とはあまりにも違いすぎるハルキの世界の物に深い興味を覚えてしまうのは仕方がないことだ。
技術が発達した世界とは一体どのような世界なのだろうか……私では想像もできないような見たこともない世界が広がっているに違いない。
「えっと、ターメリック20g、クミン14g、コリアンダー12g、ナツメグ2g、チリペッパーは好みに合わせてということだったので適量……かな」
「ガラムマサラがあるなら、ガラムマサラ、ターメリック、クミン、コリアンダーを同量の大さじ1と1/2でも良いし、その場合はカルダモン2個とシナモン小2個とベイリーフ2枚が欲しいかな」
一つ一つ確認して準備を終えたルナティエラ嬢に、ハルキがアドバイスをしてくれたのだが、彼女は一瞬だけ頬を引きつらせたあとに覚えなくちゃ……と彼の言葉を頭の中で繰り返している様子が伺えた。
こういう真面目なところが好ましい。
きっと、あちらの世界で待っているリュートのために必死になって覚えているのだろうな。
これほど健気で努力家であるルナティエラ嬢を理解できなかったセルフィス殿下は、やはり残念な方なのだろう。
王太子殿下が婚約者であったなら、絶対に逃しはしないように囲い込んだであろうと容易に想像がつく。
しかし、今の形が一番良いように感じられる。
王太子殿下はアーヤリシュカ王女殿下に出会って、とても幸せそうだからな……
立場を理解していて個人的な感情を殺すこともできる方だろうが、あの方には心を許せる相手が必要なのだ。
本来の自分を見せても大丈夫だと安心できる相手がいれば、国王陛下にも引けを取らない名君になるに違いない。
「お兄ちゃん、ジャガイモも入れたい……かな」
王太子殿下のことを思い出していた私の耳に突如そのような言葉が飛び込んできて、連想するかのように『ジャガイモの聖女様』という称号を思い出し、吹き出しそうになったのをなんとかこらえることに成功した。
さすがにここで暴露したら、ルナティエラ嬢に怒られそうだ。
ルナティエラ嬢の提案を受け、ハルキはニンジンとジャガイモを追加することにしたようなのだが、それでカレーという料理が完成するのか心配になった。
カレーはアレンジがきく料理とのことだが、料理に関してそれほど精通していないのでいまいちピンとこない。
「剣……いえ、ベオルフ様の場合は槍ですね。鍛錬で基本の型を覚えていなければ、そこから派生させることなどできないのではありませんか?」
なるほど。
それならば理解できる。
私が戸惑っているのを悟ったのか、ルナティエラ嬢はとてもわかりやすい例えを出して説明をしてくれた。
「えーと、料理と武術って一緒なのっ!?……ていうか、結月もよく知っているねぇ」
「前にリュート様が基本の型が大事で、体に覚え込ませないと咄嗟の時に動けないからっておっしゃっておりましたから」
「そうなのか。やはり、彼は良いな。一度手合わせしてもらいたいものだ」
本物の戦士に出会える機会は早々ない。
特に現状では稀である。
父やガイ以外にも強い相手がいれば良いのだが、この国で二人以上の実力者など存在しない。
だが、リュートは色々と試せて楽しめそうだ。
魔法を使うのだし一緒に訓練ができれば黒狼の主対策にもなるだろう。
「ほらほら、手を動かして玉ねぎを細かく刻んで、次は食べごたえのある具にするニンジンとジャガイモは乱切り、あ、こっちのニンジンはすりおろし……って、ベオルフのところは難しいか。細かく刻もうね」
そういったハルキは、軽快な音を立てて慣れた様子で包丁を操り野菜を切っていく。
うちの料理長よりも上手なのではないだろうか……
いや、その前にその包丁の切れ味は素晴らしいな。
どうやら彼らの世界は刃物を作る技術も一級品らしい。
手にとってみると、とても軽いし薄いのに力を入れなくても食材が抵抗もなく切れていく。
これは食材を切るのが楽しくなるな。
ハルキの真似ながら食材を切っていたら「ニンジンは無理に皮を剥かなくても良いからね。栄養は皮の付近にたくさんあるから、そのまま使っても良いね」と言われた。
料理だけではなく栄養学にも長けているのか。
栄養とは我が国でも学者たちが最近になって意識し始めた分野であるというのに……
ハルキもルナティエラ嬢も、そのことについての知識が豊富なのだろう。
彼の言葉に驚いていたのは私だけで、ルナティエラ嬢は相槌を打っていた。
世界の水準は、そこに住む人々が蓄積している知識量を見ればわかるのではないだろうか。
この二人を見ていると、強くそう感じてしまう。
私の今いる世界にある学園で学ぶには、纏まった額の資金が必要になる。
資金がない者は学べずに働くしかない。
それ故、王都に暮らすものでさえ文字すら満足に書けない者が多い現状にある。
『生きるのに必死な世界では、食べる事が重要だ。しかし、知識は人を助けるものでもある。豊かな世界を作るには必要不可欠だ。知識があれば、同じ面積の土地を耕し作物を作っても、倍……いやそれ以上の違いが収穫量に出てくるだろう』
確かに主神オーディナルがいう通りだ。
ルナティエラ嬢に教わった畝という知識を最北端の地に持って行き実行したら、驚くほどの成果が得られた。
つまり、ハルキの世界は知識が人を助けると広く知る世界なのだろう。
そして、いつか我らが目指さなければならない未来なのでは……と感じる。
全ての者が知識を持ち、それを誇りに思い生きていける世界になれば良いと願わずには居られない。
ハルキが「飴色になるまで炒めるよー」と言い、玉ねぎを浅い鉄鍋───フライパンというらしい調理器具で色が変わるほど炒め、刺激のあるツンッとした感じが無くなり、匂いの中に甘い香りが交じる。
シットリと茶色くなった玉ねぎがどうやら『飴色』という状態らしい。
「これくらいになったら良いかな」
「なるほど、これが『飴色』だな」
「こうなると、玉ねぎが甘みを増すんだよ」
「それは知らなかった。当家の料理人も知っているだろうか……今度聞いてみるのも良いかもしれない」
「玉ねぎの辛味を飛ばして甘味に変化させる物で、決して焦げているわけではないから苦味もないんだ。肉や味の濃いスープに合うかな。ほら、これだけで食べてみると、だいたいわかるよ」
そう言って差し出された玉ねぎを食べてみると、いつもの食感とは違うこともそうだが、何よりその甘味に驚いた。
砂糖は入れていない。
蜂蜜もだ。
それなのに感じる甘味……
「甘いでしょ?それに香りも出ている。これ単体をスープにしても美味しいよ」
「だろうな……肉に合うというのも頷ける」
「ソースにしても美味しいからね」
ハルキが持つ料理の知識がルナティエラ嬢にも引き継がれているのか、それとも二人で学んだのかわからないが、専門家だと言えるほどの技術と知識量である。
二人は前世で並び料理をしていた記憶がそうさせるのか、言葉をかわさなくても互いに何をしているのか理解して動いているように感じられた。
生姜とニンニクは焦げやすいから入れるタイミングを間違えないようにという注意事項を聞きながらも、彼の手で作り上げていく料理がどんどん表情を変えていく様に、自然と期待が膨らむ。
ルナティエラ嬢の料理もそうだが、心が躍るといったら良いのだろうか……とても楽しみで仕方がない。
カットしたトマトと塩を投入して馴染ませるように炒めていたハルキが「そろそろかな?」と言い、先程ルナティエラ嬢が量っていたスパイスを手早く入れた。
その途端に得も言えぬ香りがたちこめ、初めて感じる筆舌し難い匂いに驚いてしまう。
嫌だというわけではなく、なんというか……豊かな香りなのだ。
落ち着くような花の芳香とは違い、刺激的な香りといえば良いのだろうか……
こういう時に表現できる言葉が思い浮かばない己の未熟さを感じると共に、香りでは味の想像がつかない未知なる料理に期待が膨らんだ。
その香りに「懐かしい」と目を細めるルナティエラ嬢の表情に、なんとも言えない哀愁が漂う。
過去を思い出し懐かしんでいる彼女の邪魔をしてはいけないと感じて声をかけること無くソッとしておくと、ハルキが「チリペッパーだけは注意ね。辛味は好みでつけて欲しいから、少しずつ加えて調整したほうが良いかな」とアドバイスをしてくれる。
なるほど、あの赤い粉が辛いのだな。
甘いもの好きなイメージだが、意外とルナティエラ嬢も食べられるのか?
気になって視線を彼女に向けるのだが、何やら深く思案している様子の彼女を視野におさめることになり、何をそんなに考え込んでいるのだろうと同じ疑問を抱いたらしいハルキと視線を合わせて首を傾げた。
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