黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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月と華

37.ちょっと二人で話せるかな

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 ハルキが焼き上げたパンは、どれも見事な出来であった。
 香ばしい香りと見事な焼色というのだろうか、私が知るパンとは全く違う。
 まんまるのパンだーっ!とノエルが声をあげてハルキの周りで跳ねていたが、すごいすごいと言いながら私にダイブしてくるのは予想外であり、いきなりのことに戸惑いながらも何とか受けとめることが出来た。
 注意の一つでもしようかと口を開きかけた私に、喜びをどう表現して良いのかわからず額をぐりぐりこすりつけてくるノエルの行動はルナティエラ嬢を彷彿とさせ、思わず苦笑がこぼれ落ちてしまう。
 全く……困ったものだ。

「やっぱり表面が少し硬めになっちゃうかな。でも、焦げなかったし良い感じに仕上がってくれたなぁ」

 最初に鍋をガンッと落としたので驚いたが、落とした衝撃で鍋からパンを剥がすのだと教えられ、ひとつひとつの行動に意味があるのだなと感心してしまった。
 粗熱を取るために網の上に乗せられた大きなパンに興味津々なノエルは、再びハルキの行動を近くで見ようと飛び出す態勢になったのを察知し、まだ熱いのだからダメだと腕の中に閉じ込める。
 この好奇心旺盛なところは、本当にルナティエラ嬢とそっくりだ。
 ぶーぶー文句を言っているので体を撫でてやると、既に目的を忘れたのか「背中もー、おなかもー」と要求してころりと転がる姿に、ハルキだけではなく時空神まで笑いだしてしまう。
 子供そのものの反応であるノエルだが、一度ダメだと言えばちゃんと言うことを聞いてくれるし、本当に危ないことはしない。
 その点は安心していいと思っているが、ルナティエラ嬢と似ている部分があるので、なんとも言えない不安が残る。
 彼女が聞いたら怒りそうだが、胸に手を当ててよく考えたら何も言えないはずだ。

「粗熱が取れたら切ってみよう」

 よく捏ねたパンと捏ねなかったパンは、外見からでも判別がつくほど膨らみ方が違う。
 ハルキがのこぎりのような包丁を出して来てパンを切るのだが、なるほど……そういう物であれば、固くても柔らかくても問題なく切れるな。
 どうやらパンを切るための包丁らしい。
 便利そうではあるが、懐に余裕がない者たちには手が出ない代物だ。
 刃物は意外と高価だからな……

「さて、こっちが捏ねたパン。こちらが捏ねなかったパン。違いがわかるよね」
「ここまで違うものなのか……」

 中を見れば一目瞭然だ。
 膨らみ方だけではなく、その中身の均一さとでも言うのだろうか。
 捏ねた方はきめが細かく、捏ねなかった方は粗い。
 これが膨らみの違いとして出てきているのだろう。

「結月が作っているパンはこっち、よく捏ねてある方だね。リュートのために手を抜いていないと思うし、あの子は出来るだけ美味しい物を作ろうとするから手を抜くのがヘタなんだ」
「それは悪いことなのか?」
「なんていうか……人によって料理って変化するものだと思う。場所や状況、その人の都合で必要なレベルは違うと僕は考えているけど、結月はその辺の融通がねぇ」

 まあ、結月の場合「リュートに美味しい料理を食べて欲しい」という動機で動いているから、アレはアレで正解なんだけど……と言って笑ったハルキは、私の方を見て微笑む。

「旅をしているベオルフに、こっちのレベルを求めるのは酷だし、そんな時間はないよね。だから、こちらで十分だと判断したんだ」
「なるほど……色々配慮してもらって申し訳ない」
「そこは気にしないで欲しいな。楽しんで料理をしてくれることが一番だよ」

 ハルキの朗らかな笑顔を見ながら、私はせっかく教えてもらった捏ねる手法のパンも、時間がある時に作ってみよう。
 普段はできないだろうが、主神オーディナルとノエルにも味わって欲しい。
 まあ、ハルキが作るパンのレベルになるのは、まだまだだろうが……

 切り分けられたパンを勧められ一つずつ食べてみるのだが、同じ材料で作ったのにここまで違いが出てくるのかと驚かされてしまう。
 捏ねないパンと捏ねたパンの大きな違いは食感と歯切れの良さだ。
 なるほど……このふんわり感を出すために、あれほどの手間をかけるのだな。
 ルナティエラ嬢とハルキの食の知識水準は、やはり別次元であると感じた。

「おひとついかがですか?」
「いや、気持ちだけ受け取っておこう。興味深い調理法だったし、ベオルフのためになった。ありがとう」
「僕はただパンの焼き方を教えただけですから……でも、楽しみですね」
「陽輝は僕の愛し子と同じく、人や神の気持ちも配慮できるよく出来た人間だな」
「褒めていただけて嬉しいです」

 何が楽しみなのだろうとノエルが首をかしげるのだが、私はなんとも言えない気持ちで主神オーディナルを見つめる。
 その視線に気づいたのか、主神オーディナルはこちらを見て優しく微笑んだ。

「別にプレッシャーをかけているわけではない。お前が初めて作るパンを最初に食べてみたいだけだ」
「それのどこにプレッシャーを感じずにいられるのでしょうか」
「焦げても良い。失敗しても良い。お前が作ったことに意味がある」

 最初に聞いた穏やかな物言いは無くなり素で話すことを躊躇わなくなった主神オーディナルの言葉に、からかいの色は全く感じられない。
 心からそう思っているらしいと悟り、初めてであろうともハルキの手順をシッカリと守り全力を尽くそうと心に決めた。
 主神オーディナルにここまでさせておいて、生半可な物は出せないだろう。
 出来るだけ美味しい物をノエルとこの方には食していただきたい。

「基本的にベオルフと結月は似ているよね。時短で美味しいレシピをまた今度教えられるように調べておくよ」
「いや、ハルキにそんな手間をかけては……」
「じゃあ、結月に『時間がかからずに』というところを強調して教えてもらうと良いよ。あの子も一応知っているから」
「わかった。気を遣わせてすまない」
「いいって。ベオルフには結月を守ってもらっているし……あー、でも……そうだ、ちょっと二人で話せるかな」

 ハルキの真剣な表情と声に何かを察してか、私の腕の中にいたノエルを抱き上げた時空神は主神オーディナルの方へ歩いていく。
 ノエルも抵抗することなく「いってらっしゃーい」と言っているし、主神オーディナルもコクリと頷いてくださったので、私達は少し離れた場所で話そうと移動する。

「単刀直入に言うよ。ベオルフに個人的な……いや、身勝手なお願いがあるんだ」

 ある程度の距離を取り立ち止まったハルキは私と視線を合わせたかと思うと唐突にそんなことを言うのだが、その瞳に宿る真剣な色を見て言葉を挟まずに話を聞くことにした。
 何かとんでもない言葉が飛び出す予感がしているのに、あまりにも真剣で……いや、彼の秘めたる強い想いを感じたのだ。
 先程の穏やかな表情を一転させるほどの、鬼気迫る何かを───

「僕はね、リュートが結月を裏切らないという可能性がまったくないとは思っていない」

 先程の様子を見て、そう言い切ってしまったハルキに驚き、さすがに否定する言葉が口から飛び出そうになるがなんとか飲み込む。
 ここで否定したらハルキの言いたいことがわからなくなってしまう。
 彼の真意を知りたい。
 そのために、私はハルキが何を言おうとも動じないよう気持ちを引き締めた。

「彼が悪いとか結月が悪いとかではなくて、男女の恋愛って……時々こじれてとんでもないことになっちゃったりするからね。ちょっとしたすれ違いから破局なんてよくあることだよ」

 それはどの世界でも同じだと思うというハルキの言葉は、恋愛初心者どころか無縁である私には難しい話だ。
 仲の良い二人の様子を見ていたら、そんな心配はいらない……と思うのだが……

「それに、二人を引き裂こうという者が裏で動いている可能性もある。まんまと乗せられて……なんてこともあるかもしれない。そこまで愚かな人間ではないと思うけど、恋愛が絡むと冷静な判断ができなくなる人だっているからね」

 彼の持つ独占欲だって行き過ぎれば単なる束縛だし、結月の鈍感なところも無関心と見えてしまいかねない……そう呟くハルキは苦いものを噛みしめるような表情である。
 まあ……言わんとすることはわかった。
 人の気持ちは捉えようによって千差万別であり『絶対』などありえないということなのだろう。

「男女の仲はわからない。だけど、ベオルフと結月の間にある繋がりは、人の言葉では言い表せない何かがある。つまり、絶対に切れない何かなんだよね」
「……そうだな」
「ベオルフの人となり、そして二人の不可思議な繋がりを信用して頼みたいんだ」

 何を? と問いかければ彼は一度口を閉じグッと奥歯に力を入れて噛み締めたかと思うと、泣きだしそうな顔をして必死に言葉を紡ぐ。

「今度こそ、結月を幸せにして欲しいんだ。僕は……護ることができなかったから、幸せにできなかったから……」

 こらえきれず、ポロリとハルキの瞳から一粒涙がこぼれ落ちる。
 その涙に、彼がルナティエラ嬢を喪ったあとの想いや苦しみが全てこめられているような気がした。

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