黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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南の辺境ヘルハーフェン

39.素晴らしいほどの即答でしたね

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「マテオさんが、そこまで入れ込むなんて……つかず離れずで、一定の距離感を保っているのが得意だと思っていたわ」
「お客様には様々な理由があり、我が商会をご利用くださいます。商売をする上で、【信用を裏切ることの無い商人】という立ち位置は重要だと考えております。しかし、商人ではなく、私個人がベオルフ様に力を貸したくなってしまったのです」
「なるほど……商人では無く、人として……ね。案外、ベオルフって人タラシなの?」
「ベオはそういうところがあるかもー!」
「へぇ……全く表情が動かないのに、人は見かけによらないものね」

 マテオさんの言葉はとても嬉しくあるが、申し訳なくもある。
 黒狼の主などという厄介な者に、目をつけられることになるのだ。
 しかし、それすら承知の上で私についてくる決断をしてくれた。
 嬉しくないはずが無い。
 だからこそ、彼の守りたい者を、私も守ろうと心に誓った。

 守る者が多くなるほどに負担が増えると、黒狼の主ならば嘲り笑うだろう。
 しかし、人は守る者がいるからこそ強くなれるのだ。
 そのことを、ルナティエラ嬢も今居る世界で噛みしめていることだろう。

「マテオの言いたいこともわかった。私も国王陛下だけではなく、王太子殿下にここまで言わせる君に興味を抱いた。できる限り協力させて貰おう。私のことはナルジェスと呼んでくれたまえ」
「しかし……」
「騎士団長の息子である君に、かしこまって呼ばれていると奇妙な気分で居心地が悪いのだ」
「……では、ナルジェス卿とお呼びいたします」
「ありがとう。私はベオルフと呼ぶが良いか?」
「全く問題ありません。それよりも、王太子殿下は何と?」

 名前の呼び方など些細なことは、正直言ってどうでも良い。
 それよりも、王太子殿下のことだ。
 これだけ手の込んだことをして手紙をよこしたということは、何かあったに違いない。

「心配しなくても、問題があったというワケではない。君について書いてあっただけだ」
「私について……ですか?」
「あの方は、あまり他人に関心を持たないから驚いた。内容は───『私が側近にしたかった男を、君からはどう見えるか興味深いが、多分、誤解をしているだろうからアドバイスをしておこう。彼の表情は変わらないが、ユニークで感情が豊かだ。何事にも無関心に見えて、誰よりも情に厚い。何か困ったことがあったら、情に訴えてみたら良い。当たり前のように相談に乗ってくれるだろう』ということだった」

 隣のマテオさんと背後の主神オーディナルが、同時に何度も頷く。
 端からは、そう見えているのか……

「それと、暗号で書かれていたことが興味深い」

 彼は、そう言うと周囲に視線を走らせたあと、執事がコクリと頷く姿を見届けてから口を開く。

「あまり公に出来ない内容だが……『自分の命を狙う者がいる。ベオルフはその調査に来たので、力を貸してやって欲しい』とのことだ。間違いは無いか?」

 なるほど……
 この件をナルジェス卿へ報告するために、国王陛下の書状へ自らの手紙を忍ばせたのか。
 多分、このことは国王陛下も承知なのだろう。

「間違いございません」
「しかも、相手はエスターテ王国の者である可能性が高く、情報を持ってきた者がベオルフであることも書かれていた」
「はい、それも間違いありません」
「はあぁっ!? どうして、その情報をアンタが……あ……そっか……オーディナル様ね」

 この反応から見て、彼女がここにいるのは、王太子殿下暗殺事件の首謀者を、自ら探しているのだろう。
 腕の立つ者を引き連れ、少数精鋭で自ら調査に乗り出すとは、王族がする行為だとは思えない。
 しかし、エスターテ王国にまつわる話に、初代国王の妻は、自らの夫を守るために剣を持ち、勇敢に戦ったというものがある。
 つまり、王の妻となる者は、夫のためなら戦える強い女であれという教育をされているのかもしれない。
 言うなれば、これもエスターテ王国の王族が代々引き継いできた、古き風習や教育の賜物である。
 グレンドルグ王国へ嫁いできたら、少しは改めて貰わなければ困るが……
 彼女の教育係になることはないだろうから、担当者に任せよう。

「そうよね。次期グレンドルグ王国の王になる方が、いなくなったら困るものね」

 ルナティエラ嬢からの神託だと教えて良い物か迷ったので、黙り込んでいると、勝手に頭の中で物語を描いてしまったアーヤリシュカ第一王女殿下は、納得したように頷く。

「彼とは違い、第二と第三王子は性格に難があるみたいだし」
「否定はしません」

 私の言葉に、ナルジェス卿がぎょっとした顔をするが、知ったことでは無い。
 事実は事実だ。
 第三王子に関しては、穏やかな性格からセルフィス殿下よりも人気は高いが、私の心証はあまり良くない。
 うさんくさいという感覚が拭えないのだ。
 こういう勘は、よく当たる。
 弟のガイも彼のことを苦手としているようなので、間違いは無いだろう。

「ベオルフの辞書からは、『不敬』という言葉を削除されているのだろうか」
「えー? だって、一国の王子より、ベオの方が偉いでしょー? だって、ベオはオーディナル様の息……もがっ」
「語弊があるからやめておけ」

 ノエルの口を塞ぎ、何度も『主神オーディナルの息子』アピールしてしまうノエルを、何とか阻止する。
 このメンバーは大騒ぎすることは無いだろうが、人によっては危険なのだ。
 あとで言い聞かせる項目が増えたと、少しだけ頭痛を覚えるが仕方が無い。
 それよりも、今は王太子殿下のことや、アーヤリシュカ第一王女殿下や、両国について話し合いをしなければならないのだ。

「オーディナル様の息子……か。そういう人なら、納得かもしれないわね。今時、王にもそれだけの忠臣は珍しいわ。表情が全く動かないけれども、何とも言えない独特のオーラっていえば良いのかしら。不思議な人よね、貴方って」

 アーヤリシュカ第一王女殿下は、私たちの会話を聞いて何を感じたのか、柔らかな笑みを浮かべて頷く。

「あの方にも、そういう人がついていてくれるのなら、心配はいらないのかしら」

 今までの彼女とは打って変わったようなしおらしい様子で、愁いの色が見え隠れする。
 チラリと隣のナルジェス卿へ視線をやると、事情を知っているのか、彼は黙って目を伏せていた。

『エスターテ王国に長年仕えていた一族が裏切ったという報告があったな。アーヤは元々、その息子と婚約するはずだったようだ』

 アーヤリシュカ第一王女殿下との婚約が破談となったから裏切ったのか、何らかの動きを掴んでいたからこそ婚約に至らなかったのか───
 どちらにしても、その元婚約者がアーヤリシュカ第一王女殿下に執着していれば、王太子殿下にとって良くない状況を招く可能性があるだろう。
 一度、その辺りを詳しく調べさせた方が良さそうだ。

 それよりも、主神オーディナルに対し、誰がそんな報告をしているのだろう。
 あまり人の世に関心が無い主神オーディナルが、政治的な事柄に興味を持っているとは思えない。
 つまり、私やルナティエラ嬢以外にも、主神オーディナルと繋がり、協力をしている者がいるということなのだろうか。
 いや、人と決めつけるには早い。
 神々のうちの誰かという可能性もある。
 全ての神が、時空神のように有能であれば、それくらい容易いはずだ。

「マテオさん、ありがとうございます。巻き込んでしまって、本当に申し訳ない」
「それこそ、お気になさらず。私は自ら首を突っ込んでいっているのですから」
「えへへー、マテオさんが一緒だと、ベオも安心だよねー」
「そうだな」
「微力ではございますが、精一杯努力いたします」

 とても良い笑みを浮かべて大きく頷いたマテオさんに、主神オーディナルも満足そうに頷き、彼の肩を軽くぽんっと叩いた。
 マテオさんは気づいていないが、主神オーディナルは何かをしたようだ。

 善意からくる大迷惑や、過剰な加護で無ければ良いのだが───

「じゃあ、此方の状況も話すわね」

 室内にいる者たちを見渡した後で、そう確認したアーヤリシュカ第一王女殿下は、一度目を閉じて深い呼吸を数回繰り返し、頭の中で話すことを考えているのか、なかなか口を開かずにいた。
 末という行為に限界を感じたのか、それとも違う事に興味を覚えたのか、ノエルの尻尾がゆらゆらと揺れはじめた頃、彼女は静かに瞼を開き、まっすぐに此方を見つめる。
 そして、彼女はいつもの様子とは異なり、あまり感情のこもらない声で淡々と話し出した。

「この度、我が国エスターテでは、不穏な動きをする者たちがいるの。その者たちの狙いが何かを知ったために、私は此方まで来たのよ」

 そういうことか───

 皆まで言わずとも、彼女の目的が理解出来たのだ。
 彼女は自ら婚約者である王太子殿下の暗殺事件について調べを進め、エスターテ王国とグレンドルグ王国の未来に良からぬ影を落とす存在をあぶり出そうとしているということなのだろう。
 恐ろしいほどの行動力である。
 これは、私の父と同じような感覚の持ち主なのではないだろうか。
 ルナティエラ嬢が可愛らしく見えるほどのお転婆ぶりだ。
 いや、だからといって、ルナティエラ嬢のお転婆を放置したりはしない。
 アレは、私の管轄だ。
 彼女の管轄は王太子殿下なのだから、責任を持っていただきたい。

 ───いかん。ルナティエラ嬢のことを考えると、どうしても脱線気味になってしまう。

 彼女が言っていた件を裏で操っているのは、間違いなく黒狼の主である。
 ヤツは、ミュリア・セルシア男爵令嬢と手を組み、戦争を起こしたいのだ。
 エスターテ王国に協力者がいたところで、なんらおかしな話ではない。
 此方も協力関係を結んで情報提供をし、この問題に取り組むのが最善策だ。
 しかし、どこまで話して良いのかわからなくなる。
 ルナティエラ嬢からもたらされた情報は、ニホンという国のゲームで起こった話だから、現実味に欠けてしまう。
 むしろ、異世界の話をされても、理解が追いつかないはずだ。
 さて……どうしたものか。

「ねーねー、ベオ。マズイんじゃないかなぁ……さっきの手紙の内容でベオが王太子殿下の暗殺者だーって書かれていたのって、罪をなすりつけようとしてないー?」
「可能性はあるな」
「だって、裏で糸を引いているのって、アイツでしょー?」
「そうだな」

 そう返事はしているのだが、頭の中は凄まじいスピードで『王太子殿下暗殺』に関する情報を整理していた。
 黒狼の主の目的は今のところ不明であるが、ミュリア・セルシア男爵令嬢はリュートを呼び出すために1万人の命を犠牲にしようとしていて、その点から見ても両国間に起こる戦争は好都合だろう。
 この世界に生きている者たちを、人として見ることが出来ない彼女のことだ。
 真実を知ったところで『イベント』という言葉で済ませてしまうに違いない。
 王太子殿下の暗殺を企てているヤツに協力をしていると考えた方が良いということは、夢への乱入事件で理解していた。

 黒狼の主の目的は、最終的にルナティエラ嬢へ集約していくだろうと考えている。
 ヤツは彼女に強い執着を持っているからな……好意から来る感情ではないから、余計に厄介なのだが、油断なく対処していくしかないだろう。

 今回のように、思いつきで私に対する嫌がらせのような行為も目立つ。
 突飛な思いつきだったが、これは妙案とばかりに、王太子殿下暗殺事件の首謀者を私に仕立て上げようとするのではないだろうか。
 可能性は高いな……
 そうなると、【主神オーディナルの加護】という言葉が、とってつけたように感じられ、不信を募らせる要因にもなりかねない。
 しかし、姿を現さずに裏でコソコソ動き回り、陰湿極まりない策謀を巡らせているとは───よほど、羽虫と鳥を封じたことが痛手であったか。

 ざまーみろ。

「うわぁ……ベオからどす黒いオーラが出てるよー? ていうか、ニヤリと笑うの怖いよーっ! それを見てもニコニコ笑っているのはルナくらいだからやめてーっ」
「ん? 笑っていたか?」
「どうせ、あの嫌なヤツのことを考えていたんでしょー? 本当に怖いよね、ベオって。ルナをいじめた相手は、誰であろうと地獄へたたき落としかねないよね……」
「地獄すら生ぬるい」

 私の呟きを聞いた周囲の人たちが、一瞬息を詰めたのを感じた。
 特に、対面に座るアーヤリシュカ第一王女殿下の護衛である二人は、激突する勢いで壁に張り付いている。
 何だ?
 問題のない発言であったと思うのだが?

「ベオって、本当にルナのことが好きすぎるよ……まあ、ボクも負けていないけどねーっ!」
「素晴らしいほどの即答でしたね」

 呆れ口調のノエルと、ニコニコ笑っているマテオさん。
 対面の2人は、頬を引きつらせて若干だが顔色を悪くしていた。

「今の声は本気だわ……」
「容赦の欠片もない声色でしたね」

 とりあえず、王太子殿下暗殺事件の主犯が黒狼の主であること、ミュリア・セルシア男爵令嬢が加担している可能性が高いことを説明しておくことにしたのだが、アーヤリシュカ第一王女殿下は、私の説明を聞きながら疑問を感じたようである。

「なんで……戦争をしたがるの? 沢山の命が失われるのよ? グレンドルグ王国は、彼の命を犠牲にしてまでも領土が欲しいの?」
「国王陛下は、そのようなことを望んでいません。我々もそうです。しかし、黒狼の主は違います。ヤツは、自分の利益だけを優先とし、他者の命をなんとも思いません」
「その、第二王子をたぶらかした女狐は、何故加担しているの? 男爵ごときが、王族に楯突いて生き残る事なんて不可能……もしかして……第二王子を王太子にしようと目論んでいるわけ?」
「その可能性もありますが……」

 さて、どうしたものか。
 まさか、リュートを呼び出すためだけに、こんなことをしていると説明しても、信じて貰えるかどうか怪しいところだ。
 しかも、どこまで話をして良いのか迷う。
 リュートのことに関しては、ミュリア・セルシア男爵令嬢に知られるわけにもいかないので、説明をせずに黙っている方が良い。
 セルフィス殿下を王太子にしようとしている……というには語弊があるかもしれないが、結果、そうなることを望んでいるのだから、今は、否定も肯定もせずに言葉を濁しておくのが得策だ。

「他にも何かあるの?」
「いえ、ヤツの真の目的はまだわかりません」

 これは嘘ではない。
 何を考え、何を目指して動いているのか不明瞭である。

「貴方が王太子殿下暗殺の件で殿下に詰め寄られても、その件について動揺の色が無かったのは、知っていたから……いや、その主犯を知っていたからでしたか」
「そういうことになります。しかし、証拠がないのです。ヤツはずる賢く、人には使えない力を使うだけではなく、先ほどの偽造した手紙からもわかるとおり、王宮への出入りも可能なのです」
「厄介な相手だ……王太子殿下の命を自ら狙う可能性は?」
「プライドだけは高いヤツのことですから、約束は守るでしょう。王太子殿下とクロイツェル夫妻の命を自らの手で奪うことはしないはずです」
「相手の性格も逆手にとって制限をかけているとは……さすがだな」
「偶然です」

 そう言って、ナルジェス卿の言葉を否定したのだが、全く信じていないようだ。
 私は万能ではない。
 特に、黒狼の主との戦いは、辛酸をなめさせられることもある。
 主神オーディナルとノエルが来てからは順調だが、ヤツが面倒な性格かつ姑息であることを知っているが故に、油断ならない。

『まあ、説明できるのは、今のところだとその範囲だな。リュートのことは内密にしておくのが良いだろう。アレはアレで、今は大変だからな』

 わずかに混じる心配そうな声色───
 私やルナティエラ嬢以外の人間に対して聞いたのは、初めてだ。
 やはり、気になっているのだろう。

『少しは肩の荷を下ろし、身軽になってくれると良いのだが……』

 遠くを見つめて呟く主神オーディナルの言葉は、私とノエル以外に聞こえていない。
 だが、それを残念に思えてしまうほど、その声は優しくあたたかかったのである。

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