黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

7.お前たちを何と呼べば良いだろうか

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 翌朝目を覚まし、無意識に彼女の額へ手をやるのだが、下がる気配が無い。
 熱がこもっている感じだろうか……体が弱っているところで病気になってしまったがために、癒やす余裕が無いのだろう。
 しかし、いくら頑強な私とは言え、補給を全く無しでは彼女に十分な栄養を与えられない。

『そろそろ、食事も考えた方が良いな』
『ノエルのリンゴだけじゃダメなの?』
『人間は、バランス良く食事を取らなければならない』

 大変なんだね……と、天色の冠羽を持つ小鳥が私の首元までコロリと転がってくる。
 元気出せーと戯れ付いてくるから、くすぐったくて仕方が無い。
 全く困ったものである。
 しかし、これだけ眠りが必要になるほど弱っていたとすれば、普段はほぼ眠っていないのでは無いだろうか。
 病人だとは言え、こんなにも目を覚まさないものか?

『普段から睡眠不足なところに、栄養不足と過労とストレスだけでも体が悲鳴を上げるところだろう。そこに追加で病ときたものだから、この世界の医療技術から考えると手の施しようが無くなって死んでいるところだ』

 確かに……言葉で聞くだけでも、胃の辺りがキリキリ痛くなりそうだ。
 何故、ちゃんと話してくれなかったのか……
 少しは色が良くなってきた頬を突きながら心の中で恨み言を述べていると、彼女の瞼が震えた。
 起きるだろうか。

『まだ起きない』
『もうちょっとかな?』

 そんなこともわかるのか……と話しかけてから、そういえば名前を呼ぼうにもヘタに呼んで良い名前では無いことを思い出す。
 誰が聞いているとも限らないから、この小鳥たちを『鳳凰』と呼ぶのはマズイ。
 万が一聞かれても問題が無いように、別名を与える方が良いだろう。

「そういえば、お前たちを何と呼べば良いだろうか」
『名前……か。確かに、そのまま呼ばれるとマズイな』
『んー……可愛い名前がいいなぁ』

 一応、可愛い名前というリクエストがあったので考えてみる。
 一瞬、ルナティエラ嬢とノエルにセンスが無いと言われたことを思い出すが、そこまで酷くは無いだろうと考えを改めて思いついた名前を口にした。

「白、黒」
『可愛い名前ってリクエストしたのに……』
『文句を言うな。名付けはセンスが問われるものだから、仕方が無いのだ』
『お兄様と同じ残念なセンス……』
『そこまで言うなら、お前が考えろ』

 兄にペシリと翼で軽くはたかれた天色の冠羽を持つ小鳥は、むむぅと唸っていたかと思うと他に候補は無かったのかと問いかけてきたので正直に答えてやることにした。

「白毛玉、黒毛玉」
『却下ーっ!』
『黒くは無いだろう』

 同時に抗議をされてしまうのだが、紫紺色の冠羽は黒っぽく見えることもあるから良いのではないだろうか。
 それに、お前は腹黒い───

『オーディナルほどではない』

 妙に納得してしまう返答を貰い、思わず言葉に詰まっていると、白と黒から離れないのなら……と、妹の方がころころ転がりながら考え事をしているようであった。
 何故転がるのか……
 まあ、可愛いから良いか。
 こうして改めて見ていると、この妹の方はルナティエラ嬢に似ている。
 ここまで奔放では無いが、根本が似ている感じがするのだ。
 突いてやると邪魔するなと言わんばかりにくちばしで指をついばんでくるのだが、全く力が入っていない。
 そう、こういうところが似ている───

『じゃあ、私は【真白ましろ】、お兄様が【黒曜こくよう】でどうですか?』
『黒狼に似ているから却下』
『むむっ……他に……他にー……うー』

 再びゴロゴロ転がりながら悩み出したので、ルナティエラ嬢に当たる前に拾い上げ、両手できゅっと包み込む。

『落ち着くー……あっ! 良いことを思いついた! お兄様は紫紺の冠羽だから、紫黒しこくでどうかな』
「しこく?」
『紫に黒で、しこく』
『なるほど。真白ましろ紫黒しこくか……悪くない』
『白と黒より良いもん!』

 ぴーぴーわめいて文句を言っている、天色の冠羽を持つ小鳥に苦笑してしまう。

「天色でも良かったがな」
『見たまんま……』
「では、真白ましろ。ルナティエラ嬢が目を覚ましてしまいかねないから、パタパタ暴れすぎないようにな」
『はーいっ』
紫黒しこくはこちらへ来ないのか?」
『外の様子を見ている。学生たちが校舎へ移動しているから、少し静かにしよう。まあ、我々の話し声が聞こえることはないと思うが、念のためだ』

 確かに、紫黒しこくが言うように周囲に人の気配がするのだが、ルナティエラ嬢の部屋の前だけは、切り取られてしまった別空間のように人の気配が全くしないのだ。
 今だからわかる違和感である。

『人よけの呪いが効果を発揮しているので、よほどのことがなければ来ることは無いだろう。ベオルフほど干渉を受けない者であれば別だが……』

 確かに、何も知らない私であっても、これくらいならそれほどの干渉を受けずに通過してくるだろう。
 しかし、全く影響を受けなかったわけではないだろう。
 当時の私は、主神オーディナルから封じられている部分が多くあった。
 そう、私とルナティエラ嬢の繋がりを隠すことが、主神オーディナルの目的であったのだから……
 いや、それを望んだのはきっと私だ。
 庭園にいた私たちは何を知り、何をしようと考えていたのだろうか。
 未だ鮮明に思い出すことが出来ない目的ではあるが、前進しているように感じるのだから不思議である。
 いつかは思い出す。
 だが、その時はどうなっていることやら───

『……ん?』

 カーテンの隙間から外を確認していた紫黒しこくは、何かに気づいたのかピクリと反応してから視線で追いかけているようだった。
 しかし、次第に呆れ果てた様子が見え隠れし始めたので、監視対象が誰であるか大体予想がついてしまう。
 朝から何をやっているのですか……セルフィス殿下。

『王族であれだけ馬鹿が出てくると、後が大変だな。リュートを呼び出すまでとは言え、聖杯と加護を入手するまでは優秀な人材だと思わせたかったはずだ。ベオルフの評価と入れ替えていたとしても、裏工作は大変だっただろうな』
『あのお馬鹿さん。悪知恵だけは、働きそうだったものね』
『否定はしない。アレは、小細工などを得意とするタイプで、自分より力の強い者には弱い。現に、依り代を3体封印されただけで、動きが鈍っている』
『頭でっかちで口だけの小悪党ってこと?』
『それだけの者であれば対処は容易いが……何か引っかかる。まあ、『帰る』と言っていたのだし、執着を持つ者は厄介だから油断はしない方が良いだろう』

 もとより油断するつもりは無い。
 完膚なきまで叩き潰すのも予定に入っているが、そこに油断の二文字は不要である。
 人は成長すると言うが、悪い方向へ成長するのもいかがなものだろうか……
 黒狼の主は、典型的にそのパターンだろう。

『しかし……ルナはどうして病にかかったのだろうな』
「どういう意味だ?」
『この学園に風邪が流行っている様子が無いので気になっていた。咳をしている生徒や教師はいないように思う。いくら弱っていたとはいえ、風邪であれば他の者にもそういう症状が出ても、何らおかしくはないだろう』
『確かに……風邪って感染病だもんね。これだけ人が居るのに1人だけっておかしいよね』
『何か取り込んでしまったか、もしくは害をなす物が近くにあるのか……』

 取り込んだ?
 眠る彼女の体に腕を回して抱きしめてから意識を集中させるが、異様な力の流れを感じることは無い。
 発熱のせいで、いつもより乱れてはいるが、邪な物や不純物は感じられなかった。

『あのお茶かなぁ……』
『侍女が飲ませる前に、誰かが飲ませた可能性も捨てきれないな。食事に混ぜたらさすがにわかるまい』
『どうだろう……変な匂いがしたし……ルナって、意外と食いしん坊さんで舌が鋭敏だよ?』
『リュートほどではないだろう。彼くらい鋭敏で無ければ気づかないくらい少量でも、何かしらの効果は得られたはずだ』
「ということは……学園内に、あの侍女やミュリア・セルシア男爵令嬢以外の協力者がいるということだな」
『気づかずに協力してしまったセルフィス……という可能性もあるが、距離を置いている感じだから、干渉してくることも無かったはずだし、可能性は低い……か』
「食べ物に混入させるなら、食堂だな」
『そこが一番怪しいか』

 一度、ルナティエラ嬢から離れて厨房にいる者たちを調査した方が良いだろうと意見がまとまったのは良いのだが、離れるタイミングが難しい。
 今は、私が栄養を補給しているから顔色が良いのだが、離れる時間によっては元の状態に戻ってしまいかねないのだ。

『お昼前か、少し過ぎたくらいに様子を見に行ったらどうかな。ルナにも何か持ってきてあげた方が良いし……』
「そうだな」
『昼過ぎくらいが丁度良いだろう。そのタイミングならルナに良い物が手に入りそうだ』

 紫黒しこくの周囲に出現した球体が淡く明滅し、何かを伝えているように浮かんでは消えていく。

『あー、またユグドラシルのメインシステムにリンクしてる! そのうちユグドラシルにバレちゃうよ?』
『これは私が構築したものだからバレない』
『……ズルイ。お兄様だけずるーい!』

 全く、この兄妹は仲が良いのか悪いのか。
 私の側まで来て、二羽揃ってぴゅぃぴゅぃ言いながら文句を言い合っている二羽を引き離し「ルナティエラ嬢が起きるだろう」と注意しておいたのだが、何故か顔を見合わせた真白ましろ紫黒しこくに笑われてしまった。

紫黒しこく。楽しいね』
『そうだな、真白ましろ

 先ほどまで言い合いをしていたようには思えない兄妹は新たな名前を呼び合い、嬉しそうに寄り添い合う。
 いつか、この姿を主神オーディナルだけではなくルナティエラ嬢にも見て貰いたいと心から思った。

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