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狭間の村と風の渓谷へ
10.たとえ、貴女の一欠片であっても寄り添い、必ず助ける
しおりを挟む部屋へ戻ってくると、まだ彼女は眠りの中にいた。
私の上着を抱きしめて、すやすやと安らかな寝息を立てている。
ベッドに近づき額に手を当ててみるが、やはり下がってはいなかった。
ルナティエラ嬢の甘い香りが充満する部屋の窓を少しだけ開き、空気の入れ換えを行う。
甘い香りが薄らぐのは少しだけ残念ではあるが、これもまた仕方が無い。
あまり部屋に変化を加えることはしない方が良いだろうが、空気を入れ換えるくらいは問題無いだろう。
本当ならもっと快適に過ごせるよう部屋に手を加えてやりたいが、この場に私がいた痕跡を残すわけにはいかないのだ。
夢だと思っているのなら、それが一番良い。
風に揺られるカーテンと戯れる真白を紫黒が止めに入っているが、二羽は何かに気づいたように顔を上げてから、ベッドサイドにあるテーブルへ料理を置くと、ふっと姿を消してしまった。
二羽が姿を消すということは……
ベッドサイドへ近づき、彼女の顔を覗き込む
瞼を彩る長いまつげが震え、ゆっくりと瞼の奥に隠されていた黄金の瞳が、ボンヤリと此方を見つめてくる。
角度によって濃度を変える黄金は、蜂蜜のようでもあり天空に輝く太陽のようだ。
「ふふっ……そんなにジッと目を見つめて……どう……したのですか?」
「いや、蜂蜜のようでもあり太陽のようだと思っただけだ」
「この世界の太陽は色が濃いですから……そう感じるのも不思議ではありませんね……でも、太陽を直視してはいけませんよ……目に良くありませんから」
「わかった」
うふふと笑いながら注意してくれるのは有り難いが、まだ眠気が勝っていて意識は朦朧としているのか、今にも瞼を閉じて眠ってしまいそうである。
「昼食を作ってきたが、食べられそうか?」
「作って……きた?」
「ああ。作ってきた」
「ベオルフ様が……?」
「私以外に誰がいる」
今にも眠ってしまいそうであった彼女の目がパチリと開き、此方を驚いた様子で見つめているが、そこまで驚くことでも無いだろう。
ほら……と、腕を伸ばして体を起こしてやると、彼女は少し身じろぎをする。
どうしたのだ?
「あ、汗が……それに、お風呂……」
「ああ。少し汗をかいたのか。喉が渇いているようだから水を用意してやろう。風呂は無理だから、コレで我慢してくれ」
洗浄石で綺麗にしてやると、更に彼女は驚き此方を見て目を輝かせる。
「夢の中のベオルフ様は、魔法使いなのですね。騎士で魔法使いだなんて、チートですよ?」
「本物のチートは、もっと凄いから安心しろ」
もう少ししたら、リュートという化け物級の魔法使いに会えることは伏せておく。
アイツが使う魔法は殺傷能力が高いだけではなく、その仕組みにも詳しいから夢物語に出てくる魔法使いより現実的な感じはする。
「えっと……それのどこに安心を見いだせば良いのでしょう」
コテンと首を傾げて問いかけてくる仕草が可愛らしくて、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「あ……笑った……」
「貴女には笑わされるな」
「そ、そう……ですか?」
「ほら、それよりも折角作ってきたのだから、一口でも食べてくれ。栄養が不足しているのだ」
「そ、そうですね……頑張って食べます」
食べることを頑張ると言わなければならないほど弱っているのか……
思わず胸が痛む。
しかし、ここでそれを言葉にするより、喜ぶ顔が見たかった。
彼女が求めていた米を調理した物だから、きっと喜んでくれるはずである。
私の技術では、これくらいが精一杯だが……真白が教えてくれた病人食だから体には良いはずだ。
ベッドサイドにある土鍋から粥をよそい、小さな深皿に入れて渡すと、彼女は驚いたように土鍋を見てから、受け取った器の中身を見て固まった。
「どうした?」
「え……だって……これって……」
「お粥というらしい。病人食だが、今のルナティエラ嬢には必要な料理だ」
信じられない……何故?
そんなことを小さく呟いていた彼女は、「あ……そっか……夢……だものね」と、どこか諦めたような口調で呟きながらも、ゆっくりとスプーンで粥をすくい口へ運んだ。
もぐもぐと口を動かして食べていたルナティエラ嬢は、ピタリと動きを止めたかと思った次の瞬間、黄金の瞳から大粒の涙をこぼし始める。
「まさか……泣くほど不味かったか?」
「違う……違います……だって……お兄ちゃんの……味……そのまま……なんで……どうして……」
「ルナティエラ嬢……」
「夢って……時々、とても残酷ですよね……どうして……」
その後は言葉にならなかったのか、唇を切れるほど噛みしめている姿が痛々しくて、壊れてしまわないように注意しながら唇へ指を添えた。
「噛みしめると切れてしまう」
「あ……」
「しかし、あの料理上手なハルキと同じだと言われるほどの出来映えだと言われて安心した。初めて作ったからな」
「才能……あるのではないでしょうか……騎士を辞めても、十分生きていけますよ……」
「そうか」
ぽろぽろ涙をこぼしている彼女の頬を手で撫で、指で涙を掬う。
ぐすりと鼻を鳴らす彼女の頭を抱え込み、優しく撫でていると感極まったのか、堪えきれなかった声を漏らし、嗚咽混じりに泣き出してしまった。
泣かせるつもりは無かったのだが、どうやら彼女の記憶を刺激してしまったようである。
こんなに体力が落ちているときに泣いていたら、そのまま眠ってしまうかもしれない。
栄養補給させなければ……何とか泣き止んでくれないだろうか。
そんなことを考えてはいるが、私はただ、こんなに苦しげに泣いている姿を見ているのが辛いだけなのかもしれない。
ルナティエラ嬢の泣き顔を見たいわけでは無く、喜ぶ顔が見たいのだ。
それなのに、また泣かせてしまった───と、軽く自己嫌悪に陥る。
「そんなに泣かないで欲しい。ルナティエラ嬢……頼むから……泣かないでくれ」
彼女も必死に涙を止めようとしているのだが、止まらないのは前世の記憶と現状の環境が違いすぎて辛いのだろう。
苦しい、辛い、痛いと、心が思い出してしまったからに違いない。
傷つきすぎた心は麻痺していただけで、痛みを感じていないわけではない。
これから卒業までの間、彼女はもっと傷ついていくのだろう。
出来ることなら、これ以上ルナティエラ嬢の心が傷つかないよう、そばに居てやりたい。
私だけは貴女の味方でいると囁き、安心させ、誰からも傷つけられないように寄り添っていたいが、そんなことは出来ないことも理解していた。
「前にも言ったが、今は辛くとも卒業パーティーの時まで我慢してくれ。そうすれば、貴女は自由になれる」
「……自由? 卒業パーティーで……何事も無ければ良いのですが……ヘタをすれば、断罪されるかもしれない……私は……死ぬかも……」
「死ぬはずが無い。ルナティエラ嬢は、必ず生きる。セルフィス殿下やミュリア・セルシア男爵令嬢には、どうすることもできないだろう。貴女は、沢山の者に守られているのだから」
「守られて……?」
「この夢も忘れてしまうのだろうが……でも、これだけは覚えていて欲しい。卒業パーティーまで我慢できれば、その後は幸せな未来が待っている。貴女を大切に想う相手に出会える。そして、貴女はその者の隣で笑っているのだ」
だから、貴女が危惧する怖い未来など来ない。
大丈夫だと言い聞かせるように語ると、彼女は不思議そうに私を見上げた。
「不思議です……まるで、この先に何が起こるか……知っているような口ぶりで……安心します」
「当たり前だ。未来から来たからな」
「ふふっ……ベオルフ様は、そんな冗談をおっしゃる方でした?」
「どうだと思う?」
こつりと額をくっつけて問いかけると、何が楽しいのか更に笑い出す。
笑う彼女に安心して額を離すと、笑った拍子に零れ落ちた涙を指で拭い、熱で潤む瞳を見つめ返した。
「そばで見守っている。だから、信じて欲しい……私のことが記憶に無くとも、たとえ、貴女の一欠片であっても寄り添い、必ず助ける。貴女の唯一無二の味方でいるから、安心してくれ」
それに私1人ではない。
主神オーディナルやノエルにリュートや幼い女神もいる。
ハルキや時空神、あちらの世界にいる沢山の人々……
今の貴女は知らないが、笑顔をくれる優しい仲間たちがいるのだ。
「ほら、卒業パーティーまで何とか乗り越えるだけの力が必要だ。これを食って、元気になってくれ」
手を止めていた彼女からスプーンを奪い取り、粥を掬って口元へ持って行くと、おずおずと食べようとしてから体を少し引いた。
「ん?」
「あ、熱い……です。ふーふーしてください」
それくらい自分で……と言いかけてから、もしかして甘えているのか? という疑問が頭に浮かび、彼女の期待に満ちた瞳の輝きから、どうやら間違いでは無いのだと感じる。
こんなに可愛らしく甘えてくれていることが嬉しく、何でも望みを叶えてやりたくなるのは、私だけでは無いだろう。
ふーふーと息を吹きかけ、これでいいか? と問いかけながら口元へ運ぶと、彼女は嬉しそうに粥を食べ、少しだけしょっぱいと笑った。
自分の涙のせいだとわかっているのだろう。
照れたようにはにかむ彼女に微笑みかけると、ルナティエラ嬢は驚いたように此方を見てから、「良い夢です……とても素敵な夢だから忘れたくありませんね……」と、儚げに微笑み、私の肩にコツリと額を預けた。
「忘れても思い出せば良い。記憶の改ざんで失った物はいつか取り戻せる。大丈夫だ、奪わせたままでは済まさない」
「はい……いつか、この夢の記憶も取り戻して、ベオルフ様にお礼を言いますね」
「ああ。楽しみにしている」
いつか彼女と、この不可思議な夢だと思っている今日を語らうときが来るのかもしれない。
その時は、真白と紫黒の事も話してやろう。
可愛らしい小鳥たちが、貴女のために頑張ったのだと───
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