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狭間の村と風の渓谷へ
44.厄災の種
しおりを挟む夕飯を終えて片付けをしている間に、アーヤリシュカ第一王女殿下が水浴びをしたいと言い出したのだが、安全性を考えて全員に洗浄石を使っておいた。
魔力は少々消費してしまったが、水浴びをしているところを襲われてはたまったものではない。
そう考えると、主神オーディナルは、こうなることがわかっていたのではないかと手の中にある洗浄石を見つめる。
多少強引に押しつけられた物であったが、こう考えてみると、とてもありがたい物ばかりが手元にある。
「主神オーディナルに感謝だな」
「オーディナルが聞けば喜ぶ」
華麗な羽ばたきを見せて私の肩に着地した紫黒が、うんうん頷いているのだが、その姿に癒やされるだけではなく、同じ存在でも全く飛べない真白を思い出してしまった。
真白の場合は、『飛ぶ』ことを忘れて『跳ぶ』ことで移動しているようだが、それも突き詰めていけば、何かの武器になるかもしれない。
まあ……人は、そうやって研鑽していくのだ。
神獣の真白がそうして進化していったところで、何も問題はないだろう。
進化であれば――の話ではあるが……
「ノエルちゃーん、ノエルちゃんは、もっと綺麗になろうねー」
「えー? うわーい、やったー! ブラッシングー!」
予想以上にサッパリとしたのだろう。
上機嫌のアーヤリシュカ第一王女殿下は、ノエルのブラッシングを買って出てくれた。
上目遣いで、「してもらっていい?」と尋ねるノエルに頷いて見せると、目を輝かせて荷物へ走り、お気に入りのブラシをくわえて彼女の元へすっ飛んでいった。
あの性格なので少し心配になったが、膝の上のノエルは気持ちよさそうに尻尾を揺らしているので問題は無さそうだ。
先ほどの洗浄石の効果で綺麗になった器を片付け、寝るための準備をしている中、私は減ってしまった水を足すために小川へ汲みに行くと言い伝えてから歩き出す。
小川はアーヤリシュカ第一王女殿下の護衛が捲いてくれた石の外にあるため、万が一を考えて他の者には頼めなかったのだ。
それでも、野営地から小川までの道を考えて捲いたのだろう。
すぐ近くまではカバーされていた。
さすがに水の中までは無理だったようだが……
肩にとまって着いてきた紫黒に、先ほど気になった事を聞くのは今だろうと尋ねてみた。
「紫黒が言っていた『種』とは何だ?」
尋ねられることがわかっていたのか、紫黒はちょこちょこと肩の上を移動して私の耳元へ来ると小さな声で話し始める。
「ユグドラシルのデータ上にもあるのだが、戦を起こす者たちの中に、稀に黒い種のようなものが見えることがある。それは、人の心が創り出す悪意であったり邪念であったり憎しみである――と、考えられていたが……どうやら、そんな感じでは無かったな」
「黒い……種」
「ユグドラシルは【厄災の種】と言っていた」
「……最近、そういう系統の物を耳にする機会が増えた気がするな」
「元々あったものだが、関連性があるために知ることとなった……という感じかもしれない」
関連性……か、と呟いた私は周囲を確認する。
水場は危険が多い場所だ。
日がある内は広範囲に確認することが出来るが、夜は視野が狭くなるために近づかない方が良い。
視界が悪い夜、川辺の茂みに隠れていた野生生物や野盗に襲われたなど、よくあることだが……今のところ、人や獣の気配は無い。
それでも周囲の警戒を怠らず、手持ちの桶に水を汲みながら話を続けた。
「アーヤリシュカ第一王女殿下は、大丈夫なのか?」
「問題無い。元々小さな物だったしな……跡形もなく消えている」
ノエルと一緒に楽しそうに話をしているアーヤリシュカ第一王女殿下を思い出したのか、紫黒は小さく溜め息をつく。
「小さいので見落としてしまいそうだったが……アレが育っていたら、とんでもないことになっていた」
「……そうか」
「人の心が発生させたものではない。アレは何者かに植え付けられた物だ。万が一にも、全ての世界を悩ませている【厄災の種】をハティが操れるのであれば、解決の糸口になるかもしれない」
それほど大きな問題になるような物が、アーヤリシュカ第一王女殿下の中にあったのかと頭痛を覚えてしまう。
エスターテ王国とグレンドルグ王国の王族は大丈夫なのだろうか。
セルフィス殿下とオブセシオン殿下は、特に注意しておいたほうが良さそうだ。
一度、紫黒に確認して貰った方が良いだろう。
ラルムの件が終わったら王都へ戻って報告することが増えたな……と、溜め息が出てしまいそうになる。
ただ、報告は出来ても私自身がそれを視る力が無い。
説得力に欠けることは重々承知しているが、些細なことでも報告して情報共有することは大事だろう。
私の口から『視る力』があればよかったのだが……という呟きが漏れる。
「それは仕方が無い。それぞれに得手不得手があるのだ」
「そうだな」
「視る力が強いルナがいたら【厄災の種】に気づく可能性がある。まあ、今のルナなら――という話にはなるが……」
「以前の彼女は、それほど力を持っていなかったからか?」
「いや、封じられていたから無理だったという事だ。以前は一般人より少し感覚が鋭い程度だっただろう」
「感覚が……鋭い……?」
「あくまで感覚であり、運動神経は含まれない」
「ならば納得だ」
「ルナが聞いたら怒るぞ」
「それもまた良かろう」
「……完全に面白がっているな」
呆れたような紫黒の視線を受けながらも、これだけは譲れないと私は口元を緩めた。
「まあ、ベオルフがそういう態度を取るのはルナだけだから、問題はないか……ルナも嫌では無いようだしな」
「嫌がっていないから出来るのだ」
それもそうかと納得する紫黒の頭を指で撫でてやると、目を閉じて嬉しそうに受け入れてくれる。
こうして誰かが嫌がることなく受け入れてくれるからこそ出来ることがあるのだ。
ルナティエラ嬢が嫌がることは絶対にしない。
それは、私の考えに反する行為だ。
「仮に、その黒い種――【厄災の種】を黒狼の主ハティが操り、人々にばらまいた場合、どう対処すれば良いのだろうな……」
「人にどうこうできる話では無い。本来なら、オーディナルに相談するのが一番だが、今はそんな余裕もなさそうだ。ベオルフにはソレを排除する力はあるが視る力はない」
「排除する……力?」
「アーヤの内に宿っていた【厄災の種】を排除しただろう?」
「やり方がわからない」
「そうなのか? 意図してやっていたのかと……」
驚く紫黒に説明を求めると、どうやら私の内側にある力を言葉に乗せて彼女に届けていたようだ。
魔力を言葉に乗せた――という解釈が一番近いとの返答をしてくれたのだが、どうやら正解でも無い。
私の記憶の底にある何かが、緊急性を感じ取って力を貸してくれたのだろうか。
「今は詳しく説明できない。いつか自然と思い出すことだ」
そう言われてしまえば突っ込んで聞くことも出来ない。
おそらく、記憶と共に力を封じられる前の私は色々と知っていたのだろう。
自らの内に眠る力も自在に操っていたはずだ。
時が来れば思い出す……しかし、それが手遅れにならなければ良いと、今は願うばかりである。
「……アレは此方へ来られないようだな」
紫黒の呟いた言葉の意味を、すぐに理解した。
遠くに蠢く何かの気配を感じる。
「主神オーディナルに、また感謝する事が増えてしまったな」
先ほど偵察に来ていた者たちが準備をして戻ってきたようだが、此方へ辿り着けないのか、行ったり来たりしている感覚がした。
こういう感覚はあるのにな……と思わなくも無いが、無い物ねだりをしても仕方が無い。
「近づけば近づくほど、悪意を持つ者には迷宮のように感じられるだろう。抜け出すことが出来ない迷宮で、朝まで彷徨い歩くといい」
ふんっと一瞬だけ羽毛を膨らませた紫黒を撫でつつ、黒狼の主ハティがいないことを確認する。
やはり、動けないのか……?
いや、ヤツのことだから、何か企んでいるに違いない。
自らが動けないのなら、傀儡でも創り出す可能性もあるから油断はならないのだ。
「とりあえず、夜の襲撃は心配しなくて良い……ということか」
「問題無い。おそらく、強い悪意を持つハティが来ても同じ結果だ。アレで迷わないのは、管理者クラスだろうからな」
「……それは、主神オーディナル以外は全て排除されるということではないのか?」
「悪意を持つ時点でお帰りいただきたいのだから、誰であろうと来るなという感じだ」
今度こそ羽毛を膨らませてふんっと鼻を鳴らす紫黒は、親しくなった私たちに悪意を向けることに嫌悪感を抱いているようだ。
人見知りではあるが、親しくなった者たちを守りたいと願う情の厚さは真白と同じである。
ただ、真白の場合は誤解を招く発言も多いので、ルナティエラ嬢やリュートは苦労しているだろう。
外界との接触が少なく、学び始めたばかりの紫黒達の成長を見守り、不安になるようなことがあれば手を差し伸べてやりたい。
困ったときに遠慮することなく相談し、頼られる存在になりたいと強く想う。
首筋にぴったりくっついて心を落ち着けているのか、時々「むー」と呟く紫黒に笑いを堪え、よしよしと宥めるように撫でながら水がたっぷり入った桶を片手に持ち、来た道を引き返すのであった。
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