黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

50.夢だから、おかしくは……ないのか。そうだな、夢だからな

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 いつもは自分の中にルナティエラ嬢を招くような形を取っているためか、今回は奇妙な空間を移動していることに、少なからず違和感を覚えていた。
 先行する紫黒の後ろを、何が楽しいのか跳ねながら歩いているノエルが続き、私が一羽と一匹について行くような状態だ。

「もうそろそろか……やはり、オーディナルの言葉が聞こえたようだな」
「聞こえてないと困るよー、一応薄まっていても加護があるはずなんだからー」
「今にも消えそうな加護だが……まあ、だからこそ付け入る隙を与えたのだろう」

 はじめは何の話をしているのかわからなかったが、おそらく王族の話をしているのだろう。
 元々、グレンドルグ王国の建国には主神オーディナルが手を貸したという伝説がある。
 何らかの繋がりや加護があったとしてもおかしくは無い。
 しかし、主神オーディナルの声が聞こえたという事実には驚かされた。
 私以外にも声を聞ける者がいたのか……

「あ、ベオみたいにハッキリと聞こえているわけじゃないよー? かすかに聞こえる程度だからねー?」
「……ノエルは私の心の声が聞こえるのか?」
「やだなー、長い付き合いだから何を考えているか大体わかるよー! ルナほどじゃないけどねー」
「そうか……」

 考えている事が顔に出やすいタイプならば別だが、私は無表情なのだし、そこからは読めないと諦めている者が多い。
 ノエルは一体、どうやって理解していったのか……と、考えている脳裏にルナティエラ嬢のふにゃりとした笑みを思い浮かべる。
 ああ、ルナティエラ嬢の指摘から、様々なケースを学んだのかと納得してしまった。
 白くて何もない空間は、どちらが天井なのかも曖昧で、全く地面を踏みしめている感覚が無い。
 おそらく、紫黒の先導が無ければ、どちらが前か後ろかさえもわからない、そんな不可思議な空間を抜けていくと、一つの扉が出現した。
 白と黒のコントラストがハッキリとした、繊細な細工の美しい扉だ。

「ここが、ハルヴァートの夢に続く扉だ」
「意外と……アッサリ来られたな」
「本来なら、もっと複雑で抵抗もあるし、様々な手順を踏まなければならないが……今回は相手が良かった」

 王族だから……ということか?
 視線で問いかけると、紫黒は静かに頷いた。
 薄くなったとはいえ、主神オーディナルの加護が残る一族だから、問題無く来ることができたということかと納得し、私は扉に手をかける。
 何の抵抗感も無く開いた扉の中へ入ると、そこは王太子殿下の執務室のようであった。
 この方は、夢の中でも仕事をしているのか……

「何だ、ベオルフか……そろそろ連絡が欲しいと思っていたところ……いや、これは夢だから、願望が夢になったのか……」

 疲れが見える表情をしている王太子殿下は、溜め息交じりにそう言うと、机にある書類をうんざりした表情で見つめたあと、此方へ視線を移した。

「……私の知っているベオルフは、そんなに可愛らしい趣味を持っていないのだがな」

 どうやら、私の肩に乗っている紫黒とノエルを見て「可愛らしい趣味」と言っているようだ。
 王太子殿下と別れた時には、ノエルとも紫黒とも出会っていなかった。
 そうだ……あれから私は主神オーディナルの導きにより、通常では考えられないような状態になっている。
 神獣を肩に乗せ、主神オーディナルやその息子である時空神と言葉を交わし、与えられた加護の力を制御しようと修行中の身だ。
 誰の目から見ても異質とわかる武器と防具、それに鞄や洗浄石を所持している。
 それだけではなく、ルナティエラ嬢とも密に連絡を取り、彼女に関わる二つの世界を知り、様々な世界の常識や力や技術などに触れ、見聞を広げている最中なのだ。
 どう考えても、普通では無い。
 現実主義者の王太子殿下は、果たしてこの話を信じるのだろうか……
 一抹の不安を覚えていると、彼は呆れたように溜め息をつく。

「夢の中までだんまりとはいただけんな。ここは現実の世界ではないのだから、私が欲しい情報を与えてくれても良いではないか。噂が噂を呼んで、あり得ない言葉を耳にして、何が真実かわからずに困っているのだから……」
「どのような噂が広まっているのでしょうか」
「お前とルナティエラ嬢のことは……まあ、置いておこう。デリケートな問題だ。しかし、半分冗談で言っていたはずの【黎明の守護騎士】が事実になり、お前と主神オーディナルが一緒になって奇跡を起こしているという噂が広まっている」
「ああ……その件ですか……」

 おそらく、主神オーディナルのパンなどの事だろうと納得して頷き、船上での出来事からナルジェス卿に出会うまで、それからアーヤリシュカ第一王女殿下の出現までを語って聞かせた。
 それを全て聞き終えた王太子殿下は、言葉も無く顔を引きつらせていたかと思いきや、ガックリと項垂れてしまった。
 よほど、ショックであったらしい。

「……これは、夢だよな?」
「夢の世界ですが、私は本物です」
「冗談では無いのだな……」
「そんな余裕はありません」
「……私にもそんな余裕は無いが……ツッコミどころが多くて……どこから指摘していけば良いのだろうな……」

 はあぁぁ……と、肺に溜まっていた空気を全て吐き出した王太子殿下は、顔をぐっと上げて此方を睨み付けた。

「私のアーヤと一緒に旅をしているなんて羨ましいぞ!」
「まずはそこですか」

 この方も、少しズレたところがあるな……と考えつつもナルジェス卿を思い出し、ああ、類友か……と、納得してしまう。
 数ある中で、そこを指摘してくるのは婚約者として間違いではないだろうが……指摘の仕方が間違っている。
 何故、「どうしてそうなった」ではなく「羨ましい」になるのだろうか……謎だ。

「しかし、何故旅なのだ? 私に連絡を入れて、保護するのが一番だろう」
「暫く様子を見る必要があります。黒狼の主ハティに利用されそうになっていたので、まだ奇妙な仕掛けが残っている可能性が捨てきれません」
「あの黒狼め……今度会ったら蹴り飛ばす!」

 この方は、アーヤリシュカ第一王女殿下のことになると簡単に理性を失うな……
 今まで完璧主義であった王太子殿下の意外な一面に人間味を感じて、思わず苦笑を浮かべてしまう。

「まあ……アーヤの件はわかった。仕方あるまい……ベオルフだから安心で安全だと信じている。元々、ルナティエラ嬢以外に興味関心が無い男だからな」
「……否定はできませんが、あまり人前では言わないでください」
「ナルジェス卿ともうまくいったようで良かった。クセがあっただろう?」
「ああ、あの病のことですか」
「……や、病……ぷっ……病っ! 確かに!」

 体を折り曲げて爆笑している王太子殿下を眺めていた紫黒が小さな声で「情緒不安定か?」と心配しているが、全く問題は無い。
 ある意味、夢の中である安心感からか素直な反応が出ているだけだ。

「悪い奴では無いし、まー、良い奴だとは思わないか?」
「そうですね。基本的に良い方です。それに、南の辺境を任されているだけあって、常識人でもあります」
「本当は側近にしたかった男だが、南を守る最重要任務があったから諦めた」

 確かに、王太子殿下の補佐役に最適な人物だろう。
 常識人で情報も積極的に収集しているし、身分に関わらず接することに抵抗感が無いだけでは無く、相手が何を望んでいるか把握するのも早く駆け引きも上手だ。
 大人数の統率も難なくこなし、部下からの信頼も厚い。
 これほどの人材は、他にいないのではないだろうか。
 あの病さえ無ければ完璧だ。

「国の要を、信用できる男に任せられたことが幸運だと思うことにしたが……本当に惜しいな」

 少しに悔しさを滲ませながら、王太子殿下は机の上に貯まっている書類を一瞥した。

「優秀な人材がいれば、私の仕事も少しは減るのだが……無い物ねだりは良くないな」
「……でもさー、そろそろ倒れちゃいそうじゃないー?」

 今まで言葉を挟まずに話を聞いていたノエルが、心配そうに王太子殿下を見ている。
 右肩にとまっている紫黒もコクリと頷いた。
 つまり、かなり深刻だと言うことだ。

「人間は弱いのだから、少しは休むことも考えた方が良い」
「……夢だから、おかしくは……ないのか。そうだな、夢だからな……」

 ブツブツと呟いている王太子殿下が抱えている情報を少しでも整理しやすいように、ノエルと紫黒の自己紹介をすることにした私は口を開く。

「王太子殿下、ノエルは主神オーディナルの御使いで、紫黒は神獣の王です。ですから、人の言葉を操っても、問題はありません」

 私の言葉で理解ができたのだろうか、王太子殿下は数回瞬きをして此方をジッと見つめる。
 暫く沈黙が続き、彼は確かめるようにかすれた声で問いかけてきた。

「……御使い様に……神獣の……王?」
「はい、そうです」
「ベオルフ、お前は……あーもー! ワケがわからん! お前は一体何なのだっ!」

 さすがに説明が足りなかったかと、ノエルと紫黒のことを詳しく話そうとしたのだが、それより先に、一匹と一羽が口を開く。

「えー? ベオはオーディナル様の息子だよー?」
「お前達は【黎明の守護騎士】と呼ぶが、この世界で最もオーディナルが大事にする者の一人だ。もし、ベオルフに何かあれば世界が滅ぶと思え」

 何故か私の両肩で「どうだ! すごいだろう!」と言わんばかりの様子である一匹と一羽に視線をやっていた私の目の前で、今度こそ王太子殿下は書類をまき散らしながら机に突っ伏したのである。


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