黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

55.もういなくなってしまった娘からのお願い

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 やれやれ……と、私たちが溜め息をついている様子を見ながら、王太子殿下は元の位置へ戻り、紅茶を私たちに勧めてくれた。
 夢の中ではあるが、少し落ち着きたかったのでありがたくいただくことにしたのだが、やはり王室で扱っている茶葉だけあって味が良い。

「先ほど言っていた戦争は、私が生きている限り何とかなりそうだが……聖女の件は、ルナティエラ嬢の言う通り、王族が介入できない場所となる。我々の手から離れたミュリア嬢が何をしでかすかわからんが……監視の目を増やしておこう」
「助かります」
「異性より同性の方が良いのだな?」
「はい。そこは徹底してください」
「お前がつけている監視役は……」
「アレは気にしないでください。出来ることなら、話題にも出さない方向で……」
「そ、そう……か。まあ……わからなくもないが……」

 王太子殿下が若干引きつった笑みを浮かべる。
 隣のルナティエラ嬢は小さく吹き出すように笑うが、冗談では無い。
 アレとの距離の取り方は、現状が一番健全で安全なのだ。

「とりあえず、戦争は王太子殿下が無事でしたら大丈夫……でしょうが、一応、火種になりそうな事は洗い出して注意されたほうが良いかもしれません」
「そうだな……ルナティエラ嬢、本気で私の補佐官にならないか?」
「王太子殿下……」
「ベオルフの言いたいことも判るが、これだけの才能を埋もれさせるのは非常に勿体ないではないか! あの愚弟! 王家にとって大損害だぞっ!」

 婚約破棄をするにしても方法があっただろうに……と、頭を抱える王太子殿下の心中は察するが、あのまま結婚することは無かっただろう。
 最初から、縁が無かったのだ。
 ルナティエラ嬢にはリュートという強い縁があったのだから……
 万が一にも召喚が失敗していたら……と考えるが、私という存在がいる限り、あまり変わらないのでは無いかと思う。

「前々から聞きたかったのだが……ルナティエラ嬢が兵士に連れられて牢へ入れられたとして……お前はどう動く予定だった?」
「突然ですね……何か理由があるのでしょうか」
「いや、単なる好奇心だ」

 その返答に呆れたが、まあ別に構わないかと溜め息をついてから口を開く。

「あの兵士は全て父の配下でした。酷い扱いを受ける心配は無いと確信しておりましたが、すぐに身の安全を確認しに行ったと思います。その後は、裁判に備えて情報収集をしていたはずです」
「なるほど……もし、その裁判で有罪になったとしたら、どうしていた?」
「父に勘当してもらってから彼女を助け出し、国を出ていたと思います」
「国を出る前に北の辺境伯を頼ってやれ……心配していた」
「迷惑をかけることはできません」
「北と南の辺境伯は王家でも簡単に手出しが出来ない。一旦、そこに頼って対策を練るという方法を勧める。お前なら国を出るのも容易いだろうが……ルナティエラ嬢の体には負担がかかっただろうからな」
「……わかりました。もう……その心配もありませんが、何かあれば頼りたいと思います」
「そうしてやれ。きっと喜ぶ」

 私たちの会話をポカンとした顔をして聞いていたルナティエラ嬢は、次の瞬間にはふにゃりと笑って嬉しそうに私の手を握ってくれた。

「ありがとう……ございます」
「当たり前のことだ」
「私は……本当に幸せ者です」
「今まで苦労してきたのだから、少しは幸せを噛みしめてくれ」
「……はい」

 泣くのでは無いかとハラハラしたが、彼女は極上の笑みを浮かべている。
 その笑顔を見て驚いた表情をしていた王太子殿下は、腕を組んで首を傾げて低い声で呟く。

「愚弟は何を見ていたのか……これほど出来た女性を切り捨てて、選んだ女が……アレか?」

 酷い言い草ではあるが、全く同意する。
 女の趣味が悪い。
 ルナティエラ嬢よりアレは絶対に無いと、王太子殿下と頷き合っていたら、ルナティエラ嬢が居心地が悪そうにモゾモゾし始めた。

「どうした?」
「あ……あの……あまり……人前で褒めないでください。照れてしまいますので……」
「いつも言っていることだろうに……」
「王太子殿下の前ですからっ」

 何をそんなに気にするのかわからなかったが、とりあえず嫌だと言われても、自然と口をついて出てくる言葉を止めることなど出来ない。
 私にはとても難しい要求だ。
 返答をせずに黙っていると、彼女の唇が次第に尖り出す。
 一応、わかったと返答をしたのだが、おざなりの返事だとバレたようで腕をペチペチ叩かれた。

「確約は出来ん」
「簡単なことなのにっ!?」
「私には難しいことだ」
「難しくありませんっ」
「難しい」
「どこがですかっ!?」
「あー……お前達はそうやって、すぐに私の存在を忘れるのをやめてもらえないだろうか……」

 ハッ! とした顔をしてルナティエラ嬢が居住まいを正すが、私は元から忘れてなどいない。
 動揺しながら謝罪するルナティエラ嬢と、全く動じていない私を交互に見ながら、王太子殿下は苦笑を浮かべた。

「良いな……お前達は」
「良い?」
「二人が揃っていると、なんだかわからないが……安心する」

 王太子殿下の言葉の意味はわからなかったが、とりあえず落ち着いている様子だ。
 不快に思っているということもない。

「そういえば、茶葉を探すのは良いが……それが貴族の間で流行していた場合は、対処が難しいな」
「回収すれば良いのでは?」
「そんな簡単な話では無い。回収したところで、ご禁制の品は裏ルートを使って高値で取り引きされるのがオチだ」
「……確かにそうですね」

 これは、ラルムから聞いた話だが、裏ルートで仕入れる物は怪しい物が多い。
 薬などはわざわざ粗悪品を掴ませる事もあるため、従来の物よりも体に悪影響を及ぼす品さえあるという。
 ヘタに取り締まって裏ルートへ流されてしまえば、茶葉に混ぜるなどして数を増やされ、手が付けられなくなる可能性がある。

「では……違う茶葉を流行させましょう」

 ルナティエラ嬢の言葉に、私たちは驚いて彼女を見る。
 違う茶葉を流行らせる?
 どこからそんな発想が出てくるのか……もしかしたら、前世の記憶に関する何かがあるのだろうかと黙って彼女の言葉を待った。

「紅茶の葉は、クロイツェル侯爵領で育てている物が多いはずです。ベオルフ様が協力を仰げば、おそらく父が手を貸してくれるはず……」
「私の名を使わずとも、ルナティエラ嬢が頼んでいたと伝えれば、喜んで手をかしてくれるはずだ」
「……そう……ですか?」
「ああ。必ずだ」
「では……もういなくなってしまった娘からのお願いだと、お伝えいただけますか?」
「伝えておこう。それで、何をすれば良い?」

 そうして聞いた手順はこうだった。
 茶葉の若木がある土壌に魚粉を捲き、まずは土を作る事。
 魚粉に関しては、海産資源も豊富なアルベニーリの領地から格安で融通することが出来るので問題はないだろう。
 続いて、採取した茶葉を蒸して揉んで乾かすこと。
 これは、紅茶の茶葉を作るときにもある工程なので、問題は無いだろうとのことであったが、最初の『蒸す』という工程だけは新たに追加するので、そこに費用がかかってしまうとのことであった。
 確かに、今まで『蒸す』という工程を知らない人たちが使うには危険な部分も多い。
 念のために注意事項を記載しておいた方が良いだろう――と、彼女の説明をシッカリと記憶しつつ、その茶葉がどうして流行になるのか不思議に思う。
 何か目新しい物でもあるのだろうか……

「今までのお茶は、赤茶っぽい色をしておりますが、この茶葉で淹れるお茶は緑色をしているのです」
「ほう? 緑色なのか、それは珍しいな」
「インパクトがありますから、誰でもそれが違うお茶だとわかります。ですが、美味しく淹れるにはコツがありまして……」

 茶葉の量は紅茶の倍にして、湯の温度を下げる必要があるそうだ。
 茶器をあたためるために使った湯でお茶を淹れたら丁度良いだろうとのことで、実際にやってみたいのだが……と、彼女は困ったように周囲を見渡す。

「王太子殿下の夢ですから……難しいですよね?」
「私とは違うからな……」
「あー、それなら真白ちゃんたちがフォローしてあげるー!」

 待ってましたとばかりにポーンッと真白が跳んでくる。
 それを追いかけてきた紫黒とノエルも一緒になって、私の肩へ勢揃いした。
 真白が頭上に、右肩にはノエル、左肩には紫黒という配置だ。
 お前達は……と、呆れてはみたものの、手を貸してくれるのは有り難い。

「ルナ、イメージしても良いよー!」
「ボクたちに任せてよー!」
「ルナのタイミングで大丈夫だ。イメージするだけでいい」

 やる気に満ちている神獣たちに礼を言うと、彼女の手が淡く輝く。
 それと共に、見慣れない茶器と見慣れた茶葉とは違う、草色の茶葉がテーブルに並んだ。

「茶器は、ティーポットでも大丈夫ですが、専用の物はこんな感じですね」
「……ん? それは……ジャンポーネ国の茶器ではないか?」
「では、茶葉もありそうですね」
「クロイツェル領で作るには時間がかかりそうだが、ジャンポーネ産であれば、今お前に同行しているマテオが所有しているはずだ」
「聞いてみます」
「では、考えているより早くできそうですね」

 それは良かったとルナティエラ嬢は微笑む。
 マテオさんが知っているかもしれないが……と、ルナティエラ嬢は前置きをしてから、緑色の茶葉で茶を淹れてくれた。
 確かに多少の違いはあるが、難しい事は無い。
 むしろ、お湯を効率的に使っているな……と感じたほどだ。
 茶器を温めるために使用したお湯を、そのままお茶に使えるのだから手間も省ける。
 カップに回し入れるのは作法が違うので驚いたが、最後の一滴までしぼりきるためなのだと説明されて納得した。

「見事な色だな……」
「若葉を思わせる色ですね」
「紅茶は蒸らし時間が必要ですが、緑茶は短くて済みます」
「ふむ……この香りも独特だが落ち着く香りだ」

 ゆっくりとカップに口を付けるが、まろやかな舌触りのあとに、なんとも言えないふくよかな味が広がる。
 苦みがあるのに甘みがあり、後味はスッキリしていた。
 紅茶に感じる渋みが少ないのか?

「品の良い甘み……苦みはあるが渋みを殆ど感じないな」
「とても香りが良いです。母が好みそうだ……」

 そう言ってから、ハタと気づく。
 ジャンポーネ出身の母なら、この茶葉についても詳しいはずだ。
 それなら、正確な情報と共に噂を広めてくれるに違いない。

「母に頼めば一石二鳥かもしれません」
「ほう?」
「母はジャンポーネ出身ですし、噂を上手に扱います。おそらく、ルナティエラ嬢が私に教えて愛飲していると聞けば、噂のことも相まって、欲しがる人が一定数はいるのではないかと……」
「一定数などという可愛いものでは無いだろう。おそらく、誰もが欲しがるはずだ。噂と共に茶葉のことも広まれば……見た目は紅茶と変わらない【深紅色の茶葉ガーネット・リーフ】を買い求める者が少なくなる……そうなれば、此方も簡単に対処が出来そうだ」

 私たちが次々に話を進めていくのを見ながら、ルナティエラ嬢は真白たちに緑茶を飲ませてやっていた。
 真白が「飲みたい飲みたい! のーみーたーいー!」と騒いだからだが……本当に対応になれているとしか言いようがない素早さである。
 おそらく、ずっとこの調子だったのだろう。
 好奇心旺盛なところは誰に似たのやら……

「んー、【黄昏の紅華アディ・モネス】と同じ物だと思われる【深紅色の茶葉ガーネット・リーフ】が巷に出回らなくなれば、黒狼の主ハティは次の手を打ってくるでしょうか」
「おそらくはな……」
「食べ物に混ぜるとわからなくなりそうですし……流行している食べ物もチェックしたほうが良いかも知れませんね」
「そういう情報は私がリストアップして、ベオルフに持たせるようにしよう」
「よろしくお願いいたします」
「いや、礼を言うのは私の方だ。こんなに心強いブレーンが二人もいると仕事も捗る」

 いや、本当に有意義な時間だと笑い、王太子殿下は緑茶を飲む。
 どうやら気に入ったようだ。
 ルナティエラ嬢が小さな声で「良かった」と呟くが、これだけのことをしたというのに、全く変わらない彼女が愛しくさえ感じる。
 もう少し自己肯定してやっても良いのだが……無理にとは言わない。
 少しずつでいいのだ。
 その純粋さも、愛らしさも、変わらずにいて欲しい。
 切に、そう願うのだった。

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