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悪夢の始まり
7.貴様の都合で手駒として扱うつもりかっ!!
しおりを挟むラルム達は、もう家へ到着しただろうか――
牛型の魔物は、最初の数から比べると格段に減っていた。
残り数頭というところだ。
突進してくる牛型の魔物を大盾で防ぐ。
コツさえ判れば簡単なものだ。
大槍を前方へ突き出し角を折るのも効果的だが、基本的には眉間や目や喉を狙う方が早い。
返り血を浴びるが、定期的に紫黒が洗浄石を使ってくれているのだろう。
血に濡れて手元が滑ることもなく、冷静かつ的確に急所を狙える。
最後の一体は、やけに大きかった。
ギョロリと此方を見る目は血に飢えた獣のように正気では無い。
生きている者全てを呪っているようにも見える。
苦しんでいるのか……それとも、変貌した己を悲しんでいるのか――
たとえ何を考えていようと変わらない未来に、同情することも出来ない。
「お前は村人を殺した。それが全てだ」
雷鳴のごとき咆哮に、紫黒が枝から落ちたのが見えた。
最後の牛型の魔物にもそれが見えたのだろう。
私ではなく紫黒へ狙いを定める。
「舐められたものだな!」
大盾を構え、横っ腹を目がけて体当たりを食らわせた。
激痛に呻き、巨体を地面へ横たえる。
すぐさま立ち上がって応戦しようとするが、やはり戦い慣れていない飼い慣らされた牛がベースになっているのだと苦笑を浮かべた。
狼や熊よりも力はあるが、獲物を仕留める方法を知らない。
力任せで倒せる相手なら、それでも通用するが……
「相手が悪かったな」
その一言に尽きる。
立派な角も、強すぎる力も、強靱な肉体も、力の使い方を知らないモノが持つには強大すぎたのだ。
そして、その力に振り回されて、自ら滅んでしまう結果となった。
その力を己のモノとするまで潜伏されていたら、もっと苦戦を強いられただろう。
村人達を生かし、我々が油断している間に暴れ回ったら、結果は違ったかも知れない。
いや――結局は、私か紫黒かノエルが、牛の異様さに気づいたはずだ。
「どの道、お前達の運命は変えられなかったか……」
無慈悲に槍を巨体へ突き立て、どす黒い血が流れ出すのを見届けた。
どれだけ暴れようとも、大盾で防がれ弾き飛ばされて地に伏せる。
それは、牛の魔物の命が尽きるまで繰り返され、弱々しい叫びを最期に動かなくなった。
「紫黒、大丈夫か?」
「お、驚いた……大丈夫だ。怪我は無い」
「そうか」
地面に転がったままの紫黒を拾い上げる。
様子を見てみるが、葉っぱをつけているだけで怪我は無いようだ。
「全部倒したな」
「ああ……魔物の気配は消えた。紫黒、念のために転がっている核を回収して封じておいてくれないか? 主神オーディナルへ報告するときに必要となるだろう」
「わかった」
翼をパタパタさせて何かしら操作をしている紫黒を安全な場所へ置き、村の中央を陣取っていた黒い大きな結晶を確認しに行く。
砕け散って小さくなった欠片はあるが、力は感じられない。
この村の人々が命を落としたときに放出されたマナは解放されて世界へ還ったようだ。
「世界へ還るべき力を、己の欲望の為に使うか……いずれそれは、その世界を壊す事になるとも知らずに――」
黒狼の主ハティの浅はかさに嫌気がさす。
そして、それに気づかなかった己の未熟さにも――
散らばった欠片を拾い上げ、これも頼むと紫黒へ渡した。
そして、ラルムの父親代わりだった村長の遺体へ足を向ける。
腕に抱えた子供を守るために、沢山傷ついたのだろう。
この子供は、彼の孫だったかも知れないし、近くに居た子供だったのかも知れない。
致命傷になったのは、背後からの一撃だ。
子供の体もろとも刺し貫かれたのだと察し、それでも子供を放り出さなかった男の優しさを見た気がした。
「ラルムの性根が腐らなかったはずだ……貴方のおかげで、ラルムは最後の光を手放さずにいられた……ありがとう」
深々と頭を下げる。
最期まで勇敢で優しい、誰にでも好かれる村長だったのだろう。
腕の中で息を引き取っている子供は、彼の衣類を掴んで離そうとはしていない。
それが信頼の表れだと思えた。
――不意に、その手が動いたように見えた。
死後硬直か?
注意深く見ていると、ギギッと音を立てるかのようなぎこちなさで、手が動き出す。
「ベオルフ! あちらに火の手が上がっている!」
私の元へ飛んできた紫黒が指し示した方向を見ると、ラルム達が向かった場所に建っている風車が燃えていた。
あちらへ向かった魔物はいなかったはずだ。
それは紫黒が確認していたので間違い無い。
まさか……まだ罠を張り巡らせていたのかっ!?
「が……ぐ……ぎっ」
何かの音が聞こえた。
それと同時に動く気配――
咄嗟にその場から飛び退く。
「な……まさか……」
死んだはずの村長が動いていた。
眼球の白い部分が黒く染まり、生きている人間とは明らかに違う。
魂は既に無く、あとは土の中で安らかな眠りに就くはずだった。
しかし、それすら許されず、魂が無くても体に残った記憶がそうさせるのか、耳障りなざらついた声でラルムを呼ぶ。
逃げろと言っていた優しい村長の声はなく、呪いの言葉を吐く様は、とてもラルムには見せられない。
「死人使いの力……か?」
「そんなことが可能なのかっ!?」
「遙か昔……一度、この世界が崩壊しかける前にはあったらしいが……オーディナルが残さず抹消したはずだ」
「崩壊しかけた?」
「遙か昔の話だが……この世界は何度も崩壊しかけている。理由はわからないし、詳しいことは記録にも残っていない。ユグドラシルが関与していることは間違い無いだろう」
抹消されたはずの力、何度も崩壊しかける世界。
そして、黒狼の主ハティの力――
全てが無関係だとは思えなかった。
「ぐっ……が……ラル……ム……」
しゃがれた声でラルムを呼ぶ村長。
オーディナルが抹消したはずの力で動かされ、死してなお苦しんでいるような姿に胸が痛んだ。
「家族の最期の記憶は、あのままでなくてはならない。こんな姿をラルムには見せられん」
心優しきあの男は、こんな姿を見たら狂ってしまう。
魂が離れているのだから、本人では無い。
頭で判っていても、呪われた言葉を聞けばラルムの心に深い傷を残すのは間違い無かった。
「紫黒、村人の死体を一箇所に集めることは出来るか」
「やってみよう」
紫黒も同じ気持ちだったのだろう。
急ぎ村人を中央へ集める。
殆どの者は動く気配が無かったのだが、全てというわけではなかった。
一部は村長と同じような状態で動き出し、ノロノロと生きている者を目がけて歩みを進めている。
腕や足がもげようが、どれほど血を流そうが関係無い。
もう死んでいるのだ。
痛みなどもなく、ただ操られて動いているだけ……
老若男女問わず、紫黒が張っただろう結界の中で蠢く死者を呆然と見つめた。
「死者を貶め……貴様の都合で手駒として扱うつもりかっ!!」
今まで感じた中で一番激しい怒りだった。
私の怒りに呼応したのか、大盾と大槍にこれまでに無い光が宿る。
いや……光のように見える炎だ。
激しく燃えさかる炎は、死者の体を次々に焼き尽くしていく。
動かなくなり、灰になるまで消えることなく、太陽の輝きにも似た白い炎は全てを覆い隠す。
おそらく、骨すら残らず燃やし尽くすだろう。
「灰になれば……操られることもあるまい」
「ベオルフ……力を使いすぎだ。さすがに無茶をしすぎている」
流れる冷たい汗は、魔力を使いすぎた時に感じた症状と似ている。
魔力を使いすぎたか……
そう考えていたのだが、同時に疑問も湧き上がる。
これは……本当に魔力か?
それとも――いや、今はそんな些細なことを気にしている暇は無いと、頭の中に浮かんだ考えを遮った。
風車が燃えているのだ。
みんなは無事か……大丈夫なのかと心配になり、無理矢理足を動かす。
「ベオルフ、どこへ行く気だ?」
「ラルムたちが心配だ……」
「無茶だ! ここで休むことを提案する! これ以上はダメだ!」
必死に止める紫黒の横をすり抜け、黒い煙を上げる風車へ向かおうとしたのだが、不意に人の気配を感じて顔を上げた。
目をこらして見るが、やはり疲れがピークに達していたのだろうか、よく見えない。
敵意は無い。
おそらく、皆が戻ってきたのだろうと安堵した。
「ベオー! 大丈夫ーっ!?」
「ノエル……か?」
「あああぁぁーっ! 絶対、ルナに怒られるやつー! 無理したでしょー!」
私の周りをぴょんぴょん跳ねるノエルに苦笑が漏れた。
どうやら、全員無事だな――と言いかけて護衛の一人が肩を貸すラルムを見た私は固まってしまう。
近づくにつれて感じる焼けたニオイ。
そのニオイに混じって感じるのは血のニオイだ。
周囲にも血が飛び散っているからわからなかったが、見れば判る。
「ラルム……お前……」
「すまん……弟は助けたが、ラルムは……」
ナルジェス卿の低い声に私は歯を食いしばる。
一見して判るほど酷い傷だった。
体の左半分は、もう使い物にならないだろう。
だらりと垂れた腕からは血がしたたり落ち、指先は黒く、炭のようだ。
顔も酷い火傷の痕があり、かろうじて生きている……そんな状態だ。
もう一人の護衛が、ラルムの弟らしき幼い子供を背負っていた。
彼の念願は叶った――こんなに犠牲が出た村で、ラルムの弟だけは無事だったのだ。
「ここ……で……いい」
呼吸をしているのもやっとなのだろう。
会話の間に、ひゅーひゅーと嫌な音が聞こえる。
ラルムには死相が見え、声も出ない。
「おかげ……で……弟……無事……」
「喋るな! ノエル、回復は……」
「ごめんね……今は使えないんだー……」
何故だと問いかけるが、ノエルは困った様子を見せた。
紫黒も黙り込んでいる。
「何かが干渉して、変な感じで……」
ノエルは何とか説明しようと言葉を探してくれた。
その言葉を聞いた瞬間、村の中央にあった黒い結晶のことを思い出す。
アレはマナを蓄えるだけではなく、回復能力を奪ったのか!?
このままでは、確実にラルムが死んでしまう。
私に回復の力があるというなら、今使わずにいつ使うのだ!
ラルムの傍らに跪き、傷口へ手をかざすが全く反応は無い。
「何故――」
「お前……限界……だろ……」
「顔色が悪いし、冷や汗もかいてるじゃない……」
私の隣にしゃがみ込んだアーヤリシュカ第一王女殿下が、私とラルムを交互に見て泣きそうな顔をする。
誰もがラルムに迫る死を感じていた。
悲痛な面持ちで彼を見ている。
そして、見ていることしか出来ない自分に悔しさが募る。
「弟さんを救い出すために家に入って弟さんが使っている部屋へ向かったまでは良かったのですが、罠だったようで……部屋の扉を開いた途端に、家が炎に包まれました」
マテオさんの静かな声で、どういう状況であったのか説明してくれた。
最後の最後に希望を見せ、絶望へたたき落とすつもりだったのだろう。
しかし、予想外だったのはラルムの身体能力だ。
さすがの黒狼の主ハティも予測していなかったのだろう。
ラルムの素早い行動……いや、自分の身を挺して弟を守るという強い意志が、黒狼の主ハティの企てを打ち砕いたのだ。
死ぬことも覚悟して、この男は突っ込んでいったに違いない。
「ラルム……」
「あり……がと……な……クズに……成り下がらずに……済んだ……」
「諦めるな! お前が弟を守るのだろう! ここで死ぬなど許さん!」
「はは……無茶……言いやが……る……」
無事な方の手を握り、「治れ」と心から念じる。
この傷を癒やしてくれ。
憎まれ口を叩き、並び立って戦う心強さを感じた戦友の姿が、脳裏に浮かんでは消えていく。
この男がここで消えて良いはずが無い。
黒狼の主ハティの思惑通りに、消えて良いはずが無いのだ!
私の心の叫びは、誰に届くのだろうか。
命の灯火が消えそうな状態でありながらも、弟が助かったことと、私が無事であったことを喜ぶラルムに目頭が熱くなった。
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