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王都の聖域
5.何かとんでもないことになっている予感しかしない
しおりを挟む黒狼の主ハティが知らない、【深紅の茶葉】の真実を目の当たりにした、この国の重鎮達は言葉も無く沈黙している。
普段は戦闘のこと以外、殆ど気にもとめない父ですら、言葉を失う状況なのだ。
宰相殿が思いつく限りの問題点を書き出し、国王陛下はそれを眺めながら深い溜め息をつく。
「シルヴェス鉱の武具を職人たちに急ぎ造らせたとしても、おそらく半年から一年……いや、もしくは、それ以上かかる可能性もあるな」
絞り出すような父の声に、私とガイは頷いた。
どれほど急いだとしても、そこが限界だ。
その間に、今回のような騒ぎが起きなければ、黒狼の主ハティが魔物を量産するような計画を思いつくことは無い。
だが……それは、一時しのぎだろうと、この場にいる誰もが理解していた。
早急に事を進めなければ、万策尽きるのは此方のほうだ。
そんなギリギリの状況に、この国のトップである父達は絶望的な表情で最善策を考えている。
しかし、私の仲間達は違った。
彼らは、こういう緊急事態や異常事態に慣れすぎてしまったのか、取り乱す様子が微塵も無い。
それに気づいた王太子殿下は、やや呆れ気味に我々を見ているが……おそらく、ピスタ村での経験が、そうさせているのだ。
あの村での出来事は、彼らの考え方を変えるには十分な出来事であった。
そう考えるだけで、何とも言いがたい苦い物が口の中に広がる。
我々の余裕のある態度や、私の微妙な変化に気づいたのだろうか。
母が私の名を呼んだ。
「ルナティエラ嬢が【深紅の茶葉】と呼ばれるお茶を排除しようとしている理由は、今のを見れば理解出来るわ。話だけでは判らないものね……こんなに酷い物が……悪夢と言える物が、この国に存在するなんて……。それを、野放しにする事は出来ないわ。社交界での件は、私に任せなさい」
「お願いします。私は……そういう部分が酷く疎いので……」
「意外ね……貴方から、そういう言葉が聞けるとは思わなかったわ」
「うぷぷっ! この前、ルナに怒られたんだよねー?」
「あまりにも無関心すぎると心配していた」
ノエルと紫黒の言葉を聞いた母は驚いた表情で私を見つめる。
「貴方……ルナティエラ嬢の言う事なら聞くのね」
「そんなことは……」
ないと言い切りたかったが、主神オーディナルと時空神だけではなく、ノエルと紫黒までジーッと見つめて来た。
そして、諦めろというように背後からは小さな咳払いが聞こえてくる。
ラハトとマテオさんが、ヘタな反論はしないほうが良いと言っているようだ。
「私と彼女の話はそれくらいで……それよりも、今後はさらに危険になる可能性があるので、王太子殿下は身の回りに気をつけてください。ある程度は、ガイが何とかするとは思いますが……」
「判っている。しかし、私だけではなく、アーヤも同じでは無いか? 彼女の命が危険にさらされ、グレンドルグ王国にいたと判れば……両国の関係が拗れて戦争になる恐れもある」
「だから、ボクが護衛たちを鍛えてあげてるんじゃないかー」
ノエルが胸を張って言うのだが、その瞬間、護衛二人が涙目になって天を仰いだ。
修行の日々を思い出して泣きそうになっている様子を見た王太子殿下は、少しだけ同情の視線を向ける。
「ノエル様の力は重々承知しておりますが……相手は、奇妙な術を使う輩です。我々のような力を持たぬ者では……」
「大丈夫だってー、時間稼ぎをしてくれたら、ボクか紫黒が辿り着けるし、アーヤが持っている鏡は弱くないよー?」
「目の色と髪の色を変えるだけじゃないの?」
「えー? 判ってなかったのー? フェリクスの家へ向かう間、あの魔物たちがほとんど襲ってこなかったのは、その鏡のおかげだよー?」
「私は知らなかったから、ノエルにベオルフたちと出会った頃の話を聞かせて貰った。ハティという者が回りくどい手段を選んだのは、直接アーヤに手を出せなかったからだと考えている」
ノエルと紫黒の言葉を聞いたアーヤリシュカ第一王女殿下は驚きながら、自分の胸元へ手を置いた。
おそらく、そこに月の神器があるのだろう。
クセなのか、時々手をやる仕草があるので、間違い無い。
「そんなに大きな力を宿しているのに、私は……判らないのね」
「仕方あるまい。自分の力に馴染んでいる物を感知するには、ベオルフほどの熟練度を必要とする。神器を手にしたばかりの王太子の方が、神器に奇妙な力を感じているだろう。それも、暫くすれば感じなくなる」
主神オーディナルが静かにそう言うと、アーヤリシュカ第一王女殿下は、再び戸惑いを見せる。
王太子殿下の方は心当たりがあるのか、小さく何度も頷いていた。
「神器の力とは、そういうものなのですか?」
「判りやすく説明するのなら……お前と僕の愛し子の力は内側から外へ放出する力だ。しかし、そこの二人は外部から内部へ取り込む力になる。つまり、元々は自分の力では無いが、内側をソレで満たされたら、どちらも同じになって違和感など無くなるという話だな」
「なるほど……アーヤリシュカ第一王女殿下は幼い頃から神器を持っているため、既に神器に込められた力が体を満たしている状態だということなのですね」
「そうなれば、彼奴も簡単に手は出せまい。ヘタをすれば自らが危うくなるからな。本来なら、そうなる前に手を打ちたかったはずだが……どちらも、早い段階で神器に触れた」
「……主神オーディナルの差し金ですね」
「僕は少しだけ助言したに過ぎない」
主神オーディナルが意味深に笑う。
本当に食えない神だと感じるのだが、その奥にある深い愛情を私たちは知っていた。
考える事は山ほどあるし、現状、良い方向へ向かっていると断言は出来ないギリギリの場所に居る。
黒狼の主ハティだけが相手であれば良いが、そうではない。
いつか、彼らを操る厄介な相手も出てくるのだ。
それまでに、力をつけなければならない。
私だけでは無く、この国の……いや、この世界の人たち全員が、魔神に対して何かしら対抗策を練らなければならないのだ。
「まあ、あまり難しく考えるな。まずは、フェリクスをクロイツェル侯爵夫妻へ預けて、あの屋敷の聖域化を完璧に行おう。あの場所を避難所にすれば、アーヤと王太子も一時避難場所に使える。続いて、ベオルフが住んでいた屋敷も、それと同じようにして……この執務室も手を打とう。城全域は、現時点では難しいからな」
「難しい……ですか」
「ヤツの手の者を完全に排除してからということになれば、時間もかかる。それに、今のベオルフにならわかるだろうが……」
「はい。ヤツの力の断片を、ここへ来る前に沢山感じました」
「それを全て排除するには、僕の愛し子の力が必要だ。一気に浄化しないと危険だからな」
「広範囲の浄化はルナしかできないもんねー」
「ふむ……私が頑張ろうか?」
「いや、紫黒は真白がいないのだから、無理はしない方が良い」
「そうだよー? 大好きな紫黒が倒れたら、真白が心配しすぎて泣きながら怒っちゃうよー?」
「……それは、ちょっとだけ困ったな」
心底困った――いや、少しだけ、はにかんだ様子で呟く紫黒に、全員が穏やかに微笑んだ。
ノエルと紫黒のおかげで、定期的に和んでいられるのは助かる。
話の内容が内容だけに、気が重くなってしまう。
そんな精神状態で話をしても、良い案など浮かぶはずがないのだ。
「ガイ、ミュリア・セルシア男爵令嬢の様子はどうだ?」
「まあ……日に日に城の中で敵を作っている感じで自滅気味ですが、最近は静かで不気味ですね。あ、そういえば、スレイブっていう従者! 彼は、兄上の話をすると目を輝かせて聞いてくれるので、とても楽しい方ですね!」
「……父上」
「あ、いや……うーん……教えても良かったのだが……それを弟に知られるのもショックというか……精神的にこないのか?」
「ぐっ……」
今の今まで忘れていた、もう一人の従者を思い出した私は頭を抱える。
出来る事なら思い出したくない相手ではあるが、ミュリア・セルシア男爵令嬢の見張り役としては申し分ないのだ。
近づきたくないが有能なことに間違いは無いし、今必要な事を把握しているのはスレイブだけだろう。
「え? 何かあるのですか? とても兄上のことを尊敬しているようで、最近は近衛騎士団の方々と一緒に崇めているような感じですよ?」
私の知らないところで、何かとんでもないことになっている予感しかしない。
こういう場合の対処法は、何が正しいのだろうか。
黒狼の主ハティと面と向かって戦っているほうが、数倍マシだと言い切れる自信がある問題だ。
許されるのなら、このまま近寄らずにスルーしたい。
「何か……すごく悩んでない?」
「あの……ベオルフ様。大丈夫ですか?」
「他にも従者がいたのか? いや、その前に……そんなに頭を抱えるほど大変な問題が、その従者にはあるのか?」
アーヤリシュカ第一王女殿下とマテオさんとナルジェス卿の心配する声が聞こえてくる。
だが、いつも一番にツッコミでも何でも入れてきそうなラハトが無言だ。
チラリと視線をやると、彼は顎に手を当て「スレイブ?」と首を傾げている。
もしかしたら、色々な情報を持っているので、何かに引っかかったのかも知れない。
男であれば、警戒対象として知られていてもおかしくは無いだろう。
「あー! スレイブって、ベオのこと大好きすぎて乙女になっちゃう人でしょー? 男なのにベオのこと追いかけ回していた変態のことだよねー?」
「ノエルっ!」
慌ててノエルの口を塞ぐが、時既に遅し……
知っていた父が額を押さえて「あちゃー」と呟き、母は目を丸くしてアーヤリシュカ第一王女殿下と顔を見合わせ、同時に吹き出した。
他の男達は、何とも言えない哀れみの目を私へ向けてくる。
「そういうのは……同性愛者というのか? そういう単語が引っかかったが……ベオはルナだけなのに、悲恋や失恋という状態になるのだろうな」
「紫黒、必要の無い言葉を覚えるものではない。記憶から消去することをオススメする」
無垢な幼子が覚えていい単語では無いと力説すると、紫黒は驚いたようにつぶらな瞳をパチクリさせた。
「そ、そうなのか?」
「もごもがもごぉー」
「うむ。ベオルフがルナだけなのは、みんな判っているしな」
その状態で何故会話が出来るのだ、お前達は……
「あー、まあ……なんつーか……頑張れ?」
ここで復活したのか、ラハトが笑いを堪えながら私の肩を軽く叩いた。
「大丈夫だ。お前を盾にして逃げることにしたから、問題ない」
「ちょっとまて! 痴話喧嘩に俺を巻き込むな!」
「何が痴話喧嘩だ! 喧嘩ならルナティエラ嬢としているほうが、まだ心の平穏に繋がる!」
「いや、それもそれで……どうなんだよ……」
ジト目で私を見つめて呟くラハトを睨み付けていると、主神オーディナルがボソリと呟く。
「アレは喧嘩とは言わん。戯れているだけだ」
「それは、否定できないよねー。ルナちゃんはペチペチ叩いてくるだけだし、ベオルフは嬉しそうだし」
呆れ顔の主神オーディナルと時空神の言葉を全てスルーして、私は言葉を続ける。
「私は出来るだけ近づかずに、これからもスルーしていたい」
「既に敵前逃亡かよ……」
「お前も見れば判る」
「そこまで酷いのか……? まあ……ちょっと気になる事があるから、一度くらいは会ってみるか」
「盾にするから、そのつもりでいてくれ」
「判った判った。そこまでお前が嫌がるのも珍しいな……違う意味で興味が湧いてきた」
ラハトの脳天気な言葉に頭痛を覚える。
いくら嫌だといっても……取りあえずは、現状を確認するためにスレイブとの対面は必要だろうと、今までで一番重い気持ちを抱えて深い溜め息をついた。
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