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王都の聖域
29.まねかれざるきゃく
しおりを挟む弟であるガイの夢へ入るのは意外と簡単であった。
兄弟という事もあるが、やはり紫黒が優秀なのだろう。
「あーにーうーえー!」
それでも入ってすぐに「ああ、ガイの夢だな」と判る出来事に遭遇すれば、少しは安堵を覚えるものだ。
こんな耳を破壊するような大声で私の名を呼ぶ者など、一人しかいない。
「本当に、夢の中に来られるとは! さすが、【黎明の守護騎士】ですね!」
「……夢の中でも元気いっぱいだな」
「いつもは不安なのですが、兄上が来られたので!」
それはそれで私に頼りすぎだろう……。そう言ってやりたいが、目をキラキラさせたガイを見ていたら、何も言えなくなる。
そして、ガイの夢だというのに何故か母が居て、いつものようにガイの首根っこを掴んで引き剥がしてくれた。
どうやら、本物の母では無くガイの夢の中に存在する母のようだ。
私には何を言っているのか聞こえないのだが、普段の様子から考えて説教でもされているのだろう。
母から叱られた後に見せる情けない顔をして、ションボリと頭を垂れている。
「ガイの夢が創り出した人物だから、私には判らないのか?」
「夢で創られた人物は、基本的に本人の波長に合わせて作られたものだ。他者は干渉できないのだろう。まあ……夢の中に、別の者が訪れることは想定外だからな」
紫黒の説明を聞いている間、一緒に着いてきたノエルはガイを元気づけようと一緒に遊び出す。
そのおかげで、ガイは母に怒られながらノエルを相手にしている状態だ。
この夢だけでも、かなりの内容だが……本人は楽しそうなので悪夢ではないだろう。
「しかし……主神オーディナルも来ると思ったのだがな」
「用事があったみたいだし、仕方が無い」
私の肩で周囲を見渡している紫黒は、今のところ問題は無いと安堵している。
夢を蝕まれる者は稀だが、いないわけではない。
しかも、そういった場合。とても殺伐としていて滞在しているだけで苦しくなってしまうという。
「夢を汚染されたのかと考えていたが、その片鱗は見られない」
「では、他に考えられそうなことは?」
「あとは、人の強い想いや様々な感情が念となって残り、特定の相手、もしくは不特定の相手に影響を及ぼすこともある」
「念……か」
「その方法で夢に干渉することは容易い。しかし、念であれば必ず痕跡が残るはず……。全く無いというのも変な話だ」
ここまで来ると、干渉してきている相手が普通では無いのだろうと断言する紫黒に、私も静かに頷いた。
警戒をしながら、時が過ぎるのを待つ。
おそらく、接触してくるはずだが……気取られて身を潜めてしまったのなら長期戦だ。
それも覚悟しながら、気を引き締める。
暫くは、何も起こらなかった。
夢の中の両親がニコニコしている事以外、別段おかしなことは無かったはずだが……同時にガイが何を考えているのか判らなくなった。
その原因は、私の膝上に座る小さなルナティエラ嬢もどきだ。
此方を見上げてにぱっと笑い、再びいそいそと花冠を作っている。
白詰め草を敷き詰められた草原でピクニックは良いが、何故ルナティエラ嬢が幼女なのだ?
ガイの夢が創りだしたのだと判っていても、私は彼女の行動を妨げることなど考えられず、全く動けずに居た。
「ベオルフさまに、さしあげます」
舌っ足らずな言葉で告げられた言葉と共に、私の頭に花冠が乗せられる。
「ありがとう」
「あいっ……えっと……いつも、ありがとう」
小さな体で精一杯の感謝を伝えてくれるルナティエラ嬢……。
見た目は、リュートが世話をしている春の女神よりも幼いようだ。
何だろう……とてもマズイことをしている気がしてならない。
コレをルナティエラ嬢に知られたら、私が叱られるのでは無いか?
そう考えていても、小さなルナティエラ嬢が笑いかけてくると、無下にもできずに付き合ってしまう。
自分が彼女にどこまで甘いのか身をもって知った気がした。
「おとーさまより、首が太いです。いっぱいきたえてるのですね」
目をキラキラさせて尊敬の眼差しを向けてくるルナティエラ嬢から視線を外す。
断じて自分の趣味嗜好ではない。
しかし、何とも言えない気まずさを覚えながら「そうか?」と答えたら「すごいです!」という称賛の声が返ってきた。
ぎゅっと小さな手を一杯に広げて抱きついてくる彼女を支えながら、此方を微笑ましく見守るガイと両親を見やる。
ニヤニヤしているガイは、あとでキッチリとシメるとして……これは、本当に困ったな。
「何故、ルナティエラ嬢の声だけ聞こえるのだろうか」
「おそらく、この夢の世界がルナを作る時に、ベオルフの周囲に残るルナの力の残滓を拝借したのだろう」
ルナティエラ嬢に作って貰った小さな花飾りをつけてもらい、ホクホクしていた紫黒が一瞬考えて答える。
「残滓……?」
「ベオルフはルナと強い繋がりがあるから、必ず互いの力や気配が強く残る」
「私の気配も、ルナティエラ嬢に残っているのか?」
「勿論だ。リュートがそれを不快に思わない相手で良かった」
「アイツは、とても良い奴だからな」
どうせなら、リュートも創り出せたら面白いだろうな……と考えていたら、何かが引っかかった。
そう……感覚に引っかかる何かがあったのだ。
紫黒やノエルも感じたのだろう。
神獣達も一気に緊張感を高める。
私に抱きついていた幼いルナティエラ嬢も怯えたように震えるので、シッカリと抱きしめて「大丈夫だ」と告げた。
「兄上……声が……」
晴れ渡る空は厚い雲に覆われ、白詰め草の草原は風に煽られて散っていく。
あまり良い感じでは無い。
暗雲が立ちこめ、嵐でもやってきそうな勢いだ。
パキッ……パキ……バリッ!
何かが割れるような音と共に、世界の一角が崩れ落ちていく。
その向こうに見えるのは赤黒い闇。
「どうやら、来たようだ」
私は抱き上げていたルナティエラ嬢を母へ託す。
そして、アイギスを発動させて槍を構えた。
「だめっ」
鋭い声が飛んだと思ったら、私の背中に重みが加わる。
母の手から逃れた幼いルナティエラ嬢が、私の背中に飛びついたようだ。
「壊滅的な運動神経のくせに……こういう時だけ機敏に動くものだ」
「むぅ! だーめーなーのー」
「危険だから離れていろ」
「だーめー!」
「アレと戦うなと言うのか?」
「見て、話をきいてあげて」
何を見て何を聞けというのか……幼いルナティエラ嬢との会話が成立せずに戸惑っていると、その赤黒い空間から、何かがゆっくりとやって来た。
黒い球体は、そのままグニャグニャ動いて形を変えていく。
「……剣?」
そう。それは球体から剣の形へ姿を変えたのだ。
赤黒い刀身を持つ一振りの剣は、頑丈な鎖に縛られた状態で私たちの前へ漂う。
『戦神の血を引く者。ガイセルク・アルベニーリ……』
「どうして、私を呼ぶのでしょうか。ここには兄もいますが?」
『お前の兄はダメだ。戦神の血を引かぬ。それに、聖炎の力が強すぎて我では溶けてしまう』
だからなのだろうか、剣は私と一定の距離を保っている。
あからさまに警戒しているが、元は私の体にまとわりつく残滓であったとはいえ、幼いルナティエラ嬢が「ダメ」だと言うのだ。
彼女を悲しませてまで手を出すつもりは無い。
「弟に危害を加えるために来たのか?」
『違う……先ずは話をしにきた。我は戦神から命じられ、かの神の血を引くガイセルク・アルベニーリに力を貸しに来たのだ』
アルベニーリの家が戦神の血を引くというのは事実だったのか……。
つまり、ガイのような人間が生まれても何ら不思議では無い家系である。
父も一般人から見て、異様なほどに頑丈だ。
代々アルベニーリ家が、この国の騎士団を取り仕切っていたのは、このためなのだろう。
既に、それを記憶に留めている者は居ない。
半分は眉唾物だと思っているだろう。
だが、実際にガイを見ていると、戦神の血を引くと言われても納得してしまえる何かがあった。
「ベオルフさまぁ……落ちそう……です」
「何をやっているのだ、貴女は……」
慌てて背中へ腕を回し、ルナティエラ嬢の体を確保する。
猫の子でも捕まえるように彼女を抱きかかえると、安堵したように可愛らしく笑った。
それだけで誤魔化されそうに……いや、もうどうでも良いかと思ってしまっているのだから、シッカリ誤魔化されているのだろう。
残滓とはいえ、ルナティエラ嬢はルナティエラ嬢だ。
ガイが私の残滓から幼いルナティエラ嬢を創ったのも、戦神の血が影響した可能性もある。
人の血が混じっていても神の血が流れているのだ。
その中でも、ガイは明らかに神の血が濃い部類に入るだろう。
野生の勘というが、それこそ、戦神の血が成せる業だったのではないだろうか。
主神オーディナルが好ましい者だと言い、黒狼の主ハティが天敵として警戒するはずだ。
「つまり、貴殿は戦神様が所有する武器だということですか?」
『そうだ。今、戦神は世界を支えるために力を使っている状態で動けない。そして、この世界を守るために【黎明の守護騎士】が動き出した。本来なら、戦神も力を貸すはずだったが、そうもいかない。だから、我を其方に貸し与えるという話だ』
「それで……兄上の助けになる……と?」
『いくら【黎明の守護騎士】が強かろうとも、その身は一つ。限界がある』
「確かに……」
『それ故に、我を使って手を貸せば良い。人には斬れぬ者も斬ろう。我にはその力がある。そして、其方にはソレを見極める目と強き心がある』
「そのために、連日連夜、私の名を呼んでいたのですか?」
『……? それは知らない。我が来たのは、今日が初めてだ』
その言葉に、私は眉をひそめる。
タイミング良く来た戦神の剣が呼んだのでは無いというなら、一体誰が……?
「ベオルフ様……まねかれざるきゃく……というやつです」
小さな手が剣の入ってきた赤黒い闇を指さす。
ドロリとした固まりが、意志を持って動き、ジワジワと侵食してくる様子に戦慄する。
アレはマズイ!
「しこく、ノエル!」
ルナティエラ嬢の鋭い声に、紫黒とノエルが反応して攻撃を開始したが、私たちは下がるよう指示される。
実体化していない異様なモノに、今のところ有効な攻撃手段を持つのは神獣達だ。
「ベオルフさま、ガイセルクさま、核をさがしてください」
幼いルナティエラ嬢の言葉に従い、私たちは夢の世界を飲み込もうとする赤黒い邪悪なモノを睨み付けた。
どうやら、ここからが悪夢の始まりなのだと理解し、私とガイは戦闘モードへ移行する。
「戦神の血とやらを、存分に見せて貰おうか」
「兄上の足手まといにはならないよう、精一杯頑張ります!」
元気な声が返ってくるが、いつもと声色が違う。
久しぶりに感じるガイの本気に、思わず笑みが漏れる。
いつもは、無自覚にセーブしているガイの本気――これほど心強い者はいないと、私は片腕に幼いルナティエラ嬢を抱きながら大槍を構えた。
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