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囚われの檻
12.身元や後ろ盾がシッカリしていて疑いようのないマテオに頼みたい
しおりを挟むようやく帰路についた頃には日が傾き始めていた。
夕刻というにはまだ早い頃、クロイツェル侯爵の屋敷へ通じる門を潜り、考えていたよりも早く帰り着けたことに安堵する。
「ベオルフさまっ!」
パタパタと駆けてくる小さな体が転ばないうちに拾い上げて目線を合わせた。
「転ぶぞ」
「転びませんー」
「いや、絶対に転ぶ。ルナティエラ嬢はこの距離でよく転んでいた」
「ベオルフさまがいたら、転びませんー」
「それは、私が転ばないようにしているからだろうが……」
全く……と溜め息をついてフィルラを抱っこし直す。
片腕で抱っこした状態にして、続いてやってくるだろう衝撃に備えた。
「ベオー! お帰りーっ!」
飛びつくノエルを受けとめ、フィルラと同じく抱き上げる。
襟元の紫黒も、二人と挨拶を交わして和やかな雰囲気だ。
「熱烈な出迎えだな」
背後で王太子殿下がクククッと笑っているが、彼も笑っていられなくなるだろうと眺めていたら、案の定アーヤリシュカ第一王女殿下が彼に飛びついた。
「お帰りー!」
「うわっ」
慌てて抱き留めた王太子殿下が倒れないように、彼の背後でナルジェス卿が支える。
アーヤリシュカ第一王女殿下の性格を考えたら、こうなることは判っていただろうに……まだまだだな。
「皆様お帰りなさいませ……って……何か……疲れていませんか?」
「まあ……な」
本を抱えたフェリクスに問われた私たちは顔を見合わせて苦笑を浮かべるしか無い。
考えてみれば色々とあった。
それこそ、最後のオブセシオン殿下のアレは言葉にしたくないほど面倒だし衝撃的なことである。
「お帰りなさい。ガイ……貴方、問題を起こしていないでしょうね」
「母上、帰ってきて早々、それはないですよ! あ、そうだ。父上に聖剣クラレンツァのことを話して参りました!」
フェリクスの後ろから母とクロイツェル侯爵夫人が姿を見せた。
二人は更に打ち解けた様子で、とても良い時間を過ごせたらしい。
「あの人は何と?」
「そういうことで周知するということです!」
「そう。それなら良いわ。アルベニーリ家で情報を共有していなければボロが出ますからね」
母はそういうと私の方を見て微笑む。
「フィルラちゃんが寂しがっていたわ。甘えさせてあげてね」
「……はい」
「皆様お疲れでしょう? 此方でお茶にしませんか?」
クロイツェル侯爵夫人が気を利かせてくれたようで、帰ってきたばかりの我々はゲストルームへ案内される。
すぐに使用人達が忙しく動き出し、お茶の準備をしてくれたようだ。
淹れてくれたのは緑茶である。
これが不思議なもので、香りだけでも落ち着くのだ。
ホッとする香りの中に感じる懐かしさはなんだろうか……。
ルナティエラ嬢と共有している部分があるのかもしれないと考えながら、緑茶を口にする。
「……ほう? また少し旨くなった……か?」
「ベオルフ様にそうおっしゃっていただけたのなら大成功ですね」
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべて入ってきたのは、マテオさんとこの屋敷の当主であるクロイツェル侯爵だ。
なにやら二人で改良を試みたようである。
その探究心に恐れ入るが、やはりルナティエラ嬢の父親という事で納得してしまう。
「緑茶は風邪の予ぼーも期待できるのです」
私の膝上に座って緑茶を飲んでいた彼女の言葉に、全員が耳を傾ける。
舌足らずな言葉だが、以前よりも聞きやすくなっていた。
ふむ……数時間で変わるものだな。
その舌足らずな言葉が教えてくれる知識はルナティエラ嬢から引き継いでいるため、為になるものが多い。
――とは言いつつ、完全に引き継いでいるワケでは無く、欠落している記憶が大半を占める。
これは、精霊になっていく代償というべきだろうか。
ある程度、彼女が持っているものを犠牲にしなければ、そういう変化は望めないというのが主神オーディナルの見解だ。
有意義な知識は、この世界に過度な変化をもたらさない程度に調整されるのだろう。
まあ……ルナティエラ嬢やハルキを見ていればわかるが、二人の知識は扱い方によっては危険であるから当然である。
私の膝上に乗っているフィルラとノエルはお茶を飲みながらくつろぎ、私の襟元で色々と思い出して興奮冷めやらぬ紫黒には、私がスプーンで緑茶を運んでやる。
それが嬉しいのか、ふくふくと丸くなった紫黒は上機嫌に「ぴゅぃっ」と鳴いた。
「マテオ、私はこの緑茶を使って茶会を開こうと考えているのだが……手配を頼めるか?」
「わ、私でよろしいのでしょうか。いつも懇意にされている商会が……」
「最近、怪しい動きをしているのでな。身元や後ろ盾がシッカリしていて疑いようのないマテオに頼みたい。勿論、ベオルフには話を通している」
マテオさんの視線がチラリと此方へ向けられる。
此方も了承しているという旨を伝えるために、無言で頷く。
すると彼は柔らかく微笑み、恭しく頭を垂れた。
「承知いたしました。此方で全て取り仕切らせていただきます」
「面倒な書類関係は手が空いたときで良い。価格も気にせず……そうだな、招待客は200人程度を予定しているので、そのつもりで頼む」
「仰せのままに」
マテオさんの返答に満足したのか、王太子殿下は一つ頷くとクロイツェル侯爵へ視線を移す。
「クロイツェル侯爵も忙しくなると思うが、人手がたらない時は遠慮無く言ってくれ」
「お気遣いいただき、誠にありがとうございます」
「気にするな。ここらで色々とハッキリさせなければならないからな」
「……他の貴族から反対されないでしょうか」
「ん? ああ、元々セルフィス側だったのに……とかいう馬鹿がいれば、自らが無知な愚か者だと周囲に自己紹介するようなものだ。そなたも、オーディナル様の愛し子であるルナティエラ嬢の父として……彼女の不利になるような立ち振る舞いは慎むようにな。堂々としていれば良い。ベオルフを筆頭としたアルベニーリ家やナルジェスがここに滞在している意味がなくなる」
王太子殿下の言葉に、クロイツェル侯爵は深々と頭を下げる。
しかし、それは無用なものだ。
ルナティエラ嬢と和解し、彼女の力になると決めた彼女の家族を陰ながら支えるのは当然なのだから。
「お父さま……ファイト……です!」
グッと握りこぶしを作って鼓舞するフィルラに、クロイツェル侯爵は優しい笑みを浮かべて頷く。
こうしてフィルラがルナティエラ嬢に代わって、家族の心に蓄積した罪を軽くしていく。
それは今後も良い影響を及ぼすはずだ。
フィルラの頭を撫でていた私を見上げ、照れたように笑っていたフィルラは、突然表情を曇らせ「うー」と唸り始める。
「どうした?」
「お姉ちゃまが……怒っているような……悲しんでる……ような? 何かあったかも……?」
反射的に内側へ意識を集中させて彼女の力を辿った。
確かにいつもとは違う感覚がする。
怒り、哀しみ、そして……動揺。
何か起こったと考えるのが正しいだろう。
「すみません。少しルナティエラ嬢の方へ意識を飛ばします」
「……え?」
動揺する一同とは違い、一瞬で理解したラハトが私の背後につく。
「任せろ。俺が見ていてやる」
「私もいるから任せなさーい!」
ラハトは勿論のこと、アーヤリシュカ第一王女殿下の力強い言葉もいただいたことだからと、カップをテーブルへ置いてから意識を集中させ始める。
私の手に添えられた小さな手が、此方だと導くようにどんどん吸い込まれていく感覚だ。
「あ……お姉ちゃまです! お姉ちゃまー!」
フィルラが声をかけるが聞こえていないのか……いや、微かに何かを感じたように辺りを窺っている。
まあ……元々は自分の一部であったモノを核として誕生したフィルラだ。
その気配を感じ取れというのは、正直言って難しいだろう。
真っ暗な何も無い空間にポツンと立つ彼女の側に降り立ち、迷うことなく声をかける。
「大丈夫か? 何かあったようだが……」
私の声に気づいた彼女はハッと顔を上げた。
そして、満面の笑みを浮かべて振り返る。
「ベオルフ様……ナイスタイミングです」
漆黒に包まれていた空間が、次の瞬間に色づき始める。
それでもハッキリと認識することは難しく、おぼろげだ。
そんな中でも、彼女の姿だけはハッキリと認識できる。
主神オーディナルの力の影響が強い場所に佇む彼女は、私の助けを待っていたのだ。
こんなに良い笑顔を向けられては、力を貸さないという選択肢など霧散してしまう。
いや……元々そんな選択肢があるのなら、ここまで来ていないか――。
「何があった? とりあえず、簡単にでも説明してくれないか」
「はい! 勿論です!」
周囲に花が咲いたような笑顔と共に説明される内容を聞きながら、私に何が出来るのかを考える。
そして、私の肩に座ってルナティエラ嬢を観察しているフィルラが落ちないように、慣れない手つきでフォローするのであった。
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