茜蛍の約束

松乃木ふくろう

文字の大きさ
14 / 26

第14話 ……来ちゃった

しおりを挟む
 勘弁して欲しい。

 それがオレの今の気持ちだ。
 少しは気分が晴れるかと思った熱いシャワーも大した効果が無かっただけならまだしも、冷たい麦茶を飲みに戻ったリビングには、何故か姉貴と談笑をする円詩子の姿があるのだ。

 オマケにテーブルの上にはオレの中学、高校時代の卒業アルバムが広げてある。

「あら、壮ちゃん、お風呂あがったのね。お客様よ」
「見ればわかるよ」

 このタイミングで五十里の事を伝えるわけにもいかず、オレは冷静である事を装い、冷蔵庫を開け1.5ℓの容器に入った麦茶をコップに注いで一気に呷《あお》る。よく見るとリビングのテーブルの上には姉貴が出したのであろう、2人分のコーヒーカップ。中身が既に半分以下になっているところを見ると、円詩子が来てからある程度の時間はたっているのだろう。

 風呂上りの為か、あるいは暑さのせいか、再び噴き出してきた汗をオレは首に下げていたスポーツタオルで軽く拭った。

「……来ちゃった。約束より早くて、ごめんなさいね」

“来ちゃった”じゃない。
 そもそも約束なんぞしていない。おそらく、店までタクシーか何かで来て、姉貴に東京の友達だとでも伝えたのだろう。
 しかも、話し方が正樹との電話で見せた外面モードで棘が全く無い。服装も白いチューリップスリーブのブラウスにデニム地のアンシンメトリーのスカートという出で立ちでお嬢様然としている。

 幸いなのは親父とお袋が寄合の日でいなかった事。特にお袋と円詩子が遭遇したら碌《ロク》な事態にならないのが断言できる。

「スゴイ荷物だな。店を開くつもりなら、九十九堂《ウチ》の軒先くらい貸してやるよ」
 円詩子の脇には、これから一人暮らしでも始めるのかでも、言うくらいの大荷物がある。おそらくは急遽、宿泊する為にオリオンモールで購入した衣類なのだろう。

「露子さん、こんな感じで私の事、苛めるんですよ。酷いと思いませんか? 」
 なにがいつもだ。
 姉貴にだったら、説明できなくも無いが、経緯とこれからの事を考えると控えていた方無難の筈だ。円詩子もそれが分かっている為か、表情には余裕がある。

「ごめんなさいね、詩子ちゃん。ウチの弟、少し変わっているの」
「それはよく知ってます。お姉さんがこんな素敵なのに何故なんでしょうね」
 コーヒーを啜りながら微笑む円詩子の勝ち誇ったような表情はいったい何なのだろう。

「壮ちゃん、新しいコーヒーのパックを取って貰いたいんだけど、棚の上だから一緒に来てもらえる? 詩子ちゃん、少しだけ待っていてね」
 別室に連れ出し、円詩子の事を尋ねるのが、見え見えの姉貴の言葉。

「露子さんは大事な身体なんですから、私がいきます」
 身重の姉貴を動かす事に心が痛むのか、円詩子が腰を上げる。

「キミじゃ、場所が分からないだろ? 」
「あっ!? そ、そうですね。どこにあるんですか? 」
 オレの指摘に顔を赤らめ、質問を返す。どうやら姉貴の言葉の真意を読む事は出来ていないらしい。

「説明で分かる所にあるのなら、オレひとりで行ってるよ」
「…… そ、そうね」
 耳まで真っ赤だ。少し面白い。

「大丈夫よ。少し動いた方が身体も楽なくらいなんだから、でも、嬉しいわ。気を使ってくれてありがとう」
 姉貴はそう静かに笑い、ゆっくりと腰をあげた。

「インスタントコーヒーを棚からとるだからすぐ戻るよ」
 オレは円詩子にそう微笑みかけ、何故かオレの頭を軽く叩いた姉貴と共にリビングを後にした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

処理中です...