『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました

皇 翼

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20.(オーランド視点)

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俺はリーシャを傷つけた女たちに相応の報いを与えた。
彼女を貶めた者はすべて粛清され、彼女を傷付けようとする脅威は全て学院から消え去ったのだ。

金や権力を使って、家ごと潰すこともできたが、それはさすがにやりすぎだと思い、ギリギリで踏みとどまって、立場を悪くしてやるくらいにした。こちらに恨み言すら吐けないくらいに女生徒の悪事を突きつけた。そして案の定そういうずるいことをする女の家は裏でそれなりに悪いことをしていたので、そこも一緒にバラして制裁しておいた。
だが、連中が再びリーシャの前に現れることはない。万が一現れる事情が出来たとしても、二度と、彼女を傷つけることはできないように徹底的に排除した。

これでようやく、リーシャに「もう安心だ」と伝えに行ける。

それに……正直、そろそろ彼女に会いたいと思っていた。
彼女に会わなくなって、会話が出来なくなってから1か月近くが過ぎていた。

彼女の顔を見て、話がしたい。
またどこかに出かけて、学院でも一緒に過ごして、今まで離れていた分を埋めるように……。

そう考えながら、放課後にリーシャを探した。
学院の庭を抜け、教練場や教室、武器庫、カフェテラス、食堂、職員室、図書館を巡る。
どこにもいない。

おかしいな、と思いながら、研究室がある棟の方まで歩いてくると、ふと人の話し声が聞こえた。
軽やかで、柔らかい美しい声。

――リーシャだ。
思わず足を止め、教室を小さく開けてそっと視線を向ける。なんだか誰かと話しているような声だったからだ。邪魔をしてはいけない、話が終わった後で声を掛けようと思ったのがいけなかったのかもしれない。
そこで、俺は見た。

リーシャが、教員の男――確かクレイヴとか言ったか――と共に、微笑み合いながら談笑していた。

ただの会話ではない。
彼女は、まるで心の底から楽しんでいるように見えた。
これまで俺の前で見せたことのない、あまりにも純粋な笑顔だった。いや、俺が今まで笑顔だと思っていたものが本当の笑顔じゃなかったと知った方が正しいか。

一瞬、息が詰まるような感覚に襲われた。
足が動かない。
――なぜ、その顔を俺には向けてくれなかった?

俺は……俺は、リーシャのために、すべてを完璧にこなしてきた。
彼女に相応しい婚約者でいるために。
守るために。

それなのに――

なぜ、俺の知らないところで、そんな顔をするんだ?
俺は、その場からすぐに立ち去った。

どこをどう歩いて帰ったのか、正直覚えていない。
何をしていたのかも分からない。何も覚えていないはずなのに、きっと俺は「普段の行動」をしたのだろう。
ただ、胸の奥に張り付いたような鈍い痛みだけが、ずっと離れなかった。

「リーシャ、君は……」

君の一番は俺ではなかったのだろうか。
時間が経った。

俺は以前と変わらず、生徒会の仕事をこなし、公爵家の嫡男としての務めを果たしていた。
だが、何かが変わってしまった気がする。
それは、俺の中に生まれた『疑念』だった。

俺は本当に、リーシャの"婚約者"として、彼女の隣に立てているのか?彼女の一番でいられているのか?彼女に好意を向けられているのか?

その答えを求めるように、俺はまた彼女を探した。少し時間が経って、記憶も薄まり、傷が浅くなり始めていたからかもしれない。

そして、学院の廊下で、ようやく見つけた。
……だが、彼女はまた別の男といた。
マーカス=ヴェルナー。

確か、俺やリーシャと同じく優秀と評される生徒の一人だったか。生徒の名簿や軽いプロフィールは全て覚えていたことが幸いしたのか、正体はすぐに分かった。
彼とは特に接点はなかったが、成績も良く、剣の腕も立つ。
……だがそれよりも、リーシャと親しげに話しているのが気に入らなかった。

彼女は俺の婚約者だ。
それなのに、なぜ俺は君と会えなくてこんなにも苦しい気持ちなのに、他の男と親し気にしているのを見て心が引き裂かれそうなのに、何故そんなにも親しげに話すんだ?
怒ったような表情、裏のある笑顔、呆れたような顔。どれも見たことがない表情だった。

そうして気づけば、俺は足を踏み出して二人の後を尾けていた。二人が図書館に入っていくのを目視し、楽しそうに話しているところを遮るように話しかけた。

「図書館のこんな隅で何をしているんだ?」

声を掛けると、彼女は驚いたように振り向いた。言葉に嫉妬と怒りが滲みだしたのが自分でもわかった。

「……オーランド、様」
「ん?誰でしょうか、貴方は。僕たちの話を邪魔しないでいただきたいのですが」
「俺は彼女――リーシャの婚約者だ。それで、君は俺の婚約者とこんなところで何をしていたんだ?」

さっさとこの男を追い払ってやろうと、きっと優しいリーシャのことだ、彼女もこの男に付きまとわれて仕方がなく相手をしているだけだと自分を擁護し、問い詰める。本当は違うと分かっているのに、その小さな可能性に賭けて、彼女が俺の方に来てくれるのを祈るしかなかった。
しかし放たれたのはそれとは全く逆の、俺を地獄に突き落とすような言葉だった。

「オーランド様には関係ありません」

静かに、しかしはっきりとした口調で、彼女は言った。

……関係、ない?

「え……リーシャ?」

思わず呆けてしまい、間抜けた言葉を返すが、彼女は俺を見ようともしない。

「婚約者として貴方に迷惑は掛けないつもりです。
迷惑を掛けてしまうと判断すれば、婚約を破談にしていただいても結構ですから、邪魔しないでください」

――心臓が、強く締めつけられた。
何かが砕ける音がした気がした。足元から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えるが、頭の中が真っ白になって、それ以外は出来なかった。

……そうか。
彼女はもう、俺に期待すらしていないのか。
俺がどれだけ『完璧な婚約者』であろうとしても――。
それほどまでに貴族たちのイジメは彼女の心を蝕み、俺と共に居させたくないと思わせてしまったのか。
結局、彼女の変化に気付けなかった俺には何の価値もない、努力が届かないほどに、彼女の心は俺から離れてしまったようだ。
何も言わずにリーシャはマーカスを連れて、俺の前からそそくさと逃げていく。
俺はその場に立ち尽くして動くことが出来なかった。これまで感じたことのない、底の見えない虚無感だけを胸に抱えながら。
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