愛しているからこそ、彼の望み通り婚約を解消します

皇 翼

文字の大きさ
5 / 5

4.

しおりを挟む
『死んだ』というその事実を周囲に証明するために、は本物の私が死体のフリをする。
幸いなことに、意識以外、体内の時間が止まっている状態なので、お腹は空かない。ただ、暇なだけだ。
たまに、兄様や両親が、一方的に報告がてら、怪しまれない程度に話しかけに来てくれたが、やはり暇なものは暇だった。

ちなみに、埋める直前――出棺のタイミングで、秘密裏に私そっくりに作った人形にポジションを変更する運びである。公爵邸内で簡単にできる。
最後に人形にその場所を渡すというのならば、最初から人形でも良いではないかと思われるかもしれない。しかし魔力を込めただけの作り物だとまじまじと観察された場合、バレる可能性が高いのだ。特に、魔法が使える貴族まみれになるであろう私の葬儀。そこを『偽物』で騙しきる自身はなかった。

所詮無機物は無機物であり、元々魔力を持つ人間の身体とは全く違う。後から魔力を込めて注いだだけのものだと一目騙すことが限界なのである。
葬儀が近付くと、程度親交があった貴族や王宮関係者などと言った一部の人間たちが私の遺体を確認しに来るだろう。そういう事情もあり、他人の魔力が自然と測れる優れた魔導士達を騙すにはこの方法しかなかった。


葬儀に関しては、今現在のクロシュテインの主流が火葬になっていることが幸いした。
この国では以前は土葬が基本だったが、喰花病が流行してからは火葬が主流になったのだ。死体に接触したことによる喰花病の感染もあり得たからだ。現に、私もそれが原因で発症したと考えられている。
それ故に、今回も私の葬儀でも火葬が選ばれることはなんら違和感がなかった。完治したと言えど、元は喰花病の患者だ。いくらでも言い訳はできる。

火葬すれば、偽装死体が残る心配はない。
なにせ今回は灰になるまで焼いてもらうつもりなのだ。炎は全てを焼き尽くす神聖なもの。
全てが燃えてしまえば、魔力すらも浄化され、遺灰に魔力の残滓が少しこびりついている程度になるだろう。肉体を完全に失ったヒトの一部は、一部のこびりついた残滓を残して徐々に魔力を失っていく。作り物の骨や灰に長期間魔力を込めれば、近いものを作れるということは既に実証済みだった。抜かりはない。

既に葬儀は家族だけで見送るという形になっている故に、家族以外の人間も私の身体と対面することが出来る前日までで『死の偽装』が誰にもバレなければ、私の勝ちである。
とは言っても、本当に直前まで何が起きるのかが分からないのが、現実。最後の最後、偽装が終わって、新しい生活を始めるまでは気を抜けないが。


レンドーレ公爵家の第三地下倉庫。本来であれば他の倉庫に収まりきらないような対災害時のための食料などを保管しておく場所だが、現在その空間に存在しているのは私だけだった。部屋からベッドごと運び出されたので、自室にあった柔らかいベッドの上にそのまま横たえられている。

肌が少しひりつくほどの寒さを持つこの場所。
けれど今の私にとっては丁度良い場所だった。最低限の照明のみが灯されたこの空間。この静寂と包み込むような闇は思考すらも飲み込む。

家族以外の他人の目を全て欺くのだ。
普通であれば偽装をする緊張やら、万が一バレるかもしれないという不安感や恐怖心などで心が休まることはないだろう。
それに加えて今は既に薬を飲み、ほんの少しも動くことが出来ない。それらがもたらす負の感情は底知れない。
しかし、私は自分でも驚くほどに落ち着いていた。
家族以外で自分に対して関心を向ける人間などいないだろうという思い込みもあったのかもしれない。ここに安置されてから数時間が経過した辺り。何も深く考えることはなく、出所不明の謎の安心感から完全に気を緩めていた。
私は全てをやりつくしたから、もう、ここから先は信頼できる家族が全て手筈通りにやってくれるという安心感もあった。何もしない、久しぶりの感覚だった。

しかしそんな平穏は長くは続かない。何の予告もなく、平穏は破られた。

壊れたかと思う程の勢いで開かれた扉。体内の時間操作の関係上、動いていないはずの心臓が驚きで跳ねた様な気すらした。
何かと思い、意識を向けてみるとエストが息を切らして、私が安置されている場所に部屋に入ってきたのだということが分かった。

「ックレ、ア……?」

私の身体の前で繋がれていた手を取られる。あまり自身の体温がないせいか妙に熱く感じてしまう。今気付いたが、薬を飲んで仮死状態でも、身体の感覚は感じられるらしい。

「っなんでだよ、なんで、お前が――」

彼の表情は当然目視することが出来ない。しかし、その途切れそうなほどによわよわしい声音からエストはもしかしたら泣いているのかもしれないと直感的に思った。
彼は優しい人だ。元々婚約を解消する予定であり且つ一緒に居た時も、呆れるくらいにダメダメな婚約者だったというのに、なんだかんだ面倒を見てくれた。そんな風に、一緒に過ごす内に少しは情が湧いていたのかもしれない。
恋情ではないことは分かっている。友情、同情、憐みか心配か……どんな感情でも良かった。彼の感情が動くほどに少しでも何かしらの気持ちを向けてもらえていたのならば――。

だとしたら……嬉しい。

その後も呆然と私のクレアという名前を呟き続けるエストの声を聞いて、自分は少しくらいはこの人の心に入れていたのかなと漠然と感じる。

私は満足していた。
なにせ私の元々の予想では、忙しい彼は、運が良かったとしても葬式の当日までは会いに来てなどくれないと思っていたから。家族と一緒に婚約者としての礼儀として招いている葬儀の日まではその声を聞くことなど叶わないと思っていたから。
自分が死んだという事実で余計な重荷が下りたと喜びはしても、本当の意味で悲しんでなどくれないと思っていたから……。
予想外の彼の反応に対して、不謹慎だが嬉しいと思ってしまった。

これできっと、私の中でも思い出として完全に昇華できる……これ以上ない美しい思い出として――。
今の身体では涙を流すことも叶わないが、本当は涙が出そうな程に嬉しかった。
私はこれでもう、満ち足りている。この思い出だけを持って、生きていける。
彼以上に大切な人など、もうできないことを確信している。今後、一人で寂しい人生を歩むだろうが、今日のこのできごとを思い出すだけで幸せだ。
予想もしていなかった最後の邂逅は、私のこの決意を、より固くするのだった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

【完結】本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

素直になるのが遅すぎた

gacchi(がっち)
恋愛
王女はいらだっていた。幼馴染の公爵令息シャルルに。婚約者の子爵令嬢ローズマリーを侮辱し続けておきながら、実は大好きだとぬかす大馬鹿に。いい加減にしないと後悔するわよ、そう何度言っただろう。その忠告を聞かなかったことで、シャルルは後悔し続けることになる。

処理中です...