36 / 109
第36話 人類の心臓
しおりを挟むしずくは、急速な駆け足でギルベルトの下で、
戦略の基礎から――
指揮、判断、隊員の配置、予算の振り分け、報告の整理、
作戦行動の指示までを学んだ。
そのすべてが、ただ戦うだけの魔法少女から、
部隊を導くナンバーズへと変わるための本質を教える時間だった。
そして、ギルベルトは静かに告げた。
「――真壁しずく。君には、ナンバーズとして、ある秘密を伝えておく」
「現在、ユナイトアーク障壁によってマガツの進行を防いでいる。
その結界は大量の魔素を消費しており、
それらを生成しているのが――核。
つまり、ユナイトアークには人類の心臓とも呼べる場所が存在する。」
「それが、生命の間だ。
この情報はナンバーズにしか知らされていない。
他言は絶対に許されない」
「そして、それを守る者がいる。
ガレス・アイアンハート――
彼女は他のナンバーズとは少し立ち位置が異なる。」
「ガレスと会って、そこの構造をその目で見ておくべきだ。
それに――君自身も、ナンバーズとしての重さを知る必要がある」
ギルベルトの目が、真っ直ぐにしずくを貫いた。
「それと……彼女は、君の姉――るりの元部隊員でもある。
面識はないかもしれないが、その背中から学べることは多いはずだ」
しずくの胸に、なにかが響いた。
「……はい。分かりました。会いに行ってみます」
しずくは静かに頷き、ギルベルトに一礼した。
外で待っていたカレンと共に、指示された場所へと歩を進める。
道中、カレンが語る。
「しずく、ガレスさんは他のナンバーズとは違う。
彼女の任務は――マガツを倒すことでも、治安維持でもない」
「え……?」
「生命の間を守ること。たったそれだけだ」
二人は静かな廊下を進む。
やがて行き止まりのように見える場所で、カレンは足を止めた。
「あの……カレンさん、ここ……?」
カレンは無言で壁に手をつく。
淡い光が壁面に走り、ブロック状の構造が動き出した。
壁がスライドし、通路が出現する。
「さぁ、入れ。しずく」
深く息を吸い、しずくはその先へと足を踏み入れた。
狭い通路を抜けた先に――
突如として、視界が開ける。
そこに広がっていたのは、
まるで神殿のような、荘厳な大空間だった。
天井は高くそびえ、光の筋が差し込み、
大理石の床には円形の紋章が彫られている。
幾層にも連なる柱と回廊が、静かに聖域の空気を纏っていた。
しずくは息を止めた。
「こんな場所が、ユナイトアークに……」
背後から、静かな声。
「ふっ。私も最初、セレス様に連れてこられたときは、君と同じ顔をしていたよ」
振り向くと、重厚な扉の前に――
ガレス・アイアンハートがいた。
鎧をまとい、戦斧を携え、静かに鎮座している。
カレンが丁寧に頭を下げた。
「ガレスさん、真壁しずくを連れて参りました。
ナンバーズとして、この場所を伝える必要がありますので」
「しずく、この扉の先に、核が存在する。
ガレスさん、もしくはイザベラ様の許可がなければ、
ナンバーズでも入ることはできない。もちろん、リサさんやセラフィナ様ですら、
未だに足を踏み入れたことはないはずずだ。」
その事実に、しずくは言葉を失った。
「ガレスさん、お忙しいところありがとうございました。失礼します」
しずくも頭を下げた――その時。
「待て」
ガレスの声が、空間に凛と響いた。
「真壁しずく。お前には――この中を案内する。ついてこい」
その瞬間――
背後の巨大な扉が、重厚な音を立てて開かれていく。
ギィィ……ン……!
空気を切り裂くような音とともに、ゆっくりと扉が広がっていく。
カレンが息を飲む。
「すまんな、カレン。お前を信用していないというわけではない。
だが、ここは私としずくのふたりで入る」
「……いえ、かしこまりました」
カレンは深く頷き、しずくに目を向けた。
「しずく、私はここで待っているから」
「わ、わかりました……」
「さぁ、行くぞ、しずく」
ガレスの低く、揺るぎない声に促されて。
しずくは、覚悟を胸に、巨大な扉の奥――
人類の未来を揺るがす核への道へと、足を踏み入れた。
「さぁ、行くぞ、しずく」
ガレスの低い掛け声に促され、しずくは覚悟を胸に、
その巨大な扉の奥へと足を踏み入れた。
コツ、コツ――。
ふたりの足音が、静かな回廊に響く。
壁には鋼鉄のプレートが幾層にも重なり、
脈打つように光る魔素灯が、淡い灯を落としていた。
足元を照らす光が、影を揺らす。古びた文字が浮かび上がり、
まるで何かを囁いているようだった。
「……あの、ガレスさんって、お姉ちゃ、――るりさんの隊にいたんですか?」
しずくは小さな声で問いかける。
ガレスは立ち止まらず、淡々とした声で答えた。
「ああ。私は、るりさんの部隊にいた」
その響きは、どこか遠い記憶をなぞるようだった。
「るりさんは……完璧な人だった。
人を助け、戦えば無敵で、誰からも信頼されていた。
まさに、人類の希望と呼ぶに相応しい人だった」
静かな回廊に、ガレスの言葉が穏やかに広がっていく。
「初めての実戦で、私は別部隊に所属していてな。
作戦ミスで、命を落としかけたんだ。
その時、るりさんが現れて、私を救ってくれたんだ」
しずくは黙って聞いていた。
「その時、決めた。――この人のために、命を懸けようと。
彼女の部隊に志願して、戦うことを誇りに思っていた」
やがて、遠くに淡い蒼白の光を放つ金属の扉が見えてきた。
しずくは小さく息を飲む。
「……すごい人だったんですね、お姉ちゃんは」
ガレスは一瞬だけ立ち止まり、深く息を吸う。
「ある日、るりさんから告げられた。
それがこの“核”のことだ。
“この場所――核を守ってほしいと。私が帰るまで、絶対に、と。」
しずくの心が、ふっと熱くなる。
「それって、すごく信頼されてたってことですよね……」
ガレスは、静かに頷いた。
「嬉しかったよ。るりさんに任されたことが。
秘密を共有する、それだけで十分だった。
私は、この任務を絶対に全うしようと誓ったんだ。」
そして――彼女の声が、僅かに沈んだ。
「だが……るりさんは、帰ってこなかった」
しずくの喉が詰まる。
「任務中のトラブル、そう報告を受けた。
信じられなかった。あれほど強かった人が……そんな簡単に――」
静けさが、回廊に満ちる。
「私は抗議した。だが、返ってきたのは任務上のトラブルという一言だけだった。
その日から、私はこの扉の前に立ち続けている。
るりさんの代わりに、彼女の願いを守るためにな」
その言葉とともに、巨大な扉がゆっくりと開いていく。
ギィイィ……ン……ッ。
重厚な音が空間を震わせ、封印されていた空間がその姿を現した。
そこにあったのは、想像を遥かに超える広さの核格納区。
天井はドーム状に高くそびえ、床には精密な幾何学模様が刻まれ、
青白い光が魔素の脈動とともに流れていた。
空気が振動し、まるで生きているかのように魔力が満ちている。
「これが……」
しずくは息を呑み、静かに呟いた。
「これが、人類の心臓――ユナイトアーク障壁を維持するための核だ」
ガレスが、静かに告げる。
「もしこれが失われれば、マガツは障壁を突破する。
人類に、もう防衛線は残っていない。
だから、誰であろうとも……たとえ一歩でも、この地には踏み込ませない。
ここは、人類の最後の砦だ」
しずくは、床の光を見下ろしながら震える声で訊いた。
「でも……なぜ、こんな場所に私なんかを……?」
ガレスは腕を組んだまま、前を見つめて答えた。
「正直に言えば、私にも分からない。
もちろん、るりさんの妹というのもある。
だが……君には、何かがある。言葉にはできないが、
目の奥に光が見えた。守る意思があった。
それだけで、理由としては充分だ」
そして、微かに笑みを浮かべる。
「さ――昔話はこれくらいでいいか。戻ろう」
「はい……」
少しの間があって、しずくが小さく口を開く。
「……あの、ガレスさんも……もう自由になってもいいと思います」
「ん?」
ガレスはわずかに首を傾げた。
しずくは、そっと微笑む。
「お姉ちゃんも、きっと、そう思ってると思うから」
その言葉に、ガレスの口元がほころんだ。
「……るりさんに、そっくりだな」
二人の影が、静かに回廊へと戻っていく。
足音はエネルギーの波動に吸い込まれ、やがてその音も消えた。
背後で、扉が再びゆっくりと閉じていく。
こうして――しずくとガレスは、
言葉少なにカレンの待つ場所へと戻っていった。
だが今はただ、
しずくの胸に灯った、小さな決意だけが。
確かに、確かに燃えていた。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです
天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。
その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。
元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。
代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ
takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。
遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。
人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。
人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。
吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。
======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは……
======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
魔力食いの令嬢は魔力過多の公爵に執着される
三園 七詩
恋愛
この国は魔力がある世界、平民から貴族まで誰もが魔力を持って生まれる。
生活にも魔法はが使われていた。
特に貴族は魔力量が多かった。
単純に魔力が高いと戦力になる、戦場で功績をあげれば爵位が上がる。
こうして魔力量を維持して地位を維持していた。
そんな国で魔力量の少ない娘が生まれた。
しかし彼女は人の魔力を吸う力があった。
魔王と呼ばれた勇者、或いは勇者と呼ばれた魔王 〜最強の魔剣で自由に生きる! 金も女も、国さえも思いのまま!! …でも何かが違うみたいです
ちありや
ファンタジー
クラスメートからのイジメが元で死んでしまった主人公は、その報われぬ魂を見かねた女神によって掬い上げられ異世界で転生する。
女神から授けられた不思議な剣を持つことで、彼はあらゆる敵に打ち勝ちあらゆる難問を解き明かし、あらゆる女性を虜にする力を手に入れる。
無敵の力を手に入れた男が次に望む物は果たして…?
不定期連載(7〜10日間隔で出していく予定)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる