白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

文字の大きさ
42 / 109

第42話 首の穴

しおりを挟む


朝――



薄明かりが差し込む廊下を、

しずくは駆けていた。


胸の奥が、ざわめく。


誰かが、


何かが――


取り返しのつかないかたちで失われた気がして。


(まさか、そんな……)


早朝、施設内で見つかったという焼死体。


その一報を耳にした瞬間、


しずくの心臓は嫌な予感で跳ね上がった。


足音だけが、静まり返った廊下に響いていた。


言葉より先に、手が扉を叩く。


重たく開いたその向こう――


そこにいたのは、


静かに紅茶を口に運ぶミラ・ヴェイルの姿だった。


「……来たのね」


ミラの声は、
まるで予期していたかのように落ち着いていた。


しずくは荒い息を整えながら、
震える声で言った。


「今朝の――あの焼死体って……もしかして……」


ミラは、ただ静かに頷いた。


「……そうよ。ヘーゲルよ」


その瞬間、


しずくの背中に、冷たいものが走った――



「ミラさん! 本当に――殺すなんて!!」


涙交じりに言葉が飛ぶ。


「どうして、どうしてそんなことを……」


彼女は一歩、ミラへと近づいた。


なんとか理解しようと、叫びたかった。


その瞬間――


ミラの横に、ひとりのメイドが姿を現した。


表情は――警戒の色をたたえていた。


「シズ、大丈夫よ」


ミラが静かに言うと、


姿を現していたメイド――

シズは一歩、影へと下がった。


「たしかに、ヘーゲルを燃やしたのは私」


「……じゃあ、本当に……!」


しずくの言葉は震え、途切れた。


けれど――


ミラはわずかに視線を逸らしながら、


淡々と続けた。


「でも、私が火を放った時には、
もう彼は……死んでいたの」


「……えっ……?」


しずくの呼吸が止まる。


瞬間、部屋の空気が張り詰めたように感じた。


ミラの瞳が、ゆっくりと暗い光を帯びる。


「話しておくわ。あの夜、何が起きたのかを。」





――昨夜






しずくが暗闇の廊下に消えていくのを見送った後、


ミラは無言のまま振り返り、鋭く言い放った。


「――早く動きなさい」


その声に、ヘーゲルは肩を跳ねさせた。


「はぁ、はぁ……無茶言うな……!」


息を乱しながら、壁にもたれるようにして進もうとする。


「誰のせいだ、誰の……」


その声が、うっすらと震えていた。


扉の向こうから、静かな足音が近づいてくる。


黒のメイド服を身に纏ったシズが、姿を現した。


「ミラ様、イザベラ様に報告いたしました。

どうやら、ユナイトアーク内でも何かがあったと気付かれたようです。

警備がすぐに巡回を開始します。

怪しまれないうちに早急に身を隠す必要があります」


その声には、淡い焦りが混じっていた。


ミラは小さく舌打ちする。


横で控えるアメリーが、


「ミラ様、どうしますか?」


と声を掛ける。


ミラは数秒だけ、無言で考えた。


そして冷ややかに言った。


「――その先の、隠し部屋へ。

まずはこいつをそこに隠して、私たちは一旦部屋に戻るわ」


シズ、アメリーが即座に応じる。


「はっ!」

廊下の奥。


壁際に立つシズが右手の人差し指でタイルを探るように触った。


カチリ、と小さな音。


タイルが外れ、 

内側に隠されたボタンが露出する。


彼女がそのボタンを押すと、


壁面がゆっくりとスライドし、


隠し扉が現れた。


アメリーが、荒々しくヘーゲルを部屋へと蹴り入れた。


「いい? 死にたくなかったら、ここで息を殺して待っていなさい!

すぐに戻るから」


ミラの声が冷たく響く。


「シズ、アメリー、戻るわよ」


ミラの指示に、
二人のメイドが静かに動き出した。


しかし、ヘーゲル卿の声が響いた。


「――ま、待て!」


「なによ! こんなときに!」


ミラが咄嗟に振り返る。


「マガツを――お前らが思っているような化物だと、思うな!」


ヘーゲルの顔には、憤りと恐怖が交錯している。


ミラは一瞬、言葉を失った。


「いいか、マガツをただの化物だと思うな!

 敵を、勘違いするな!」


その声は低く、


だが確実にビリビリと膜を震わせた。


ミラの目が、暗く鋭く光る。


「すぐ戻るから――その話聞かせなさい!!」


扉の軋む音。


ヘーゲル卿を残し、三人は廊下へ出た。


足音を立てぬように、暗い廊下を進む。


真夜中――


冷たい空気が、肌に触れた。


ミラの部屋へ戻る途中も、


誰一人言葉を発することはなかった。



やがて、無言のまま部屋に戻ると、

シズが扉を閉じ、内鍵をかける。


その直後だった。


廊下の奥から、突如として駆ける足音が――


「――コンコンッ」


鋭く、しかし控えめなノック音が響いた。


「失礼します」


夜の静寂を裂くように、声が低く届いた。


扉の前に立っていたのは、

巡回警備のエクリプス隊員だった。


「ミラ様、先ほど警備網の一部に異常な反応がありました。


付近を巡回しておりますが――何か変わったことはありませんでしたか?」


言葉にはらはらとした緊張が滲み出ていた。


シズが即座に反応する。


「そんなくだらないことで、ミラ様のお休み時間を邪魔するなんて――」


彼女の口調は冷たく、隊員はたじろいだ。


ミラが静かに答える。


「……えぇ、特に何もないわよ」


その声に、わずかな苛立ちが混じっていた。


隊員は深く頭を下げて、急いで去っていった。


ミラはひと息ついた――

冷たい空気が喉を通り抜ける。


「行くわよ」


シズとアメリーが、暗がりに溶け込むように、

ミラのあとを追う。


再びあの場所へ戻り、


シズが壁の一角に手を当てる。


指先が迷いなくタイルの隙間をなぞり、


ある一点を押し込む。


微かな音とともに、隠し扉が再び静かに開く。


――その瞬間。


中の空気が、


あり得ないほど、冷たく、よどんでいた。


扉を開けたシズの瞳が揺れる。


「……ミ、ミラ様……」


そのか細い声に、ミラは何かを察した。


「どきなさい!」


半ばシズを押しのけるようにして前に出る。


狭い部屋の中。


そこには――


椅子に腰かけたまま、

動かぬヘーゲルの姿があった。


ミラはゆっくりと歩み寄り、

死体の前にしゃがみこむ。


顎を持ち上げる。


冷たくなった顔が露わになる。


「首元に……小さな、穴……」


ぽつりと呟いた。


争った形跡も、暴れた跡も――


何ひとつなかった。


まるで、


ただ静かに処理されたような死だった。


シズとアメリーが背後で顔を強張らせる。


恐怖が入り混じったような表情。


そのときだった。


ミラの背後に伸びた影が、


ゆらり、と揺れた。


静かな灯の下で、


その影は次第に形を変え、

まるで巨大な獣のように歪んでいく。


「……ミ、ミラ様……」


アメリーが震える声で呼ぶ。



だが、ミラは止まらない。


「……くそッ!!」


部屋に怒号が響いた。


拳を固く握りしめ、

ミラは床を踏みつけるように一歩踏み出す。



「どこの誰よ……こんな、バカにしたような殺し方……っ!」



「……明らかに私たちを、挑発している……!」


歯を食いしばり、


息を荒げるミラ。



普段のミラなら決して見せない取り乱し方。



アメリーが本能的に一歩引いた。



「……ッ……ふざけんじゃないわよ……っ……!」


震える息。


怒りで涙こそ流さないが、声がかすれる。


しばしの沈黙のあと――


「……失礼、取り乱したわ。」


低く、しかしまだ怒気を含んだ声。


「い、いえ……」


シズとアメリーは背筋を伸ばし、

気圧されながら返す。


「……こうなってしまっては、もう仕方ないわ」


ミラは冷たく言い放つ。


「身元が割れる前に、正体を消すしかない。
――燃やして、処分するわ」


「かしこまりました」


シズとアメリーが一礼し、

死体を丁寧に運び出していく。


残されたミラは、


ひとり、静かにその場に立ち尽くした。


微かに震えるその手が、


拳を固く握りしめる。


「……覚えてなさい」


「絶対に……殺してやるんだから」


暗がりの中、


ミラの瞳が赤く、静かに光っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ

takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。 遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。 人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。 人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。 吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。 ======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは…… ======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

婚約破棄された芋女ですが、北で砂糖を作ったら王国が甘くなりました

ふわふわ
恋愛
「芋女に王妃の座は似合わぬ」 王都の舞踏会でそう告げられ、婚約破棄された公爵令嬢シュガー・ビート。 甘味は南国からの超高級輸入品。蜂蜜も高価。生乳は腐り、硬いパンしかない世界。 王都で“スイーツの出せるカフェ”など不可能――それが常識だった。 傷心のまま北の領地へ戻った彼女は、そこで気づく。 寒冷で乾燥した気候。天然冷蔵庫のような環境。 そして、てんさいという「甘くなる根菜」の可能性。 転生前の化学知識を武器に、てんさい糖の精製に挑むシュガー。 やがて白砂糖の製造に成功し、さらに自作の膨張剤で“ふわふわのパンケーキ”を生み出す。 硬いパンしかなかった世界に、ふわふわ革命。 安価で安定供給できる北糖は王国経済を塗り替え、 かつて彼女を追放した王都は、今やその甘味なしでは立ち行かなくなる。 「王妃にはなりませんわ。私は甘味の設計者ですもの」 王冠よりも自由を選び、 “北のお菓子の国”を築き上げた令嬢の、爽快経済ざまぁ恋愛譚。 甘さは、諦めなかった者の味。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

処理中です...