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第44話 セラフィナ・クレスト
しおりを挟む「え、デ、デート――!?」
しずくの声が、少し甲高く跳ねた。
顔の血色が一気に変わる。
「そ、それは……異性の方とするわけであって、わた、わたしたちみたいな……」
口ごもり、体が少し前へ出る。
全身から慌てが溢れていた。
セラフィナはにこっと微笑んだ。
その笑みは暖かく、
そしてどこか遠くを見ているようだった。
「しずくさんがナンバーズになって、まだ私たちはそんなに関係が深くありません。
これから命を懸ける仲間として、あなたをより知っておきたいのです。
一緒にお出かけしていただけませんか?」
その言葉には、誘惑でもなく、依頼でもなく――
確かな意志が宿っていた。
「も、もちろんです!」
しずくは思わず頭を下げた。
「では、行きましょうか」
セラフィナが柔らかく声をかける。
――その後、二人は建物を出て、
街角を歩いた。
やがて、ひときわ静かな場所にたどり着く。
「ここは――?」
しずくが小声で尋ねる。
「孤児院です」
セラフィナの声が優しく響いた。
「マガツによって親を亡くした子どもたちを、
ここで育てています」
門を抜けると、
庭では無邪気に飛び跳ねる子供たちの姿。
笑い声と足音が、小さく弾む。
外に立つシスターが、セラフィナに気づき、
深くお辞儀をした。
「セラフィナ様、おかえりなさい」
その静かな挨拶に、風が頬を撫でた。
門の前で立ち止まったセラフィナが、
ふと手を振った。
その小さな仕草に、
庭ではしゃいでいた子供たちが
ぱっとこちらを振り向く。
「セラフィナ様だー!」
小さな足音が一斉に駆け寄り、歓声が広がった。
子供たちはまるで光に向かうように笑顔で集まり、
その中心にセラフィナが自然と囲まれていく。
「今日は一緒にご飯、食べてくれるんですか?」
「絵本読んでください!」
「この前の続きが気になるの!」
矢継ぎ早に声を上げる子供たちに、
セラフィナはひとりひとりの顔を見ながら微笑んだ。
「またあとで来ますから」
そう優しく返すと、
子供たちは嬉しそうに顔を見合わせた。
「ぜったい来てくださいね!」
「うん、約束よ」
セラフィナの笑顔に、
子供たちは満足そうにうなずき、
再び庭へと走り出していく。
賑やかな笑い声が、風に乗って広がった。
そのとき、修道服を纏った年配のシスターが駆け寄ってきた。
「セラフィナ様……」
「何かありましたか?」
セラフィナが穏やかに問いかけると、
シスターは言いにくそうに口を開いた。
「……実は、少々、食料の備蓄が……」
「そうですか」
セラフィナは微笑み、静かに頷いた。
「あとで送るように手配しておきますわ。
心配なさらずに」
その言葉に、シスターは胸を撫でおろすように深く頭を下げた。
「本当に、いつもありがとうございます……セラフィナ様」
「いえ、こちらこそ。日々のお世話、感謝しています」
静かに交わされるその会話を、
しずくは黙って見ていた。
どこまでも自然で、偽りのない優しさ。
心の奥が、ふと温かくなる。
そこから二人は町並みを静かに歩いた。
「セラフィナ様のおかげで、腰がすっかり良くなりましたわ」
杖をついた小柄なおばあさんが、
にこやかに言った。
「本当に、感謝しております」
セラフィナは優しく微笑み、手を軽く上げて応えた。
「良かったです。どうかご無理なさらず、ゆっくりお過ごしくださいね」
その様子を、しずくはじっと見つめた。
町の人に慕われ、信頼される№1。
改めて――
セラフィナの大きさを胸に刻んだ。
「しずくさん」
セラフィナが静かに呼ぶ。
「はい」
しずくは返事をし、少しだけ背筋を伸ばした。
「私は、この幸せな生活が好きです。
みんなが笑い、平和なこの世界を愛しています」
町の灯りが、彼女の声に揺れた。
「私は、№1として平和の象徴であり続けなければいけません。
しずくさん、これからも協力をよろしくお願いいたします」
「…はい、お願いします!」
しずくは顔を赤らめながら、力強く言った。
セラフィナは微笑を崩さず続ける。
「しずくさんは、入隊から様々な困難を乗り越えてきました。
それは――しずくさんの努力の賜物でしょう」
しずくは少し照れたように俯き、
すぐに顔を上げた。
「ありがとうございます」
「それに、あの涯骸との戦闘でも、
カレンを守りながら戦った。
あれは誰にでもできることではありません。
あのリサやライラですら手こずった相手ですからね」
「……はい」
しずくは嬉しそうに微笑む。
「でも、私が戦えたのは――セラフィナさんのお陰なんです。
セラフィナさんにこの“目の能力”を開花させていただきましたから」
そう言い、髪をかき上げて目を見せる。
「涯骸との戦闘の時、
魔素の流れみたいなのが見えるようになって……
相手の動く先が、少し見えるんです」
しずくが言った瞬間――
ほんの一瞬だけ。
セラフィナの“目が開いた”。
白銀のまつげの奥、
赤い瞳がわずかに光った。
「――それは、本当に良かった」
セラフィナは女神のように微笑む。
「しずくさんには才能があると思っておりましたから。
あの、瑠璃さんの妹さんですもの」
しずくは少し躊躇い――
しかし、意を決して尋ねた。
「――あの、瑠璃お姉ちゃんとは、どんな関係だったんですか?」
しずくの声は震えていたが、
瞳には深い興味と憧れが宿っていた。
セラフィナはしばらく遠くを見つめた。
「私が魔法少女として入隊し、まだ右も左も分からない頃。
すぐに頭角を現したのが、瑠璃でした」
口元に、静かな微笑。
「戦闘、指揮、何から何まで――本当に完璧でした。
私じゃ、とても太刀打ちできませんでしたわ」
しずくは息を飲んだ。
「そして、私たちは互いに切磋琢磨し、
時には背中を預けあいながら、マガツとの死闘も幾度となく――」
セラフィナは少し声を落とす。
「私は№2に。瑠璃は№1となったわ。
彼女は――わたしの憧れでした」
しずくの胸が、ぎゅっと締めつけられる。
そして――
「ただ……本当のことを、しずくさんにだけ伝えておきたい。
るりは任務中の事故死ということになっているけれど、実は違うのよ」
しずくは、息を吞んだ。
セラフィナは静かに語り始める。
「任務内容は危険度Sのマガツ支配領域への極秘偵察。 旧時代の原子力施設でマガツが確認され、人類圏への影響を懸念して、私と瑠璃
少数の魔法少女で潜入したの」
淡々とした声の奥から、
深い傷が滲む。
「だけど、原子炉内で――今までに観測されない“異質な個体”と接触。魔素と放射線の融合による異常進化体だった。
すぐに退避命令が出た。でも、私は負傷し遅れた。そのとき、瑠璃が私を庇ったの」
しずくの胸が痛む。
「暴走する原子炉と、マガツの暴発に巻き込まれ――大規模な魔素爆発。
施設は崩壊し、助かったのは私だけ」
静寂が落ちた。
「瑠璃《るり》の遺体は見つからなかった。
痕跡すら残らなかった。
公式には消息不明、事実上の死亡。」
セラフィナの声が震えないのが、逆に痛い。
「私は長い間、心を閉ざしていた。
守れなかった自分を責め続けていた。
この任務は最高機密。誰にも語られないまま消えたわ。」
そして――
「だからこそ、私は瑠璃《るり》の代わりとして
“人類の象徴”、 №1 であり続けなければいけないの。」
その強さが、しずくの胸に深く染みた。
「しずくさん――これから、あなたと共に戦いたい。あなたとなら」
しずくは深く頷く。
「はい、セラフィナさん。これからもよろしくお願いします……」
静かな決意が、二人の間に灯った。
――そして、二人はユナイトアークへ戻った。
白い通路を歩くと――
廊下の角から、一人の女性が現れた。
銀色の髪。
軍服。
蒼い瞳。
――クラウディア・フォン・ノルデン。
「セラフィナ様、いったいどこへ……」
言いかけたその視線が、しずくに向く。
次の瞬間、目が鋭く光った。
「……白封筒。なんでおまえがセラフィナ様と一緒にいる!」
空気が張り詰めた。
しずくは肩をすくめる。
だが――
「クラウディア、いい加減にしなさい」
静かで、しかし揺るぎない声。
セラフィナが一歩前に出る。
「しずくさんは立派な仲間です。
根拠のない罵倒は――許しませんよ」
静かに、重く。
クラウディアは息を詰め、ふるりと頭を下げた。
「……申し訳ございません、セラフィナ様」
緊張がほどける。
「皆で、仲良くやっていきましょうね」
セラフィナが微笑むと、
クラウディアの肩の力が抜けた。
しかし――
「そ、それで……セラフィナ様。真壁しずくとは、どこへ……?」
装った厳しさの下には、
どうしようもなく溢れる本音の焦り。
セラフィナは一拍置いて――微笑んだ。
「――デートです」
空気が止まった。
「デ、デート……っ!?」
クラウディアの声が裏返る。
しずくは口を開けたまま固まる。
「しずくさん、今日はありがとうございました。
あなたのことを知れて、本当にうれしかったです。……また、行きましょうね」
「は、はいっ……ありがとうございました……!」
しずくは真っ赤になって頭を下げた。
セラフィナは満足そうに歩き出す。
白い法衣が揺れる。
その隣を、クラウディアが慌てて追う。
「セ、セラフィナ様!
なぜあいつと……っ!
わ、わたくしだって……!
お誘いいただければ、いつでも――!」
必死の声。
セラフィナはただ穏やかに微笑むだけだった。
夕暮れの廊下に、二人の足音が遠ざかる。
しずくはその背中を見送り――
胸の奥で静かに思う。
セラフィナ・クレストという人物こそが、
人類の象徴であり――確かな希望なのだと。
数時間後―
夜の管理局は、
光と影が交錯する静寂に包まれていた。
青白いモニターの光が、
無数のデータ行を映し出しながら部屋全体に冷たく散らばっている。
扉が静かに開き、イザベラ・クロムウェルが息を切らしながら入室した。
片手には小さなUSBメモリを握りしめている。
それを一瞬だけ見つめ――
彼女は深く息を吸い、ひとつ頷いた。
そして、慣れた動作でパソコンのUSBポートに差し込む。
画面が一瞬、読み込みの光を放った。
その直後――あるファイルが開かれた。
その瞬間、イザベラの瞳がわずかに見開かれた。
「……これは……」
その言葉に続き、
数秒の沈黙が空気を引き裂いた。
彼女の手が一瞬だけ止まり、胸が高鳴る。
指が震えていることに、
彼女自身も気づいていた。
その時、背後で物音がした。
金属がわずかに軋んだような音。
呼吸が止まる。
イザベラは椅子から立ち上がり、
ゆっくりと振り返った。
その視線の先に、誰かの影があった。
「……まさか、あなただったのね」
冷たく、確信的なその声が、
夜の闇を切り裂いた。
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