45 / 109
第45話 朱に染まる朝
しおりを挟むしずくは、白光隊といつも通りに訓練を行っていた。
朝日の差し込む訓練場、身体が軽く跳ね、
整った動作が繰り返される。
それは――「いつも通りの日常」であった。
しかし、その日常は――確実に、崩れ始めていた。
「しずく様!!」
背後から、鋭い声が飛んだ。
振り返ると、
アンナが真っ直ぐに駆け寄っている。
その顔には焦燥と――言い知れぬ恐怖の色。
息を整える間もなく、アンナは何かをしずくに耳打ちした。
言葉にならない衝撃が、
しずくの心に直接叩きつけられる。
隣にいたカレンの顔色も、目に見えて変わった。
空気がひやりと冷え、
訓練場にあったはずの日常が
音もなく崩れていくのをしずくは感じた。
(まさか……そんな、まさか……)
しずくの内心が、声をあげずに叫んだ。
そして、足が自然と動いた――
走り出した。
向かった先は――イザベラの部屋だった。
扉の前には、いつもより多くの人影が集まっていた。
「ちょっと! どいてください!!」
声が割れ、人の壁が押し広げられる。
しずくは人混みをかき分け、
その中心へと突き進んだ。
そして――目の前に広がった光景に、
思わず息を呑んだ。
赤い。鮮やかな、あまりにも生々しい赤。
その中央に――
イザベラが、血まみれで倒れていた。
白い肌に、血が滲んでいた。
その姿は、無言の悲鳴のように
――訓練場から続いた「いつも通りの朝」に、
断絶を突きつけていた。
「イザベラッ!」
リサの声が飛んだ。
彼女は必死にイザベラを抱きかかえ、
何度も必死に呼びかけていた。
「エレナッ、早くしろ!」
リサの声が震えた。
「わかってる!」
エレナが低く返し、手を振ると、
他の魔法少女たちが一斉に術式を展開した。
そのうちの一人――顔を青ざめさせた少女が、
イザベラの顔を見つめ、息を呑んだ。
「これは……」
言葉が途切れ、視線が虚ろになる。
「エレナ様、これは……もう……」
その言葉を、リサが鋭く遮った。
「うるさい! マルセラが来るまで、続けろ!」
リサが命じ、額に手をあてたまま、
必死に治療を続ける。
部屋の端で、ギルベルトが、何かを察したように帽子を深く被り直した。
その仕草に、祈るような緊張が混ざる。
そして、静かに、だが確信をもって宣言した。
「ユナイトアークの警戒レベルを最大に引き上げろ! 緊急事態だ!」
その声が、廊下に重く響いた。
「私が警備網を書き換える!」
「現場にナンバーズおよび幹部以外、立ち入りを禁止しろ!
「はっ!」
部下たちが即座に応じた。
ギルベルトは部下を引き連れ、部屋を出て行った。
しずくは右目を細め、魔素の反応を探るためゆっくり視線を動かした。
だが、確認できるはずの魔素反応が――何も映っていなかった。
口元が震え、胸が凍りついた。
「イザベラッ、しっかりしろッ!」
リサの叫びが、焦りと絶望を含んで響いた。
「もう、無駄よ。」
誰かが、静かに呟いた。
扉が開き――長い廊下の暗がり。
その先から、一人の影がゆっくりと現れた。
白衣を優雅に纏い、すらりと長い脚を一歩前に出した。
その姿は――マルセラ・クルスだった。
「……マルセラ……」
リサが呟いた。
マルセラは冷ややかに微笑んだ。
「もう……死んでるわ」
その言葉は、現実の刃のように、
部屋にいた全員の胸に深く突き刺さった。
「くそっ!」
リサが拳を床に叩きつけた。
その瞬間、扉が開き、ミラがシズ、アメリーを伴って入ってきた。
三人の足取りは揃って静かだったが、
彼女は速度を緩めず、
イザベラの倒れた位置に目を向けた。
ミラの表情には怒りと緊張が共存していた。
その次に部屋に入ってきたのは――
セラフィナ・クレスト。
その隣には、エリス。そしてクラウディア。
三人ともが、イザベラの倒れた姿を見て、
息を飲むように立ち止まった。
「こ、これは……」
エリスの声が震えた。
「イザベラ様……。」
セラフィナは静かに周囲を見渡し、
近くにいたエクリプス隊員に声をかけた。
「いったい、何があったんですか?」
エクリプスの隊員は肩を震わせながら説明を始めた。
「私が、夜巡回に来たときは……異状はありませんでした。
イザベラ様がどこかに出かけられたのも、確認しております。
その後、朝の巡回で――
いつも部屋から出られる時間になっても出てこられませんでしたので、
おかしいと思い、部屋をノックしました。
ですが、返事がなく……その時、リサ様がいらしたので状況を説明し、
部屋に入ったところ、このような状態に……」
セラフィナはその説明を聞きながら、静かに短く言った。
「……計画的な犯行ですね」
リサが怒声を吐いた。
「イザベラが、やられたんだぞ。普通の相手じゃない!」
エリスもまた、憤りと冷静さを混ぜて言葉を続けた。
「たしかに、イザベラさんも優秀な魔法少女だったと聞いておりますし
――相当な相手でしょう」
クラウディアが一歩前に出て、セラフィナの横に寄る。
その声は低く、しかし確かな指示力を帯びていた。
「セラフィナ様、ギルベルトからの報告です。
ユナイトアーク及び関連施設の出入口を、すべて封鎖したとのことです。
外部の人間をすべて調べ上げる――という指示です」
彼女の言葉に、場内の緊張が一段と高まる。
セラフィナは少し頷き、静かに応じた。
「さすがギルベルトさん。対応が早いですね」
その声には、感嘆の響きとともに、陰りも含まれていた。
だが、それと同時にリサが強く声を張り上げる。
「外部の人間だけじゃダメだ!
これは内部の仕業に決まっている!
じゃなきゃ、イザベラが油断してこういう目に遭うわけが――!」
マルセラはイザベラの亡骸にひざをつき、
白衣の袖を丁寧にまくり上げると、静かに手を添えた。
その手つきは冷静で、どこか儀式めいていた。
首元に触れた瞬間、
彼女の口元がかすかに歪んだ。
「首に……一太刀。即死ね」
周囲がざわつく中、マルセラは静かに言葉を継ぐ。
「驚いたわ。イザベラ相手にこんなことを……」
「そうね……ナンバーズくらいの能力が無いとできない芸当ね」
ゆっくりと立ち上がったマルセラが、
鋭い眼差しを周囲に向ける。
その冷たい視線が――ナンバーズたちを、ひとりひとり舐めるように見渡した。
空気が、一瞬で張り詰める。
まるで、誰もが疑われているかのように――。
リサが拳を握り直し、声を震わせる。
「そうだ、その可能性がある! 全員を調べるべきだ!」
セラフィナは静かに、しかし確固たる声で応えた。
「おっしゃる通りです。
私たちのリーダーであるイザベラ様を、このような目に遭わせた者には、
然るべき罪を償っていただきます。
絶対に、逃してはいけません!」
その場にいる全員が、静かに、
そして確かに――誓っていた。
「逃してはならない」その言葉の重さが、
胸に突き刺さるようだった。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです
天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。
その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。
元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。
代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ
takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。
遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。
人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。
人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。
吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。
======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは……
======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
魔王と呼ばれた勇者、或いは勇者と呼ばれた魔王 〜最強の魔剣で自由に生きる! 金も女も、国さえも思いのまま!! …でも何かが違うみたいです
ちありや
ファンタジー
クラスメートからのイジメが元で死んでしまった主人公は、その報われぬ魂を見かねた女神によって掬い上げられ異世界で転生する。
女神から授けられた不思議な剣を持つことで、彼はあらゆる敵に打ち勝ちあらゆる難問を解き明かし、あらゆる女性を虜にする力を手に入れる。
無敵の力を手に入れた男が次に望む物は果たして…?
不定期連載(7〜10日間隔で出していく予定)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる