55 / 109
第55話 蒼炎の終着点
しおりを挟む仲間たちの気配が完全に途絶える。
沈黙。空間には、
ライラと――三体の涯骸のみが残された。
「ふぅー……」
深く息を吐いたライラは、
口の中に広がった血の味を吐き捨てるように、
床へ唾を飛ばす。
「さて、と。始めようか、ガラス細工ども」
拳を合わせる音が乾いた空気に響いた。
ライラの挑戦に応じるかのように、
三体の涯骸《ガカイ》が無言で首を傾げる。
顔のない頭部が、無音で角度を変えた。
まるで獲物を値踏みするかのような、生理的嫌悪を催す仕草。
ヒュンッ――
「っ!?」
視界が一瞬、軋む。
次の瞬間、黒い影が空間を裂き、
ライラの目前に――それは現れたのではない。すでにいた。
「らぁッ!!」
反射で繰り出した右拳が、空を切る。
手応えはない。拳はするりと、液体のような動きで敵に避けられた。
――速い。反応が、視線が追いつかない。
視線が追い付いたときには、すでに脇腹を抉られていた。
「がっ……!?」
熱い。
焼けた鉄棒を突っ込まれたような、灼熱の痛みが腹を走る。
鮮血が舞い、視界が赤に染まった。
背後からもう一体が飛ぶ。飛翔音もない。
ドゴォッ!!
跳ね上がるような踵落としが、ガードごと彼女の腕を粉砕する。
反動で身体が壁へと吹き飛ばされ、コンクリートに激突。
「かはッ……、ごほッ……!」
地に落ちる。肺が潰れ、呼吸が乱れる。
血が喉を逆流し、視界がぶれる。
静かに、怪物たちが地面に着地した。
その表面には血の一滴も付着していない。
ガラス細工のように透明で、
逆に不気味なほどに美しい殺意を備えた工芸品。
(速ぇ……気持ち悪ぃ動きしやがって……)
ふらつく足に力を込め、ライラは立ち上がった。
顔は腫れ上がり、片目が潰れている。
逃げ場はない。
三体の涯骸が、じわじわと包囲を狭めてくる。
その中の一体が、突如跳躍した。
その腕は剣状に変形し、
首筋を刎ねようと一直線に突き刺さる。
しかし――
「ナメんじゃ……ねぇぞッ!!」
掌が刃を鷲掴みにする音が響いた。
肉が裂け、骨に食い込む感触。
それでも握って離さない。
己の血で滑るのを防ぐため、あえて傷口を開くように力を込めた。
「捕まえたぜ……!」
にやりと笑う。顔中、血まみれ。歯の隙間から血が滲んでいる。
「チョロチョロと……うっとうしいんだよぉッ!!」
引き寄せると同時に、右拳を振りかぶる。
その拳に宿るは、蒼を超えた白熱の火拳――焼き尽くすための熱量。
「断罪烈拳!!」
「オラアアアアアアアッ!!!」
ドゴォォォォォンッ!!!
右拳が涯骸の胸をぶち抜いた。
炎を伴う衝撃で、内側から怪物の肉体が沸騰。
そして――
パァァァン!!!
内側から爆裂するように、ガラスの身体が四散した。
その余波にライラ自身も吹き飛ばされ、背中から地面を転がる。
破片が肌に刺さり、熱傷が肉を焼いた。
それでも。
彼女は仰向けのまま、焦げた拳を突き上げていた。
黒く炭化したその手は、なおも戦意を宿している。
「へっ……ざまぁみろ……」
ぐらりと体を起こす。足元はふらついているが、
目だけは死んでいない。
視線の先には、残り二体の涯骸――
その足元には、無様な残骸が転がっていた。
もう一度、拳を構える。
震える両足に言い聞かせるように。
噛みしめる唇に、笑みが浮かんだ。
「……まずは、一匹」
残った二体の涯骸が、警戒するように距離を取る。
仲間が一撃で溶かされたのを見て、学習したのだ。
(賢いねぇ……。でも、ビビってるのがバレバレだぜ)
ライラは強気に笑ってみせるが、視界はぐらついている。
魔力は残りわずか。
次の一撃、それが外れれば終わりだ。
「来いよ……。まとめて相手してやる」
ライラが手招きする。
その挑発に乗るように、二体が同時に動いた。
左右からの同時攻撃。
だが、今度は直線的ではない。
壁を蹴り、天井を走り、複雑な軌道を描いてライラを幻惑する。
(速い……目が追いつかねぇ!)
右か、左か、上か。
ザシュッ!
背後からの一撃。
肩口を切り裂かれる。
「ぐっ……!」
振り返る隙を与えず、正面からもう一体が迫る。
ドゴォッ!!
鳩尾に強烈な蹴りが入り、ライラは後方へ吹き飛ばされた。
受け身を取ろうとするが、体が言うことを聞かない。
無様に地面を転がるライラ。
そこへ、二体が容赦なく追撃を仕掛ける。
硝子の刃が、倒れたライラの心臓めがけて振り下ろされる。
(あ、死――)
死の恐怖が脳裏をよぎる。
だが、それ以上に。
自分の吐いた大口が、心臓を叩いた。
(ここで死んだら……あいつらに顔向けできねぇだろがぁぁッ!!)
「なめるなぁぁぁッ!!」
ライラは地面を爆破し、その反動で無理やり体を転がして刃を回避した。
ズドンッ!!
刃がコンクリートに突き刺さる。
その隙にライラはよろめきながら立ち上がった。
「……っ、ぐ……」
額から流れ落ちる温かいものを拭う。
だが、拭っても拭っても、視界が晴れない。
先ほどの一撃で左目は腫れ上がり、
頼みの右目も傷口からの鮮血で赤く塗り潰されていた。
(クソ……見えねぇ……)
世界が、ぼやけた赤と黒のモザイクになる。
そこに、冷たい風が走った。
ヒュンッ。
気配だけが動き回る。
音もなく、殺気もなく。ただ、死そのものが高速で周囲を旋回している。
(どこだ……? 右か? 後ろか?)
ライラは拳を構えるが、焦点が合わない。
闇雲に振るえば、隙を晒して殺される。
ザシュッ!
「がっ……!」
ふくらはぎを切り裂かれる。
反応できない。
「ハハ……こりゃあ、サンドバッグだな……」
見えない恐怖。
どこから刃が飛んでくるか分からない絶望。
だが、ライラの口元は、なぜか釣り上がっていた。
(見えねぇなら……探す必要はねぇ)
ライラは、防御のために上げていた腕を、だらりと下げた。
胸を張り、隙だらけの姿を晒す。
(来いよ。あたしはここだ)
それは、死への誘い。
シュッ――!
風が動く。二つの殺気。
左右同時、必殺のタイミングで敵が迫る。
ライラは動かない。
鋭利な硝子の刃が、右の脇腹を貫き、左の肩口に深々と突き刺さった。
「ぐ、ぅぅぅぅッ!!」
激痛が脳髄を焼く。
だが、ライラは悲鳴を噛み殺し、見えない目を見開いた。
「……ここ、だろぉッ!!」
バシィッ!!
ライラの両腕が動いた。
自分の体に突き刺さった硝子の腕を、
逃がさないように上からガッチリと抱え込んだのだ。
敵が身じろぎする。だが、抜けない。
ライラ自身の筋肉と骨が、刃を噛んで離さない。
「捕まえた……もう、離さねぇぞ……」
至近距離。
ぼやけた視界のすぐ目の前に、二体の涯骸の気配がある。
「テメェらも、あたしも……ここで終わりだ」
ライラは二体を抱きすくめたまま、
残った全ての魔力を心臓のポンプで汲み上げた。
血管が焼き切れそうなほどの熱量。
制御などしない。リミッターなどない。
ただ、爆発させるだけ。
「みんなは……先に行かせた……」
血の泡を吹きながら、ライラが笑う。
「だから、ここがテメェらの終着点だ!!」
心臓が高鳴り、体が内側から発光する。
「――蒼蓮心爆ッ!!!!」
カッ――――!!!!
言葉にする間もなく、地下空間が白一色に塗り潰された。
ライラの体を中心に発生した球状の爆炎が、しがみつく二体の涯骸を飲み込む。
硝子の装甲が瞬時に沸騰し、気化し、消滅していく。
同時に、ライラの皮膚も、肉体も、炎に焼かれていく。
「うおおおおおおおおおおッ!!!!」
咆哮は、轟音にかき消された。
コンクリートが融解し、鉄扉がひしゃげ、地下施設そのものを揺るがす大爆発。
全てを焼き尽くす紅蓮の嵐が吹き荒れ――
……
…………
やがて、熱気だけを残して、静寂が訪れた。
赤熱した溶岩のような床の上。
敵の影は、どこにもない。塵ひとつ残らず消滅していた。
そして、その中央。
炭のように黒く焼け焦げた空間に、ひとつの影が転がっていた。
「…………」
ライラは、大の字になって倒れていた。
体からは煙が上がり、全身はボロボロに焼けただれている。
指先ひとつ、ピクリとも動かない。
張り詰めていた糸が切れ、意識は深い闇の底へと沈んでいく。
(ミラ……泣いてねぇといいけど……)
(みんな……あとは、頼んだ……よ……)
遠くなる思考の端で、彼女は役目を果たしたことに安堵していた。
もう、痛みも感じない。
ただ、静かな闇だけが、動かなくなった炎の少女を優しく包み込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです
天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。
その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。
元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。
代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ
takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。
遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。
人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。
人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。
吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。
======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは……
======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
魔王と呼ばれた勇者、或いは勇者と呼ばれた魔王 〜最強の魔剣で自由に生きる! 金も女も、国さえも思いのまま!! …でも何かが違うみたいです
ちありや
ファンタジー
クラスメートからのイジメが元で死んでしまった主人公は、その報われぬ魂を見かねた女神によって掬い上げられ異世界で転生する。
女神から授けられた不思議な剣を持つことで、彼はあらゆる敵に打ち勝ちあらゆる難問を解き明かし、あらゆる女性を虜にする力を手に入れる。
無敵の力を手に入れた男が次に望む物は果たして…?
不定期連載(7〜10日間隔で出していく予定)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる