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第68話 心臓を守る者
しおりを挟む一方、正面ゲート機関部へ続く通路。
ソラは、物陰に身を潜め、荒い息を必死に整えていた。
耳の奥で、アヤメの放送と、遠くで響く爆発音が聞こえる。
(……あの二人、やったんだ)
心臓が早鐘を打つ。
(なら、あとは私が……私がゲートを開けないと!)
ソラは覚悟を決め、顔を上げて通路の先を覗き込んだ。
だが、そこは絶望的な状況だった。
「グルルルル……」
「ひぃッ、やめ、やめろぉぉ……!」
機関室の前には、解放されたマガツが数体群がり、
逃げ遅れた兵士を生きたまま貪り食っている。
通路は血の海だ。 あの中を、見つからずに通り抜けることなど不可能に近い。
(ヤバい……今は動けない。 どうしよう、時間が……)
焦りが募る。 一分一秒遅れるごとに、誰かが死ぬかもしれない。
ソラが唇を噛み締め、強行突破を考えた、その時だった。
カツ、カツ、カツ……。
血塗られた回廊に、場違いなほど優雅な足音が響いた。
(……ッ!?)
ソラは反射的に口を押さえ、さらに深く身を隠した。
誰かが来る。 獣の足音ではない。人間だ。
硝煙の向こうから現れたのは、一人の少女だった。 艶やかな銀髪。冷徹な美貌。
目元を隠す布。 そして、全身から立ち上る圧倒的な強者のオーラ。
(……エリス……ッ!!)
ナンバーズ、No.3。エリス・ハウンド。
ソラの心臓が凍りつく。
よりによって、最強と遭遇してしまった。
彼女は、マガツたちが兵士を食い散らかしている惨状など目に入らないかのように、まるで散歩でもするかのように歩いてくる。
(……っ……!)
ソラは悲鳴を噛み殺し、震えを止めるのに必死だった。
見つかったら、終わる。 瞬きする間に殺される。
エリスはソラの隠れている場所になど目もくれず、
ただ真っ直ぐに、何もない壁の方へと歩いていく。
その先にあるのは、ゲート機関室ではない。
エリスが壁に手をかざすと、隠し扉が音もなく開いた。
彼女はそのまま、深い闇の奥へと姿を消していく。
(一体、どこへ……?)
エリスの姿が闇に消え、扉が閉まるまで、ソラは呼吸すら忘れて固まっていた。
エリスは、闇に沈む通路を優雅に歩いていた。
その先は行き止まり。
だが、そこには先ほど地上から雪崩れ込んできたマガツの群れが密集し、
行く手を阻む厚い隔壁に向かって爪を立てていた。
「グルァッ! ガァァッ!!」
マガツたちは本能的に感じ取っているのだ。
この壁の向こうに、膨大な魔素エネルギーがあることを。
だが、頑強な隔壁は傷一つ付かない。
エリスは足を止め、無感情にその背中を見つめた。
「……邪魔よ」
彼女は短く詠唱する。
「――空間爆破」
ドォォォォォォン!!
轟音と共に、空間そのものが弾け飛んだ。
群がっていたマガツ数体がミンチになり、
分厚い隔壁が紙屑のように吹き飛ばされる。
もうもうと立ち込める粉塵の中、
エリスは何事もなかったかのようにその穴を通り抜けた。
生き残ったマガツたちが、主人の後を追うようにゾロゾロとついていく。
死神のパレードが、最深部へと侵入した。
ユナイトアーク「生命の間」へと続く、巨大な最後の扉。
そこには、 ナンバーズ、No.6。ガレス・アイアンハート。
腕を組み、閉ざされた瞳で、遥か上層から伝わってくる振動と、
今しがた近くで響いた爆発音を仁王立ちをしながら感じ取っていた。
「……来たか」
ガレスがゆっくりと目を開く。
破壊された通路の暗闇から、ヒールの音が近づいてくる。
迷いも、重みも感じさせない、優雅な足音。
「久しぶりね、ガレス」
闇の中から姿を現したのは、かつての同僚。 艶やかな銀髪をなびかせた、
エリスだった。 その背後には、飢えた獣の群れが従っている。
ガレスは眉ひとつ動かさず、静かに問うた。
「……お前もか、エリス」
「あら、知らなかったの?」
「……薄々とはな。だが、信じたくはなかった」
ガレスが低い声で告げ、巨大な斧を構えた。 扉を封鎖する、動かざる山。
「ここを通すわけにはいかんぞ、エリス」
「セラフィナ様の命令よ。そこをどいて」
エリスは冷ややかな瞳で見返す。 その態度に、ガレスは確信と共に呟いた。
「……やはり、瑠璃さんは間違っていなかった」
かつてのリーダー、瑠璃。
彼女が危惧していた組織の腐敗は、ここまで深行していたのだ。
「断る。……私が守るのは、単なるエネルギーではない」
ガレスの全身から、重厚な魔力が噴き出す。
「人類そのものの心臓だ。
お前らのような汚れた手を持つ者は、絶対に通さん!」
その言葉に、エリスがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「フン……。瑠璃の残党が、偉そうに」
彼女の周囲の空間が、ピキピキと歪み始める。
殺意の波動が、空間を震わせた。
「時代遅れの正義ごと、消してあげるわ」
「言ったはずだ、通さんとな」
ガレスは斧を地面に叩きつけ、吼えた。
「かかってこい、エリスッ!!」
最強同士の衝突が始まろうとしていた。
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