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第84話 最期の一矢
しおりを挟む「オオオオオオオオオオオッ!!!!」
リサの咆哮が、空間を灼熱の坩堝へと変えた。
彼女の全身から噴き出す炎は、温度を高めすぎた炎が蒼白く輝き、
陽炎のように彼女の輪郭を揺らめかせている。
「死ねぇぇぇッ!!」
リサが地を蹴る。 床の石材が瞬時に融解し、マグマとなって弾け飛んだ。
「チッ、ただの馬鹿力ごときが!」
エリスが迎撃する。 空間を切り裂く不可視の刃。触れれば即死の防御不能攻撃。
だが、リサは止まらない。
ジュッ……!!
迫りくる空間の亀裂を、リサは身体に纏った超高熱の魔力障壁で焼き消した。
物理法則を超えた、執念の燃焼。
「なッ……空間干渉を、熱量だけで!?」
エリスが驚愕に目を見開く。 その一瞬の隙に、リサの大剣が迫る。
「らぁッ!!」
「くぅッ!」
エリスは転移で回避しようとするが、熱波が空間を歪ませ、転移座標が定まらない。
彼女は咄嗟にマガツの腕でガードした。
ガギィィィンッ!!!
重い衝撃。エリスの足が地面を削り、後退する。
「調子に乗るなよ、雑魚がァッ!!」
エリスが狂乱し、全方位から空間圧縮を放つ。
リサはそれを剣圧だけで弾き飛ばし、一歩も引かずに距離を詰める。
ドゴォォォン!! ズバァァァン!!
炎と空間が衝突し、空間が崩壊していく。
互いに限界を超えた攻防。 だが、徐々にリサが押し始めていた。
エレナを殺された怒りが、
リサの肉体をリミッターの向こう側へと押し上げていたのだ。
「ハァ、ハァ……ッ! しつこい!なぜこんな力が……」
エリスが焦りを滲ませる。
(なぜだ……。なぜ当たらない!? なぜ死なない!?
ただの人間風情が、神の力を得た私を圧倒しているだと!?)
「これで……終わりだァァァッ!!」
リサが勝負を賭けた。 防御を捨て、全魔力を大剣の一点に集中させる。
炎が剣を包み込み、巨大な火柱となる。
「消えろ、エリスッ!!」
「させるかァッ!!」
エリスもまた、全魔力を展開する。
目の前に、何重もの空間断絶障壁を形成した。
絶対防御の壁。
ズドオォォォォォォォン!!!!!
リサの大剣が、エリスの障壁に激突した。 火花と魔力が飛び散り、拮抗する。
「ぐ、ぬぅぅぅぅッ!!」
「無駄よ! 届かないわよッ!!」
エリスが勝ち誇ったように叫ぶ。
リサの剣は、エリスの喉元数センチのところで、
見えない壁に阻まれて止まっていた。
あと一歩。だが、その一歩が無限に遠い。
「残念だったわね、リサ!あなたの怒りも、その炎も!
私の壁一枚すら貫けない!!」
エリスは嘲笑い、トドメの空間切断を準備する。
この距離でリサの動きを止め、首を刎ねるつもりだ。
だが、つばぜり合いの最中。
リサは、血の混じった唾を吐き捨て、ニヤリと笑った。
「……あぁ。届かなかったな」
「は?」
リサの瞳が、エリスではなく、その真上を見据える。
「アタシの攻撃は、な」
「――ッ!?」
エリスの背筋に、冷たいものが走った。
野生の勘が、頭上からの死を告げていた。
「しまッ――」
エリスが逃げようとする。 だが、動けない。
リサの大剣が、障壁にガッチリと食い込み、
さらにリサ自身が体重をかけて押し込んでいるため、
エリスはその場に釘付けにされていたのだ。
「離せッ!!」
「離すかよ……! テメェはここから、一歩も動けねぇんだよッ!!」
リサが吠える。 直後。
ズゴォォォォォォォォォォォッ!!!!!!
天井の大穴から、世界を白く染めるほどの閃光が降り注いだ。
それは、エレナが最後の力を振り絞り放った最期の一矢。
遥か上空まで達した矢は、
荒れ狂う乱気流と雷雲のエネルギーをすべて吸収し、
天を統べる巨大な雷の龍となって帰ってきたのだ。
「ガアアアアアアアアアアアッ!!!!」
雷龍が顎を開き、エリス目掛けて墜落する。
その煌めく雷の瞳から、バチバチと音を立てて溢れ落ちる光の粒があった。
それはまるで、亡き主人の無念を晴らすために流す、雷龍の涙のようだった。
エリスが絶望に顔を歪める。
あんな見当違いの矢が。
死にぞこないの放った一本が。
まさか、この瞬間のための攻撃だったというのか。
「リサっ……! わざと私をここまで誘導したなッ!?」
リサの突撃も、つばぜり合いも、
すべてはエリスをこの着弾点に釘付けにするための布石。
エレナの遺志を、リサが完璧に受け取った結果だった。
「地獄へ落ちな、エリス!!」
リサが横へ飛び退く。 同時に、雷龍が着弾した。
「セラフィナ様ァァァァァァァァァッ!!!!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォン!!!!!
断末魔は、雷鳴にかき消された。
直撃。
雷光が埋め尽くし、
エリスの身体を細胞の一片に至るまで焼き尽くしていく。
光が収まり、静寂が戻る。
そこには、半身を消し飛ばされ、崩れ落ちる寸前のエリスの姿があった。
再生能力も追いつかない。彼女の命の灯火は、もう燃え尽きていた。
「……あ……が……」
エリスが震える手で、虚空を掴もうとする。
「なんで……。 私は……捨てたのに……。
誇りも、人間としての心も……。
ただ、あの方のために……すべてを捧げたのに……」
血の涙を流し、エリスがリサを見上げる。
「なぜ……勝てないの……?」
「……簡単なことだ」
リサは剣を下ろし、静かにエリスを見下ろした。
そこにはもう、殺意はなかった。あるのは、かつての同僚への、僅かな憐憫だけ。
「お前は、間違えたんだよ」
「……間違い、だと……?」
「ああ。誰かの隣に立つってのはな……。
その人の奴隷になることじゃねぇ。
自分自身の足で立って、背中を預け合える関係のことを言うんだ」
リサは、エレナの亡骸へと視線を向けた。
「お前はセラフィナに依存し、自分を捨てた。
だから……最後まで自分を貫いたエレナには勝てなかったんだよ」
「……ハッ」
エリスの口元が、微かに緩んだ。
それは狂気でも嘲笑でもない、憑き物が落ちたような、自嘲の笑みだった。
「……暑苦しいわね、相変わらず……」
エリスの体が、足元から灰になって崩れていく。
「その真っ直ぐさ……その眩しさ……。
……だから、あなたが嫌いだったのよ……リサ」
「奇遇だな。アタシも、テメェのスカしたツラが大っ嫌いだったよ」
「フフ……そう……」
エリスは満足げに瞳を閉じ、
最期に天井――その遥か上にいる主の方を向いた。
「……セラフィナ様……。 申し訳……ございま……せん……」
サラサラと、灰が崩れる音がした。 №3エリス・ハウンド。
歪んだ愛に殉じた黒耀の魔導は、
最期までその忠誠を抱いたまま、闇へと消滅した。
…… …………
静寂が戻る。
残されたのは、黒焦げになった巨大なクレーターと、肩で息をするリサだけ。
「……はぁ、はぁ……。……あばよ、エリス」
リサは短く告別すると、
足を引きずりながら駆け寄り、その場に崩れ落ちるようにして親友を抱きしめた。
「……おい、エレナ」
「見たかよ……。当たったぞ、お前の矢……」
返事はない。 冷たくなった体は、もう二度と動かない。
「ど真ん中だ……。へへっ……やっぱりすげぇな、お前は……」
リサはエレナの血と泥にまみれた髪を、震える手で優しく撫でた。
「お前がいなきゃ……勝てなかった」
勝った。仇は討った。 なのに。 この胸に空いた穴は、二度と埋まらない。
「……う、ぅ……」
リサの喉の奥から、押し殺した嗚咽が漏れた。
大剣を振るう№2の顔が崩れ、孤児院で膝を抱えていた頃の、
ただの泣き虫な少女の顔に戻っていく。
「うぅ……っ、ぐすっ……」
我慢できなかった。 強がる必要なんて、もうなかった。
「……うわぁぁぁぁぁぁん!!」
リサはエレナの胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。
「嫌だよぉ……! 置いていかないでよぉ……! エレナぁ……ッ!!」
戦場に似つかわしくない、幼子の迷子のような泣き声。
彼女はずっと張り詰めていたのだ。
隊長として、希望として、強くあろうとしていた。
でも、その芯にあったのは、いつだってエレナがいてくれるという安心感だった。
それが失われた今、リサはただの脆い少女だった。
ひとしきり泣いた。
叫んで。 涙が枯れ果てそうになった時。
ふと、優しい声が聞こえた気がした。
「ほら、リサ。泣かないの」
記憶の中と同じ。
いつだって自分を励まし、手を引いてくれた、お姉ちゃんのような声。
「あんたは、強いんだから」
「……っ」
リサが顔を上げる。 エレナはもう動かない。
けれど、その穏やかな死顔は、
泣き虫な親友を困ったように、けれど愛おしそうに見守っているように見えた。
「……分かってるよ。……分かってるよ、エレナ……」
リサは袖で乱暴に顔を擦り、涙と鼻水を拭った。
いつまでも泣いていたら、またエレナに笑われる。
それに、彼女との約束は、まだ終わっていない。
(未来へ……繋がなくちゃなんねぇ)
リサはエレナをそっと床に寝かせ、
自分のマントをかけた。 そして、ゆらりと立ち上がる。
その瞳に、もう迷いはなかった。
悲しみは消えていない。でも、それ以上に熱い意志が宿っていた。
「……行くよ、エレナ」
リサは、見えない親友の手を引くように、
空っぽになった核の制御盤へと向き直った。
エレナの、ガレスの、散っていった全ての仲間の想いを背負って。
彼女は、未来へと歩き出した。
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