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第85話 脳筋起動術
しおりを挟むユナイトアーク、生命の間。
そこは、かつて要塞の心臓として脈打っていた場所。
だが今は、エネルギーを奪われ、ただの冷たい空間と化していた。
リサは、エレナの亡骸に背を向け、
祭壇の中央にある制御コンソールへと歩み寄った。
「……さて」
目の前には、光を失った巨大な結晶体――核。
その表面はドス黒く濁り、ヒビ割れ、魔力の残滓すら感じられない。
セラフィナが言った通り、中身は空っぽだ。
「こいつをどうにかして……障壁の結界を復活させねぇといけねぇんだが……」
リサは腕を組み、目の前の複雑怪奇な操作盤を睨みつけた
無数に並ぶスイッチ、レバー、そして意味不明な古代魔法文字が流れるモニター。
「うん……さっぱり分からん」
リサは生粋の武闘派だ。剣を振ることと、直感で動くことしか能がない。
こんな精密機械の操作など、訓練校時代から赤点続きだった。
「くそっ……どうすりゃいいんだよ! 全部吸われちまったんだろ?
空っぽの石ころをどうやって動かせってんだ!」
リサは焦燥感に駆られ、わしゃわしゃと頭を掻きむしった。
迷っている時間はない。
今この瞬間も、外では仲間たちが命を懸けて戦っているのだ。
「ええい、もう! 適当に押せばなんか起きんだろッ!!」
リサはヤケクソ気味に、手当たり次第にボタンを連打した。
ポチポチポチッ! ガチャン!
『――ブーッ。エラーです』
『アクセス権限がありません』
『パスワードを入力してください』
「あぁぁぁもうッ! うるせぇな!」
リサがバンッ! とコンソールを叩いた拍子に、
一つの大きな赤いスイッチが押された。
ザザッ……ピーーーッ。
『緊急回線、接続。特別通信網へアクセスします』
「あ?」
突然、ノイズ混じりの音が響いた。
同時刻。ユナイトアーク、正面城壁。
「押し返せ!」
「弾幕を絶やすな! 撃ち続けろ!」
戦場は、アトミック・イーターを倒した後も、依然として地獄を呈していた。
残存する数千のマガツが、波状攻撃を仕掛けてきているのだ。
「そこッ!」
アヤメは城壁を登ってきたマガツの眉間を撃ち抜く。
同時に、インカムで白光隊《ルミナスホワイト》エクリプスたちへ指示を飛ばす。
「第三小隊、弾薬運搬急いで! そこの配置、もっと詰めて!隙間ができてます!」
必死の指揮。 喉が枯れそうになったその時、
彼女のヘルメットの通信機に、強引な割り込みが入った。
「――あー、あー。テステス。 おい、これ聞こえてんのか?」
「ッ!?」
アヤメは驚いて耳を押さえた。 ハッキングか? いや、この声は。
「だれですか!?」
「おう、誰だじゃねぇよ! アタシだ!」
「リ、リサ様!?」
「おう、アヤメか! よかった、繋がった!」
アヤメの声に、近くで撃っていたミカも駆け寄ってくる。
「ご無事ですか! エリスは!」
「エリスはぶっ飛ばした!
とにかく今は、目の前のこいつをどうにかしねぇといけねぇんだ!」
リサの声には、焦りと苛立ちが混じっていた。
「核が空っぽなんだよ!セラフィナに全部吸われちまった!
で、こいつをどうにかして結界を張り直したいんだが……
ボタンがいっぱいあって訳がわからねぇ!」
「……は?」
アヤメは一瞬、思考が停止しかけた。
戦場の真ん中で、そんな相談を受けるとは思わなかったからだ。
だが、すぐに状況を理解する。リサは機械音痴だ。
「分かりました! 私がサポートします!
リサ様、そこのコンソールにカメラ機能はありますか!?」
「カメラ? 知らねぇよそんなもん!」
「一番右上の青いスイッチです! それを押してください!」
「これか!」
ザザッ。
アヤメが懐から取り出した戦術タブレットに、リサの視界映像が映し出された。
映っているのは、複雑な魔導回路の制御盤。
「うわぁ……なんだこりゃ」
横から覗き込んだミカが、顔をしかめる。
「こんなの、専門の研究員じゃなきゃ無理じゃん。
っていうか、空っぽなんでしょ?動くわけないじゃん」
「……いえ」
アヤメの瞳が変わった。
彼女はタブレットの画面を食い入るように見つめ、
指先で解析プログラムを走らせる。
その口から、恐ろしい速度でブツブツと独り言が漏れ始めた。
「魔力残量ゼロ……しかし物理回路は生きている……。
予備電源のバイパスが繋がれば……リセットが可能……。
システムさえ立ち上がれば、外部からの魔力リンク供給で再起動できるかも……」
「アヤメ……?」
ミカが引くほどの集中力。 数秒後、アヤメが顔を上げた。
「リサ様!もしかしたら、行けるかもしれません!」
「なにっ、本当か!」
「核自体は空ですが、システムさえ生きていれば、再起動できる可能性があります!
そうすれば、結界機能の一部だけでも復旧できるかもしれません!」
「よく分からねぇが、出来るんだな!? で、アタシは何をすりゃいい!」
「指示通りに操作してください!
まず中央のエーテル調律ダイヤルを右に3、左に1!
波長が合ったら、魔力承認アクセスのルーンを許可してください!」
『み、右に3……左に……ええと、……』
リサの太い指が、明滅する複雑な魔導回路の上で泳ぐ。
「次は左下の強制バイパスレバーを下げながら、
第三術式固定ロックキーを長押しです!」
「第三? どれだよそれ!」
「アルファベットが書いてあるでしょう!」
「字が小さくて読めねぇよ!」
じれったそうにミカが、横から画面を見て叫ぶ。
「ちがうっ!!その赤くて四角いやつ!今右手の少し上の所っ!!」
「これか!?」
「違う、違いますリサ様!それは音楽再生ボタンです!」
アヤメの悲鳴。 戦場の喧騒と、通信のラグ。
そして何より、リサの不器用さが限界を迎えていた。
「あああーッ!もういいッ!!」
リサが吠えた。
「ちまちまやってられっか! 機械ってのはな……こうやるんだよッ!!」
「え、リサ様!?」
画面の向こうで、リサが拳を振り上げるのが見えた。
「ちょっ!!やめてええええええ!!」
「動けってんだよォォォッ!!!」
ドゴォォォォォォォォン!!!!
カメラが激しく揺れ、映像が乱れる。
リサは、精密機器である制御コンソールの中央を、全力の拳でぶん殴ったのだ。
「あ……」
アヤメの手が止まる。ミカが口をあんぐりと開ける。
「やっちゃった……」
終わった。 まさか、こんなことで。
誰もがそう思った。
しかし。
『ピピッ。 緊急リブート(再起動)を実行します』
無機質な電子音が響いた。
ウィィィィン……。
コンソールのランプが一斉に点灯し、ファンが唸りを上げ始めた。
『システム、オールグリーン。 再起動プロセス、開始』
「「ええええええええええ!?」」
アヤメとミカの声が重なった。 そんな馬鹿な。
あらゆるセキュリティと手順を無視し、
物理的なショック療法で再起動したというのか。
「……へっ」
通信越しに、リサの得意げな鼻息が聞こえた。
「ほらな。 やっぱ機械ってのは、殴れば直るようになってんだよ」
「そ、そんな馬鹿な理論が……」
アヤメがガクリと項垂れる。
だが、結果として核は息を吹き返した。
死んでいたはずの巨大な結晶が、ドクン、ドクンと赤黒く脈打ち始めたのだ。
「よし! アヤメ、ミカ!助かった!」
リサは満足げに手を払い、天井――最上階の方角を見上げた。
「待ってろ、しずく!カレン!!今行くぞ!」
リサは走り出した。
背中には大剣を、胸には友の想いを乗せて。 最後の決戦の地へ。
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