白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

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第86話 救いなき再開

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「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

心臓が苦しい。 肺が焼き切れそう。

 だが、しずくとカレンは足を止めなかった。


続く長い長い螺旋階段。


「あと少し……! この上が最上階だ!」


前を走るカレンが叫ぶ。 普段の冷静な彼女にしては珍しく、呼吸が乱れている。

焦り。下に残してきた仲間たちのこと、

そしてこの先に待つ元凶のこと。


「はいっ……!」


しずくも歯を食いしばって続く。 


重い扉を肩で押し開けると、そこには別世界が広がっていた。



「……ッ」


目が眩むほど豪華な装飾が施された、長い回廊。

高い天井にはシャンデリアが輝き、左手の巨大な窓からは、
眼下に広がる雲海が見える。
 ここは、ユナイトアークの頂点。 

神を自称するセラフィナが待つ玉座の間へと続く最後の道だ。


「行くぞ、しずく。この先だ」


カレンが双剣を構え直し、鋭い視線を突き当たりの黄金の扉に向ける。

「あそこの部屋にセラフィナがいるはずだ……。」



二人は回廊を蹴り、走り出した。 阻む者はいない。不気味なほどの静寂。

あと数十メートル。手が届く。


そう思った、その時だった。


「――待てッ!!」


カレンが鋭く叫び、しずくの肩を掴んで強引に引き止めた。


「カレンさん?」

「下がれ! 何か来る!」


カレンがしずくを背に隠し、切っ先を向ける。 

直後。 二人の行く手を阻むように、何もない空間からそれは湧き出した。


ボコッ……ゴポォ……。


耳障りな、泥が沸騰するような音。

回廊の空気を汚すように、虚空に生じた黒いシミが急速に膨れ上がり、

ドス黒いヘドロのような塊となって床に滴り落ちた。

「な、何これ……?」


しずくが息を呑む。 ただの泥ではない。 

そこから発せられるのは、肌が粟立つような濃厚な悪意と、
底知れぬ魔素の気配。


ゴポゴポ、ジュルルル……。


黒い塊は生き物のように蠢き、泡立ちながら、徐々に質量を増していく。


「おそらく、セラフィナが送ってきた……マガツだろう」


カレンが冷や汗を流しながら、油断なく構える。


「けど、気をつけろよ。 この魔力の密度……ただの雑魚じゃない。
油断したら、一瞬で食われるぞ」


「……はい!」


しずくも盾を構え、臨戦態勢に入る。 塊が激しくなる。
 不定形だったスライム状の闇が、見る見るうちに形を成していく。


足が生まれ、胴体が伸び、腕が形成される。
それは、異形の獣の姿ではなかった。 
二本の足で立ち、二本の腕を持つ、あまりにも人間に近いシルエット。

「人型……、涯骸《ガカイ》?」

しずくが呟く。 黒い泥が剥がれ落ち、その下から現れたのは、

ボロボロに朽ちた衣服と、青白い肌。 

そして、全身から立ち上る、鋭く研ぎ澄まされた冷徹な魔力。


その姿が露わになった瞬間。 カレンの切っ先が、わずかに揺れた。


「ま、まさか……」

カレンの瞳孔が開く。 信じたくない。ありえるはずがない。 

だが、その立ち姿。 隙のない構え。

 そして、周囲の大気さえも支配するような、知的な魔導士特有の威圧感。


「カレンさん…?」


しずくがカレンの異変に気づき、前を見る。 そして、彼女もまた、言葉を失った。

「うそ、でしょ……」


記憶の蓋が開く。 忘れるはずがない。しずくがエクリプスになって初めての出撃。

恐怖で動けなくなっていた自分を、命を懸けて守ってくれた彼女。



あの時、崩落する部隊を彼女は一人で全員を守ろうとした。
 優しくて、強くて、誰よりも魔法少女だった人。


「どうして……どうして貴方が、そこにいるんですか……ッ!」


しずくの声が震える。


黒い塊だったモノは、完全に変貌を終えていた。 

顔を覆っていた泥が剥がれ落ち、閉じていた瞳がゆっくりと開かれる。


そこにあったのは、マガツ特有の赤い瞳。 

だが、その顔立ちは、カレンが師と仰いだ英雄の面影そのものだった。



「せ、セレス……様……!!」



カレンの悲鳴のような呼びかけが、回廊に響く。



そこに立っていたのは、元ナンバーズ№10。 




若き守護者《ニューヒーロー》セレス・ディアスだった。



「せ、セレス様……!!」


カレンの声が弾んだ。 先ほどまでの警戒心は、霧散して消え去っていた。

目の前にいるのは、死んだはずの最愛の師。


 ボロボロの姿で、変わり果ててはいるが、生きて、そこに立っている。


「私です!カレンです!  ご無事だったのですね……!」


カレンは剣を下ろし、吸い寄せられるように一歩、また一歩と歩み寄った。

 涙が溢れて止まらない。

 伝えたい言葉、謝りたいこと、積もり積もった想いが喉元まで込み上げる。


「よかった……本当によかっ――」


だが。


セレスは、無言だった。 


カレンの呼びかけに眉一つ動かさず、懐かしむような素振りも見せない。

ただ、その無機質な赤い瞳が、カレンを障害物として認識した。


「……?」


カレンが違和感に気づいた、その時。


「カレンさん!ダメ!気を付けて!」


背後からしずくの鋭い叫びが飛んだ。


「――ッ!!」


セレスの姿が掻き消えた。 予備動作なし。

人間離れした脚力で床を蹴り、

瞬きする間にカレンの懐へと侵入していたのだ。


「え……?」


カレンの視界が、セレスの無表情な顔で埋め尽くされる。

その手には、禍々しい魔力を帯びた長杖《ロッド》の先端から伸びた、

鋭利な刃が握られている。


迷いなき、刺突。 狙うはカレンの心臓。


「あ――」


反応できない。 師への敬愛が、カレンの体を金縛りにしていた。


「危ないッ!!」


ドゴォォォォン!!


横合いから飛び込んだしずくが、カレンの体に体当たりをした。 
同時に、盾を展開し、セレスの刃とカレンの間に強引にねじ込む。


ガギィィィィンッ!!!


金属音が火花と共に散る。 盾が、セレスの凶刃をギリギリで弾いた。

だが、完全に防ぎきることはできなかった。

弾かれた切っ先が、カレンの頬を鋭く掠める。


「っ……!」


カレンの白い頬に、一直線の赤い線が走る。

 ツーッ……と、鮮血が顎を伝って滴り落ちた。


二人は衝撃で弾き飛ばされ、床を転がる。


「はぁっ、はぁっ……!」

しずくはすぐに起き上がり、盾を構えてカレンを庇う位置に立った。


セレスは追撃を焦ることなく、
機械的な動作で体勢を立て直し、再びゆらりと構えている。


「カレンさん! 大丈夫!?」


「……あ、あぁ……」


カレンは、頬の痛みなど感じていないようだった。 

震える手で、自分の頬の血を拭うこともしない。 

ただ、呆然と目の前の人物を見つめていた。


「セ、セレス、様……? どうして……私を……?」


信じられない。信じたくない。 あんなに優しかった人が。

常に部下を守り、導いてくれたあの方が、殺す気で刃を向けてきたなんて。


「……カレンさんっ!!」


しずくがカレンの肩を掴み、強く揺さぶった。


「しっかりしてください! この人は……セレスさんじゃありません!」


「え……?」


「目を見てください!あの赤い目を! あれは……マガツです! 
セレスさんの姿をした、ただの化け物なんです! 騙されちゃダメです!!」


しずくの悲痛な叫び。 だが、カレンの瞳からは、絶望の色が消えない。


「でも……動きが、構えが……セレス様そのものだ……。
あの方でなければ、あんな動きは……」


「カレンさん……」


しずくは唇を噛み締め、右目に魔力を集中させた。


世界の色が反転する。

 魔素の流れを視覚化するしずくの瞳が、セレスの体の内側を透かして見た。


「……ッ!?」


しずくは息を呑み、奥歯を噛み砕きそうなほど強く食いしばった。


「酷すぎる……」


見えてしまった。 目の前の怪物が纏っているオーラの色
 それは、マガツ特有のドス黒い淀みの中に混じる、鮮烈で気高い碧色の光。
 紛れもなく、ナンバーズと同等の――かつての英雄本人の魔力そのものだった。


「間違いない……。あれは、ニセモノなんかじゃない」

しずくの声が、怒りで低く沈む。


「セラフィナは……セレスさんの遺体を回収していたんだ」


「え……?」

カレンが顔を上げる。


「死んだセレスさんの体を修復し、
その体内に残っていた魔素を無理やり活性化させて……マガツの因子を埋め込んだ。 
おそらく……セレスさんの魔素を利用したんだ。」


死者を冒涜するにも程がある。 
英雄として散った魂を、死してなお、自分の手駒として利用し、
あろうことかその部下にけしかける。 セラフィナの悪意は、底が知れなかった。


「許せない……ッ!」


しずくの全身から、怒りの魔力が立ち上る。

もはや言葉は通じない。

 かつての英雄は、神を守るための殺戮人形へと成り果てていた。


「来ますッ!」


しずくが叫ぶと同時、セレスが再び地を蹴った。
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