白の魔法少女―届いたのは「白い封筒(不合格)」。それでも私は、血塗られた戦場に立つ―

流瑠々

文字の大きさ
87 / 109

第87話 漆黒の決意

しおりを挟む


目の前の世界が裂けた。

咆哮はない。殺気すら漏れ出ない。

 ただ、物理法則を無視した静寂の加速だけが、そこにあった。


「ッ……!!」


しずくは反射的に盾を構える。


ドゴォォォォォォォォォン!!!!!


「ぐ、ぅぅ……ッ!!」


重い。 まるで巨大な鉄球が叩きつけられたような衝撃。

 しずくの華奢な体が悲鳴を上げ、
ブーツの踵が床の石材を削りながら数メートル後退させられる。


セレスの表情は凍りついたように動かない。 

その瞳はガラス玉のように虚ろで、かつての慈愛に満ちた輝きは見る影もなかった。 

手にした魔導杖《ロッド》が、
ミシンの針のような精密さと速度で、しずくの盾を連打する。


ガギンッ! ガガガガガッ!!


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」


防戦一方だ。 盾を少しでもずらせば、その瞬間に心臓を貫かれる。


「カレンさん! 下がってください……!」

しずくが叫ぶ。 しかし、背後のカレンは動かない。動けない。

 双剣をダラリと下げたまま、虚ろな目で、かつての師を見つめている。


(セレス、様……)


カレンの脳裏に、あの日の記憶がフラッシュバックする。

 カレンはその場にいなかった。別の任務中だった。 

本部に戻り、突きつけられた無慈悲な報告書。


ナンバー10、セレス・ディアス。死亡


頭が真っ白になった。 信じられなかった。 

遺体すら戻らなかった死を、カレンはずっと受け入れられずにいた。


なのに、今。 その人が、変わり果てた姿で目の前にいる。

「……嫌だ」


カレンの手から、カラン……と一本の剣が滑り落ちた。

「戦えない……。私には……あなたを斬れません……ッ」


尊敬していた。 慕っていた。 

その体に傷をつけることなど、カレンの魂が拒絶していた。


セレスの赤い瞳が、微かに揺れた気がした。

 感情ではない。戦闘マシーンとしての演算処理。

 目の前の盾持ちよりも、背後で戦意を喪失している剣士の方が、
処理しやすいと判断したのだ。


風切り音すら置き去りにして、セレスが動く。

 しずくへの攻撃をフェイントにし、

床を滑るような低空移動で、一気にカレンへと標的を変えた。


「しまッ――!?」


しずくが気づいた時には、セレスはもうカレンの目の前にいた。

 振り上げられる長杖。

 その切っ先には、圧縮された高密度の魔力が青白く輝いている。

 至近距離からの魔力爆破。

「あ……」

カレンは避けない。 

ただ、涙に濡れた瞳で、振り下ろされる刃を見上げていた。


(これでいい……。セレス様に殺されるなら……)


それは、甘えだった。 罪悪感からの逃避だった。


「――何をボサッとしているんですかッ!!!」


ドンッ!!!!!


カレンの視界が横に弾かれた。横から、全力でカレンを突き飛ばしたのだ。


「え?」


カレンが床に転がりながら顔を上げる。

 そこにいたのは、盾を構えたしずくだった。

 間に合わない。防御姿勢が整っていない。


ズドォォォォォォォン!!!!!


青白い閃光が炸裂した。

「きゃああああああああああああッ!!!」


しずくの悲鳴。 爆風が吹き荒れ、煙が晴れる。


「……ぐ、ぅ……」


そこには、片膝をついたしずくの姿があった。

盾は形が歪み、盾を支えていた左腕は赤黒く焼け焦げている。

 肩口からは大量の血が溢れ、白い戦闘服を鮮血に染めていた。


「し、しずく……!?」


カレンの顔色が蒼白になる。

 自分のせいだ。 自分が呆けていたせいで。


「なんで……」


カレンの声が震える。


「なんで……私なんかを庇うの……。 私は……戦えないのに……」


「……ないで、ください」


「え?」


しずくが、ゆらりと立ち上がる。。


パンッ!


乾いた音が、静寂な回廊に響き渡った。

 カレンの頬が赤く腫れ上がる。

 しずくが、カレンの頬を全力で引っぱたいたのだ。

「え……?」


呆然とするカレンの胸倉を、しずくが右手で掴み上げる。


「……ふざけないでください!!」

しずくが叫んだ。 いつもの控えめな彼女からは想像もつかない、

凛とした怒声。

 それは敵であるセレスにではなく、うずくまるカレンに向けられていた。


「しず、く……?」



しずくが苦痛に顔を歪めながらも、一歩も引かずにカレンを背中で庇う。


「あの人は……セレスさんは! 私の初陣で、命を懸けて守ってくれた人です! 
誰よりも優しくて、気高い……本物の魔法少女でした!」


しずくの魔眼が、セレスの奥にある、囚われた青い魂の光を捉え、涙を流す。


「見てください……。 あんなに誇り高かった人が……あんな人形にされて……!  自分の意思とは関係なく、私たち殺そうとしているんですよ!?」


しずくが盾を構え直す。

 その背中から立ち上る気迫は、かつてのセレスを彷彿とさせた。


「そんなこと……セレスさんが一番、望んでいないはずです!!
 一番傷ついているのは、閉じ込められているセレスさん自身じゃないですか!!」

「ッ!!」

カレンの胸を、言葉の杭が貫いた。


しずくは泣いていた。 痛みにではない。

マガツの鎖に繋がれ、声なき悲鳴を上げているセレスの魂が見えてしまったから。

 そして、その悲しみに気づこうともせず、
自分の死で楽になろうとしたカレンへの、愛ある叱咤。


「私は……あの人を止めます。 カレンさんがやらないなら、私がやります!」


しずくが血を吐きながら、特攻の姿勢をとる。

しずく一人で勝てる相手ではない。

 死にに行くようなものだ。 それでも、彼女は逃げない。

 それが№10の在るべき姿だから。

「……あ、あぁ……」

カレンの手が、床を強く握りしめる。 そうだ。 私は、何をしている。


セレス様は、私を守りたかったはずだ。 私に未来を託したはずだ。

 その私が、セレス様の体を操る冒涜者を前にして、死を待つ? 

あの方の汚された手を、自分の血でさらに汚させる?

(……違う)


それは愛じゃない。 それは忠義じゃない。 それはただの、冒涜だ。

「カレン。あなたは優しい子ね」


記憶の中のセレスが、悲しげに笑う。


「でも、守るためには……時には鬼になりなさい」


その言葉が、カレンの胸の奥底に眠っていた、別の記憶を呼び覚ました。


 それはかつて、自分がしずくに対して放った、冷徹な教え。


「……しずく。覚悟をしておけ」


厳しい眼差しで、私はしずくに告げたはずだ。


「味方を、殺す覚悟だ」


そうだ。私は偉そうに、しずくにあんなことを言った。 


なのに、今の私はどうだ。

 いざその時が来たら、剣を捨て、

ただ泣いて死を待つだけの無様を晒している。


(私が……一番、覚悟できていないじゃないか)


みっともない。情けない。 

後輩に頬を張られ、体を張って守られるまで、
自分の吐いた言葉すら忘れていたなんて。


カレンの瞳から、迷いの色が消えていく。
 止まっていた心臓が、早鐘を打ち始める。 

冷え切っていた血液が、熱いマグマのように全身を駆け巡る。


「……しずく。下がって」


静かな、しかし芯の通った声。

「え……?」

しずくが振り返る。 そこには、ゆっくりと立ち上がるカレンの姿があった。

 落としていた双剣を拾い上げ、泥と血に濡れた頬を拭う。


その瞳は、もう濡れていない。

 あるのは、セレスと同じ――いや、それ以上に研ぎ澄まされた、
魔法少女としての覚悟。


カレンが双剣を構える。 その構えは、目の前のセレスと全く同じものだった。


「ごめん、しずく。……ありがとう。目が覚めたよ。」


カレンの全身から、凄まじい密度の魔力が立ち上る。

 それは回廊の空気を震わせ、床の破片を浮き上がらせる。


セレスがピクリと反応し、警戒するように重心を落とした。

 人形と化した彼女の演算機能が、

目の前の獲物の危険度ランクを最大まで引き上げたのだ。

「セレス様」

カレンが、かつての師に語りかける。

 返事はない。あるのは無機質な殺意だけ。 それでも、カレンは言葉を紡ぐ。


「貴女は教えてくれました。 魔法少女は、誰かを守るためにあると」


カレンが双剣を交差させる。 魔力が刃に収束し、漆黒色の光を放ち始める。


「だから、私は戦います。 貴女の誇りを守るために」


カレンが一歩、踏み出す。 殺気はない。

 あるのは、深い悲しみと、それを乗り越えた先にある慈悲の刃。


「今の貴女は、セレス様じゃない。 
貴女を縛り付けるその呪い……マガツの鎖ごと、私が断ち切ります」

カレンの瞳が、鋭く見開かれる。

「私が……貴女を解放します」

音もなく、セレスが動いた。 カレンも動いた。

二つの影が交錯する。 そこにはもう、
過去の関係などという甘えは存在しなかった。

 ただ、死闘が幕を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

吸血鬼嫌いの吸血鬼、ヴィルヘルミナ

takahiro
ファンタジー
首を落とされても心臓を突かれても一瞬にして再生する、絶対の不死性を持つ吸血鬼、ヴィルヘルミナ。 遥か古代より存在し続ける彼女は、ある時は国を動かし歴史を変え、ある時は死にかけの人間を拾い、ある時は人間の野望に巻き込まれ、気の向くままに世界を放浪していた。 人間を見境なく喰らう連中が大嫌いなヴィルヘルミナは、ことある事に吸血鬼と対立し、各地で闘争を繰り広げる。 人間と関わることを好む異端の吸血鬼は、数え切れない人間と接し、そして数多の人間の死に様を目の当たりにする。 吸血鬼ヴィルヘルミナの目が映す、数知れない人々の紡ぐ大河ファンタジーが今、幕を開ける。 ======【第一部 13世紀編】ヴィルヘルミナは吸血鬼を戦争に使っているバカがいると耳にし、400年前に魔王を倒した勇者の末裔、ポメレニア辺境伯アドルフを訪ねる。どうやら吸血鬼を投入しているのは辺境伯ではなく彼の敵、諸種族連合軍の方らしい。吸血鬼が現れた場合のみの協力を約束しつつ、ヴィルヘルミナは辺境伯アドルフと行動を共にすることにした。吸血鬼との戦いの行く末、そして辺境伯が望む未来とは…… ======お気に入りや感想など、励みになるのでどうぞよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

婚約破棄は構いませんが、私が管理していたものは全て引き上げます 〜成金伯爵家令嬢は、もう都合のいい婚約者ではありません〜

藤原遊
ファンタジー
成金と揶揄される伯爵家の令嬢である私は、 名門だが実情はジリ貧な公爵家の令息と婚約していた。 公爵家の財政管理、契約、商会との折衝―― そのすべてを私が担っていたにもかかわらず、 彼は隣国の王女と結ばれることになったと言い出す。 「まあ素敵。では、私たちは円満に婚約解消ですね」 そう思っていたのに、返ってきたのは 「婚約破棄だ。君の不出来が原因だ」という言葉だった。 ……はぁ? 有責で婚約破棄されるのなら、 私が“善意で管理していたもの”を引き上げるのは当然でしょう。 資金も、契約も、人脈も――すべて。 成金伯爵家令嬢は、 もう都合のいい婚約者ではありません。

処理中です...