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第83話 最初で最後の授業
しおりを挟む同時刻――地上、ユナイトアーク障壁防衛ライン。
「撃てッ! 怯むな! 一歩も通させるな!!」
ダダダダダダッ!!
無数の銃声と爆発音が、絶え間なく鼓膜を叩く。 城壁をよじ登ってくるマガツの群れに対し、防衛隊は決死の弾幕を張っていた。
的確な指示を飛ばしている、その時だった。
「ギルベルト総司令! あれを……!」
部下の悲鳴のような声に、ギルベルトが銃口を下げ、視線を上げた。
指差す先、要塞の中央、生命の間の真上の空に、異様な光景が広がっていた。
渦巻く巨大な乱気流。
どす黒い雲が不自然にねじれ、その中心から激しい雷光と、
空を焦がすような紅蓮の熱波が、大気を震わせている。
「あれは……」
ギルベルトは目を細めた。 自然現象ではない。
解放された膨大な魔素が、
上空の天候すらも書き換えているのだ。
二つの強大な魔力がぶつかり合い、命を燃やして輝いている証。
「戦闘による魔素の余波か……。
これほどの規模……命を削り合っているというのか」
ギルベルトは拳銃を強く握りしめ、天を仰いだ。
「みな、死ぬなよ……」
ギルベルトの祈りは、轟音にかき消されていく。
しかし。 現実は、残酷なまでに無慈悲だった。
「……かはッ」
エレナが大量の血を吐き、冷たい床に倒れる。
記憶が、現実へと溶けていく。
「……エレナっ!」
「……リサ……」
エレナは焦点の合わない目で、リサを見た。
そして、震える右手を持ち上げる。 そこには、最期の魔力が込めた弓を引き絞る。
「往生際が悪いわね」
エリス嘲笑する。
ヒュンッ!!!
エレナの指から放たれた最後の風の矢が、エリスの顔面めがけて一直線に飛来した。
「ッ!」
エリスは咄嗟に首を傾ける。
矢はエリスの頬をかすめ、そのまま上空へと飛び去っていった。
「……ハッ」
エリスはつまらなそうに鼻を鳴らし、見当違いの方向へ消えていった矢を見送った。
「馬鹿な女……。痛みで狙いも定まらなくなったのかしら。
あなたが至近距離で外すなんてね」
エリスが嘲笑う。 だが、倒れ伏したエレナの口元は、微かに笑っていた。
「……バカはあんた……よ」
「あ?」
「……私が狙ったのはっ……」
エレナの手が力なく落ちる。
「……未来……よ……」
「……はっ、戯言を」
エリスは興味を失い、エレナの頭を踏み潰そうと足を上げた。
「――どけぇぇぇッ!!」
リサが吠えた。 全身の筋肉が断裂するほどの力で地面を蹴り、
エリスとの間合いをゼロにする。
大剣による横薙ぎ。 それは技術も何もない、
「チッ、鬱陶しい!」
エリスは舌打ちし、バックステップで距離を取った。
空間障壁で剣を受け止めるが、リサの鬼気迫る圧力に数メートル押し戻される。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」
リサは追撃しなかった。
エリスを遠ざけるとすぐに剣を突き立て、背後のエレナを庇うように膝をついた。
「エレナ! おい! しっかりしろ!」
リサが震える手で親友の体を抱き起こす。
傷口を押さえるが、指の隙間からどす黒い血が止めどなく溢れ出す。
心臓が、半分以上抉り取られている。
助からない。戦場の勘が、無慈悲な事実を告げていた。
「……ごめん、ね……リサ……」
エレナが、掠れた声で呟く。 その口端から、赤い泡が溢れる。
「馬鹿野郎! なんでだよ! なんで庇ったんだよ!」
「……だ、って……。わたしは……あなたのお姉ちゃんだから……」
エレナは弱々しく微笑み、血に濡れた手でリサの頬に触れた。
「そんな昔のこと……ッ! アタシなんか放っておけばよかったんだよ!」
「……ううん。 リサは……私たちの、大事な妹だから……」
エレナの瞳から、光が急速に失われていく。
リサの視界が涙で滲む。 走馬灯で見た、幼い日の約束が脳裏をよぎる。
「私が、エレナの剣になる」
「約束……守れなくて、ごめんなっ……」
リサが嗚咽を漏らす。
「エレナ……先生にしてやるって……言ったのに……ッ」
「……ううん。楽しかったよ、リサ」
エレナは首を微かに横に振った。
「あんたと駆け抜けた戦場が……私の、居場所だった
……最高の、時間だったよ……」
「エレナ……ッ」
「……お願い。泣かないで……」
エレナの指先が、リサの涙を拭う。
「さっきの矢……。あれが私の、最後の技よ……」
エレナは天井の大穴――矢が消えていった空を、愛おしそうに見上げた。
「…………「答え」が降ってくるわ。それが……私の、最初で最後の授業……」
「授業……?」
「……だから、よく考えて……。……リサなら……絶対に、勝てるから……」
ふっ、と。 エレナの体から力が抜けた。
頬に添えられていた手が、力なく滑り落ちる。
「……エレナ?」
返事はない。 ただ穏やかな寝顔だけが、そこにあった。
翠弓の守護者、エレナ・フォルティス。
無鉄砲な相棒の背中を、誰よりも優しく、強く守り続けた風の少女。
子供たちの未来を夢見た彼女は、
最期まで希望を信じ、静かに息を引き取った。
「……お涙頂戴は終わった?」
その厳かな静寂を、エリスの冷酷な声が切り裂いた。
「安心なさい。すぐに同じ場所へ送ってあげるわ」
エリスが高々と右手を掲げる。
天井付近の空間がズズズと裂け、巨大な断頭台の刃のような、
ドス黒いエネルギー体が形成される。
振り下ろされれば、回避不能な即死の一撃。
だが、リサは動かなかった。 エレナの亡骸を抱いたまま、うつむいている。
戦意を喪失したのか、絶望に沈んでいるのか。
「さようなら、リサ」
エリスが慈悲など欠片もない動作で、腕を振り下ろそうとした。
その時。
ボッ……。
リサの足元から、小さな炎が上がった。
それは瞬く間に広がり、リサとエレナの周囲を円環状に取り囲む。
「……あ?」
エリスの動きが止まる。
リサが、ゆっくりとエレナの体を床に寝かせた。
まるで、眠っている子供を起こさないように、優しく。
「……おやすみ、エレナ。すぐに終わらせるからな」
リサが、ゆらりと立ち上がる。 その手には、大剣が握られていた。
「……エリス」
リサが顔を上げる。 その瞳は、涙で濡れていたが、悲しみは微塵もなかった。
あるのは、地獄の業火のように赤く、濁った、純粋な殺意。
ドオォォォォォォォォォッ!!!!!
突如、リサの全身から限界を超えた魔力が噴き出した。
温度が一瞬で沸点に達する。 壁が溶け、空気が焦げる。
「てめぇだけは……絶対に、楽には死なせねぇ」
覚醒した炎の戦士が、エリスを見据えた。
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