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第108話 継がれる光
しおりを挟むあれから、月日が流れた。
かつて空を覆っていた鉛色の雲は去り、澄み渡る青空が戻ってきた。
「生命の間」の浄化により、障壁を襲ってきた無数のマガツの気配は消え、
人類は地上への再進出を開始していた。
だが、それは全ての脅威が消え去った証明はない。
広大な地上には、マガツが潜んでる可能性があり、
いつまた脅威が再来するとも限らないのだ。
しかし、廃墟と化した街に、瓦礫の山に、再び人が住めるように。
復興の音は、希望のリズムとなって世界中に響き渡っていた。
ユナイトアーク、魔法少女管理局総監室。
コンコン。
「失礼します」
ノックと共に、一人の魔法少女が入室した。
「局長。本日の報告書です」
重厚な執務机の奥で、書類を受け取ったのは――
ギルベルト・シュトラール。
かつての№5は、新生・魔法少女管理局の総監として指揮を執っている。
「本日も翠弓結社、
蒼炎拳団、鋼律連盟の三隊が連携し、
旧マガツ領域の警戒およびインフラ復旧作業に当たっています。
被害の大きかった第4セクターも、来年には居住可能になる見込みです」
「そうか……順調だな」
ギルベルトは眼鏡の位置を直し、報告書にサインをした。
「……変わりましたね、ギルベルト様」
秘書が、ふと微笑んだ。
かつては鋼鉄の軍律と呼ばれ、
常に張り詰めた空気を纏っていた彼女の顔つきが、今はどこか穏やかだ。
「現役のナンバーズを引退されてから、憑き物が落ちたようです」
「……ふん。いつまでも最前線にいては、若者が育たんからな」
ギルベルトは窓の外、復興が進む街並みを見下ろした。
「次の世代へと、バトンは繋がれた。 私は……私の仕事を全うするまでだ」
旧マガツ領域、復興現場。
「総員、警戒を怠るな!!」
翠弓結社の新隊長――№6のテレーシアの声が響く。
「マガツが全滅しているとは限らない!
安全確保が最優先だ!小さな異変も見逃すな!」
「「はっ!!」」
エレナの副官だったテレーシア。
彼女は今、立派な№6として、隊を率いている。
その横で。
「あのー! このデカい鉄屑、ぶっ壊していいんですか?」
巨大な瓦礫の前で、炎を纏った拳をブンブン振り回しているのは、
蒼炎拳団の№7新隊長アイリスだ。
先代のライラによく似た、豪快で血気盛んな少女。
「ダメに決まってるでしょ!! アンタさっきから私の言うこと聞きなさいよ! これは撤去じゃなくて修復対象なの!」
そんな彼女を叱り飛ばしているのは、
鋼律連盟の№5新隊長エリオット。
彼女はハッとして我に返り、「ゴホン」とわざとらしく咳払いをした。
「だ、ダメに決まっているだろうが!
規則を乱す奴は……ゆ、許さんぞ!!」
彼女は精一杯、威厳のある低い声を出そうとしていた。
「……隊長。 別に、先代のギルベルト様の真似をしなくたっていいんじゃないですか?」
部下が苦笑いしながらツッコミを入れる。
「う、うるさい! 私はギルベルト様を尊敬してたんだ!
任された以上、あの厳格さを引き継がないと……!」
「隊長は隊長らしくやればいいじゃないの?
だからギルベルト様も、貴女に任せたんだと思いますよ」
「はいはい!!アンタら黙って手を動かす!!
……ギルベルト様に言いつけるわよ!!」
「あ、結局言いつけるんだ」
賑やかなやり取り。
かつては悲壮感しかなかった任務も、今は若者たちの活気に満ちている。
ユナイトアーク訓練施設。
そこには、二つの部隊が相対していた。
一方は、赤を基調とした攻撃的な装備。
もう一方は、白と青を基調とした優雅な騎士団風の装備。
紅刀隊と、氷冠騎士団だ。
「今日こそは決着をつけるぞ、氷使いども!」
「はっ、無様な姿を晒すのはそちらだ、野蛮人どもめ」
バチバチと火花が散る。
「現在、49勝49敗49引き分け……。
今日負けたら、リサ様に見せる顔がねぇんだよぉッ!」
№4新隊長アシュレイ率いる紅刀隊
「こっちも同じことよ! クラウディア様に恥をかかせるわけにはいかないわ!」
№8新隊長フレデリカ率いる氷冠騎士団
かつてセラフィナとの戦いで共に背中を預けたリサとクラウディア。
その意志を継ぐ者たちもまた、良きライバルとして切磋琢磨していた。
「紅刀隊、突撃ィィィッ!!」
「氷冠騎士団、迎撃! 優雅に戦いなさい!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」
ド派手な模擬戦が始まる。 魔法と剣が交差する。
その様子を、観覧席の特等席で、一人の女性が頬杖をついて眺めていた。
「はぁ……。 なんで私が……」
ナンバーズ№9マルセラ。
彼女は戦術特別外部顧問として、ナンバーズに復帰。
この訓練の監督席に座らされていた。
「引退して静かに暮らすはずだったのに……。
これじゃあ、現役時代より忙しいじゃないの」
文句を言いながらも、その口元は微かに緩んでいる。
若者たちの成長を見るのは、教師としては悪くない気分だった。
その訓練施設の様子を、遠く離れた執務室の窓から眺めている影があった。
№1隊長ミラ・ヴェイル
彼女もまた、ナンバーズとしての重責を背負い続けていた。
「全く……。隊長が変わっても、隊の雰囲気というのは変わらないものね」
傍らに控えるシズが、静かに同意する。
「おっしゃる通りです」
ガチャリ。
扉が開き、少しサイズの合っていない、
ぶかぶかのメイド服を着た少女がお盆を持って入ってきた。
「し、失礼します!!」
お盆の上のティーカップが、カチャカチャと音を立てて震えている。
彼女は緊張した面持ちでミラの元へ歩み寄り、紅茶を置いた。
「さ、三時の紅茶になります!!」
「……」
ミラは無言でカップを手に取り、一口啜る。
「……ぬるい。やり直し」
「……はい、申し訳ありません……」
新人のメイド見習いは、しょんぼりと肩を落とした。
ミラはシズへと視線を流す。シズは小さく頷き、新人の元へ歩み寄った。
「大丈夫。もう一度、お湯の温度から見直しましょう。
今度は私も一緒に作りますから」
「はい!お願いしますシズ先輩!」
二人は一礼して部屋を出ていく。
パタン。 扉が閉まると、ミラは椅子をくるりと回転させ、
天井を仰いで大きく息を吐いた。
「はぁ……。全く……人を育てるというのは、一苦労ね」
彼女は机の引き出しから、一枚の写真立てを取り出した。
「あなたたちみたいになるのは……いつになるのかしら」
指先で、ガラス越しに写真に触れる。
「ねぇ、アメリー。……みんな」
その写真には、いつも仏頂面で写真嫌いなミラを真ん中にして、
シズ、アメリーをはじめとする夜幻楼《ナイトベール》の隊員たちが、
彼女を囲んで満面の笑みを浮かべていた。
もう二度と戻らない、けれど永遠に色褪せない、大切な記憶。
ミラは写真を胸に抱き、少しだけ目を閉じた。
ユナイトアーク――「生命の間」。
かつて地獄と化していたその場所は、
今は静寂と冷気に包まれていた。 巨大な核の前で、
一人の魔法少女が佇んでいた。
№2クラウディア・フォン・ノルデンだ。
彼女は失った右腕に、精巧な機械仕掛けの義手をつけていた。
「クラウディア様!お疲れ様です!」
見回りの部下が駆け寄り、敬礼する。
「ああ、お疲れ」
クラウディアは振り返り、涼しげに微笑んだ。
「今日の核の状態は安定している。 君たちも、あまり根を詰めすぎないように。
……君たちの健康を守るのも、私の務めだからな」
「ッ!! は、はいっ!ありがとうございます!!」
部下の顔がポッと赤くなる。
クールで美しい「氷の女帝」からの労いの言葉に、
部下の胸はときめきで一杯だった。
クラウディアは再び核へと向き直る。
彼女は自ら志願し、この「生命の間」の守護者となった。
もう二度と、この場所を悪意に染めさせないために。
「……ふっ」
彼女は義手の指を握りしめた。
かつては「氷」のように冷たいと言われた彼女の心には今、
確かな温もりが宿っていた。
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