「君は悪女だ!」と婚約破棄され、隣国の魔王王子に拾われましたが彼の溺愛が止まりません!

なすび

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第3話

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「君を連れて行く」

私の視界は黒いマントで覆われた。ジルベルト殿下の腕が私の肩を抱き寄せ、その強引な力に抗う隙もなく私はダンスホールの出口へとエスコートされる。いや、連行されていく。

「ま、待て! ジルベルト! 勝手な真似は許さんぞ!」

背後で、元婚約者であるカイル王子の叫び声が聞こえた。だが、その声は驚くほど頼りなく震えているのが手に取るようにわかる。ジルベルト殿下は足を止めることなく、肩越しにギロリと背後を睨みつけた。ただそれだけの動作なのに広間の空気がピリリと凍りつく。魔力が物理的な圧力となって空間を歪めたのだ。

「……何か言ったか? 小鳥のさえずりが耳障りなのだが」 
「ひっ……」

カイル王子が情けない声を上げて腰を抜かす。周囲の貴族たちも誰一人として動こうとしない。いや、動けないのだ。『魔王』と呼ばれる男の圧倒的な覇気の前に人間としての生存本能が「動くな、死ぬぞ」と警告しているのだろう。

(ああ、カイル様……腰を抜かして這いつくばる姿、王族として終わってますわよ)

私はマントの隙間からその様子を冷ややかに見つめた。かつて愛そうと努力した相手のあまりの不甲斐なさに呆れると同時に、胸の奥ですっと何かが冷えていく。

(これが、愛想が尽きるという感覚ですか)

それに引き換え、私を抱えるこの腕は何と逞しく安定していることか!

「行くぞ」

ジルベルト殿下は私を抱えたまま堂々と王城の廊下を歩き出す。衛兵たちも道を譲るしかない。まるでモーセの海割りのように人垣が割れていく。私は流されるまま王城の玄関に横付けされた馬車へと押し込まれた。

その馬車を見た瞬間、私の社畜センサーが激しく反応した。

(な、なにこれ……! ベントレー? いや、マイバッハ級!?)

漆黒のボディには魔法銀の装飾が施され車輪からは青白い光が漏れている。魔法駆動式の最新型だ。我が国の王家が使っている馬車よりも明らかにグレードが三段階は高い。内装は深紅のベルベット張り。座席はふかふかで、まるで雲の上に座っているようだ。

ガチャリ。扉が閉ざされ密室が出来上がる。動き出した馬車の中には私と向かいに座るジルベルト殿下の二人きり。

――沈黙。窒息しそうなほどの沈黙。

ジルベルト殿下は、腕を組んで深く座席に沈み込み、真紅の瞳でじっと私を見つめている。瞬きひとつしなくて、その表情は能面のように感情が読めない。

(こ、怖い……! 何これ、何のプレイ? 放置プレイ?)

私の脳内会議が緊急招集された。議題は『今後の処遇について』。

議長(理性)「冷静に分析しましょう。彼は『貰い受ける』と言いました。通常の貴族社会の文脈なら求婚ですが、相手は魔王です」
書記(記憶)「乙女ゲームの設定資料集によれば、ヴェルグラス王家は強大な魔力を維持するために、他国の魔術師を取り込む歴史があります」
現場監督(恐怖)「つまり、実験動物! あるいは魔力タンク! 最悪の場合、生贄として魔獣の餌!」

ヒィッ、と喉の奥で悲鳴があがる。そうだ。うまい話には裏がある。こんな好条件(?)でヘッドハンティングされたと思ったら、業務内容がだったなんてブラック企業あるあるではないか!

私が青ざめて震えているとジルベルト殿下が動いた。ビクリと肩が跳ねる。彼は懐から何かを取り出し無言で私に差し出した。

「……食え」

差し出されたのは、美しい小箱に入ったクッキーだった。バターの芳醇な香りが漂う。表面には宝石のような砂糖菓子が散りばめられ見るからに高級品だ。

(え? お菓子?)

私は戸惑いながら彼を見る。彼は眉間に皺を寄せ、怖い顔でクッキーを突き出している。

「毒など入っていない……我が国の、一番人気の菓子だ」

その言葉を聞いて私の脳裏に嫌な予感が走った。童話『ヘンゼルとグレーテル』。魔女は子供を太らせてから食べる。つまり、これはあれだ!

(餌付けだ! ストレスで魔力が痩せ細らないように、高カロリーなものを与えて品質管理しようとしてるんだわ! なんて恐ろしい!)

なんてプロ意識の高い魔王様。だが、断れば機嫌を損ねて即・処刑かもしれない。私は震える手でクッキーを一枚つまみ口に運んだ。

サクッ。ホロホロ……。口の中に広がる濃厚なバターと上品な甘さ。何これ? 美味しい! 美味しすぎる!! カイル王子との茶会で出された乾いたスコーンとは天と地ほどの差がある。

「……おいしいです」 
「そうか」

私が呟くとジルベルト殿下はふいっと顔を背けた。窓の外を見ている彼の耳が、また少し赤くなっている気がする。

(ん? なんで赤くなってるの? わかった。怒ってるんだ。「もっと感情豊かに『美味でございます~!』と叫べ」という無言の圧力ね。グルメな魔王様はリアクションにも厳しいのね……)

食レポのスキルまで求められるとは、隣国の要求水準は高すぎる。

その時、馬車がガタリと揺れた。国境付近の山道に入ったのだろう。外の気温が下がってきたのか少し肌寒い。私が無意識に二の腕をさするとジルベルト殿下が再び動いた。

彼は自分の膝にかけていた分厚い毛皮の膝掛けを乱暴に掴むと、バサリと私に被せたのだ。視界が一瞬塞がれ次の瞬間温もりに包まれる。最高級の魔獣の毛皮だ。保温効果抜群で、しかもほんのりと良い香りがする。

「……冷える。風邪をひかれては困る」

ぶっきらぼうな声。だが、その言葉の裏を私は読み取る。『風邪をひいて肉質(魔力)が落ちたら商品価値が下がるだろうが』そういうことですね、わかります。家畜の健康管理は飼い主の義務ですものね。

「あ、ありがとうございます……」 
「……」

彼は何も答えない。ただ、組み直した腕の指先がトントンとリズムを刻んでいる。イライラしている? 早く城に着かないかと焦れているのか?
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