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第13話
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――ワン、ツー、スリー。
(……え!?)
驚いた。体が軽い。まるで無重力空間にいるかのようにスムーズに動ける。カイル王子とのダンスは苦行だった。彼はリズム感がなく、そのくせ「俺に合わせろ!」と無理なステップを強要し挙句の果てに私の足を踏んでは「足が邪魔だ!」と舌打ちをした。だから私はダンスとは『足を踏まれないように逃げ回るスポーツ』だと思っていた。
けれど、ジルベルト殿下のリードは違った。私の動きを先読みし進みたい方向へ自然と体を誘導してくれる。私がバランスを崩しそうになれば腰の手がすっと支えてくれる。まるで、私自身がダンスの名手になったかのような錯覚さえ覚える。
「……上手ですね、殿下」
「お前が軽いからだ。ちゃんと食べているのか?」
「食べてます! おかげでスカートがきついくらいです」
「まだまだだ……もっと近づけ」
グイッ。さらに引き寄せられる。今度は太ももが触れ合うほどの距離だ。彼の吐息が私の髪にかかる!
(こ、これは……高度なセクハラ!? パワハラ!?)
私の心拍数が急上昇する。顔が熱い。これ絶対に赤くなってる。
ジルベルト殿下は、私の顔を覗き込み満足そうに目を細めた。
「レティア」
「は、はい」
「カイルとかいう男は、お前の足を踏んだそうだな」
「……なぜそれを?」
「サーニャから聞いた……安心しろ。俺は絶対にお前を傷つけない。お前の足の一本、髪の一筋まで、俺が守る!」
彼はステップを回しながら私の耳元で囁いた。
「だから、すべてを預けて俺に委ねろ……お前はただ、俺の腕の中で咲いていればいい」
その低音ボイスは反則だった。脳髄が痺れるような甘さ。カイル王子に向けられたような命令ではない。懇願にも似た深い愛情。
不覚にも私は彼に身を預けてしまっていた。心地いい気持ちで抵抗する力が抜けていく。この強引だけど優しい腕の中が世界で一番安全な場所のように思えてくる。
(だめよ、レティア。仕事よ。これは業務よ。でも……こんなに大切に扱われたこと、前世も含めて一度だって……)
私が潤んだ瞳で彼を見上げると彼と目が合った。真紅の瞳が揺れている。彼もまた緊張しているのだ。初めて触れる壊れないぬくもりに、どう接していいか戸惑いながらそれでも必死に愛そうとしている。
その不器用さが愛おしいと思ってしまった。
「……殿下。一つだけ、訂正してもよろしいですか」
「なんだ?」
「私は『咲いているだけの花』にはなりません」
私は彼の方に握り返した手にきゅっと力を込めた。
「貴方がリードしてくれるなら、私はそれに応えて、最高のステップをお見せします……二人で、あの元婚約者たちの度肝を抜いてやりましょう」
私が好戦的な笑みを浮かべるとジルベルト殿下は一瞬きょとんとし、それから今日一番の深い笑みを浮かべた。
「……ああ。そうだな。やってやろう」
「ええ。徹底的に」
二人の心が邪悪な方向で通じ合った瞬間だった。その時、ターンをした勢いで私のヒールが床に引っかかった。
「あっ!」
バランスを崩し後ろに倒れそうになる。だが、床に叩きつけられる衝撃は来なかった。ジルベルト殿下が素早く私を抱き留めたからだ。いわゆるお姫様抱っこの状態で!
「……大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
顔が近い。唇と唇の距離わずか数センチ。時が止まったかのようだった。
彼の視線が私の唇に吸い寄せられているのがわかる。え、これ、キスする流れ? 業務契約書に『キスを含む』なんて条項あったっけ? いや、ボーナス査定に含まれるなら検討の余地は……
私が混乱して目を白黒させているとガチャリと扉が開いた。
「殿下ー! 休憩用のお茶をお持ちしまし……た……あ」
サーニャとアドルフがワゴンを押して入ってきた。そして、抱き合う私たちを見て再び凍りついた。
「…………失礼しましたァ!!」
バタンッ!! 凄まじい速さで扉が閉まる。
「見ましたか今の!」
「もう結婚式場予約しとけ!」
廊下から叫び声が聞こえてくる。
シンと静まり返る舞踏室。ジルベルト殿下の顔が、みるみるうちに熟したトマトのように赤くなっていく。
「ち、違う! 今のは、その、不可抗力で……」
「わ、わかってます! 事故です! 労働災害です!」
彼は慌てて私を下ろし咳払いを繰り返した。
「……こ、今日はここまでにしよう」
「そ、そうですね。休憩が必要です」
私たちは互いに視線を逸らしながら、それぞれの心臓を鎮めるのに必死だった。
(危なかった……。もう少しで、契約外の業務に応じるところだった。でも……嫌じゃなかったかも?)
自分の胸に手を当てると、そこにはかつてないほどの激しい鼓動があった。これは吊り橋効果だ。それとも過労による不整脈か。まさか恋だなんて、そんなバグのような感情であるはずがない。
そう自分に言い聞かせる私の頬が、ドレスと同じくらい熱を持っていることに私は気づかないふりをした。
******
一方、廊下にてジルベルトは壁に手をつき項垂れていた。
「……心臓が止まるかと思った」
彼女の柔らかさと香り。そして、自分を見上げる信頼に満ちた(と彼は解釈した)瞳。もう、抑えが効かなくなってきている。
「守る」と言ったが、一番危険なのは自分自身の欲望かもしれない。だが、俺は後戻りはできない。
「見ていろ、カイル王子……夜会では、彼女が誰のものか、骨の髄まで理解させてやるからな!」
彼の瞳に隠しきれない独占的な欲が現れる。魔王の心に、ざまぁ計画は着々と進行していた。
(……え!?)
驚いた。体が軽い。まるで無重力空間にいるかのようにスムーズに動ける。カイル王子とのダンスは苦行だった。彼はリズム感がなく、そのくせ「俺に合わせろ!」と無理なステップを強要し挙句の果てに私の足を踏んでは「足が邪魔だ!」と舌打ちをした。だから私はダンスとは『足を踏まれないように逃げ回るスポーツ』だと思っていた。
けれど、ジルベルト殿下のリードは違った。私の動きを先読みし進みたい方向へ自然と体を誘導してくれる。私がバランスを崩しそうになれば腰の手がすっと支えてくれる。まるで、私自身がダンスの名手になったかのような錯覚さえ覚える。
「……上手ですね、殿下」
「お前が軽いからだ。ちゃんと食べているのか?」
「食べてます! おかげでスカートがきついくらいです」
「まだまだだ……もっと近づけ」
グイッ。さらに引き寄せられる。今度は太ももが触れ合うほどの距離だ。彼の吐息が私の髪にかかる!
(こ、これは……高度なセクハラ!? パワハラ!?)
私の心拍数が急上昇する。顔が熱い。これ絶対に赤くなってる。
ジルベルト殿下は、私の顔を覗き込み満足そうに目を細めた。
「レティア」
「は、はい」
「カイルとかいう男は、お前の足を踏んだそうだな」
「……なぜそれを?」
「サーニャから聞いた……安心しろ。俺は絶対にお前を傷つけない。お前の足の一本、髪の一筋まで、俺が守る!」
彼はステップを回しながら私の耳元で囁いた。
「だから、すべてを預けて俺に委ねろ……お前はただ、俺の腕の中で咲いていればいい」
その低音ボイスは反則だった。脳髄が痺れるような甘さ。カイル王子に向けられたような命令ではない。懇願にも似た深い愛情。
不覚にも私は彼に身を預けてしまっていた。心地いい気持ちで抵抗する力が抜けていく。この強引だけど優しい腕の中が世界で一番安全な場所のように思えてくる。
(だめよ、レティア。仕事よ。これは業務よ。でも……こんなに大切に扱われたこと、前世も含めて一度だって……)
私が潤んだ瞳で彼を見上げると彼と目が合った。真紅の瞳が揺れている。彼もまた緊張しているのだ。初めて触れる壊れないぬくもりに、どう接していいか戸惑いながらそれでも必死に愛そうとしている。
その不器用さが愛おしいと思ってしまった。
「……殿下。一つだけ、訂正してもよろしいですか」
「なんだ?」
「私は『咲いているだけの花』にはなりません」
私は彼の方に握り返した手にきゅっと力を込めた。
「貴方がリードしてくれるなら、私はそれに応えて、最高のステップをお見せします……二人で、あの元婚約者たちの度肝を抜いてやりましょう」
私が好戦的な笑みを浮かべるとジルベルト殿下は一瞬きょとんとし、それから今日一番の深い笑みを浮かべた。
「……ああ。そうだな。やってやろう」
「ええ。徹底的に」
二人の心が邪悪な方向で通じ合った瞬間だった。その時、ターンをした勢いで私のヒールが床に引っかかった。
「あっ!」
バランスを崩し後ろに倒れそうになる。だが、床に叩きつけられる衝撃は来なかった。ジルベルト殿下が素早く私を抱き留めたからだ。いわゆるお姫様抱っこの状態で!
「……大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
顔が近い。唇と唇の距離わずか数センチ。時が止まったかのようだった。
彼の視線が私の唇に吸い寄せられているのがわかる。え、これ、キスする流れ? 業務契約書に『キスを含む』なんて条項あったっけ? いや、ボーナス査定に含まれるなら検討の余地は……
私が混乱して目を白黒させているとガチャリと扉が開いた。
「殿下ー! 休憩用のお茶をお持ちしまし……た……あ」
サーニャとアドルフがワゴンを押して入ってきた。そして、抱き合う私たちを見て再び凍りついた。
「…………失礼しましたァ!!」
バタンッ!! 凄まじい速さで扉が閉まる。
「見ましたか今の!」
「もう結婚式場予約しとけ!」
廊下から叫び声が聞こえてくる。
シンと静まり返る舞踏室。ジルベルト殿下の顔が、みるみるうちに熟したトマトのように赤くなっていく。
「ち、違う! 今のは、その、不可抗力で……」
「わ、わかってます! 事故です! 労働災害です!」
彼は慌てて私を下ろし咳払いを繰り返した。
「……こ、今日はここまでにしよう」
「そ、そうですね。休憩が必要です」
私たちは互いに視線を逸らしながら、それぞれの心臓を鎮めるのに必死だった。
(危なかった……。もう少しで、契約外の業務に応じるところだった。でも……嫌じゃなかったかも?)
自分の胸に手を当てると、そこにはかつてないほどの激しい鼓動があった。これは吊り橋効果だ。それとも過労による不整脈か。まさか恋だなんて、そんなバグのような感情であるはずがない。
そう自分に言い聞かせる私の頬が、ドレスと同じくらい熱を持っていることに私は気づかないふりをした。
******
一方、廊下にてジルベルトは壁に手をつき項垂れていた。
「……心臓が止まるかと思った」
彼女の柔らかさと香り。そして、自分を見上げる信頼に満ちた(と彼は解釈した)瞳。もう、抑えが効かなくなってきている。
「守る」と言ったが、一番危険なのは自分自身の欲望かもしれない。だが、俺は後戻りはできない。
「見ていろ、カイル王子……夜会では、彼女が誰のものか、骨の髄まで理解させてやるからな!」
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