プリンの話【ショートショート】

真名川正志

文字の大きさ
2 / 2

後編

しおりを挟む
「ナナ」

 文彦は私の名前を呼び、立ち止まった。

「何?」
「ちょっとこっちへ」

 文彦は近くの神社の境内に私を連れて行った。この時間の境内は無人で、静かだった。

「こんなところへ連れてきて、何のつもり?」

 まさか愛の告白か? と、私は身構えた。

「このペンの先をよく見ろ」

 文彦は胸ポケットからシャープペンシルを取り出し、それを振り子のように振った。

「ねえ、文彦――」
「いいから、ペンの動きに集中して」

 ペンの動きを目で追っているうちに、頭がぼんやりしてきた。

 ――いいか、ナナ。俺が1、2、3と言って手を叩いたら元に戻るんだ。いいな?

 遠くで文彦の声が聞こえた。

 1、2、3。
 どこかで何かが破裂するような音が聞こえた。
 そして――。

 ハッと気が付くと、目の前に制服姿の入谷文彦がいた。
 私は状況が分からず、周囲を見回した。ここは、神社の境内だ。学校へ行く途中にこの前を通る。見ると、私も制服を着て鞄を持っていた。

 これから学校へ行くところ……なのだろうか? それとも、学校から帰るところなのだろうか? どうも記憶が曖昧だ。

「えっと、私、何してたんだっけ」
「憶えてないか? 名前は言えるか?」
「文彦。ふざけてるの? それじゃあまるで――」

 それじゃあまるで、記憶喪失にでもなっていたみたいじゃないか。そう言おうとして、まさに、先ほどまでの記憶がないことに気が付いた。

 携帯電話で日付を確認すると、5月16日の朝だった。
 おかしい。記憶が飛んでいる。私の認識では、今日は5月15日のはずなのに。

「もう一度聞くけど、名前は?」

 文彦は真剣な表情だったので、私も真剣に答えることにした。

「佐々木原ナナ」
「年齢は?」
「14歳」
「好きな食べ物は?」
「カレーライス」
「嫌いな食べ物は?」
「プリン」

 私は即答した。正確には、プリンそのものではなく、その上にあるカラメルソースが苦手なのだが。

「よし、戻ったみたいだな」

 文彦は安心したような溜息をついた。

「戻った……?」
「ほら、昨日の放課後、学校の図書館で勉強してたときに催眠術の本を見つけただろ」
「ああ、うん。それは憶えてる。参考書のコーナーに紛れ込んでた奴だよね」

 そうだ。私は昨日――5月15日の放課後に、受験生らしく図書館で勉強をしていた。そして古い催眠術の本を見つけ、面白がって文彦に見せたのだ。

「その本に載っている催眠術の本を試してみたんだよ。ナナが、自分が実験台になるから催眠術をかけてみてくれ、って言ったから」
「そして私は、好き嫌いを直すように催眠術をかけてくれ、って言った……?」
「そう。でも、学校の図書館だし、ナナの好きなカレーライスも嫌いなプリンも手に入らないから催眠術がかかったかどうか分からなかったし、催眠術をかけた後のナナの様子も普通だったから、油断してた。まさか、本当に好き嫌いが直っていたなんて」

 説明されるうちに、記憶が整理されて、私は今朝からの出来事を思い出していた。

「私が突然プリンを食べるようになったら、そりゃあお母さんも英人もびっくりするよね」
「ああ。まあ、とにかく、戻ってよかった」
「あのさあ、文彦。あんた、もしかして催眠術の才能とかあるんじゃないの? 将来は催眠術師にでもなったら?」
「嫌だよ、そんな胡散臭い職業」

 そう苦笑しながら、文彦は歩き出した。文彦の後を追い、私も神社を出る。
 そこで、近所に住む高校生のお姉さんと出くわした。小学校の集団登校で一緒だったお姉さんだ。

「あれー? ナナちゃんにイレブンくん、2人して神社なんかで何やってたの? デート? ねえ、デートなの?」

 お姉さんは嬉しそうにそう尋ねた。まるでオヤジである。

「そんなわけないでしょ。何でこんな奴とデートしないといけないんですか」

 私はお姉さんを軽く睨みながら言った。

「イレブンって呼ぶのやめてください、って何回言ったら分かってくれるんですか」

 文彦は溜息混じりに言った。

「いいじゃん、別に」
「もう同級生は誰もイレブンって呼んでないんですから、お姉さんもイレブンって呼ぶのやめてくださいよ」

 入谷文彦いりやふみひこという名前を縮めて「イレブン」というのが、文彦の小学生時代のニックネームだった。

「イレブン。そんなことより、早くしないと学校に遅刻するよ」

 私はそう言いながら、走り出した。

「イレブンって言うな!」

 文彦はそう叫びながら追いかけてきた。



 以上が、後に歴史に名を刻むことになる天才催眠術師、イレブン氏の少年時代のエピソードである。


【了】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...