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1章

第32話

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 その後。
 俺とナズナは寝所から出て来た火賀美と琴音に案内される形で社の大広間へと通される。

 そこでは黒づくめの少女たちが両脇に列を作って控えていた。

 広間中央の上段に設けられた黄金の長椅子に火賀美が着席するのを確認すると琴音は俺たちの前に出てきて深々と頭を下げる。

「エルハルトさん。このたびは火賀美様の病を治していただきまして誠にありがとうございました。つきましては、何かお礼ができればと思うのですが……」

「礼なんていらないぞ。こっちが勝手にやったことだ」

「いえ、そういうわけにもいきません。これまで多くの薬師を招いて来ましたが、火賀美様の病を完治させられたのはエルハルトさんだけなのですから」

「と言われてもな」

 俺が困っていると長椅子に腰をかけた火賀美が笑顔で身を乗り出してくる。

「エルハルト! なんでも言ってみてよ! ボクたちにできることなら絶対にしてあげたいから!」

「うーん」

 参ったな。
 礼がほしくて特効薬を作ったわけじゃないからそう言われてもまったく思い付かない。

 悩んでいると、隣りに並ぶナズナが声をかけてくる。

「マスター。それでしたら、クレストオーブを実際に見てみるというのはいかがでしょうか?」

「オーブ? ああ、そうだな。名案だ」

 クレストオーブは前世でも見たことはあるが、こっちの世界のものと同じなのか確認しておくのはいいアイデアかもしれない。

 俺は火賀美と琴音にその旨を伝えた。

「えっ? エルハルト、オーブのことも知ってたの!?」

「それだけじゃないぞ。ここが勇者を待つ里だってことも知っている。昨日言ってた里にある使命っていうのはこのことだったんだろ?」

「あはは……。何もかも分かってたんだね」

「まあ、全部宿屋の女将の受け売りなんだけどな」

「でもその話を聞いて大巫女のために特効薬を作ろうって思うなんて、エルハルトって本当に人がいいよ! それにきちんと【エリクサー】も完成させちゃったわけだし。特級薬師の人でも作れなかったものなのにどうして作ることができたんだろう? ボク、ずっと気になってたんだ」

「そういえばまだ言ってなかったな。俺は錬金鍛冶師なんだよ。元々勇者パーティーに入っていて補助役を担っていたんだ」

「えぇっ!?」

「今はいろいろあってパーティーを離れているんだが、また必ず会いに行く。俺の目的は勇者に最強の無双神器を渡すことだからな」

「琴音、すごいよっ! エルハルトって勇者様と同じパーティーにいたんだって!」

「さらっとすごいことおっしゃいましたね、エルハルトさん。ということは、やはり勇者様は誕生していると考えてよろしいんでしょうか?」

「ああ。すでに魔王討伐の旅に出ている。ついこの前まで里の近くのダンジョンに入っていたから、まだシグルード王国の中にいると思うぞ」

 俺たちがこの国へとやって来た一番の理由はクレストオーブの入手だ。
 マモンが花鳥の里に現れていないってことはまだ王国内に留まっているはず。

「魔王が復活の兆しを見せていたのでまさかとは思っていましたが……。そうでしたか。勇者様はすでに誕生していてシグルードまで来ているのですね。それで、エルハルトさんは勇者様のパーティーに入っていたと。いろいろと衝撃的すぎてまだ上手く理解できません」

 無邪気に興奮する火賀美と違って、琴音は冷静に状況を分析しているようだ。
 
「だから近いうちに勇者が訪ねてやって来るはずだ。よかったな、火賀美」

「うん♪ ボクの代で大巫女の務めが果たせるなんて驚きだよっ! そう思うとなんだか緊張してきちゃった……」

「ご心配には及びません、火賀美様。私がしっかりとサポートさせていただきます」

「それで、その勇者に渡すオーブってやつを一度見てみたいんだが、それは可能だったりするか? できればそれを礼の代わりにしたい」

「琴音。見せるだけだったらべつにいいよね?」

 火賀美がそう訊ねると琴音は静かに頷く。

「はい、特に問題ないかと思います」

「それにさ、エルハルトは特別だもん! こんなことでお礼になるならお安い御用だよ! ちょっと待ってて~」

 火賀美は長椅子の横に備え付けられた金色に輝く神楽鈴を取り出すと、それを俺たちの前に高く掲げる。

 そして。
 何やら長い祝詞を読み上げると火賀美の体は眩い輝きに包まれ始めた。

「〝星々から受け継ぎ古の力を秘めたる大精霊の守り神よ。我の前にその偉大な力を示したまえ〟」

 最後にそんな一文を読み上げた瞬間、突如、火賀美の目の前に純白の宝珠が現れる。
 クレストオーブだ。

 それを大事そうに両手で包むと火賀美は下段にいる俺たちにオーブを見せた。
 
「すごいです。これがクレストオーブなんですね」

 感動するナズナに火賀美はどこか誇らしげだ。

「そうだよ。他のオーブについては分からないけど、このオーブは葉蘭一族の大巫女が代々受け継いで守ってきたものなんだよね~。エルハルトも見て! どうかなっ?」

「真っ白だな」

「少し触ってみてよ!」

 長椅子から立ち上がると、火賀美はオーブを両手で持って俺の前まで降りてくる。

 間近で見ると、球状の質感が前の世界のものと少し違うように感じられたが、概ね変わりないようだ。

 勇者の資格を持った者が大巫女の手にするクレストオーブに触れると虹色に輝く。
 わけなのだが……。

(!)

 俺が少し触れるとなぜかオーブは虹色に輝き始めた。
 
「っ……虹色? えぇっ? なんで……!?」

「こ、これは一体っ……」

 火賀美と琴音が戸惑っていると、クレストオーブはさらに眩いほどの光を放った。

 ピカーーン!

 暫しの間、広間全体は虹色の輝きによって包まれるのだった。
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