ミッドナイト・レイダース

ジントニ

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ブラックパンサー

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 月明かりが差し込む廃ホテルの中を、男子大学生の西野 悟にしのさとるは一人慎重に進んでいた。廃業したまま放置されて数年のこの廃墟は、東京近郊といっても、さっきまで大学の仲間と居た都内の喧騒が嘘のように静かだ。月光は錆びた剥き出しの鉄柵を青白く染め、粉塵混じりの風が廃墟の廊下を吹き抜けていく。

 目的地はまだ先だ。剥落した壁材の隙間から冷気が忍び寄り、悟の首筋を撫でた。白いエアソールスニーカーの底が地面のひび割れたタイルを踏む度に、乾いた軋みが静寂を破る。最近買ったお気に入りのダークグレーのパーカー越しにも、秋の夜気は容赦なく体温を奪う。

「ったく……こんな時間にミッションなんて、“組織“も人使いが荒いってーの」

 心の中で毒づきながらも、指先は慣れた手つきで無意識にスマートウォッチ型の黒いデバイス上の機能ボタンを探る。スマートウォッチ型デバイス――“シャドウギア”の画面がピクセル化した地図を緑色に点滅させながら、今回のミッション内容を表示する。

《回収対象:第三世代型リフレクター》
《重要度:--B》
《付記:付近に未確認生体反応検知。接触厳禁》

 ──夜間の“シブめの”回収ミッション。

 回収対象もさほど重要性に乏しく、おまけによく分からない付記情報付きだ。普段なら上手いこと断って他の隊員に任せる内容だったが、試験明けで寝不足だった判断力が揺らいだのを悔いる。とにかく、この奥にあるというリフレクターを回収するのが今夜の任務だ。特殊装甲服への即時換装コマンドはいつも通り待機中だ。この調子じゃ“ブラックパンサー”のあのスーツへ変身する必要性もないのだろう。
 「よし、さっさと回収して、飲み会途中参加しよう」、そう独り言を呟く。


 都内の大学に通う大学3年生の悟が半年前に足を踏み入れた危険な"裏バイト"。それは、世界征服を企む悪の組織「ダーク・タワー」のメンバー、ブラックパンサーとして任務遂行のために夜の街を暗躍することだった。

 半年前、偶然見つけたアルバイト求人情報。《裏バイト:完全合法!最新技術テスター募集中》という胡散臭すぎる募集文句に惹かれ、面接で提示された組織概要と職務内容を見て血の気が引いた日が懐かしい。まさか、巷を騒がせる世界征服を目論む悪の組織の戦闘員になろうとは。

 だが、実際に始めてみると意外なほどスムーズに順応している自分もいた。悪の組織の前に立ちはだかる正義の戦隊「ブレイズ・レンジャー」のリーダー・レッドレオンとの死闘、そこで咄嗟に出したフェイントが通用した瞬間。いつも冷静沈着なブルーファルコンが自分の挑発に乗せられ悔しさを全身に滲ませた瞬間。普段の大学生生活では味わえない非日常の刺激と興奮に、感じたことのない高揚を覚えている自分が居た。

 後から聞いた話では、組織は最新技術を使って「適性」ある人間のみ予め選別し、タイプに応じた形で興味関心を引き組織に勧誘しているというから、自分の本質はどちらかというと“正義”よりは“悪”寄りなのだろう。戦闘時の身のこなしや判断力が評価され、半年という短期間で幹部の一人に昇格したことにも、ちょっとしたやりがいを感じている――ただし、それはまるで今ハマってるFPSのランク上げみたいな、どこか実感を伴わない快感だが。

 問題は今夜の異変だ。崩れかけのホールに足を踏み入れた瞬間から突如高密度化した未確認生命反応は、デバイス画面のグリッド地図を赤熱させている。


「……これはまずいだろ」

 囁きに似た己の声に、緊張感が背筋を這う。
 増大する生命反応に呼応するように、デバイスのコマンドが切り替わり、特殊装甲服への即時換装指示が現れた。

――「変身」――

 腕時計型デバイスの警告音が耳鳴りのように響く中、悟は短く呟くと、本能的に親指をスライドさせる。指紋認証完了――〈EMERGENCY TRANSFORM SEQUENCE〉の文字が網膜投影され、彼の視界を青白い光が覆った。

「チッ……やっぱり“コレ“着る羽目になるのかよ」

 苛立ちを孕んだ吐息が漏れる。刹那、廃ホテルの一画に電子ノイズのような波動が生まれた。床面から螺旋状に立ち上がる蒼い粒子の柱。まるで悟の身体がデータへと分解されるような感覚。細胞単位で再編されていく奇妙な陶酔は、毎回背筋を粟立たせる。

 全身を覆った粒子群が一点に収縮し始めた。凝縮していくエネルギーの中核で、悟の均整の取れた肉体が露わになる。着てきた私服のパーカーの残骸が霧消すると同時に、漆黒の光沢を持つエナメル素材が薄膜のように皮膚へ浸潤してきた。

(うわっ……今日もぴっちり具合がキツいな……)

 変身時は皮膚感覚が麻痺しているはずなのに、なぜかスーツの密着度だけは鮮明だ。硬い装甲とエナメルのコントラスト、腰から肩へ流れるような曲線の裁断は、悟の引き締まった胸郭や背筋を強調する。鎖骨の窪みに沿って滑る微かな重み、腹筋を浮かび上がらせる縫製は、まるで挑発的なデザインだ。

「なんで戦闘スーツがこんな……ヤラしい形なんだよ」

 呆れながらも苛立つ唇の震えをフェイスシールドが遮った。マスク表面に展開する情報ウィンドウには《Code-BLACK-PANTHER:COMPLETED》の文字列。頭部を覆うヘルメットが最後に形成される。頸椎の関節に吸い付くような圧迫感が、戦士としての自覚を叩き起こした。

 変身完了。鏡写しになった大理石壁面に映るのは、月明かりを受けて濡れ光る黒豹のような官能的な己の姿だ。黒いシールド越しに覗く鋭利な眼光。その瞳孔に宿る獣の欲望が、漆黒のエナメルスーツの内側で脈打つ鼓動を加速させる。

「ったく……この姿で組織の”仲間”に会ったら、また嫌味言われそうだ」

 不満げな呟きはデバイスの一方向通信用チャネルにしか届かない。代わりにマスク内部から機械音声が発振した。

〔WARNING〕〔UNKNOWN ENTITY APPROACHING〕

 デバイスが震えた瞬間、悟は一気に迫る危険を察知した。

 暗がりから伸びる影が突然膨張する。月光を遮る巨大な傘状の生物──その下部から無数の赤黒い触手が滴るように垂れ下がっている。太さは成人男性の腕ほど。表面を走る脈動が血管のように生き生きと脈打つ様は、まるで熟れた果実の茎のようで、グロテスクさの中にどこか卑猥な生命力を放っていた。

「何だ……お前は!?」

 悟の問いかけより早く、数十本の触手が獲物に襲いかかる。シュルルッという粘性を帯びた音と共に、一本が俊敏にエナメルスーツに巻きついた。スーツ表面がぬめる感触に思わず身悶える。

「うあっ……!?」

 身体能力が増強するスーツの力で抗っても、想像以上に強い相手の握力。滑らかな黒い皮革に刻まれたボディラインをなぞるように、触手が胸部へ這い上がる。触手が硬い装甲の内側に潜ると、先端が鈎状に湾曲し、悟の大胸筋の稜線を執拗になぞった。乳輪の位置を探るように圧迫がかかるたび、エナメルの下で乳首が固く尖るのが自分でもわかる。

「くっ……やめろ!この野郎……気持ち悪いって……!」

 必死に引き剥がそうとするが、逆に絡みつく力が増す。別の触手が腰部を囲むように収束し、尻の谷間に沿って脈動しながら上下動した。エナメル越しに伝わる熱と湿気に、悟の背筋が反り返る。
(こんな……触手なんかに……!)

 屈辱と羞恥が脳裏を焼き焦がす。だがその火種を煽るように、一番太い触手が悟の股間部に押し当てられた。スーツの布地に守られていても、その膨張を確かめるように緩慢に揉みしだかれ──

「ひあっ……!?」

 思わず漏れた高い悲鳴に、自身の耳が燃える。逃げ場のない廃墟のホールで、黒豹は歪な愛撫に身を捩ることしか許されず、脈打つ粘液がスーツ越しに染み込み、濡れたエナメルの光沢がブラックパンサーのペニスの輪郭を際立たせて淫らに輝いている。モンスターはまだ本性を現さない。ただ美味しそうな獲物を前に、愉悦に満ちた蠕動を繰り返し、黒豹の尊厳を貪るように蠢き続けていた。
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