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第4話
眩惑
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かつて、人のぬくもりが在ることを確かにこの目で感じていた。
視認する事が出来なくても、その存在を認めていたのだ。
箸が転げただけで笑う、なんて言われていたあの時。何もかもがとにかく楽しくて仕方がなかったあの日々。
「瑞希!大変!財布忘れた!」
「蓮、手に持ってるのは?!」
「うわ!!財布!」
「まじかよ!」
――――公園で笑いあう『僕たち』はもう、そこには居ない。
目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
鬱陶しい人工知能アシスタントが入っていない、骨董品みたいなデジタル時計は5時24分を示している。
出社した途端、昨日の事件のことしこたま聞かれるとだろうなと思うと、今この時点でウンザリした。
適当にあしらった後には、またいつもの日常が始まる。
より良き社会の為に、俺達は今日も世界を動かす歯車になるのだ。
「おはようございます。本日のニュースをお伝え致します」
タイマー設定をしていたテレビが自動で立ち上がった。
人間と何ら変わらない風貌の男性が画面の向こうで原稿を読み上げている。
「先月から激しい議論が続いている、IZA搭載型個人管理番号チップの身体埋め込みを行う『マイクロチップ法』について、本日15時に議会に提出される見込みです。法案が可決されると、医療機関でのマイクロチップ埋め込みが可能となり…」
狂ってる。
マイクロチップの埋め込みなんて断固拒否だ。身体の中に人工知能が入るだって?
この狂った世界で、ある種の不可侵領域である肉体にあの反吐がでそうな奴を入れるだなんてどうかしている。
第一、自分以外のナニカに思考を覗かれているだなんてぞっとしないのだろうか。
頭の中で人工知能に対して吐いている罵詈雑言が筒抜けになるなんて、ストレス以外の何物でもない。一発で更生施設送りだ。
ーー埋め込むとうことはそういう事だと、この世界の住人は果たして気が付くのだろうか。
知らせにぞっとしつつ冷蔵庫にイーズウォッチをかざした。
めんどくさいことこの上ないが、全てを管理する偉大なる母上様から、食の指示を受けたという情報が記録されないと俺個人に保険局から監査が入る。
そのうち絶対に食べたかどうかまで監視されそうだなと、いつもゾッとしているのだが。
「おはようございます。霧島瑞稀さま。本日の朝食は白米...」
水を取り出して投げやりに冷蔵庫の扉を閉めた。
「朝からそんなに食えるかよ」
人口が増えた都市部へと向かう通勤ラッシュの電車は、残念ながらこの時代でもまだ混雑している。
今日はたまたま座席に座ることが出来た。しかも両隣が美人OL。ついてる。
今すぐにでも柊人に自慢して奴の悔しがる顔が見たい。そんな事を思いつつ、イーズウォッチで拡張現実を起動させた。
電車に乗った時は、拡張現実で新聞記事を表示させて読む事を習慣としている。
俺以外の大抵の人も拡張現実を使用して動画を見たり、本や漫画を読んだりしていた。
かつては電車の窓から見える風景よりも、スマートフォンの画面を覗く光景が当たり前だったように今ではイーズウォッチやスマートフォンから表示される拡張現実の画面を覗く光景が当たり前になっている。
いつも通りニュースを読み進めていると、昨日の爆破事件の記事が大きく掲載されていた。
イザが支配するこの世界で突如と起きたイレギュラー。皆の興味が向くのは言うまでもない。
ーーー原因不明。外部から爆発物が持ち込まれた可能性あり。
あれだけの威力がある爆発物だ。スーツケースや大きめの鞄に入れて持ち運んだのだろうか。
いや、そうなれば流石に、防犯カメラから犯人が特定できそうな気がするが...。
イザが予期せぬ事態。やはり、テロではないかと推察している。あのカフェを狙った原因は分からないが。
そして、俺の中でもっともイレギュラーな存在。
ーーーMirzamだ。
預言者なんて崇め奉られているが、人工知能が全てを管理する世界で間違いなく異質な存在。
いや、そもそも「人」かどうかも怪しい。
ミルザムとはどういう意味なのだろうか。
ふと思い、検索エンジンで探すと直ぐに出てきた。
Keyword:://【 Mirzam -ミルザム- 】
アラビア語の Al Murzim(吠えるもの/予告するもの)が語源で、シリウスより少しだけ早く昇り始めることに由来する。
おおいぬ座の中では4番目に明るい星だが、実際にはα星のシリウスより1,300倍もの光度で輝いており、もし太陽系からの距離がシリウスと同じであれば金星の15倍以上の明るさで輝いて見える。青色輝巨星または青色巨星。
ご大層に「予告するもの」とは。笑える。
ほくそ笑んだその瞬間。
画面上にキャプチャーの通知が入った。通知欄に浮かぶ文字を見て目をむく。
なんで毎回いいタイミングで投稿するんだよ。
見張ってんのか?などという眩惑が思わず浮かんだ。
拡張現実の画面上からアプリを開き、Mirzamの投稿内容を見た。
何処のモノかは分からないが電車の写真が投稿されており、短い文章も添えられている。
ーーーMy dear friends. Be careful.
...なんだ?電車に気をつけろってことか?
単純に受け取るとそう言った意味になるだろうか。
今度は電車が止まったりして。
映画のような非日常を想像したが瞬時に振り払った。
電車の運転も全てイザを利用した自動運転だ。
国民の安全を守る為、全ての事象に最適解を先導する存在がまさか。
いや、どうだろうか。
あのカフェの爆破事件も、イザが管理する世界では、本来起こることなど有り得ない。
何か綻びが生じる序章だったのではないだろうか。
イザの判断が「善」であると信じ切っていたあの日常が崩れ去ったように。
「永遠」なんていうものは、本当はこの世界に存在などしていないのかもしれない。
『毎日の繰り返しが当たり前のように続くのだと、平和ボケした国民は疑わずにいたんだよ』
何かの小説でそのような台詞が書いてあったのだと志乃が呟いた。
あの時は確か、電子カルテシステムの研修受けている期間だったように思う。
昼ごはんを食べながら突拍子もなくそんな事を言い出したのだ。
「瑞稀はどう思う?」
「平和ボケ云々の台詞か?」ハンバーグにフォークを突き刺しながら応えた。
「うん」
「そうだなぁ。...危機管理能力が低いことは問題かもしれないけれど、そんなこと考えなくていいくらい平和が続くのはまぁ、良いことだよな」
今この瞬間、AKー47で撃たれるかもしれないなんて考えるよりも、青空の下でのんびりとハンバーグランチを食べられる方がずっといい。
真っ直ぐに目を見つめて答えると、志乃は満足そうに笑った。
「やっぱり、瑞稀は優しいね」
ーーーそうだ。「永遠」なんて存在しない。
突然、身体が大きく揺れた。
驚く間もなく電車が急停止する。
左隣りの美女に思い切りぶつかってしまったので咄嗟に謝った。痛かっただろうか。
「すみません...」
「いえ...」
紺色のスーツを着た若い黒髪美女は目にありありと不安を乗せていた。
間髪入れずに車内がざわつき始める。
皆、何事かとイーズウォッチやスマートフォンの拡張現実モニターで状況の把握をし始めた。
車内には一言もアナウンスは流れない。
俺も咄嗟にSNS投稿サイトを開いた。
公式ニュースページよりも、意外と民草の情報の方が流れるのが早い。
しかし、人身事故などの情報は流れていなかった。早すぎたか?
突然、拡張現実に映る画面にノイズが走った。
まだ何か起こるのか?周囲がさらに騒つく。
隣の美女が小さく悲鳴を声を上げた。彼女のスマートフォンの画面にも大きなノイズが走っている。
なんだ?何が起こってるんだ?
少なくともこの車両に乗り合わせている人々全員の端末に大きな音を立ててノイズが走っている。
電波障害?イザは何をしているんだ?ーーあちらこちで声が上がっている。
://System//: 各地で動揺が起きたその刹那。
全ての国民が、強制的に「それ」を見た。:://
拡張現実画面に、手持ちのウエラブル端末に、スマートフォンに、朝のニュースを流していたテレビモニターに、突如として映像が流れた。
まるで神社の本殿かのような和風な風景を背に、雅楽の音楽が聞こえる。
ーーーあれ、この背景、見覚えが、ある...?
1分程よく分からない光景が流れた後、BGMだけが止まり、代わりに声が聴こえた。
「親愛なる皆様。おはようございます。」
声はボイスチェンジャーか何かで加工されている。機械的な大変気味の悪い声。
あまりに突然の出来事に皆が釘付けになった。
ーーー勿論、俺も。
「今日の朝ご飯は何を食べましたか?」
いきなり朝ごはんの内容を聞かれて、恐らく全員が頭に疑問符を浮かべたに違いない。
気持ちの悪い声は更に言葉を続けた。
「トーストにスープ?それとも焼き魚と白米ですか?
では、そのメニューは誰が決めましたか?
貴方が今日来ている服はどんな服ですか?
スーツ?制服?ワンピース?
では、そのネクタイやブラウス、髪飾りは誰が決めましたか?
今日は電車でご出勤されていますか?車でご出勤されていますか?
では、電車に乗るか車に乗るかは誰が決めましたか?
思い返して考えてみて下さい。
起きてから今の間までに、貴方は貴方自身で何かに対して決断したことはありましたか?」
ーーー「ありませんよね。ある訳が無い。
だって、全てイザが判断したから。違いますか?」
はっと目を見開いた。
この世界の人間は、基本的に「選ぶ」ということをしない。だって、何故なら...
「目の前に、「紅い箱」と「蒼い箱」が置かれていたとします。
どちらかを選んで手に取る時、貴方は何を元に判断を下し、その箱を選ぶのでしょうか。
私は時折り考える事があります。
箱を手に取り選んだのは、果たして「私」、なのだろうかと。
その箱を選んだ「私」は何者であるのだろうかと。
貴方がどちらかの箱を選んだとして、その箱を選んだのは、貴方の意志でしょうか。
貴方の意志?本当に?」
ホントウニ?
「いいえ、違います。それを選んだのは貴方自身ではない。人工知能、IZAーイザーです」
人間の「選択」を掌握するモノ。
国民の身体の健康と精神衛生上の安全を守る為に全ての事象に最適解を先導する管理者。
そうだ。俺達は常にその言葉に従っている。
「この国だけではなく、この世界の人々は皆、自分の意思で何かを選択することができません。
考えてみて下さい。貴方達は何一つ自ら選ぶことができないのです。
朝ごはんの内容も、今日着る服も、道を進む手段ですらも。
本当にそれで良いのですか?
貴方達は本来、自ら考え、自分の意志で選択を行ってきたはずです。
それを、社会やシステム、新しい秩序が阻害しています。
皆さんは思考を止めてしまった、愚かで醜いただの肉の塊に成り下がってしまったのです。
非常に、非常に、非常に、非常に、悲しく思います。
異常を異常とすら認知できなくなってしまった哀れな皆様を」
固唾を飲んだ。
この世界にナイフが突き刺さった瞬間だった。
「我々は本来のあるべき姿を取り戻すべく、新しい秩序の導入を今ここに宣言します。
人工知能が存在しない、新たな世界です。」
://System//:
それは、「私達」の反乱の合図。狼煙:://
「新しい秩序の導入をする為に皆様の協力が必要です。
3日以内に全てのイザを停止させて下さい。
食べるものも着る物も何もかも全て、貴方自身で選択するのです。
そして、証明して下さい。
貴方は貴方自身で考え、選択する事ができる人間であると。
7日以内に日本中の全てのイザの停止が認められなければ、非常に心苦しいですが、
更生不能と判断し、親愛なる皆様を一人残らず殺します。
この国の人間全員を殺すことなどできないだろうと、信じることができない方も居るかと思いますので、本日はほんの少しだけ人数を減らそうかと思います。
選ばれた皆様はどうか、安らかにお眠り下さい。
それでは、皆様の賢明な判断をお待ちしております。」
唖然とした。その場の誰一人として声を上げなかった。
そして、沈黙も束の間。
ーー近くで地響きが鳴り、轟音が耳をつんざいた。
一瞬で車内が騒々しくなった。
皆一様にSNSを見たり、誰かに連絡を取ろうとしたりしている。
混乱に追い討ちを掛けるように
イーズウォッチやスマートフォン、あらゆるウエラブル端末から先程の「宣言」が次々と垂れ流された。
ーーーさっきの轟音はなんだ?!何が起きた?
「異様な宣言」と、恐怖に怯える声や困惑する声が入り交じりる車内。
パニック映画さながらの光景が繰り広げられている中、拡張現実の画面に衝撃的なニュース速報が流れた。
://System//:
ーーー【速報】××電車 爆発 テロか
午前8時36分 ××電車 ××線 ××行きの電車が爆発。
6両が大破。現在救助要請中。
××線 全線運転見合わせ。 :://
燃え盛る電車の映像が映し出される。
それはまるで、アクション映画の一場面のような非現実味を帯びた信じ難い現実。
線路のあちらこちらには赤い「シミ」が浮かび上がっていた。
「煙が出てる!」
車内の誰かが声を上げた。はっとして辺りを見回した。一様にどよめく。
窓の向こう、大勢の視線の先では黒煙が大蛇の如くうねりを上げてのぼり立っていた。
瞬時、電車の写真と短い文章が脳裏を過ぎる。
ーーーMy dear friends. Be careful.
視認する事が出来なくても、その存在を認めていたのだ。
箸が転げただけで笑う、なんて言われていたあの時。何もかもがとにかく楽しくて仕方がなかったあの日々。
「瑞希!大変!財布忘れた!」
「蓮、手に持ってるのは?!」
「うわ!!財布!」
「まじかよ!」
――――公園で笑いあう『僕たち』はもう、そこには居ない。
目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
鬱陶しい人工知能アシスタントが入っていない、骨董品みたいなデジタル時計は5時24分を示している。
出社した途端、昨日の事件のことしこたま聞かれるとだろうなと思うと、今この時点でウンザリした。
適当にあしらった後には、またいつもの日常が始まる。
より良き社会の為に、俺達は今日も世界を動かす歯車になるのだ。
「おはようございます。本日のニュースをお伝え致します」
タイマー設定をしていたテレビが自動で立ち上がった。
人間と何ら変わらない風貌の男性が画面の向こうで原稿を読み上げている。
「先月から激しい議論が続いている、IZA搭載型個人管理番号チップの身体埋め込みを行う『マイクロチップ法』について、本日15時に議会に提出される見込みです。法案が可決されると、医療機関でのマイクロチップ埋め込みが可能となり…」
狂ってる。
マイクロチップの埋め込みなんて断固拒否だ。身体の中に人工知能が入るだって?
この狂った世界で、ある種の不可侵領域である肉体にあの反吐がでそうな奴を入れるだなんてどうかしている。
第一、自分以外のナニカに思考を覗かれているだなんてぞっとしないのだろうか。
頭の中で人工知能に対して吐いている罵詈雑言が筒抜けになるなんて、ストレス以外の何物でもない。一発で更生施設送りだ。
ーー埋め込むとうことはそういう事だと、この世界の住人は果たして気が付くのだろうか。
知らせにぞっとしつつ冷蔵庫にイーズウォッチをかざした。
めんどくさいことこの上ないが、全てを管理する偉大なる母上様から、食の指示を受けたという情報が記録されないと俺個人に保険局から監査が入る。
そのうち絶対に食べたかどうかまで監視されそうだなと、いつもゾッとしているのだが。
「おはようございます。霧島瑞稀さま。本日の朝食は白米...」
水を取り出して投げやりに冷蔵庫の扉を閉めた。
「朝からそんなに食えるかよ」
人口が増えた都市部へと向かう通勤ラッシュの電車は、残念ながらこの時代でもまだ混雑している。
今日はたまたま座席に座ることが出来た。しかも両隣が美人OL。ついてる。
今すぐにでも柊人に自慢して奴の悔しがる顔が見たい。そんな事を思いつつ、イーズウォッチで拡張現実を起動させた。
電車に乗った時は、拡張現実で新聞記事を表示させて読む事を習慣としている。
俺以外の大抵の人も拡張現実を使用して動画を見たり、本や漫画を読んだりしていた。
かつては電車の窓から見える風景よりも、スマートフォンの画面を覗く光景が当たり前だったように今ではイーズウォッチやスマートフォンから表示される拡張現実の画面を覗く光景が当たり前になっている。
いつも通りニュースを読み進めていると、昨日の爆破事件の記事が大きく掲載されていた。
イザが支配するこの世界で突如と起きたイレギュラー。皆の興味が向くのは言うまでもない。
ーーー原因不明。外部から爆発物が持ち込まれた可能性あり。
あれだけの威力がある爆発物だ。スーツケースや大きめの鞄に入れて持ち運んだのだろうか。
いや、そうなれば流石に、防犯カメラから犯人が特定できそうな気がするが...。
イザが予期せぬ事態。やはり、テロではないかと推察している。あのカフェを狙った原因は分からないが。
そして、俺の中でもっともイレギュラーな存在。
ーーーMirzamだ。
預言者なんて崇め奉られているが、人工知能が全てを管理する世界で間違いなく異質な存在。
いや、そもそも「人」かどうかも怪しい。
ミルザムとはどういう意味なのだろうか。
ふと思い、検索エンジンで探すと直ぐに出てきた。
Keyword:://【 Mirzam -ミルザム- 】
アラビア語の Al Murzim(吠えるもの/予告するもの)が語源で、シリウスより少しだけ早く昇り始めることに由来する。
おおいぬ座の中では4番目に明るい星だが、実際にはα星のシリウスより1,300倍もの光度で輝いており、もし太陽系からの距離がシリウスと同じであれば金星の15倍以上の明るさで輝いて見える。青色輝巨星または青色巨星。
ご大層に「予告するもの」とは。笑える。
ほくそ笑んだその瞬間。
画面上にキャプチャーの通知が入った。通知欄に浮かぶ文字を見て目をむく。
なんで毎回いいタイミングで投稿するんだよ。
見張ってんのか?などという眩惑が思わず浮かんだ。
拡張現実の画面上からアプリを開き、Mirzamの投稿内容を見た。
何処のモノかは分からないが電車の写真が投稿されており、短い文章も添えられている。
ーーーMy dear friends. Be careful.
...なんだ?電車に気をつけろってことか?
単純に受け取るとそう言った意味になるだろうか。
今度は電車が止まったりして。
映画のような非日常を想像したが瞬時に振り払った。
電車の運転も全てイザを利用した自動運転だ。
国民の安全を守る為、全ての事象に最適解を先導する存在がまさか。
いや、どうだろうか。
あのカフェの爆破事件も、イザが管理する世界では、本来起こることなど有り得ない。
何か綻びが生じる序章だったのではないだろうか。
イザの判断が「善」であると信じ切っていたあの日常が崩れ去ったように。
「永遠」なんていうものは、本当はこの世界に存在などしていないのかもしれない。
『毎日の繰り返しが当たり前のように続くのだと、平和ボケした国民は疑わずにいたんだよ』
何かの小説でそのような台詞が書いてあったのだと志乃が呟いた。
あの時は確か、電子カルテシステムの研修受けている期間だったように思う。
昼ごはんを食べながら突拍子もなくそんな事を言い出したのだ。
「瑞稀はどう思う?」
「平和ボケ云々の台詞か?」ハンバーグにフォークを突き刺しながら応えた。
「うん」
「そうだなぁ。...危機管理能力が低いことは問題かもしれないけれど、そんなこと考えなくていいくらい平和が続くのはまぁ、良いことだよな」
今この瞬間、AKー47で撃たれるかもしれないなんて考えるよりも、青空の下でのんびりとハンバーグランチを食べられる方がずっといい。
真っ直ぐに目を見つめて答えると、志乃は満足そうに笑った。
「やっぱり、瑞稀は優しいね」
ーーーそうだ。「永遠」なんて存在しない。
突然、身体が大きく揺れた。
驚く間もなく電車が急停止する。
左隣りの美女に思い切りぶつかってしまったので咄嗟に謝った。痛かっただろうか。
「すみません...」
「いえ...」
紺色のスーツを着た若い黒髪美女は目にありありと不安を乗せていた。
間髪入れずに車内がざわつき始める。
皆、何事かとイーズウォッチやスマートフォンの拡張現実モニターで状況の把握をし始めた。
車内には一言もアナウンスは流れない。
俺も咄嗟にSNS投稿サイトを開いた。
公式ニュースページよりも、意外と民草の情報の方が流れるのが早い。
しかし、人身事故などの情報は流れていなかった。早すぎたか?
突然、拡張現実に映る画面にノイズが走った。
まだ何か起こるのか?周囲がさらに騒つく。
隣の美女が小さく悲鳴を声を上げた。彼女のスマートフォンの画面にも大きなノイズが走っている。
なんだ?何が起こってるんだ?
少なくともこの車両に乗り合わせている人々全員の端末に大きな音を立ててノイズが走っている。
電波障害?イザは何をしているんだ?ーーあちらこちで声が上がっている。
://System//: 各地で動揺が起きたその刹那。
全ての国民が、強制的に「それ」を見た。:://
拡張現実画面に、手持ちのウエラブル端末に、スマートフォンに、朝のニュースを流していたテレビモニターに、突如として映像が流れた。
まるで神社の本殿かのような和風な風景を背に、雅楽の音楽が聞こえる。
ーーーあれ、この背景、見覚えが、ある...?
1分程よく分からない光景が流れた後、BGMだけが止まり、代わりに声が聴こえた。
「親愛なる皆様。おはようございます。」
声はボイスチェンジャーか何かで加工されている。機械的な大変気味の悪い声。
あまりに突然の出来事に皆が釘付けになった。
ーーー勿論、俺も。
「今日の朝ご飯は何を食べましたか?」
いきなり朝ごはんの内容を聞かれて、恐らく全員が頭に疑問符を浮かべたに違いない。
気持ちの悪い声は更に言葉を続けた。
「トーストにスープ?それとも焼き魚と白米ですか?
では、そのメニューは誰が決めましたか?
貴方が今日来ている服はどんな服ですか?
スーツ?制服?ワンピース?
では、そのネクタイやブラウス、髪飾りは誰が決めましたか?
今日は電車でご出勤されていますか?車でご出勤されていますか?
では、電車に乗るか車に乗るかは誰が決めましたか?
思い返して考えてみて下さい。
起きてから今の間までに、貴方は貴方自身で何かに対して決断したことはありましたか?」
ーーー「ありませんよね。ある訳が無い。
だって、全てイザが判断したから。違いますか?」
はっと目を見開いた。
この世界の人間は、基本的に「選ぶ」ということをしない。だって、何故なら...
「目の前に、「紅い箱」と「蒼い箱」が置かれていたとします。
どちらかを選んで手に取る時、貴方は何を元に判断を下し、その箱を選ぶのでしょうか。
私は時折り考える事があります。
箱を手に取り選んだのは、果たして「私」、なのだろうかと。
その箱を選んだ「私」は何者であるのだろうかと。
貴方がどちらかの箱を選んだとして、その箱を選んだのは、貴方の意志でしょうか。
貴方の意志?本当に?」
ホントウニ?
「いいえ、違います。それを選んだのは貴方自身ではない。人工知能、IZAーイザーです」
人間の「選択」を掌握するモノ。
国民の身体の健康と精神衛生上の安全を守る為に全ての事象に最適解を先導する管理者。
そうだ。俺達は常にその言葉に従っている。
「この国だけではなく、この世界の人々は皆、自分の意思で何かを選択することができません。
考えてみて下さい。貴方達は何一つ自ら選ぶことができないのです。
朝ごはんの内容も、今日着る服も、道を進む手段ですらも。
本当にそれで良いのですか?
貴方達は本来、自ら考え、自分の意志で選択を行ってきたはずです。
それを、社会やシステム、新しい秩序が阻害しています。
皆さんは思考を止めてしまった、愚かで醜いただの肉の塊に成り下がってしまったのです。
非常に、非常に、非常に、非常に、悲しく思います。
異常を異常とすら認知できなくなってしまった哀れな皆様を」
固唾を飲んだ。
この世界にナイフが突き刺さった瞬間だった。
「我々は本来のあるべき姿を取り戻すべく、新しい秩序の導入を今ここに宣言します。
人工知能が存在しない、新たな世界です。」
://System//:
それは、「私達」の反乱の合図。狼煙:://
「新しい秩序の導入をする為に皆様の協力が必要です。
3日以内に全てのイザを停止させて下さい。
食べるものも着る物も何もかも全て、貴方自身で選択するのです。
そして、証明して下さい。
貴方は貴方自身で考え、選択する事ができる人間であると。
7日以内に日本中の全てのイザの停止が認められなければ、非常に心苦しいですが、
更生不能と判断し、親愛なる皆様を一人残らず殺します。
この国の人間全員を殺すことなどできないだろうと、信じることができない方も居るかと思いますので、本日はほんの少しだけ人数を減らそうかと思います。
選ばれた皆様はどうか、安らかにお眠り下さい。
それでは、皆様の賢明な判断をお待ちしております。」
唖然とした。その場の誰一人として声を上げなかった。
そして、沈黙も束の間。
ーー近くで地響きが鳴り、轟音が耳をつんざいた。
一瞬で車内が騒々しくなった。
皆一様にSNSを見たり、誰かに連絡を取ろうとしたりしている。
混乱に追い討ちを掛けるように
イーズウォッチやスマートフォン、あらゆるウエラブル端末から先程の「宣言」が次々と垂れ流された。
ーーーさっきの轟音はなんだ?!何が起きた?
「異様な宣言」と、恐怖に怯える声や困惑する声が入り交じりる車内。
パニック映画さながらの光景が繰り広げられている中、拡張現実の画面に衝撃的なニュース速報が流れた。
://System//:
ーーー【速報】××電車 爆発 テロか
午前8時36分 ××電車 ××線 ××行きの電車が爆発。
6両が大破。現在救助要請中。
××線 全線運転見合わせ。 :://
燃え盛る電車の映像が映し出される。
それはまるで、アクション映画の一場面のような非現実味を帯びた信じ難い現実。
線路のあちらこちらには赤い「シミ」が浮かび上がっていた。
「煙が出てる!」
車内の誰かが声を上げた。はっとして辺りを見回した。一様にどよめく。
窓の向こう、大勢の視線の先では黒煙が大蛇の如くうねりを上げてのぼり立っていた。
瞬時、電車の写真と短い文章が脳裏を過ぎる。
ーーーMy dear friends. Be careful.
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高山 祥